アグネスタキオン生誕祭2023(フライング)も兼ねている作品です。
Twitterでフォローしている方から
『カフェが今までにないくらい酷い霊障に悩まされて本当に体力的にも精神的にも危なくなってお友達も助けられない状況になった時、タキオンが誕生日に送ったカップが割れて身代わりになってくれた話が読みたい』
とのネタをいただき、書かせていただきました。
その方からは「ぜひ、同じタキカフェ界隈の皆様にも」と発表の許可をいただいております。
紅茶か珈琲を片手に、楽しんでいただけたら何よりです。
* * *
時々、すごく時々、
あの人は誰よりも……私自身よりも、私を気遣うのだ。
* * *
「やあ、カフェ。誕生日、おめでとう。プレゼントは君の机の上に置いておいたので、確認してくれ」
旧理科準備室へ向かう私へ、廊下を前方からやってきたそのウマ娘は、嬉々とした様子を語気に隠すつもりもない、という感じでそう告げてきた。
私が向かっている部屋のもう一人の主、アグネスタキオンその人だ。
「私はコーヒーに明るくないのでね。プレゼントは無難にカップにさせてもらったよ。気が向いたら使ってくれたまえ」
そのまま私とすれ違って行こうとするタキオンさんに、私は振り向いて声をかける。
「……カップに何か、仕込んだんですか?」
私の言葉に足を止めたタキオンさんがゆっくりと振り向く。その顔は喜色満面の笑みが抑えきれない、といった様子の笑顔だった。
彼女の口が小さく「ククッ……」と漏らしたかと思えば、すぐに「ハッハッハッハ!」といつもの様に楽しげな声をあげて笑い始めていた。
「仕込んである前提で話す辺り、ある意味“君からの信頼”を感じるよ!」
とんでもない事を言い出した。そんな信頼をした覚えは、欠片もないのに。
「あなたが……ただのプレゼントを……するはずが……ない、ですから」
「あるとも! それが今日! 君の誕生日に行われたということさ!」
まるで、いたずらを見つけられ嗜められているにも関わらず開き直ったかのように、高らかにそう宣言をするタキオンさん。
「とりあえず使ってみてくれ。なぁに、祝いの気持ちだ。他意はないよ」
顔の前で虫を追い払うみたいに右手を振るタキオンさん。
だけど、何かを思い出したかのような表情になると、その右手を顎に添えて
「まぁ、その際に君の疑いが、コーヒーを淹れる手元を狂わせるほど、精神に何らかの影響を及ぼすのかーー」
私の表情を下から覗き込むように、私の本心を窺うかのように、タキオンさんは少し見上げる風にして
「その辺りのことをつぶさに観察させてくれたら、それで良いとも!」
とんでもないことを言い出した。
わかっている。この人はこういう物言いしかしないのだ。
それが本心であっても、奥底に何かを抱いているとしても。
こういう言い方でしかそれを、他人へ伝えようとしないのだ。
「では私は先を急ぐよ。モルモットくんを待たせているのでね!」
また右手をヒラヒラと揺らしながら、私が歩いてきた廊下を私とは逆向きに歩を進めて行ってしまった。
「…………他意しか……ないじゃないですか……」
彼女の背中に向けて言った、呆れとも諦めともつかない私の言葉は、果たして彼女の耳に届いたか、彼女の耳の反応からはわからなかった。
はぁ、と一つ吐いた息を残して、私はおそらく彼女がついさっきまでいたのであろう旧理科準備室へ向かう。
その扉を開けると、確かに少し前まで誰かがいた雰囲気を感じとることが出来た。
窓の外を時折横切る冷やかな風が、窓ガラスをカタカタ揺らすが、その音から想像される寒さを感じられない程度に部屋は温もりに溢れていた。
一度、窓からの突風に印刷した資料を吹き飛ばされて以来、頑なに窓開けをしなくなったタキオンさんの事だから、窓からの日差しと暖房で部屋を暖めていたのかもしれない。
私は折半して使っているこの部屋の、私のテリトリー側を奥へと向かう。
様々なグッズに囲まれた“足の踏み場”を慣れた歩みで進んでいくと、私がこの部屋で飲み物をーーといっても珈琲に関するもので占められているけれどーーまとめて配置してある小さなテーブルの上に、落ち着いた印象の包装紙と可愛らしいリボンで飾られた箱を視界に捉える。
その箱に、せっかくの包装紙とリボンの彩りを色褪せさせてしまうような、一枚の黄色い付箋紙が貼られていた。
“カフェへ Happy Birthday”
今時は目にすることも少なくなった流麗な筆記体でそう書かれていた文字は、よくこの部屋の“私のテリトリー”にはないホワイトボードでよく見かけるタキオンさんの筆跡だった。
