この綺羅びやかな公国で祝日を迎えることができたのは幸いである。
龍教団において、冬至の日は祖龍の降臨を盛大に祝う日である。
備蓄を少し贅沢に使い、家族や友人たちとお祝いする。この世界を作り給うた神龍たちに感謝の祈りを捧げるのである。
今日は一日、街全体がお祭り騒ぎだ。あちこちで音楽が鳴り響き、出店が軒を連ねて商売をしている。道行く人々はみな笑顔で、今日という日を楽しんでいるようだった。
そんな中、私は屋敷で父と話をしていた。積もりに積もった15年弱もの話。父は私が思っていた以上に私のことを愛していたし、私も父を愛していたことが分かった。
「……お前には苦労をかけた、怪我さえなければ、そんな事はさせなかったのに」
「そうね、でも今は結構幸せだから」
「全力で幸せじゃないのか?」
「全力で!?」
「手放しに幸せじゃないだろう」
「それは……」
「お前はいつも我慢してしまうからな、もっと我儘になっていいんだぞ」
「……ありがとう、父さん」
そう言って父の手を握る。その手は大きくてゴツゴツして硬い、懐かしい手だ。
「お前や母さんの人生を狂わせてしまったのが、本当に辛いんだ」
「もう済んだことだし、今更どうしようもないでしょ?」
「……そうだな」
父は私の手を握り返してくれた。我々は、過去を引き摺って生きていくことしかできない。
心の傷を癒やすことはできないのである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやぁ、最高だねぇ、紙がいっぱい買えて!」
羊皮紙の束を持って上機嫌なのは写字生パメラであった。彼女は安く売り出された羊皮紙を買い漁っていた。
「お金がなくなるよパメラさん」
彼女の伴侶クサヴェルが言う。彼は呆れた顔で彼女を見ていた。
「大丈夫だねぇ! しっかりと計算しているさ。それにこの年代物の羊皮紙の匂いを嗅いでご覧よ」
「俺にはわからないよ……」
「これだから素人はいけないね、ほら嗅ぎなよ!」
嗅げと言われても、羊皮紙の臭いしかしない。彼にはさっぱりわからなかった。
「ふふふ、良い香りだろ? さて、次は何を買うかね……そうだ、インクだよ! インクがないと書けないからねぇ!」
「はぁ。パメラさん、その後、俺が行きたいところに行ってもいいかい?」
「ダメだねぇ」
「はぁ……」
パメラは基本的に身勝手だが、クサヴェルはそれでも少し嬉しそうなのである。
彼はそれでいいと思っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(クリスマスみたい……)
このどんちゃん騒ぎを見て、キョーコは故郷日本のことを思い出していた。
思えばこの世界に来てからもう半年以上が経つ。あっという間だった。
最初はどうなるかと思ったが、今では何とか生活できている。
元の世界では両親も健在だし、友達はいなかったが、SNSで交流があった人たちはいた。
(元気にしてるといいけど)
私のことはきっと殺人事件にでもなっただろうが、とはいえあの腐った街ではまともな幕引きは見込めない。
それを思うと憂鬱になるので、考えるのを止めることにした。
「大丈夫ッスか?」
隣に立つ狐の獣人マシニッサは心配そうに声をかける。
「また思い出したんスね」
「……うん」
「まぁ、しょうがないッスよね」
マシニッサはそう言った。彼は忘れろとは言わない。ただ、寄り添ってくれるだけだ。
その距離感が心地よかった。
「ん、なんか騒がしいッスね」
ふと見ると、人だかりができていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぴょんぴょんイエイ! 降臨祭最高!」
ミカが大きな耳を揺らしながら広場で踊っていた。龍教団の赤いローブを翻し、クルクルと回る姿はとても可愛らしいものだった。
周囲の人々は微笑ましい目で見つめている。特に子供たちからは大人気のようだ。
すると一人の少年がやってきて、彼女に話しかけた。
「お姉ちゃん、僕も踊りたい!」
「ダメ」
「えっ!?」
「踊りはね、一人で孤独に踊るものなのよ……」
「そーなの!?」
彼女の故郷である北方では、祭事の舞は1人で踊るもの……というわけではなく彼女が勝手に言っているだけである。
「おほほほ、ガキは寂しく惨めに踊り狂いなさい!」
彼女は酔っ払っていた。酒瓶を片手に持ち、ラッパ飲みをしている。
「っしゃぁ! 全員かかってこいや!!」
剣を抜き叫ぶ彼女に観衆は困惑した。北方では酒の席とは喧嘩の席であったが、この街にはそのような文化はない。
故に困惑しているのだ。酔っ払いの行動はよく分からんものであるが、流石にこれは看過できない。衛兵たちが止めに入る。
「ちょっと詰め所まで来てもらってもいいですか?」
「やだぁ!」
彼女は逃げ出そうとするが、既に周りを囲まれており逃げることは叶わない。
「こら! 大人しくしなさい!」
「ぐぇぇ」
そのまま連行されていったのである。キョーコとマシニッサはそれを遠目から眺めていた。
「なにやってんのミカ……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
バルトロとリリは寄付を募っていた。
「こんな日に真面目だなぁ、君たちは。祭日には信徒たちも休んでいいんじゃないのか」
そう言いながらもお金を入れる市民たち。
「我々自身が望んだことですから」
「そうか? さっき広場で暴れてる教徒がいたけどな」
「えぇ……」
「あとカジノに入っていってるのも見たぞ」
「あ、あはは……」
「まあ、頑張れよ、貧乏くじ引いたみたいだけど」
彼らは笑顔で対応していた。雪の降る寒い日だが、心は温かかった。
「寒いからリリ、君は屋敷に戻りたまえ」
バルトロが言う。しかし、リリは首を横に振った。
「いえ、問題ありません」
「風邪をひいてしまうぞ」
「大丈夫です」
二人は心配そうな顔をするが、リリの意思を尊重したようだ。
「……分かったよ、でも無理だけはしないようにね」
「いえ、バルトロ様、あなたはご自分の心配をなさったほうが」
「俺が軟弱だと言いたいんだな……事実だから言い返せないが……」
「はい、有名ですので」
「嘘でもいいえって言ってくれ!」
二人が言い合いを始めるのを見て、周囲にいる人々が笑う。暖かい光景であった。
もちろん、バルトロは翌日風邪を引いた。