なんか声が似ている二人が入れ替わる話

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亜羅椰さんが頭打ってヒーローガールになるお話/ソラちゃんが頭打ってプレイガールになるお話

 保健室。

 軍事機関でもあるガーデンの保健室とは即ち医務室であり、野戦病院であった。

 この日、百合ヶ丘女学院の保健室に一人のリリィが担ぎ込まれていた。

 ベッドの上、仰向けとなっているのは薄い赤毛のリリィ。両の目は閉じられたままで、開く気配は見られない。

 そしてベッドの傍らにある椅子には彼女の同輩が二人。目を覚まさない仲間を沈んだ面持ちで見つめていた。

 

亜羅椰(あらや)ちゃん、目を覚ますよね……?」

「大丈夫よ樟美(くすみ)。その内起きるから」

 

 か細い声で呟くように尋ねてくる親友――――江川樟美(えがわくすみ)に、田中壱(たなかいち)は努めて穏やかな口調で答えた。

 

「もし、このまま、ずっと眠ったままだったら……」

「大丈夫だって。亜羅椰があの程度でどうにかなるような奴じゃないって、樟美もよく知ってるでしょ? だから大丈夫」

 

 不安げな樟美を慰めている壱も、内心では気が気でなかった。ただ、落ち込んでいる親友の姿を目の前にして、自分でも驚くほど冷静になれたというだけのこと。

 ベッドの彼女――――遠藤亜羅椰(えんどうあらや)は作戦中に下手を打って保健室送りになったわけではない。危機に陥った仲間を庇った結果の()であった。その事実が、見舞いに来た二人やレギオンの他のメンバーの顔により一層深い影を落としていたのだ。

 

 ――――本当に目を覚ますのだろうか?

 

 さっきは樟美の手前ああ言ったものの、壱自身も確証など持てはしない。

 総じて頑健な身体を持つリリィだが、物事に絶対という言葉は無いのだ。

 

「んっ……」

 

 不意に、小さな声が漏れた。

 壱のものではないし、隣の樟美のものでもない。

 気付けば、ベッドの白い掛布団がもぞもぞと動いていた。

 

「亜羅椰ちゃん!」

「亜羅椰!」

 

 俯いていた樟美がパッと顔を上げて椅子から立ち上がり、壱もすぐさまそれに続く。

 二人で枕元に近寄ると、亜羅椰の整った眉と長い睫毛が動くのが見て取れた。

 ずっと閉じられていた目蓋が持ち上がり、周囲を見回して開口一番――――

 

「ここは、一体どこでしょうか?」

 

 妙に爽やかな声が壱の耳に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソラシド市。

 山々と川に囲まれた風光明媚な地方都市。

 そんなソラシド市内の病院で一人の少女が目を覚ました。澄んだ天空みたいな青髪と青い瞳を持つ少女だ。

 

「ソラちゃ~~~ん! 良かったよぉ~!」

 

 ベッドの上で上体を起こした少女に、薄桃色のロングヘアにシニヨンを結った女の子が抱き付いた。

 

「もうっ! 変身してない時に無茶しちゃ駄目だよ! 私を庇ったせいなんだけど、それはありがとうだけど……。でも、ソラちゃんに何かあったら、私、わたしぃ……」

 

 華奢な胸元に顔を埋めて泣きじゃくり、最後には鼻声になっていく。

 ソラと呼ばれた少女は、薄桃色の髪からふわりと香る花のような芳香を体の中へ取り入れつつ、黙して思索に耽っていた。

 そうして女の子が幾分か落ち着いた頃、ソラはようやく口を開く。

 

「少しばかり記憶が混乱しているのだけど。ちょっと教えてくださらない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院、LG(レギオン)アールヴヘイム控室。

 茶菓子やティーカープが並んだローテーブルの前で、金髪を後ろで一本に結ったリリィが腕組みしながら相槌を打っている。

 

「ふむふむふむ……。亜羅椰の中身が入れ替わったって話、どうやら本当みたいね」

 

