巡礼団は滞在する地域に対する奉仕活動を行う。
建設、建築作業の協力やお清め、貧者への炊き出しなどである。
私も、参加しなくてはならないのだが。
「さぁ、釣りにでも行きましょうか」
ルーナはこの調子である。
「私を村から遠ざけたいってこと?」
「さあて、どうでしょうかね」
「……まあ、いいけどさ」
私は彼女の後について歩くことにした。ありがたい話ではある、村には、あまり行きたくはない。
村のはずれにある川に到着すると、彼女は荷物を下ろし、釣竿を取り出した。
「今日は大漁ですよ」
「いつもそう言うじゃない」
「そうですねえ」
彼女が糸を垂らすのを横目に、私は河原に腰を下ろした。彼女は釣りはど下手くそだが、好きらしい。これまでの道中でもよく釣りをしていた。
辺り一面は雪景色だが、川は凍っておらず、透き通っている。
「魚だって冬眠してるはずよ」
「そうかもしれませんねえ」
のんびりとした口調で言いながら、彼女は水面を見つめていた。
ふと、川の上流に目をやったとき、見覚えのある姿が視界に入った。
白髪交じりの男で、体格がよく、立派な口ひげを生やしている。
「……デニスおじさん」
彼は私たちの方に近づいてきていた。
彼の姿を目にした瞬間、心臓が大きく脈打ったのを感じた。
私の様子を察してか、ルーナも振り返る。
「アーデルヘイトか……その顔は……」
デニスは低い声でつぶやいた。
私と目が合うと、気まずそうに視線をそらす。
「魚が逃げちゃうので、向こうへと行ってもらえませんか?」
ルーナは穏やかな口調で言ったが、怒気を伴った声であった。
「アーデルヘイト……今更、こんな事を言って許されるとは思っていないが……すまなかった……」
「本当にね。私がどんな目に遭ったのか知ってるくせに。あなたも楽しんだわよね? それを今更何? 反撃されるぐらい大きくなったからごめん悪気はなかったで許してもらおうとでも思っているんでしょ」
早口でまくし立てる私に、ルーナは無言で肩を貸してくれる。
デニスはバツが悪そうな表情を浮かべた。
「謝って、済むことではないな……」
「……私も、あの時は仕事でやってたし、おかげで餓え死にせずに済んだって言えばそうだし、村の人達がやったことを許すつもりはないけど、これ以上どうこう言う気はない」
「そうか……」
デニスは小さく息を吐いた。
それからしばらく沈黙が続いた。
「ところで、あなたはなぜここに? 後をつけてたのですか?」
ルーナが尋ねると、デニスは首を横に振った。
「いや、たまたま通りかかっただけだ、向こうに製材所がある」
そう言って、デニスは踵を返し、去っていった。後ろ姿を眺めながら、私はボソボソと口を開く。
「あの時本当は嫌だったって言えば、それはすべてがホントってわけじゃないの。美味しい食事や綺麗な服やアクセサリー、気持ちいいと思うことも時々あった、なんだかんだで男侍らすのは気分が良かったしね」
ルーナは無言のまま私の頭を撫でてくれた。
「私は……仕方、なかったのよね……?」
「仕方なくありませんよ、アーデルヘイトさん」
優しい口調ではあるが、反論の余地を与えない響きがあった。
「え、ルーナ……」
「あなたがどう思おうが、あなたの母親があなたを売ったのには変わりありません、それは大変な不道徳です」
淡々と語る彼女に気圧されながらも、私は口を開く。
「そ、そうだけど……でもそれは……」
「ここであなたが日和ったらあなたの尊厳は救われない」
激しい憎悪さえ感じる声色で、私は少し怖くなった。銀仮面の向こうに見える目は完全に戦場に立つ騎士の目になっていた。
「こ……怖いよ、ルーナ」
思わず口にしてしまった言葉に、彼女ははっと我に返ったような仕草を見せる。
「あ、すみません、つい感情的になってしまって……」
「ううん、いいの、ありがとう、私のために怒ってくれて」
私は彼女を抱き寄せた。彼女のぬくもりを感じながら、私は目を閉じる。
「安心して、このまま負け犬としての人生を歩むつもりはない、ルーナ。手を貸して」
そう言うと、ルーナは私を優しく抱きしめてくれた。
「手を貸したいのは、私だけではありませんよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
巡礼者たちが何かを企んでいるらしいということは、エスメも感じていた。
二組の修道士たちが馬に乗って足早と村を飛び出し、若い男女の修道士が村中でお清めついでに聞き込みを行っていたからだ。
彼女は、若い衆に多少手荒な真似をしてでも事情を尋ねるよう命じていた。
「お前ら、人の村の事情に首突っ込むつもりか?」
「宗教者とは得てしてそういうものです」
若い衆が男女の修道士に絡んでいる。バルトロとリリであった。
リリは彼らにも毅然とした態度で言い返す。バルトロは情けなくもリリの後ろに隠れていた。
「私たちは神龍に仕える身ですので」
「てめえらの都合なんざ知ったこっちゃねえんだよ!」
「ちょっと待ったーーー!!」
そこへ割って入る声がする。
声の主は兎獣人の修道女ミカであった。最近巡礼団に合流した新入り修道女である。
「その喧嘩、あたしにやらせてくれない!?」
鼻息荒く言い放つ彼女を、一同は唖然とした表情で見つめていた。
ミカは自信満々といった様子で、胸を張っている。
「武器はあり!? なし!?」
「おい、こいつ、何言ってるんだ?」
「チビガキはすっこんでろ」
若者たちは呆れた様子である。
「やるっていうなら、あたし、手加減しなーい!」
ミカは拳を構え、臨戦態勢を取った。
「ちっ、面倒だ、やっちまえ」
若者の一人がナイフを取り出し、ミカに向けて突き出した。
しかし、次の瞬間、ミカはナイフの刃を素手で掴んでいた。血が滴り落ちるが、気にする様子はない。
「ん~~?」
掴んだナイフをそのまま取り上げると、懐にしまい込む。
「ん~~~~?」
「え……なんだこのガキ、やべえぞ……」
男たちはじりじりと後ずさる。彼らは明らかに怯えていた。
「拳、拳でやるんじゃないの……?」
うるうるとした目で訴えるミカに対し、彼らは更に恐怖を覚えたようだった。
「チッ、あんまり、変な真似はすんじゃねえぞ……!」
捨て台詞を吐きながら、逃げるように去っていく男たちを尻目に、ミカは大きく落胆した。
「えー……殴り合いするんじゃなかったのぉー……?」
「言ってることはともかく、助かったよミカ。ほら、手を見せてみろ」
「やんっ、恥ずかしいっ」
バルトロはミカの手を強引につかみ、傷の状態を確認する。
「うぅぅ、見てられない、吐きそう……すまない、リリ、代わってくれ……!」
「えっ、ちょ、待ってくださいよ! 私だってこういうの苦手ですって!」
ワタワタと慌てる二人を見て、ミカは不思議そうな表情をして、首を傾げた。