【完結】龍教団物語   作:ターキィ

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37話:三つの絆

 

「お食事をお持ちいたしました」

ニックは手に持った籠から、パンやチーズを取り出しこちらに差し出す。

「ニック、久しぶり、いや、それより、その首輪は……」

私は色々と聞きたいことがあったが、まずはニックの首に嵌っている奴隷用の黒い首輪に目が行く。

「これは……私はエスメさまの所有物ですので、その証です」

ニックが申し訳なさそうに答える。

「私のお母さんの、所有物……? 冗談はよしてよ」

私の言葉に、ニックも困ったように答える。

「いえ、冗談ではなく、本当にそうです。私の所有権はエスメさまにありますし、それにこの首輪には魔法がかかっていて、エスメさまの許可なく外すことはできません」

「そ、そんな、嘘でしょ? 何があったのよニック!?」

「……それは、話すと長くなる」

そう言って、ニックは私にパンを手渡した。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

食事をしながら、私とルーナ、ニックの三人で話す。

彼は私を救い出したあと、自分の父親を殺したという。その罪により奴隷の身分に落とされ、村で使役されるようになった。

殺人による犯罪奴隷なので、フリース=ホラント部族法では一生解放されることはない。

しかしながら結局村全体では持て余していたので、エスメの宿で買い取ったのだという。

「ニック……」

私は絶句するしかなかった。ルーナが、彼に問いかける。

「それで、今は宿屋のお手伝いですか。この食事も宿から?」

「はい。巡礼団の方々にご利用いただいているので。僕もいつもは給仕やお客様のお相手を……」

「もういい!!」

私は思わず叫んでしまった。

「なんで、なんであなたまでこんなことになっているのよ!」

私が叫ぶと、ニックは俯いて黙り込んでしまう。

「あなただけは、私の勝手な押し付けだけど、綺麗でいて欲しかった、幸せでいて欲しかった、誰か素敵な人と結婚していて欲しかった! なんで、なんでこんなことに……!」

私は涙をこぼしながら叫んだ。

「ごめんな、アーデルヘイト」

「なんであんたが謝んのよぉ!!」

癇癪を起こした子供のように泣き喚き、せっかくの食事を彼に投げつけてしまう。

「それ以上いけませんよ、アーデルヘイトさん」

ルーナが私の腕を捻り上げる。

「あぁーっ!! ごめんごめんごめん! 落ち着くからやめて!」

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

腕が折れるかと思ったところで、ようやく解放された。

私は涙を拭い、呼吸を整える。

「はぁ、はぁ、ありがとう、ルーナ。冷静になったわ。正直やり過ぎだと思うけど」

「どういたしまして」

彼女はにっこりと笑う。

「頭が冴えてくると、あれね。私は母親に対する怒りが沸々と湧いてきたわ」

しかしながら、奴隷の使役は正当な権利ではある。そして、それを裁く法はない。

だから、彼女がやった事を私は許せないけれど、私には彼女を糾弾することはできないのだ。

「ねぇ、ニック。あなたは私のお母さんのことを恨んでいる?」

「……好きではないかな。だって、君を傷つけたんだから」

「気が合いますね、ニックさん」

ルーナが口を挟んでくる。

「私もあの人のことは嫌いです。私の親友アーデルヘイトが傷つけられたのですから」

そう言って、ルーナは微笑む。

しかし、どうやって立ち向かえばいいのだろうか。違法なことは何もやっていないし、むしろこの村では貴重な収入源だ。

「……そろそろ戻らないと」

ニックはそう言って立ち上がる。

「もう行くのですか?」

「まだ仕事があるから」

そう言って、彼は立ち去ろうとする。

「待って」

私は彼を呼び止めた。

「あなたが私をあの時救ってくれたように、あなたのことを必ず助けるわ。それまで待っていて欲しいの」

「わかった、待っているよ」

ニックは少し微笑んで去っていった。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

翌朝、凍えながらルーナと二人目を覚ます。

「この時期野宿は堪えましたね」

「そうね……ごめんなさいルーナ、寒い思いをさせてしまって」

「大丈夫ですよ、寒くてもあなたとなら平気です」

ルーナがそう言って笑ってくれる。それだけで少し暖かくなった気がした。

