トリックスターの歩む道   作:保泉

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ようやく自己紹介

 

 緑川さんに感づかれて焦るあまり、うっかり魅了魔法よりの暗示魔法を使用したバカは僕です。ちょっとジャミル先輩を参考に誤魔化そうと思ってしまった……何とか耐えたけれど。

 

 でも、誤魔化そうと思ったことは間違いないけれど、同時に良い機会だとも考えたんだ。

 

 僕が魔法士だという秘密は、いつか誰かに漏れるだろう。秘密に留まらせるための記憶の操作も、意識の誘導もやろうと考えない僕は、緑川さんが気づかなくてもいずれはどこかでヘマをしていたはずだ。現に、緑川さんの前で魔法関連のものに一切触っていないにも関わらず、彼は僕の内心に気づいたのだから。緑川さんが有能ってこともあるのだろうけれども。

 

 秘密が漏れるのは仕方がない。なら、次に考えるのは『どこまで漏れるのか』と『誰に漏らすのか』だ。

 

 どこまで、については簡単だ。魔法を使えることを教えてしまってもいい。僕が危惧するのは、『魔力』というエネルギーが既存のエネルギーより強いものであり、現在の機械文明に転用できる可能性がある、ということがバレる事。

 そこで、あえてファンタジーな魔法を強調し、科学的ではないと錯覚させるのであれば。隠した事実に辿り着くことは、魔法という現象のフィルター越しには難しいだろう。

 

 誰に、についても目星はつけている。緑川さんを預かって十数日、僕は自分の使える伝手を用いて、彼らの正体を探っていた。動物言語を理解している僕だからこそ使える伝手、そう動物たちの協力だ。唐突に判明した緑川さんの猫語理解のため、ヒサ君ら猫達の協力は途中で止めたけれど、雀や鳩に烏達が頑張ってくれた。

 

 その結果、彼らが所属する会社もとい、組織が判明する。「公共の安全と秩序」を維持することを目的とする、公安警察だ。

 

 いやあ、知った時はもう、頭を抱えたよね。祖国に属する公的な機関だったことへの安堵と、違法捜査も辞さない問答無用の組織だったことへの憔悴で、その時の僕の情緒はぐちゃぐちゃだった。

 

 ──そして閃いた。上手く彼らに敵対する意思はないとご理解いただけないと、僕が強引にオハナシされる可能性がないか、と。場所は窓の少ないお部屋とかで。

 

 流石に暗殺はされないと願いたいが、国家の安全の為、命を賭してコイツを消す──なんて選択肢がないとも言えない。だって日本人だぞ。ガンキマリした時の躊躇の無さは、米花町に居住するからこそよく理解している。

 

 ところで彼ら公安警察は、任務を遂行するために、民間人の協力を得ることがある。僕が付け込めるとしたら、魔法士の協力を得ることができるというメリット、そのプレゼンを彼らにする方法が良いだろう。

 

 但し、こちらから協力がしたいと言ってはいけない。

 あくまで、「協力できるけど、希望する?」というスタンスでいなくてはならない。僕から頭を下げては、僕の立場は公安警察の下となり、いい様に利用されるだけだろう。

 

 彼らから、魅力的な獲物に食いつかせなくてはならない。

 僕を『他の組織に逃してはならない』と焦らせなくてはならない。

 僕を『敵に回してはいけない』と理解させなくてはならない。

 

 僕を尊重することで彼らに良いことがあると、僕を杜撰に扱うことで恐ろしい報復があると。

 僕は彼らを──しつけなくてはいけない。

 

 なあに、飴と鞭の見極めなんて、NRCでは日常茶飯事だったさ。

 何せ僕は──猛獣使い、だそうなので。

 

 

* * *

 

 

「──以上が、悠君からオレが言われたことだ」

 

 淡々と報告する緑川──諸伏の表情は暗い。二人の仲が良くなってきていることは、たまに様子を見に行っていた飛田──風見が降谷に報告を上げていた。

 

 悠の伝言があると、諸伏から連絡がきたのは昨日のこと。伝言内容を伝えようとしない彼を訝しみ、すぐに風見が悠の家に向かえば、ぼんやりとした様子の諸伏がいて、家主は姿を現さなかった。

 風見は様子のおかしい諸伏を連れ帰り、警察庁の仮眠室で寝かせ、数時間たった後にようやく事情を聞けたのだった。

 

「僕たち三人に最も信頼できる上司を一人、か」

 

 罠かどうか悩む指定だな、と硬い表情で聞いていた安室──降谷が呟く。その内容に風見は納得いかない表情を浮かべた。

 

