「修道院がなんだ、どこが修道なんだ!」
「お前らいっつも食べたり飲んだりしてるじゃないか!」
「院内恋愛しまくってるくせに!」
反龍教団の市民たち数人が修道院の門の前で叫んでいる。くっそー、耳が痛くて言い返せない。
「異教徒?」「異教徒きた!?」
修道士たちが外の様子を伺いに来ると、その男たちは一斉に叫びだした。
「お前らは寄進とか言って搾取しているだけだ!」
「神罰を与えろ! ドラゴン崇拝者どもに天誅を!」
口々に罵声を浴びせかけてくる。
「審問官、今こそ君の出番だよ!」
院長がここぞとばかりに言うのである。いつだって厄介事は私の出番だよ。私は渋々と門前に向かう。
「……はいはい。何か御用ですか? ここは修道院ですけど?」
「貴様らの悪行は全て分かってるぞ!」
「神の名のもとに断罪してくれるわ!」
私の顔を見てさらにヒートアップしていく。こいつら、この様子だとさては聖女教徒の連中だな。
聖女教は世界の創造主とされるローナを崇める。
世界の管理者であるローナの妹ハーメルとその眷属である龍から、ローナへと世界を返還するべきだという信条を持つ。
特徴は二つ、徹底した人類主義とローナの祝福を受けた異世界からの来訪者、転移転生者を聖人として敬っている事だ。
聖人たちのいた異世界はこの世界よりも徳の高い世界という話である。
信者数は少ないが熱心であり、その活動は良い方にも悪い方にも極めて過激だ。
龍教団及び神獣信仰やその他の信仰全てと対立している。
「お前たちの神様が見捨てた世界を立て直したのは神龍だよ」
私は一応反論しておくことにした。
「黙れ! 我らの神こそが唯一絶対にして最高なのだ!」
聞く耳を持たないらしい。こういう輩には何言っても無駄だから無視するに限る。
「お前たちの修道院は我々が接収する!」
「接収してどうするつもり?」
「まず慈善活動として調度品を売り払い、その金を貧民たちに分け与えるのだ」
私達は追い出すクセに普通に善行を積もうとしてくるのムカつくな……。
「それは素晴らしい考えだがお断り。龍教団も慈善活動は数多く行っているよ。お互いの存在を認めて放っておくことは出来ないわけ?」
「その考えは邪龍に思想が支配されている!悔い改めるのだ!」
「うるせぇ、お前らが悔い改めろ!」
「なんたる不遜な態度か!」
「お前らの方が不遜だよ!」
腹が立ったので私が両手剣を構えると、男たちは震え上がった。
彼らは自分たちこそが完全に正しいと思っているため、『説得』に道具を使わないのである。
話せば素直に明け渡してくれると心の底から信じているのだ。彼らの弱点でもある。
「次来るまでに、考えを改めるように!」
それだけ言い残して去っていった。やはりこの手に限る。
「まったく。あいつらのせいで気分が悪くなったじゃないか」
私はそうぼやきながら食堂へと向かうのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「朝から災難だったねぇ」
パメラのニヤケ面を見ながら口に硬い黒パンを押し込む。
朝食はかってぇ黒パンとスープと焼きすぎたベーコンだけ。
「本当にね。でもまあ、しばらくは来ないでしょ」
「ロタール王も本腰を入れて対処してくれればねぇ」
弾圧しようとすると、土地も義務も投げ捨てて別の領地へと逃げてしまうのだという。
税収が下がるし、空き家にはならず者が住み着くしであまり良い手ではないのだ。
そして転移転生者など外来人の存在が厄介で、彼らの存在は時々、その領地に莫大な利益をもたらす。
また、時には領主たち行政の中枢にまで入り込んでくることもあるのだとか。
対処の難しい存在なのは間違いない。
「ローナの伝説は私も読んだことがあるよ、不出来な姉だとされているがね」
「詳しいのね」
「もちろんさ。敵を知り己を知ればなんとやらだねぇ」
パメラの話では、ローナとハーメルは神の国アルハノープルにて書いたり読んだりして過ごしていたのだという。
世界を作ってそれを妹に譲ったのは周知の事実だが、ここからは聖女教のみで語られる秘密である。
「実のところ、ローナの作った二つ目の世界は神の火が降り注ぎ、人心は乱れ、争いが絶えない状況にあるんだと」
「そうなの?」
「悍ましい事に、とある高名な書店の棚には姦通を奨励するかのようないかがわしい春本ばかりが並んでいるのだと」
「ひえぇ」
「しかも常に売上の上位を席巻しているんだ」
恐ろしい世界だ、なんと罪深い。
「ああ、クピドよ、悍ましきを口にしたことをお許しください」
「我が主神の守護多からんことを」
話して聞くだけでも口と耳が汚れそうな事実である。
「そういう状況なので、ローナはこっちの世界が惜しくなったのだろうねぇ」
「うん、少し彼女には同情するわね……」
そんな事を喋っているうちに食事が終わる。
今日も今日とて仕事だ。私は食器を片付けると修道院の外へと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
近隣の村で修道士たちが炊き出しをしていたが、聖女教徒の連中と揉めていた。
「あっちのスープよりこっちの方が美味しいよ!」
「龍の汁なんて飲めっこない!」
全くとんでもない奴らだ、炊き出しの横で炊き出しやってやがる。
私が近づいていくと、一人のオークの少女が私の前に飛び出してきた。
「あ、アーデルヘイトさん!」
「やあ、こんにちは」
彼女はいつも熱心にお祈りをしている子だ。村に訪れる度に顔を見せてくれる。
「聞いて下さい、あの人達が私達オークには食べさせてくれないんですよ」
「それは酷い。さあ、クピド派の人たちに貰ってきなさい」
少女は頷いて走っていった。
東部オークタニア部族との国境が近いロタール王国北部では、農村地域に労働力としてオークが入植していることが多い。
クピド派は人種によって差別はしない!いや、ハーレムを作りがちな獅子獣人には厳しいが、表立ってはやらない。
やはり彼らはこのまま放っておいていい存在ではないだろう。
私は両手剣を抜き、聖女教徒の炊き出しの鍋を叩き斬る。
「お許しください!!」
「うわあ!こいつ修道院の暴力女だ!!」
「お許しください!お許しください!」
主神クピドへの懺悔の言葉を叫びながら暴れ回る。
「こいつ怖えよぉ!」
「狂信者だ!狂信者がいるぞー!逃げろ!殺されるぞ!」
聖女教徒たちは最低限の荷物だけ回収して逃げ出してしまった。
「これに懲りたらもう人様のシマ荒らすなよ!」
村人たちは大喜びで私に礼を言ってくる。
「派手にやったな、アーデルヘイト」
炊き出しをしていたバルトロが声をかけてきた。
本当に派手にやってしまったのだわ。これにビビってもう来ないといいのだが。
「派手にやり過ぎたよ、食事も無駄にしてしまった」
「修道院に戻ったら好きなだけ懺悔を聞いてやるよ」
そう言って彼は笑うのだった。