自殺って難しいよねって話

1 / 1
とある自殺志願者の話

「早く死なないから」

 

 ずっとその声が頭の中に響いてくる。

 

「辛いって泣き叫んで、人のせいにして、自分は何にもしない」

 

 喉を掻きむしっても、頭を机に打ち付けても消えてくれない。

 

「自分のSOSに気がついてじゃないんだよ」

 

 ヘッドホンを頭にかぶって、鼓膜が破れそうになるほどの音楽を流しても、何の意味も無い。

 

「早く死んでくれ」

 

 声が鳴りやまない

 

「頼むから」

 

ー1ー

 

夏凪(なつなぎ)さんって、いつも笑顔で楽しそうだよね」

「そうかな?」

 

 頬に手をやると、確かに僕の口角が吊り上がっていた。

 

「僕、大事にしている座右の銘があってさ。笑うから楽しいっていうやつ」

「へえ。じゃあ、笑う前は楽しくなかったの?」

「どうなんだろう、わかんないや。でも、毎日生きるの楽しいよ。どんなに辛くても、笑えば前を向けるから」

「それなら、とっても素敵な座右の銘だね」

 

 僕は笑いながら頷いた。

 

ー2ー

 

 笑うから楽しい僕でも、偶に酷く気分が落ち込むことがある。その度に、眠るなりなんなりして対応していたけど、最近はどうも上手くいかない。

 ネットで質問をしたら、一度病院に行った方がいいと言われ、僕はお医者さんの前にいた。

 

「双極性障害ですね」

 

 医者が淡々と紙を見ながら僕に告げる。

 

「なんですかそれは?」

「昔は躁うつ病なんて言われ方をしていたものです。聞いたことありますか?」

「無いです」

「簡単に言うと、非常に気持ちが上がる時と、非常に気分が落ち込む時。それを交互に繰り返すうつ病です。普段はテンションが高く、偶に気分が落ち込むものなので発見しにくいのですが、病院に来る判断が出来たのは幸いでした。薬を飲めば治りますから、安心してください」

「はい……」

「それと、訊きたい事があるのですが」

「なんですか?」

「自殺を考えたことは?」

 

 首を横に振った。

 

「なら良かったです。この紙を持って、近くの薬局に渡してください。そしたら、お薬が貰えますよ」

 

ー3ー

 

 手鏡を見れば、ずっと笑っている自分が居る。笑いたくないのに、何も楽しくないのに、笑っている自分が居る。つい昨日までは何も疑問を抱かなかったのに。

 

 自分は病気だった。

 

 壁に背を預け、ズルズルと地面に落ちていく。お尻が床について、手鏡を床に置いた。

 

「あはは……」

 

 部屋に転がったロープ、カッター、絆創膏。ゴミ箱の中には、赤黒いティッシュが詰まっている。

 自分で双極性障害について調べた。重度になると自死を考えるらしい。その情報を信じるならば、僕はとっくのとうに重度だったわけで、平然とした顔で日常を謳歌していたわけだ。

 これからどうしようか。薬を飲めば治る。だから飲めばいい。飲むことがきっと正解だ。でも、飲みたくない自分が居る。飲みたくないというよりかは、治したいという気力が湧いてこない。

 

「あはははは!!」

 

 だってこんなに気分が高揚しているんだよ。なんでも出来るように見えてくる。薬なんて必要ないじゃないか。

 だから、薬なんて捨ててしまおう。

 

ー4ー

 

 苦しい……助けて……。薬を飲めばよかった。捨てるんじゃなかった。

 死んでしまいたい。

 ヘッドホンを苛立ちから投げてしまえば、あっけなく壊れてしまった。スマホで音楽を聴こうにも、周囲に霧散していくようで、僕の耳に届いてくれない。

 

「早く死なないと」

 

 ロープを掴んだ。強く握りしめた。

 これ以上辛い思いをする前に、自分で苦しみを絶たないと。

 手が震える。

 長く続く苦しみより、今ここで味わう一瞬の苦しみの方が楽に決まってる。

 

「頼むから」

 

 首に全体重がかかる。でも、意識が落ちてくれない。

 

「早く死んでくれ」

 

 言葉と裏腹に、足が椅子を引き寄せてしまった。

 

ー5ー

 

 死ねない。

 ずっと、死ねない。

 一瞬の苦しみだというのに。

 その一瞬が耐えられない。

 僕は、どうすればよかったんだ。

 こんなことなら、生まれたくなかった。

 

「おはよう、夏凪さん」

「おはよう!」

「今日も素敵な笑顔だね」

「ありがとう!」

 

 僕は今日も笑顔を貼り付け、みんなの中に溶け込んでいる。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。