シックな包装紙も慎ましやかなリボンも、付箋一枚でなかなかに台無し感が強い。
まったく…もう…、と言葉にならない呆れを心の中で呟きながら、私は付箋を剥がし、リボンをほどくと、丁寧に包装紙を外し始める。
飾り気のない箱を恭しく開けると、緩衝材が敷き詰められた中央に瀟洒で華奢な印象の絵柄が散りばめられたソーサーとカップが一対、鎮座していた。
「これ……ティーウェアじゃないですか……」
紅茶を嗜まない私でも知っているそれは、今や廃盤で、市場にある残り少ない品が大切に取引されている、英国王室御用達のブランド、ミントンのハドンホールだった。
「…………」
言葉に困る。この場にタキオンさんが居なくて幸いだった。
器の内側にも縁取られる絵柄が素敵な食器だ。
その彩りを楽しむのなら、不透明な濃度の珈琲よりも、透ける琥珀色をした紅茶の方が相応しいだろう。
「タキオンさん……私と、紅茶を飲みたい……のですか……?」
タキオンさんがこれと似たハドンホールのような食器を使っているところを見た覚えはない。派手な色柄の入っていない白無垢の、気軽に同じ物を入手できそうなティーセットを使っていたはずだ。
しばらく手にして眺めていたそのカップとソーサーを、私は再び箱にしまい直す。
「これは……ちょっと、普段使いには……出来ませんよ、タキオンさん……」
もしもその機会が訪れる時があるならば、ではあるけれど。
この食器はいつか、彼女と私が同じ紅茶を頂く際に使うことが、より相応しい物ではないか、と思ったのだ。
その時が果たしていつか、今の私にはわからないことだとしても。
その楽しみも一緒に込めて。
私は小さな食器棚の隅に、箱包みのままでこのプレゼントを熟成させることにしたのだった。
* * *
お彼岸の頃という時期になると、私には何とも言い難い気分になる。
それは“おともだち”以外の、“この世に身を置かぬ者”を感知してしまいやすい私自身の、自分ではどうすることもできない感覚が鋭敏に過ぎるのが原因なのだが。
今年のそれは、とても“質”が悪かった。
坂路コースのトレーニング中にふくらはぎを吊りそうになったり。
プールでのトレーニング中には水が入ったわけでもないのに耳鳴りがしたり。
トレーナーにお願いして今日をお休みにしてもらい、自室のベッドで横になっている最中にも“それ”はやってきた。
前触れもなく全身の至る所が強ばり、身動きが不自由になる。
まるで金縛りのような状態。
思考だけが明瞭で、自分という存在が肉体から切り離されて、夢とも幻ともつかない空間に放り出されるような感覚。
それにしても、今年のそれは異常な圧でもって私に襲いかかってきた。
漠然としたーー普段は身近に感じる“おともだち”の気配すら見失ってしまいそうなーー正体不明の不安に押し潰されそうになってしまい、いっそ何も考えられなければ楽になれるのに、それを思考が放棄してくれない、這い上がれない泥沼に陥ったかのような恐ろしさ。
耳を伏せて閉ざし丸まるようにしてベッドの上で、ブランケットにくるまっているしか何も出来ない私は、嵐が過ぎて暴風が収まるのを待つ幼子のようにしているしかなかった。
体験した過去の些末なことも、体験した覚えのない空想も、すべてが等価値に迫り、通りすぎてゆく。
曖昧なままの現実と虚構の狭間に落ちて、荒れ狂う大波に翻弄される小舟のような感覚。
自分自身まで“この世に身を置かぬ者”へと変貌してしまうかのような、錯覚を引き起こす……己を見失いそうになる暗闇。
その時だった。
何か、一つのイメージが輝きを伴って明瞭になり始める予兆を感じたのは。
藁にもすがる思いで そのイメージを引き寄せようと幻想の腕を伸ばす。
もがいて、わずかでも近付こうと試みる。
幸い、イメージはおぼろげにはならず、輝きを失わず。
少しずつ手元に引き寄せられたそのイメージは、見覚えのある何かを形作り始めていた。
(……これは……)
それはつい先日、タキオンさんから贈られた、ミントンのハドンホール……彩り溢れた皿の上に華やかな花々が咲き誇る器の、一組のティーウェア。
(どうして……これが……?)
箱を開けた一度きりしか目にしていない、でも確かにその一瞬で心に焼き付いた艶やかさ。
ソーサーを下から片手で支え、もう片手でカップが揺れぬように引き寄せる。気が付けば、強ばりに動きを縫い付けられていた私の両腕は、そう自分の思うままに動いていた。
キーン、と。
その瞬間にひときわ大きく、静謐な響きが私を纏う暗闇に響くと、辺りに轟々と荒れ狂っていた波がいつの間にか凪いでいた。
(一体……何が……?)
