穢れなき虜囚   作:ヤン・デ・レェ

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満足

夜襲の後の交渉により、道路構築の権利と共に子供達と件の少年兵をHCLI社側が引き取ることになった。子供達に関してはジタンの行動記録を呼んだキャスパーの手によって滞りなく日本に送還され、新しい人生を送れるようにと手配された。

 

しかし、件の少年兵ジョナサン・マルに関しては、満場一致で軟禁処置と相成り、ココの部隊に引渡された。ココは少年を輸送船内の船室ではなく、急遽空いたコンテナを改装して作った窓のない部屋に留め置く様に指示していた。トイレの際には入口の見張りに口頭で許可をとり、連れ立って用を足すことが決められ、入浴は定時に見張りの監視を受けながらで行われた。

 

しかし、その他には特別の暴力もなく、少年は日がな一日、天井を見て過ごしたり、持ち込みが許可されたラジオから流れて来る音楽や情報を聞き流したり、そうして時間が来れば三食と入浴を済ませて消灯時間に眠るという、なんとも健康的だが退屈な船上生活を送ったのだった。

 

ジョナサンは満足していた。これから殺されるにしても子供たちは平穏に暮らせるらしい。暴れる気も起きず、誰一人欠けることなく平和な国に言ったのだと思えば…少なくとも今は真相はさておき、満足した気分だった。

 

キャスパーと名乗った真っ白の男は余程、自分が撃った男のことを気にしているらしく、男が救い出した子供も、そうでない子供もまとめて日本での生活を保障すると言っていた。「今回は特別だし、基盤も金もあの人のものを使ってる。彼が勝手に僕に丸投げしてるだけだよ。」とは言っていたが、それにしたって気前が良かったとジョナサンは思った。

 

そんなある日、少年の下に一人の男が現れた。精悍な顔の男は、しかしストレチャーに乗せられた包帯の塊のような形をして少年の前に現れると、彼と共に入出した真っ白い女…コンテナに軟禁される直前に少し話した記憶のある…の介助を受けながら、上体を起こした。

 

「はじめまして、ジョナサン。俺のことは何か、聞いてるかな。」

 

男の声は酷く優しかった。精悍で鋭利な刃物のような外見からは想像できなかった声に、ジョナサンは戸惑った。

 

だが、聞かれているなら答えなくてはいけない。真っ白い女からのちょっぴり警戒するような視線を潜りつつ、ジョナサンは男と向き合った。

 

「アンタのことは知らないし聞いてない。でも…多分、僕が撃ってしまった人だ。」

 

変な聞き方になってしまったと、ジョナサンは眉を八の字に歪めた。何と言うのが正解なのか…こういう時は謝るべきなのか…彼には分らなかったのだ。

 

ジョナサンの様子を伺って、という訳ではないが気にした様子も無く男は言った。

 

「俺はジタン、ジタン・コッポラって言うんだ。それで、なんだ、確かに君に撃たれた人だよ。」

 

ジョナサンは「ジタン…」と零し、それからだんまりになった。

 

ジタンは少し戸惑いながらも自分から話しかけることにした。

 

「別に君をどうこうしようとか、そんなことは考えていないんだ。何か代償をくれとも、そんなことは思っちゃいない。ただ…なんていうか、あの時の俺はどんなだった?」

 

ジョナサンは変なことを聴くやつだと思った。自分のことなのに、撃たれた時のことを覚えていないなんて、と。

 

「変なの…あの時、アンタは避けなかった。避けようともしなかった。変だなっては思ったけど、足に酷い怪我もしてた。だから動けなくてそのまま黙って撃たれたんだ…そう、思ったくらいだよ。」

 

ジョナサンの所感を聴いて、ジタンはしばらくの間空を仰いだ。

 

目を瞑り、開いてからジタンは言った。

 

「…んー…と、多分、満足しちゃったんだろうなぁ。」

 

「まんぞく?」

 

ジョナサンは不思議に思った。自分に抵抗もせずに撃たれた理由が満足してたからだなんて、と。

 

「うん。満足。」

 

「どうして?」

 

ジタンは優しい顔をして言った。

 

「君、あの子知ってるだろう?あの、マルカって子供。あの子ね、俺が助けたんだよ。」

 

いきなり何を言い出すんだろう。戸惑いながら、でもジョナサンはお礼と謝罪を言うべきかと迷った。

 

「え?あぁ、うん…ありがとう…知らなくて撃ってしまった。ごめんなさい…。」

 

ペコリと、自分でも少し不思議な気持ちになりながら頭を下げると、男が笑った。

 

「いやいや、だから、お陰で俺は満足しちゃったんだよ。」

 

「だ、だから、その満足したって何なのさ。」

 

「うぅむ…そうとしか、言いようがないんだよ。でも、そうだなぁ、凄く好いことをしたから、じゃないか。」

 

「すごくいいこと?」

 

「うん…なんか、俺はあんまり良い人じゃないからさ、でも何かを変えたんだってそういう気がしたんだよ。あの子に、そういう気持ちにさせて貰ったんだよ。それで、君の方に走っていこうとしたあの子達を見て、それで何かほっとしたっていうか、もういいやってなったんだ。」

 

ジョナサンはジタンの言葉を黙って聞いた。

 

「…なんで、僕と話そうなんて…。」

 

「一緒に来ないか?俺達と。」

 

「え…?」

 

突然の誘いに、驚いたのはココも同じだった。

 

「え!?いきなり?ねぇ、ジタンッ!私は聞いてないよ!」

 

「俺も話してないぜ?今思いついたからな。」

 

「えぇ~…もう、どうしてそんなこと思ったの?あと、君はどうしたいの?」

 

「え、えぇっと?」

 

ジョナサンは混乱していた。死んだと思っていた男が生きていて、自分と会って話したいと言ってきて、来たらきたで満足したから撃たれただのと…。ジョナサンは混乱していた。

 

「…どうして、僕なの?」

 

「俺が撃たれようと思ったのが、それが君だったからだ。」

 

「まるで他人事みたい…。」

 

「そんなもんだよ、それで?どうする?他に行く当てがあるならそれでいいし、居心地が悪かったら出てってもいい。俺が金を出すし、なんなら学校とかに通うか?今からならキャスパーに土下座してあの子たちと同じ道を、歩めるかはともかく試すことが出来る。そういう機会を、俺が用意しよう。さぁ、どうする?」

 

「…どうして?」

 

「…わからない。でも、なんとなく。」

 

「なんとなくで決めて良いの?」

 

「良くない。でも、俺が好いならそれでも構わないんだ。俺の問題だからな。さ、頭を撃ったお詫びと言ったらなんだが、少し旅行に付き合うつもりで…どうだ?給金も弾むぜ?…俺じゃなくてレームが。」

 

「……じゃぁ…。」

 

 

 

 

この日、ココの私兵部隊に新しい顔が入った。ジタン肝入りで参加した年若い新入りに皆が興味津々であった。

 

新隊員の名をジョナサン・マル。

 

仲間達は彼をヨナと呼ぶ。

 

 

 

 

 

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