 テーブルの向こう側のソファに腰を下ろす後輩を興味津々といった様子で見つめているのは天野天葉(あまのそらは)。百合ヶ丘のトップレギオン、アールヴヘイムの主将を務めている上級生だ。

 レギオンとは複数人のリリィで構成される部隊単位で、主将ないし隊長はレギオンを運用する長のことである。

 

「はい。自分でも何が何だか……」

 

 渦中の少女は折り曲げた膝の上に両手を置き、姿勢正しく背筋を伸ばして座っている。いつもの不敵な態度も中身が違う今は鳴りを潜め、代わりに困惑と不安が滲んでいるようだった。

 困惑しているのは彼女の隣に座る壱も同じ。緑髪のロングストレートに勝ち気なツリ目の厳格なクラス委員長は、しおらしい悪友の姿を前にどんな反応をすれば良いのか戸惑っていた。亜羅椰の中に居るソラ・ハレワタールと名乗ったこの女の子、どうやら身体の持ち主と正反対の性格らしいのだ。

 

「この現象、保健室でもお手上げ状態だったけど。百由(もゆ)の所に話を持って行ったら、解決できるかもしれないって」

 

 壱からソラを挟んだ反対側で、桔梗色をロングヘアに伸ばした上級生が現状について説明してくれる。彼女――――番匠谷(ばんしょうや)依奈(えな)が名前を出した真島百由(ましまもゆ)はリリィであり技術者であり研究者でもある。一言で言うなら天才と称するべき人物だった。

 とは言え、幾ら天才でも異世界の人間と入れ替わった中身を元に戻すなんて芸当が可能なのだろうか?

 壱と同じ疑問を天葉も抱いたらしく、訝しげに眉を下げて依奈に問い掛ける。

 

「流石の百由でも、すぐにそんな装置は作れなくない?」

「すぐには無理だけど、作れることは作れるそうよ。シナプスでやり取りされる電気信号を再現して、それを亜羅椰が頭を打った現場で観測された空間の歪みを通して送り込んで……とか何とか」

「ふーん。百由がそう言ってるんだったら、きっと出来るんだね」

 

 天葉は一転して朗らかな笑みを浮かべた。

 一番不安な本人を前にして、周りがいつまでも後ろ向きな調子ではよろしくないと思ったのだろう。天野天葉という人物はそういう人間だった。

 

「ソラさん、だったね。まあなっちゃったものは仕方ないし、元に戻れるようになるまで旅行か何かだと思ってゆっくりしてくれたらいいよ」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 天葉の気さくな態度に、ソラは元気よく返事をした。

 誰とでもすぐに打ち解けられるのは、アールヴヘイム主将の特技の一つである。

 

「でもソラだとうちのソラと名前がかぶって紛らわしいわね」

 

 依奈がそんなことを言い出した。

 天葉は特に親しい友人たちからソラと渾名で呼ばれていたのだ。

 

「よし、うちの方は今からキャイーンって呼びましょう」

「何でよ! 普通に天葉でいいでしょ!」

 

 二年生二人のやり取りに、周りからクスリと笑いが漏れる。その中にはソラも含まれていた。

 

「まあとにかく、そういうわけだから。校舎を案内がてら、こっちのことを説明するわ。何か質問があったら遠慮なく聞いてちょうだい。答えられる範囲で答えるから」

「分かりました。わざわざ私のために済みません。お願いします、壱さん」

「え、ええ。気にしないで……」

 

 この顔で純な視線を向けられるのは、まだ慣れない壱であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソラシド市街。

 病院を出て帰路に就いた二人は街の中を歩いていた。

 青髪をサイドテールに結ったソラ・ハレワタール改め遠藤亜羅椰は大方の状況を把握した。病室からここに至るまでの間に、虹ヶ丘(にじがおか)ましろから懇切丁寧に教えて貰ったからだ。

 ましろは今も亜羅椰のすぐ隣に並んで色々と話し掛けてくる。

 

「――――でもソラちゃん、本当にまだ休んでていいんだよ? 病み上がりだし。無理したら危ないよ」

 