ピシッ、と。
今度はやけに現実的な甲高さを伴った音が響く。
(…………あっ)
触感のない幻の両手で引き寄せたティーカップの縁からハンドルの接合部にかけて、
とても大きなひび割れが一筋、入っていた。
* * *
「はっ……、……?」
ベッドに横たえていた身体を跳ねらせるようにして起きる。
室内は静かだった。
まだユキノビジンさんは帰ってきていない、寮の部屋。
窓から差し込む光もまだ高く、温かい。
気付けば、耳鳴りも全身の妙な強ばりも、身体にまとわりついていた“嫌なもの”が綺麗さっぱり拭い去られていた。
先程までは探してようやく気配を察する程度でいた“おともだち”の存在感も、今ははっきりと、窓辺のそばに感じ取ることが出来ている。
「……どうして…………じゃない、わかってる……」
明晰夢か白昼夢か、それとも違う何かかはわからない。でもわかる。
あのイメージ……。
タキオンさんから贈られたティーウェアの強烈な印象が、私を捕らえていた“嫌なもの”を祓った、そうとしか思い付かなかった。
私はベッド脇に立つと、急いで装いを寝間着から制服に着替える。
もし、あのイメージが本当にそうなのであれば……
確かめなきゃいけない。
そんな気を逸らせつつ、私は寮の部屋を飛び出して、校舎の旧理科準備室へと向かう。
扉のノブは抵抗なく回り、左手に取り出した鍵をポケットにしまうのも慌ただしく、私はドアを開けて後ろ手に閉めて、ティーウェアを閉まった食器棚へ向かう。
逸る気持ちを抑えつつ、慎重に箱を取り出してテーブルに置いて、そぉっと箱を開けてみた。
「………………あ」
そこに在ったのは、夢幻の狭間で見たままの、ミントンのハドンホールで、そしてイメージに現れたのと同じように、ハンドルの上の方がカップから離れてしまうくらいの大きなひび割れが、そのまま存在していた……。
一体どういうことが起きれば、このようなことが起きるのだろうか?
そんな至極真っ当な疑問とは裏腹に、やはり……、という気持ちも私の中にははっきりと、確証めいたものを実感していた。
心の内を占めるのは、ほんのささやかな後悔。
「……大事にとっておかないで……、一度くらいは使えば良かったです……」
持って生まれた役目を果たさせずに使えぬ物にしてしまった、カップへの謝罪。と共に、感謝の念。
「すみません……せっかくのプレゼントを……。……タキオンさん」
まるで、欠けた破片が指先を傷つけたかのような、チクリとした痛み。
その痛みは小さいながらも、なんだかとても消えそうにない、そんな気がした。
* * *
「ふぁぁ~あ、呼んだかい?カフェ」
「タ、タキオンさん?!」
びっくりする。この部屋の、彼女の“テリトリー側”の最奥から、聞き慣れた声がやって来た。
「どうしたんだい、カフェ。何だか行き急ききって入ってきたようだったが」
弛緩していた身体の様々な箇所を確かめながら伸ばしたりしつつ、あくび混じりの言葉を連れてタキオンさんが私のテリトリー側へ近付いてくる。
「おや? それはこの間の……」
語尾を濁しながら、そして確実にそれだと確認出来る近さまで寄ってくるタキオンさん。
これは、例え信じてもらえずとも、伝えるほかはない……
「あの……その……タキオン、さん。これ、は…………」
観念した私は言葉を紡ごうとするが、一抹の罪悪感がそうさせるのか、なかなか思った言葉が口から出てゆかない。
「……なるほど。さすがはフクキタルくんだ……これは、そういうことか……。実に面白い現象だ!」
突然、タキオンさんは何か全ての得心がいったとばかりに小さな叫びを上げた。
訳のわからない私は、言葉を出すことも、忘れてぽかんとタキオンさんを見つめてしまう。
「ん? ……ああ、カフェには言ってなかったが、この食器を入手に至った経緯があってだね……」
私の様子に気が付いたのだろう。タキオンさんは軽快な口調で、言の葉を紡ぎ続ける。
「ちょっとした世間話をしにマチカネフクキタルくんに会いに行ったんだが、最後にこんなことを言われたのさ。
『探し物は東南の方角。そこで咲き誇る小さな花園。親愛なる人物を護る物なり』
「そう、シラオキ様よりの言伝てを預かっておりました!」
とね」
弁が乗った時のタキオンさんの調子で、対面している相手の様子を鑑みることなく流暢に、独り語りを続けてゆく。
「別段自分の探し物など無かったはずだ、とその時は思ったんだが、数日経ってカフェへのプレゼントがそれではないかと思い至ってね。
特に何の当てもなかったから、シラオキ様の言う通り、とばかりに学園から東南の駅前商店街へと繰り出してみたら、雰囲気のあるアンティークショップを見つけてね。
そこで“小さな花園”とやらを探してみたら何とまあ、確かにそこに咲いていたのが、そのティーセットだった、というわけさ!」
一呼吸入れたタキオンさんが、チラリと私の方を伺う。
傾聴している私がそのままでいると、タキオンさんは満足げに一つ頷くと、再び言葉を続け始める。
「さて、ではこのセットを購入すると決めて店主に頼んだのだが、会計前に不思議なことを言われてね。
それと言うのも、私がプレゼント用だともラッピングを頼もうともする前に、
『お友達への贈り物とされるのでしたら、きっとその方を助けてくださいますよ』
なんてことを言われたのさ。
不思議だろう? 見透かされたものだ、これが長年の客商売で培う勘、てやつかと、感心したくらいだよ。
そして、今日のカフェの様子とカップのこの状態だ!