「それにしても、あの方が例の幼馴染さんですか。優しげな方でしたね」

「昔はもっと、溌剌としていたわよ」

私は昔のことを思い出す。彼と初めて会った時は確か7歳の頃だっただろうか。

彼はやはりその時も、私を連れ出して遊ぼうとしてくれた。当時の私はそれがとても嬉しかったことを覚えている。

「あいつはもっと、強引なやつよ」

「そういう方が好みなのですね」

「……そうかもね」

私はなんだか気恥ずかしくなって、顔を逸らす。

「さて、じゃあ巡礼団に合流しましょうか。もう聖務を始めている頃でしょう」

「院長も、よりによってうちの宿に泊まらなくてもいいのに」

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

ヴェネトリオ修道院の院長、アルノー・クルツも考え無しに宿を決めたわけではなかった。

宿に訪れた日のこと、彼はアーデルヘイト審問官と初めて会った日のことを思い出していた。

(まだ幼かった彼女に何たる仕打ち、神龍クピドに対する背信である……)

法が許しても神龍が許すまいてっ! そう思いながら、二人の修道女を呼び出した。

「お呼びでしょうか、院長」

パメラとキョーコである。

「パメラ、君はこの地の法にも通じているな」

「もちろんですねぇ。二番の大棚、右から二列目、下から三段目、右から四冊、『諸部族の法規』の第二章……」

パメラは得意げに答えるが、院長はそれを制止し話を戻す。

「もうよい。キョーコを伴い、近くの寺院を訪ねてほしい」

「えっと、私もですか院長」

キョーコが戸惑いながら尋ねる。

「そうだ、君の能力が重要だ。そしてパメラ、この紙に指示を書いている、これに従い行動せよ」

彼はパメラに一枚の紙を渡す。彼女はそれを広げて読み始めた。

「……これはこれは院長、とんだ任務ですねぇ」

「クサヴェルとマシニッサがもう馬の準備をしている頃だ。急げよ、あまりに長くの滞在は不自然だからな」

「しかし、院長。ここまでしてやる義理があるんですかねぇ」

パメラは意地悪そうに笑いながら言う。

「君ならどうする、パメラ?」

「そりゃあもちろん、やるに決まってますねぇ」

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

修道女たちを見送った晩、アルノーはアーデルヘイトの父ロブレヒトと彼の妻であるエスメの三人で話す。

「我が巡礼団を受け入れていただき感謝いたします」

アルノーはエスメに頭を下げる。

「いえいえ、とんでもない。こちらこそ、わざわざ来ていただいてありがたいです」

エスメは愛想よく答えるが、その目は冷ややかであった。

「それより……あなた」

「エスメ」

夫婦の再会であるにもかかわらず、二人は険悪な雰囲気を漂わせている。

「死んだかと思っていたわ」

「残念ながら、死に損なった」

ロブレヒトは自嘲気味に笑う。それを見てエスメは呆れたようにため息を吐く。

「……お前と、娘の人生を狂わせてしまって、本当にすまなかった」

「今さら謝っても遅いわ」

彼女は冷たく言い放つ。

「……そうだな、その通りだ」

「何もかもめちゃくちゃよ。アーデルヘイトはいなくなるし、再婚相手は息子に殺されるし」

肩をすくめて、やれやれとでも言いたげな口ぶりであった。

「……アルノー院長、アーデルヘイトは今日来ているんでしょう?」

突然話題を振られ、アルノーは一瞬戸惑う。

「はて、アーデルヘイトとは?」

「誤魔化さないで。ニックから聞いたわ、あなたたちの修道院にいるんでしょう? ならここに来ていてもおかしくはない」

「お答えはできませんな」

「なぜ? あの子に会いたいわ」

「それを決めるのはあなたではありません」

アルノーは毅然とした態度で拒絶する。

「ふん、まあいいわ。この辺りで宿はここにしかないもの、そのうち会えるでしょうしね」

彼女はそう言って立ち去ろうとする。

「待ってくれ!」

しかし、彼女の夫はそれを引き止める。

「何かしら?」

「元の、三人の家族に、戻ることはできないのか、エスメ!」

彼は絞り出すように声を出す。しかし、妻は首を横に振る。

「無理よ。私もアーデルヘイトも、そしてあなたも、汚れ傷つき過ぎたわ」

そう言うと、彼女は部屋を出ていった。

残されたロブレヒトはしばらく呆然としていたが、やがて力なくテーブルに突っ伏すのだった。

 

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