 ましろがパッチリと大きな瞳に不安の色を湛えて見つめてきた。

 心配性というよりも世話焼きな気質という印象を亜羅椰は抱く。

 

「そういうわけにもいきません。そのカブトンとかいう悪党が悪巧みを働いている以上、大人しく寝てはいられませんから」

「……そっか。でも本当に無理しないでね? 私だって戦えるんだし」

 

 自信と余裕に満ちた亜羅椰の態度に、ましろも少しだけ安堵したようだ。

 泣き顔よりも笑顔の方がよく似合う娘だと亜羅椰は思った。

 

「病院でソラちゃんから記憶がなくなっちゃったかもって聞いた時、実はすっごく怖かったんだ」

「…………」

「ソラちゃんが私のこと忘れてたらどうしようって。だから、すぐに思い出してくれて良かった!」

 

 パッと花のように咲いた笑顔が亜羅椰のなけなしの良心に突き刺さる。

 亜羅椰が最初に事実を黙っていたのは、余計な混乱を避けるためという真っ当な理由が半分、面白そうだからという不謹慎な理由が半分。

 それを今更話すわけにもいかず、現在に至る。

 

(さて……)

 

 何と声を掛けようか亜羅椰が思案していると、横の車道を一台の車が速度を上げて走っていることに気付く。

 車道の端には、今朝方に雨が降ったせいか、そこそこ大きな水溜まりがあった。

 車が横を通り過ぎる直前に、元々車道に近い側を歩いていた亜羅椰はましろの腰を抱き上げると同時に、背中を車道の方に向けて自らの体を盾にする。

 

「ひゃっ!」

 

 可愛らしい悲鳴はタイヤに散らされた水のせいではない。水は全て亜羅椰の足元に落ちたのだから。

 車が過ぎ去った後、亜羅椰は左手を腰に回したまま、右手でましろの柔らかいほっぺたを包み込むように触る。

 

「心配御無用。こんな素敵な友達のことを忘れるなんて、あり得ませんから」

 

 少々の間、呆然としたましろは細められた青の瞳と見つめ合っていた。

 ややあって、我に返ったかのように数歩後ずさって亜羅椰から距離を取る。

 

「あっ、ああああああのっ! ソラちゃん、少し変わった?」

「変わった……?」

「あ、ううん! 別に変な意味じゃないの! ただちょっと、何となく、大人っぽくなったというか……。雰囲気とかも、ね」

 

 両の手の平を広げて左右にパタパタと振るましろ。勘がいいし、年の割にしっかりとした娘のようだ。

 

「人間誰しも変わるものですよ。三日会わざれば刮目して見よ、とよく言うでしょう?」

「そ、そっかー。……あ、そろそろお家が見えてくるよ。やっぱり今日は早く帰って早く休もうね」

 

 焦って出てきたましろの台詞とは裏腹に、帰路はまだもう少し続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虹ヶ丘邸。

 

「お婆様、大変に博覧なご様子ですが。本を運ぶ際は私をお使いください」

「あら、ありがとうソラさ…………ソラさん?」

「ふふふふふ」

 

 

 

 

 

「だぁー、あぁー、だぁー」

「ふふっ、これは将来が楽しみですわね? プリンセス」

「だぁ?」

 

 

 

 

 

「あげはお姉様。お車もお召し物もワイルドで素敵ですが。今度コスメを選ぶ時はお供させてくれません? 色々と勉強したいので」

「え、なになにどしたん? ソラちゃん、キャラ変? う~ん、悪くはないんだけど。ましろんを泣かせるようなことはいけないよ?」

「うふふ、肝に銘じておきますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、再びソラシド市街。

 よく晴れた昼下がり。たまたま一人で出歩いていた亜羅椰は市中の騒めきに遭遇する。

 強盗。いや無銭飲食だ。チェーンの回転寿司屋から悲鳴が轟き、出入り口のドアが開いて恰幅の良いシルエットが姿を現す。

 

「美味いっちゃ美味いが、まだるっこしいのねん。飯がモタモタトロトロ来るのを待つなんて、馬鹿みたいじゃねーか」

 