「罠ではない可能性が?」

「隠蔽のためヒロにしたように暗示をかけるならば、僕たちだけ呼べばいい。態々彼を知る人間を増やす必要はない。それをせずに上司を呼ぶ理由──目的は僕ら以上の権限」

 

 おそらくだが、とワンテンポおいて降谷は言った。

 

「本田悠は、交渉を望んでいる」

「交渉、口止めのですか?」

「それもあるが、こちらとの同等な協力体制の構築だろう。彼に僕らの所属はバレているだろうしな」

「なっ!?」

 

 驚く風見の声に、俯いていた諸伏が顔をあげる。その表情はいまだ硬く、顔色も悪いままだ。仲良くなったと思った相手に暗示をかけられたのが、余程耐えたのだろう。降谷は気づかわし気に眉をひそめたが、今は話を進める必要がある。

 

「当然だろう。ヒロ、彼は猫語以外の言語も理解しているんだよな?」

「……ああ、犬と雀に鳩、烏もだって」

「雀や鳩なんてどこにでもいる。偵察員として誰も警戒なんかしない」

 

 降谷にとって、その諜報能力だけでも悠は協力者として欲しい才能だった。さらに不可思議な現象を引き起こす薬品を、しかも任意で作成可能となると、影響範囲を考えればもはや他組織に渡すことなどできない。彼の有用さが、丸々自陣営に襲いかかるなど、なんて悪夢だ。

 

「悠君が今しているのは、彼自身の価値の吊り上げなんだな」

 

 オレに暗示をかけたことも、と呟く諸伏に降谷はそうだろうなと返した。

 

「彼は僕たちに警戒させたかったのだろう。対象の意思を操作するような技術、悪用しやすい例を敢えて見せることで、僕たちの思考を縛りに来た」

 

 問題は、誘導されていると理解していても、その思惑に乗らなくてはいけない点だ。悠の危険性がわかればわかる程、野放しにする選択肢はない。このままでは、軽い措置でも軟禁は確実だろう。

 だが、彼の誘いに乗って判明する真実は、危険性を度外視するほどのリターンを、公安警察にもたらす可能性が高い。

 

「ですが、自分たちの上司を呼んだのは」

「正確には、僕の上司だろうな。彼の危険性は、一個人で管理するには大きすぎる」

 

 警視庁ではなく警察庁。全国の公安警察を統率する警備局警備企画課。降谷の上司となれば、彼が呼ぶ対象は実質一択だ。

 

「裏理事官に報告する」

 

 

***

 

 

 諸伏が警察庁に来てから三日後の夜のこと。街灯の光が抑えられた住宅地を、一台の車が走る。運転席に座りハンドルを取る風見は、ちらりとバックミラーを見た。

 

 後部座席に座る二人の男。運転席の後ろには、消息を隠さなくてはいけない男、諸伏が座っている。歩道側の席に座る大柄な男──警備局警備企画課所属、裏の理事官であるその人物とは、風見は初対面だ。

 名前すら名乗らなかったが、上司である降谷が呼んだ人物を、風見は疑うつもりはない。ただ、その身から発せられる威圧感が、彼の平常心を少々奪っていた。

 

「風見、そろそろだ」

「──っはい!」

 

 降谷の声掛けに、運転に集中していなかった風見は、目的の家の門が目視できるところまで来ていることに気が付いた。上司に感謝しつつ、ゆっくりと門の前に車を停車した。

 

 三日ぶりに訪れる屋敷はやはり広く、建物からは一階の窓だけ明かりが漏れている。呼び鈴を押そうと風見がシートベルトに手をかけた時、門が軋むような音を立てて開いていった。

 

「既にこちらに気付いているようだな──いくぞ」

 

 裏理事官の男の声に頷き、車は敷地の中へ滑るように入っていった。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 インターフォンを鳴らせば、十数秒後にドアが開き、いつも通りの悠が顔を覗かせてニコリと笑った。

 

 こちらへどうぞ、と玄関横の右のドアを開き、促される。前回とは違い、応接室に案内されたようで、三人用の革のソファーがローテーブルを挟んで二脚と、一人掛けのソファーが横に一脚配置されている。

 全員が腰を下ろしたことを確認して、悠は口を開いた。

 

「初めまして、本田悠と申します。この度はご足労いただき、ありがとうございます」

「いや、君に興味が湧いたからな」

 

 男が名乗り返さないことを気にも止めず、悠は本題に入る前に少しだけ時間を下さい、と目を伏せる。男が了承すると、悠は一人用のソファーに座っている諸伏に向き直った。

 

「緑川さん──いいえ、諸伏さん」

 

