「ど、どうやって乗り越えたの……?」
控室にて初恋ガールズに詰め寄られる。
「別に乗り越えてはないわよ、我慢してるだけで……」
辛い記憶が蘇らない日はない。みんなもそうでしょ? 私だけか。
時間が経っても、嫌なことや恥ずかしい記憶は先程起きた事のように思い出す。
私だって、何度も忘れようと努力したけど……無理だった。
「まあ……そうね、私の場合は修道院のみんながいるから、なんとかなってるだけよ」
「そっか、そうなんだね……」
そこへ、様子を見に来たリリが部屋に入ってきた。
状況を察したのか、目を輝かせて初恋ガールズの前に立つ。
「心が苦しいときは、愛の神龍クピドへの祈りの言葉を唱えるのです」
布教を始めてしまった。彼女たちはポカーンとしている。
「クピドはあなた方の心の痛みに寄り添います。あなた方が試練に立ち向かう勇気を与えてくれます。そして…」
私はそんな彼女らを放っておいて、控室から出ることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「無事勝利できたようだな!目指すは優勝だぞ!」
観客席に行くと払戻金をたんまり抱えて嬉しそうな院長とマリカがいた。
一方で、ミードは少し険しい顔をしていた。
「有力チームを倒したとはいえ、次は神龍の加護を持つ者と戦わなくちゃいけない」
お目当ての対戦相手とは次に当たるようだ……初恋ガールズ有力チームだったんだ。
「でも勝てば聖遺物を返してもらえるってわけじゃないんじゃない?」
「……返してもらうよ!絶対!」
不安になってきた。ひょっとして無駄足じゃない?
「まあまあ、聖遺物がなくとも金が手に入るではないか」
「そうそう」
いや、院長とマリカはそれでいいのか……? 俗物がすぎる。
そこへ、黒いローブを着た兎獣人の女性がこちらに近づいてきた。
「懲りずにまた来たんだ、ミード」
「あ!ハッカペル!……あ、その神龍にちなんで名前をつけられた女性なんだって!」
説明口調のミード。察するにこの人物に聖遺物を奪われたようだ。
「本当にいいのって確認したのに!いいって言うから掛け金として徴収した、そしてあなたは賭けに負けた!」
「ぐ、ぐぅ〜〜〜言い返せない!」
悔しそうに唸るミード。
「でもまだチャンスはあるさ!次の試合は明日だ。そこで私が勝てば取り返すことができる……!」
「別に今返してもいいけど。蜂蜜酒が無限に湧き出る瓶なんていらないし」
いいのか。ていうか碌でもない聖遺物ね、ちょっと欲しいけど。
「違う!私は勝って君を見返してやるんだ!今回も信者を連れてきたんだろ!?」
「連れてきたんじゃなくて勝手についてきて試合に出たがるんだよ」
話があまり見えないが、何やらそこまで込み入ってはなさそうな感じの事情があるようだ。
つまるところ、ミードが賭けた選手がハッカペル信仰の信者にコテンパンにやられたということらしい。
「単なる逆恨みじゃないの」
「そうだけどさ!」
開き直りやがった。
「とにかく、勝っても負けても返すから。それでいいでしょ?」
ハッカペルはかなりどうでもよさそうに言い放つとその場をあとにした。
「負けたらだめじゃぞ、アーデルヘイト」
「全財産賭けるからね!」
院長とマリカは無責任な応援をする。いや、私を信じていないわけではないと思うが。
ミードは納得がいっていないようで、口をモゴモゴさせていたが、マリカがワインを吸引させて落ち着かせた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その晩、私は訓練をしていた。ゆっくり休んだ方がいいのだろうが、なんだか落ち着かない。
他の三人は爆睡である。職業軍人なので肝が座っている。
素振りや、魔法の反復練習をしていると、ふと背後に気配を感じた。
振り向くと、そこには全身黒ずくめの少し背の低い人物が立っていた。
フードを取ると、白い毛皮が顕になる。兎獣人のようである。
「明日の対戦相手だね!?」
随分とテンションの高い女の子のようであった。
「よろしくぅ!あたしミカ!」
「ああ、どうも。私はアーデルヘイト」
握手を交わす。なんというか、ノリが軽い。
「ってことは、あなたが次の対戦相手なの?ハッカペル信仰の?」
「その通り!楽しみだね!」
宗教上の理由なのか、あるいは本人の性格なのかあるいは両方か、かなり好戦的なようだ。
彼女も訓練をしていたようで、月鎌を手に持っていた。
「私はそうでもないわ、出たくて出てるわけじゃないし」
「……楽しみだね!」
「えっ!?」
多分この子は人の話を聞かないタイプだ。
「今日の戦いもすごかったね!魔法がぴょんぴょん!剣がぴょん!それで、光の大剣がぴょん!」
表現が独特過ぎてよくわからないのだわ。
「だからすっごく楽しみだね!」
目をキラキラさせてはしゃいでいる。よっぽど戦いが好きなんだろうが……。
「あっ!もう寝なくちゃ!おやすみー!私の友達!」
「う、うん、おやすみ……」
友達認定されてしまった。別にいいけど。
彼女は宿舎がある方向へと走り去って行った。
私も、緊張が解れたし明日に備えて眠るとしよう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、翌日。私とセヴェロ、それからギヨームは闘技場のど真ん中で寝そべっていた。
「こんだけやっても死なないなんて驚いちゃうよね!」
ミカがは嬉々とした表情で言った。
彼女はただ単に腕っ節が強いだけではない、優れた魔術師でもあったのだ。
ルーナはなんとか攻勢を凌いだのだが、少し息が上がっている様子であった。
観客は熱狂して盛り上がっており、会場の熱気は最高潮に達していた。
「ふぅーっ……相当な手練ですよ。ギヨーム、油断しましたね、終わったら訓練です」
「はい……」
彼女の言う通り、相当の使い手であることは疑いようがない。
開始直後にセヴェロはいい感じの飛び蹴りを喰らい吹っ飛んだ後、魔法で拘束されて気絶。彼は少々華奢なので。
ギヨームは助けに入ろうとしたところを両手に持つ月鎌の連撃を凌ぎ切れずに敗北、拘束。私も似たようなものだ。
とはいえ、このまま負けっぱなしでは悔しいので、何か対策を考えなければ。
「ねえ、どうしてみんな本気を出さないの?」
ミカが不満そうに言う。
「別に手加減しているわけではなくてですね、一応本気で戦っているんですよ?」
「じゃあもっと本気になってよ!あたしももっと頑張るからさ!」
そう言って、ミカはルーナに飛びかかる。しかし、その一撃を躱されて、そのままカウンターを喰らってしまう。
「あうっ!」
吹っ飛ばされた。受け身を取って立ち上がる。
「やるねぇやるねぇ」
ニコニコと嬉しそうに笑う。相対するルーナは、私の方へ目配せしてきた。
……いや、私拘束されてるんだけど!?