 文句を言いつつ御満悦にゲップを吐き出すその人物。鶏冠みたいに立派なモヒカン、でっぷりと突き出た腹とヘソ、大きな豚の鼻。

 人間離れした容姿を見ても、周辺の通行人は「また迷惑系キュアチューバーが何かやらかしたのか」と遠巻きに暢気な視線を送っていた。

 

「貴方がカブトンさんね」

 

 店の前の歩道を進んでいた亜羅椰は立ち止まる。

 すると豚の魔人はくるりと向きを変えた。

 

「もう突っ込まないのねん。……フン、今は一人か。都合が良い」

 

 元々目つきの悪い目を更に細めると、豚の魔人は五指を開いて右手を大きく真上にかざす。

 

「毎度毎度邪魔しやがって。今日こそギッタンギッタンのボッコボッコにしてやるのねん!」

 

 平手が真下の地面を叩き付ける。

 

「カモン! アンダーーーグッ、エナジィ!!!」

 

 闇が瞬き地を奔る。向かう先は、装飾物として寿司屋の敷地に鎮座する大岩だった。

 その大岩が闇の力を浴びて鳴動する。腕が生え、脚が生え、アスファルトの地面にゆっくりと立ち上がる。丸い二つの目を見開くと、自身の名を雄叫びとして咆哮する。

 

「ラ ン ボ ー ッ グ !」

 

 直立する5メートルの大岩。

 突然のモンスターの出現に、周囲の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 

「やれっ、ランボーグ! もう一人が来ない内に片付けろ!」

 

 敵の姿をジッと観察していた亜羅椰目掛けて、ランボーグの拳が降り下ろされた。

 真後ろへステップして拳骨を躱す亜羅椰は、体の動きに違和感を覚えないことに感心していた。聞いていた通り、ソラは普段からかなり鍛えているようだ。

 距離を取って着地した亜羅椰はランボーグの巨体を見上げながら、腰に吊るしたミラージュペンを手に握る。

 

「リリィ……いえ、ヒーローの出番のようね」

 

 何をどうすればいいのか、体が覚えていた。

 ペンの蒼い輝きが亜羅椰の体を包み込みと、纏う衣装が変化する。大空を思わせる青と白のドレスへと。またサイドテールは腰より長いツインテールへと。

 片足立ちで、スカイミラージュを握る左手を真っ直ぐに伸ばしてポーズを決める。

 

「無限に広がる青い空! キュアスカイ!」

 

 割とノリノリな遠藤亜羅椰(高等部一年生)であった。

 

「ランボーグ! 撃ちまくれ! 奴を近付けさせるな!」

 

 主の指示を受け、ランボーグが全身を震わせて石の礫をばら撒いた。雨の如く降り注ぐ無数の弾丸によって前方の歩道が忽ち穴だらけになっていく。

 バックステップを繰り返して危なげなく回避する亜羅椰。しかし開いていた間合いが更に広がり、キュアスカイお得意の接近戦から遠ざかってしまう。石の弾幕は狙いこそ甘いものの、弾切れを起こすことなく五月雨式に襲い掛かってくる。

 そんな中、大きく外れた一発の礫が亜羅椰の後方へ飛んでいった。礫はビルの外壁にぶつかり、抉れた箇所から瓦礫がバラバラと落下する。その下には、屋内に居て逃げ遅れたのか、一人の人がへたり込んでいた。

 亜羅椰は迷わず後方のビルへと跳ぶ。瓦礫の墜落より先に、不運な市民を抱えて跳躍、その場から離脱する。

 面食らった様子で亜羅椰にしがみ付くその人物はブレザー姿の女子学生だった。中学か、高校に上がりたてと言ったところか。

 安全な場所まで移動してから、亜羅椰は相手を安心させるように軽い笑みを浮かべる。

 

「お怪我はありませんか?」

「あっ、は、はいっ」

「……あら、ごめんなさい。私としたことが。綺麗なお顔を埃で汚してしまったわ。よろしければ後ほど、お詫びさせてください」

「え、えっと、その……」

 

 しどろもどろになる女子学生に代わり、外野の方から怒声が飛んで来る。

 