 隠していた諸伏の名前を呼ぶ、それは悠が諸伏たちの所属する組織を特定している証拠でもあった。既にその可能性を共有していた一同は、動揺を見せることもなく、黙って続きを促した。

 

「目的のため、貴方の意思を害する暗示をかけましたこと──本当に、申し訳ありません」

「……悠君」

 

 椅子から立ち、深々と諸伏に向かって頭を下げる。

 

 ──悠が交渉を有利に進めるためだけを考えれば、この謝罪は不要だった。下手に手を出せば痛い目に合う、という印象が薄れるからだ。

 だが、今回の交渉はどちらかが一方的に勝ってはいけない。この国で互いが遺恨なく存在できるように進めることが、悠の目的であった。

 

 目指す着地点のため、そして、兄のように慕いはじめていた人に、やってしまった悔いも償いも含んで、悠は一つ決意をしていた。

 

「宣言いたします。僕は今後、貴方や他の誰に対しても、暗示をかけることはいたしません」

 

 たとえ悠を悪意を持って利用しうる相手に、彼の秘密が漏れたとしても、決して暗示を使って誤魔化すことはしない。これは悠の持つアドバンテージを確実にそぎ落とし、損なわせる決意だったが、今目の前にいる警察官達はそれを知らず、当然ながら伝わらなかった。

 

「それを信じろと?」

「いいえ、信じていただかなくとも結構です。僕がそれを表明したことが重要なので」

 

 訝しむ彼らに、静かな表情のまま告げる悠に、諸伏はふ、と小さく口の端を持ち上げた。二度と暗示をかけないということは、悠の中で決定事項なのだろうと、以外に頑なな悠の性格を思い浮かべる。君はそういう子だったなと、小さく口にした諸伏に、近くに座っていた降谷がちらりと視線を寄こした。なんでもないと首を横に振り、諸伏は今まで反らしていた視線をあわせ、今は謝罪だけ受けとると告げる。悠は小さくはい、と頷き、改めてソファーに座る面々に向き直って、お待たせしましたと頭を下げた。

 

「まずは移動を。諸伏さんを猫に変えた薬品、あれを作成した部屋に」

 

 僕についてきてください、と立ち上がった悠の後を面々が追いかければ、談話室の横の廊下、裏庭に出るドアの近くで彼は立ち止まった。

 

「外に出るのか?」

「いいえ。このドアから地下に降ります」

「──なあ、悠君。ここに扉なんてなかったはずだけど」

 

 外に出るドアばかり目に入っていたが、悠が示した手のひらの先、少し奥まった壁の端に、細めの扉があることに諸伏は気づいた。そして気づいたことに目を疑った。この十数日間の生活で、何度も裏庭に向かう扉を諸伏は使用していた。それなのに、一度もその扉に気づかなかったなんてあるのだろうか。

 

 悠は、仕方ありませんよ、隠していましたからと、くすりと笑う。扉を開けてその先に在った階段を降りていく彼の姿を見届けて、降谷は上司に目で問う。頷きが返ってきたのを確認し、先陣を切った。

 

 階段の先の地下は小さなホールと、まっすぐ伸びた通路があった。壁も床も滑り止めなのかゴツゴツした石のタイルで装飾されている。通路の左に一つ、右に二つの扉がついており、扉の横には部屋の詳細なのか、小さな名札がつけられていた。右側の階段側のドアの名札には、『ワインセラー』と記されている。

 

 後続を気にしていないようにスタスタと通路を進む悠は、最奥の壁の前でようやく立ち止まり、振り返った。

 

「この先です」

「……壁に見えるが」

「いいえ、通路ですよ……ほら」

 

 目の前に在るのはどう見ても岩の壁だというのに、降谷達にもガチャリとノブを回す音が聞こえる。観音開きで開かれる壁の先には、彼らが想像するよりも広い空間が広がっていた。

 

 壁一面の天井までそびえたつ本棚に、所狭しと詰められた本の数々。部屋の奥には小さな引き出しが沢山ついた、タンスのようなものも見える。薬箪笥が一番近いだろうか。ガラスの扉の先には、液体が入った瓶がいくつも収められているようだった。

 

 そして部屋の真ん中には、囲炉裏のように床に空いた大きな丸い穴の上に、これまた大きな釜が設置されていた。

 

「ようこそ僕の調合室へ。実は、魔法使いというものをやっています」

 

 地下に隠されていたその部屋は、唖然とした表情を浮かべる警察官達を見て、楽しそうににんまりと笑った悠の言葉の通り、魔法使いの部屋と表すのが、一番適切だった。

 

 

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