「早く死なないから」
ずっとその声が頭の中に響いてくる。
「辛いって泣き叫んで、人のせいにして、自分は何にもしない」
喉を掻きむしっても、頭を机に打ち付けても消えてくれない。
「自分のSOSに気がついてじゃないんだよ」
ヘッドホンを頭にかぶって、鼓膜が破れそうになるほどの音楽を流しても、何の意味も無い。
「早く死んでくれ」
声が鳴りやまない
「頼むから」
ー1ー
「
「そうかな?」
頬に手をやると、確かに僕の口角が吊り上がっていた。
「僕、大事にしている座右の銘があってさ。笑うから楽しいっていうやつ」
「へえ。じゃあ、笑う前は楽しくなかったの?」
「どうなんだろう、わかんないや。でも、毎日生きるの楽しいよ。どんなに辛くても、笑えば前を向けるから」
「それなら、とっても素敵な座右の銘だね」
僕は笑いながら頷いた。
ー2ー
笑うから楽しい僕でも、偶に酷く気分が落ち込むことがある。その度に、眠るなりなんなりして対応していたけど、最近はどうも上手くいかない。
ネットで質問をしたら、一度病院に行った方がいいと言われ、僕はお医者さんの前にいた。
「双極性障害ですね」
医者が淡々と紙を見ながら僕に告げる。
「なんですかそれは?」
「昔は躁うつ病なんて言われ方をしていたものです。聞いたことありますか?」
「無いです」
「簡単に言うと、非常に気持ちが上がる時と、非常に気分が落ち込む時。それを交互に繰り返すうつ病です。普段はテンションが高く、偶に気分が落ち込むものなので発見しにくいのですが、病院に来る判断が出来たのは幸いでした。薬を飲めば治りますから、安心してください」
「はい……」
「それと、訊きたい事があるのですが」
「なんですか?」
「自殺を考えたことは?」
首を横に振った。
「なら良かったです。この紙を持って、近くの薬局に渡してください。そしたら、お薬が貰えますよ」
ー3ー
手鏡を見れば、ずっと笑っている自分が居る。笑いたくないのに、何も楽しくないのに、笑っている自分が居る。つい昨日までは何も疑問を抱かなかったのに。
自分は病気だった。
壁に背を預け、ズルズルと地面に落ちていく。お尻が床について、手鏡を床に置いた。
「あはは……」
部屋に転がったロープ、カッター、絆創膏。ゴミ箱の中には、赤黒いティッシュが詰まっている。
自分で双極性障害について調べた。重度になると自死を考えるらしい。その情報を信じるならば、僕はとっくのとうに重度だったわけで、平然とした顔で日常を謳歌していたわけだ。
これからどうしようか。薬を飲めば治る。だから飲めばいい。飲むことがきっと正解だ。でも、飲みたくない自分が居る。飲みたくないというよりかは、治したいという気力が湧いてこない。
「あはははは!!」
だってこんなに気分が高揚しているんだよ。なんでも出来るように見えてくる。薬なんて必要ないじゃないか。
だから、薬なんて捨ててしまおう。
ー4ー
苦しい……助けて……。薬を飲めばよかった。捨てるんじゃなかった。
死んでしまいたい。
ヘッドホンを苛立ちから投げてしまえば、あっけなく壊れてしまった。スマホで音楽を聴こうにも、周囲に霧散していくようで、僕の耳に届いてくれない。
「早く死なないと」
ロープを掴んだ。強く握りしめた。
これ以上辛い思いをする前に、自分で苦しみを絶たないと。
手が震える。
長く続く苦しみより、今ここで味わう一瞬の苦しみの方が楽に決まってる。
「頼むから」
首に全体重がかかる。でも、意識が落ちてくれない。
「早く死んでくれ」
言葉と裏腹に、足が椅子を引き寄せてしまった。
ー5ー
死ねない。
ずっと、死ねない。
一瞬の苦しみだというのに。
その一瞬が耐えられない。
僕は、どうすればよかったんだ。
こんなことなら、生まれたくなかった。
「おはよう、夏凪さん」
「おはよう!」
「今日も素敵な笑顔だね」
「ありがとう!」
僕は今日も笑顔を貼り付け、みんなの中に溶け込んでいる。