「こらーっ! 戦いの最中に何やってるのねん! 真面目にやれー!」

 

 鼻息を荒げて怒り心頭の豚面に、亜羅椰はゆっくりと向き直って冷たい視線を送る。

 

「ちょっと、いいところで邪魔しないでくださる? カブタックさん」

「カブカブ~! ス~パ~チェ……って出来るかーーー!」

「チッ」

「と言うかお前、ツレが居るのに他の女を口説くとか。ヒーローがそんなことしちゃあ、駄目だろ!」

 

 なお戦いはキュアスカイの圧勝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院。

 あれから数日ばかりが過ぎた。

 慣れぬガーデン生活をサポートするためソラに付いていた壱だが、幾つか気付いたことがあった。

 

「人々の暮らしを守るためにヒュージというモンスターと戦っている。リリィの方々ってヒーローなんですね!」

 

 その一つが、ソラという女の子は明るくポジティブな(たち)だということだ。

 当初は困惑していたのも、いきなり見ず知らずの土地に放り込まれ、その上別人に成り変わっていては無理もない。

 今のソラを見る限りでは、異世界ショックから来る驚きこそ絶えないものの、不安は薄れているように思えた。無論、それは知り合ったばかりの壱からの視点によるものなので、表面的な印象に過ぎないのかもしれないが。

 

「ところで壱さん、やはり私がリリィとして戦いに参加するのは許されないのでしょうか?」

「そうね……。前にも言ったけど、連携が重要な以上は貴方を加えてレギオンとして実戦に出撃することはできないわ」

「そう、ですか……。残念ですが、仕方ありませんね」

 

 壱らの所属するアールヴヘイムは総勢十二人。なので一人ぐらい抜けても問題無く活動できる。

 とは言え、流石にいつまでもそのままというわけにはいかない。考えたくはないが、亜羅椰が二度と戻ってこない可能性もあり得るのだ。

 場合によってはソラを含めた連携を考案する必要が出てくるかもしれない。それだけ大きいのだ。遠藤亜羅椰という存在は。

 

 話し込みながらも学院内の廊下を歩いていた二人はお手洗いまでやって来た。

 その中でソラがふと立ち止まる。

 

「あの、つかぬことを伺いますが」

「えっ?」

 

 何やら改まった様子。口にし難い内容なのだろうか。

 

「百合ヶ丘の人たちは、皆さんあのような感じなんですか? その、とても距離感が近いというか、凄く仲がよろしいというか……」

「あっ、あー……」

「それとも私が知らないだけで、友達とはそういうものなのでしょうか? だとしたら、私も考えとか態度とか改めないと」

 

 皆まで聞かずとも、壱はソラの疑問を理解できた。

 校舎の中を歩いているだけでもよく見かける光景。リリィ同士で手を握ったり、腕を組んだり、膝枕をしたり。それだけならば特筆すべきことではないのだが、特筆すべき雰囲気と言うか、空気を感じ取ったのだろう。

 百合ヶ丘に限らずガーデンとはそういう所なので全ては弁解できないが、しかし誤解のある部分は解いておかなければならない。

 

「いいえ、確かにガーデンではそういうのが多いけど。それが全てではないわ。私だって違うでしょ? ソラさんの友達像は間違っていないと思うわよ」

 

 壱の弁解染みたフォローに納得したのかしていないのか、ソラは少しの間考え込んでいた。

 場所はお手洗いの中、洗面台の前。壁に取り付けられている鏡を横目に見たソラはまたも不自然に沈黙する。

 慣れたと言っても、やはり他人の容姿の自分には思うところがあるのだろうか。そう考えた壱は下手に気を遣わず敢えて尋ねてみる。

 

「やっぱり気になるわよね」

「……と言うか、こんな綺麗な人の姿をしているのが落ち着かなくて」

「それは、この場に本人が居なくて良かったわ」

「はい?」

「ああ、何でもない」

 