正直に答えてくれたまえ、カフェ。
……何か、とても君の助けに、このカップはなったのじゃあないかい?」
タキオンさんが探究の信徒になった時の眼差しで、私を見つめてくる。
朗々としたタキオンさんの語りにのみ込まれていた私は、言葉も発することを忘れてただ、こくりと一つ頷くだけだった。
その様子に満足がいったのか、タキオンさんは一度目を伏せると、再び開けた瞳には何かを追い求める時の張り詰めた強さは鳴りを潜め、普段の達観した柔げな印象に変わっていた。
「なら、そのカップは役目を果たし終えたのだろう。
カフェ、君が済まなく思うことはないよ。むしろお礼を伝えておくといい。その時には、私の分もよろしく頼むよ」
そう言ってタキオンさんは、私の肩を一度ポンと叩くと、興味を失ったように自分がうたた寝していた椅子まで戻っていってしまった。
何とも不思議な話だ。
タキオンさんは変わっているが、そうした非科学的な物事に対して大抵は否定的な態度を取ることが多いのだけど、唐突にまるで全肯定的な……本人の言葉を借りれば
『あるものはあると、認めざるを得ないじゃあないか! それで理解が進むのであれば、私は喜んで認めるとするよ!』
という態度を取る時もある。
私もマチカネフクキタルさんのシラオキ様が下す占いの話は耳にしているけれど、ときおり不可解にして神秘的なお告げがあるとだけは聞いていた。
「……タキオンさんがそういうのでしたら……。タキオンさんから頂いたものなので、気にしないようにします……」
もしかしたら、一度も使わずしまい放しにしていた私を気遣った、優しい虚構かもしれない、とも思う。
タキオンさんなら、瞬時に今の逸話くらいなら捻り出してしまいそうなものだからだ。
「それでは私も、来月の贈り物はそのアンティークショップでお買い物をしたらおあいこになりそうですね?」
私も今の話に合わせて、思い付いた理屈を告げてみた。
「ああ、それなんだが……不思議な話でね……」
タキオンさんは椅子に座り背を向けたままでいたが、仰け反ってこちらを逆さまに見るようにして
「駅前商店街にそんなアンティークショップはないらしいんだ。私もその一度きりしか来店していない……ホント、不可思議極まる話じゃあないか……そうは思わないかい、カフェ?」
* * *
後日、私も向かった駅前商店街には確かに、該当するようなアンティークショップは存在しなかった。
商店街の色んなお店の方にも伺ったのだけど、そんな店は最近どころか、以前からあったためしはない、という。
また、以前は季節の変わり目頃はずっと悩まされていた、付かず離れずまとわりついていた“嫌なもの”が私を苛むことがなくなった。
少なくとも今年は、その日以来悩みの一つが解消していた。
そんなことがあって以来、食器棚の隅に箱ごとしまい込んだティーウェアを時々見直すのだけど、当然ひび割れが勝手に治っていた、などということもなく、また私の夢うつつに現れることも二度となかった。
今は食器棚で静かに眠りについている。
もうすぐで3月も終わる。そうしたらすぐにその日になってしまう。
私は急いで調べて、ネットショッピングでそれを届けてもらうように準備した。
ミントンのハドンホール。
ティーウェアではなく、マグカップのペアセット。
届いたら、そして片方をタキオンさんに渡したら、今度こそ飲もう。
彼女の入れた温もり溢れる琥珀色した紅茶を。
終わり
引っ越しし、独り住まいを始める時に購入してから約20年、我が家の食器棚に眠り続けている『ミントン』の『ハドンホール』ティーウェア2組がディテールの参考になりました。
私も普段は一番くじ景品のマグカップで紅茶や珈琲を飲んでますが、たまに色々用意して素敵な茶器でお茶をするのも楽しいので、皆さんも取って置きの食器を探してみてください。