 本人が聞いたら、絶対調子に乗って口説き始めるに決まっている。

 壱のボヤくような言葉に首を傾げながらも、ソラは自身の髪の先を指で触れていた。

 艶のある薄桃色の長い髪は亜羅椰本人にとっても自慢なのだろう。常日頃から入念に手入れしているようだった。

 

「それと、この髪なんですが」

「髪? 髪がどうかしたの?」

「友達の髪と似ている気がして。それで、おかしな話なんですが、髪を見ていると恥ずかしくなってしまって。ほ、本当に変ですよね!? 自分でも変だと思います……」

 

 俯いて頬に赤みを差し、尻すぼみになる言葉。その手は髪を触っていたかと思えば、自身の腕を制服の上から強く掴む。

 亜羅椰の姿をしたソラのそんな仕草を前にして、壱に電流が走る。

 

(これはまずい。一刻も早く二人を元に戻さないと。私でさえこれだけぐらついたんだから、他の子たちにはとんでもない悪影響よ! このギャップは!)

 

 割と深刻に危惧する壱。

 しかし同時に、この殊勝な女の子の望みを叶えてあげたいとも思った。

 壱では彼女を元の世界に帰すことはできない。その代わり、他の形で力になれるかもしれない。

 

「ソラさん。レギオンでの作戦は無理でも、それ以外ならもしかしたら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院南西部。旧市街放棄地区。

 鎌倉の南に位置する由比ヶ浜のヒュージネストが撃破されて以来、百合ヶ丘に大型ヒュージが襲来するケースは大きく減った。

 ただそれでも他地域や海上から小・中型ヒュージが進出することがあるため、百合ヶ丘のリリィが迎撃に出撃していた。

 そして今日も、海岸線に程近い無人の町並みの中、三人のリリィがチャームを手に任務に臨む。

 

「いい? 訓練場で何度も練習したでしょ? ブレイドモードへの変形。やってみて」

「は、はい! ……できました!」

「じゃあ次はシューティングモードに戻して」

「……できました!」

「ん~~~、よろしい」

 

 折り畳まれた火砲が前後に展開して刃を突き出す。そして刃がまた折り畳まれて火砲へと戻る。

 リリィの操る決戦兵器、チャーム。その中でも扱いやすく初心者向きとされる『グングニル』がソラの手で変形を繰り返していた。

 リリィとして新米も新米なソラを指導しているのは、透き通った空色の髪から長い三つ編みを左右に垂らした少女、森辰姫(もりたつき)。アールヴヘイムの戦友で工廠科に学ぶ技術者(アーセナル)の彼女は亜羅椰のルームメイトでもある。

 辰姫はソラが亜羅椰と入れ替わった当初こそ「亜羅椰が変になった! 何かこう……変!!!」などと騒いでいたものの、今ではこうしてチャームの手解きまで引き受けていた。

 面倒臭がり屋でいつも亜羅椰に世話されていた辰姫だが、逆に世話を焼く妹分ができたみたいでやる気が湧いてきたのだろう。

 

「亜羅椰の元々のチャームは癖が強いから、工廠科から予備のグングニルを貰ってきたの。その分、働きに期待させてもらうわよ」

「はい、壱さん!」

 

 ソラが真剣な眼差しで溌溂とした返事をした。

 通常、外征任務や迎撃任務などの本格的な戦闘任務はレギオン単位でなければ参加できない。例外的にレギオンに属さないフリーのリリィで出撃するケースはあるが、それだって最低限の人数があってのこと。

 その一方で、ガーデン周辺の哨戒任務は少人数で受諾できる。あくまでもパトロールが本旨であり、強力なヒュージと接触した際は援軍を待つのが基本だからだ。勿論、倒せるのならそのまま倒してしまっても構わないのだが。

 

「おっ、早速ヒュージが来たよ」

「えっ、どこですか!? 一体どこから!」

「辰姫はヒュージの声が聞こえるのよ。視界に映らなくても、近くまで来てるはず」

 

 焦って周囲360度を警戒し始めたソラに、壱が事情を説明する。

 

「うーん。数は少なそうだし、ちっこいのばかり。期待外れだわ」

「いいのよ、それで。私たち哨戒で来たんだから」

 

 哨戒任務とは言えイレギュラーなソラの出撃がガーデンに認められたのは、工廠科の……百由の意向が大きいと思われる。

 ソラのデータがどんなものでも取れれば、彼女を元の体に送り返す装置の一助になるかもしれない。そうでなくとも、極めて稀有な現象に置かれた人物の戦闘データは貴重な代物に違いない。

 

「来たわ! 二時方向、スモール級3!」

 

 壱の警告。

 無人の廃屋の狭間から、直径2メートルほどの球形に鎌状の三本脚を生やした物体が姿を現した。

 生物離れしたメカニカルな銀灰色の装甲はヒュージの証だ。

 

「あれが、ヒュージ……!」

 

 ソラは再びブレイドモードに変形させたグングニルを握り締める。

 

「それじゃあセンターはソラさんに任せるわ。私と辰姫が両翼からフォローするけど、無理せず突出し過ぎないようにね」

「はい、了解しました」

 

 ソラの構えはチャームに触れて間もない割に、様になっていた。体幹の良さもあるのだろう。聞けば幼い頃から鍛えていたらしい。

 

「ヒーロー……いえ、リリィの出番です!」

 

 地を蹴ったソラは風を切って前方のヒュージへと突貫する。

 常人の動きを遥かに超えた速度。しかしソラは少しも気後れすることなくグングニルの切っ先を突き出す。

 想定外の肉薄に虚を衝かれたのか、先頭のヒュージは振り上げた脚による打撃をすり抜けられて、胴体に刃を突き立てられた。球形の体だが、湾曲を利して刺突を弾くこと叶わず、火花を散らして地面に崩れ落ちる。

 

「へー、あの子結構やるじゃない。初めてにしては」

 

 お気楽に人のことをそう評する辰姫はチャームの砲撃であっさりと二体を倒してみせた。

 

「油断しない。すぐに新手が来るわよ」

 

 辺りの廃屋から三人を半包囲する形で増援のヒュージが続々と接近してくる。

 それにも臆せず、ソラはチャームを正眼に構える。

 

「人々を苦しめるヒュージ、私が相手です!」

 

 射撃はともかく近接戦闘には瞠目すべきものがある。辰姫には苦言を呈したが、壱もまた彼女の戦い振りに目を引かれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソラシド市。

 プリキュアの力によってランボーグとカバトンを撃退した亜羅椰は同居人であるましろと落ち合っていた。

 

「でもびっくりだよ~。急いでかけつけたら、ソラちゃん一人であっという間に倒してたんだもん」

 

 夕暮れの街を二人並んで歩く。

 ついさっきまで白昼の市街で戦闘が繰り広げられていたというのに、辺りは既に落ち着きを取り戻しつつあった。騒動に慣れているのか、逆に元来鷹揚な市民性なのか。

 

「ソラちゃん元々強かったけど、もっと強くなってない?」

「ふふっ。前にも言ったけど、人は変わるものです。強くもなれば、弱くもなる」

「そう……」

 

 ましろという少女、亜羅椰にとっては最近出会ったばかりの同居人だが、この体の持ち主にとってはそれだけではないらしい。

 では実際に二人の関係はどの程度なのか。それを確かめようと思うのは、亜羅椰の性格からしたら当然の帰結であった。

 

「変わるのは人だけじゃなくて、人と人との関係もそう。私とましろさんの関係も」

「えっと、それってどういう意味なのかな?」

「私は貴方ともっと先に進みたいと思っているけど、貴方はどうなのでしょうか」

 

 二人は街の中心部から外れた閑静な住宅区に移っていた。

 立ち止まった亜羅椰は夕焼けの赤を背にして、ましろの顔と正対する。

 

「ええ!? それは、えっと、何て言うか……」

 

 答えに窮し、ころころと百面相の如く表情を変える。

 そんなましろへゆっくりと亜羅椰の顔が近付いていく。

 反射的に目を瞑ったましろと鼻先が触れるより先に、真横へずれた亜羅椰の口が耳元で囁く。

 

「ましろ」

 

 ビクッと揺れた桃色の髪が亜羅椰の横顔に触れた。

 その直後、ましろの両手が亜羅椰の両腕を掴み、二人の距離を開けた。

 

「あのっ! ……私たち、まだまだ子供だから。だから上手く答えられない、かな」

 

 年の割に自分をしっかりと持っている。そう感じた亜羅椰の印象は正しかったようだ。

 

「でも! いつかきっと、ソラちゃんの気持ちに答えられると思うから。本当だよ、約束するよ」

「そうですか……。ならば必ず、応えてあげてね」

 

 そう言った次の瞬間には、亜羅椰の意識は薄れ始めていた。

 

「ソラちゃん?」

 

 力が抜け始め、立っていられなくなった亜羅椰を慌てて支えるましろ。

 

「ちょっ、ソラちゃん!? ソラちゃん!」

 

 別の女の名を、本来この身体が呼ばれるべき正しい名を耳にしながら、イレギュラーである亜羅椰の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソラちゃん!」

 

 懐かしさすら覚える、久しく聞いていなかった声によってソラ・ハレワタールは飛び起きる。

 

「ましろさん!」

 

 覚醒し切っていない頭で、押し倒さんばかりの勢いで声のした方に飛び付くソラ。

 

「ましろさんましろさんましろさんましろさんっ!」

「ど、どうしたの急に? 落ち着いて~!」

 

 徐々に頭がはっきりしてくると、ソラは一旦口を閉じる。柔らかな温もりを抱いた両腕はそのままで。

 

「ソラちゃん大丈夫?」

「……はい。ただ、随分とましろさんの声を聞いていなかったような気がして」

「あはは、そんなまさか~」

「そう言えば、私はどうしてこんな所に居るのでしょうか? いつの間にか夕方になってますし」

「えーっ!? ソラちゃん、また記憶が混乱しちゃったの!?」

 

 ましろの話を聞いたところ、随分迷惑と心配を掛けてしまったと反省する。

 それはそれとして、ソラはましろの肩口に顔を埋めたまま動こうとしない。

 尻餅を付いている状態で抱き付かれたましろは身動きの取りようがないだろう。

 

「あのさあ、ソラちゃん。そろそろ離してくれないかなぁ」

「……嫌です。離れたくありません」

「これじゃあお家に帰れないよ~」

 

 反省した傍から我が儘を掛けるソラにも、ましろは優しく諭すように応じる。

 

「じゃあさ、今日はお家でずっと一緒にいようよ。一緒にお風呂入って、一緒に私の部屋でお泊りして、それから一杯お話しして――――」

 

 欠けた隙間を埋めたいと感じていたのは、どうやらソラだけではなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院、LGアールヴヘイム控室。

 遠藤亜羅椰が無事に戻ってきた。いや、無事と言って適切なものか。彼女は入れ替わっていた間の記憶が極めて曖昧のようだった。

 元に戻る装置を開発した百由は事前に「ここ最近の記憶に不具合が生じる恐れがある」とソラに注意していたのだが、本人はそれでも装置の使用に同意した。

 だからこそ今ここに亜羅椰本人が存在できているのだ。

 壱に確かめる術は無いが、ソラが元の世界に戻れたことを祈らずにはいられない。

 

(それにしても……)

 

 壱は改めて疑問に思う。亜羅椰とソラ、一見正反対な性格の二人がどうして入れ替わってしまったのか。

 

「……ふふ」

 

 ところがすぐに考えることを止め、自嘲めいた笑みを零す。

 入れ替わる前、亜羅椰は仲間を庇って負傷した。そしてソラが似たような行動に出たことは想像に難くない。

 根っこにどこか似たものを持っていたから入れ替わったのだ。

 そんな()()()()()感傷染みた推論を浮かべながら、壱は異世界のリリィ(ヒーロー)に思いを馳せる。

 その横では、銀白色のロングヘアと桃色のロングヘアの追いかけっこが繰り広げられていた。

 

「樟美ぃ! 食っちまいますわよ!」

「きゃあー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亜羅椰。あんたちょっともう一回、頭ぶつけてきなさい」

 

 

 


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