【完結】龍教団物語   作:ターキィ

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40話:解放

 

「宿屋の女主人エスメ。これよりいくつか質問をさせてもらうが、構わんかな?」

「……ええ」

院長は、明らかに機嫌を悪くした様子の母に構うことなく話を続ける。

「では問おう。ニックという奴隷は村の共有財産であったものを譲り受けたものだな?」

院長が質問を投げかけると、母はこくりと頷いた。

「ええ、そうですわ。あの子はもともとこの村の住人ですもの。それが何か問題になりますでしょうか?」

院長はしばらく黙って母の目を見つめた後、ゆっくりと首を横に振った。

「いや、何も問題はない。ただ確認したかっただけだ」

そして再び母の方に向き直り、口を開く。

「それでは次の質問だ。その奴隷の期限は。犯罪奴隷なら期限が設定されているはずだがな」

「当然無期限、親殺しは重罪ですからね」

母は当然だとばかりに答える。しかし、それを聞いた院長の表情はあまり芳しくなかった。

「ふむ……なるほどな……通常であればそうだな」

院長は少し考え込むような仕草を見せると、続けて口を開いた。

「しかし、情状酌量ということもあるだろう。この文書を見るがよい」

そう言って一枚の羊皮紙を取り出すと、それを彼女に手渡した。

「こ、これって、嘘でしょ……確かに無期限って、私見たもの!」

「期限は3年間のみ! 地元の名士や当時の村長の署名、更には大部族長の印までしっかりと刻印されているぞ!」

院長の言葉に愕然とする彼女を尻目に、院長はさらに続ける。

「疑うのであれば教会の台帳を見てみるといい、そこにもしっかりと記されているはずだからな」

それを聞いて彼女は膝から崩れ落ちてしまった。そんな彼女の様子を気にすることなく、院長は再び口を開く。

「つまりあなたは健全な男児を違法に奴隷として使役していたことになる! 村人たちにも彼がいつからここにいるのか、証言はいくらでも取れるはずだ!」

その言葉を聞いた途端、彼女の顔からは血の気が引いていき、わなわなと震え始めた。

「そ、そんな……改竄したのね!? これは偽造よ!! 私はちゃんと読んだもの!!!」

激昂しながら立ち上がる彼女を冷めた目で見つめると、院長は静かに首を振った。

「この書類が今ここで出てきたということは、これもクピドの思し召しであろう」

その言葉に彼女は絶句してしまう。

「さて、衛兵よ。捕らえるべきはどちらかな?」

「う、うーむ、とりあえず、事情聴取をしなければならない。女将さん、ご同行をお願いします」

兵士の一人がそう言うと、もう一人の兵士が彼女の腕を掴んで立ち上がらせた。

「い、嫌っ!! なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!?」

抵抗しようとするものの、屈強な男たちには敵わず、そのままずるずると引きずられていくしかなかった。

「エスメ!」

パパが、連れて行かれる母の名を叫んだ。

「俺は、俺は何年でも待ってるからな……」

その言葉を聞くと、母は涙を流しながら、小さく頷くのだった。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「大丈夫だとは思うけど、万が一にも改竄がバレたらどうなるかねぇ」

「破門でしょうね」

巡礼団は村から足早に立ち去ることになった。これからはドワーフ緒部族の土地を南下し、そのままヴェネトリオへと戻る。

パメラとキョーコの手によって奴隷契約の書類は改竄されていた。母の言っていた通り、ニックの奴隷契約は無期限になっていたようだ。

「すごいねぇ、キョーコくんの念写は! 文体も文字の癖もそっくりそのまま写す事ができるとはねぇ。更に私の鼻によって羊皮紙の年代まで完璧に複製したんだよ」

羊皮紙の年代によって臭いが違うとは初耳だが、彼女がそう言うのであればそうなのだろう。優れた念写能力でもそこまでは出来ない……と思う。

かくして、ニックは奴隷の身分から開放された。私に引っ付いて歩いているが、口を開かない。

私の心は複雑だし、まだふにゃふにゃな感じだ。一矢報いると決断した時にはすでに、仲間たちが行動を起こしていたのだから。

「……自分の手で剣を振るいたかったですか?」

ルーナが、馬上から私に声をかけた。

「どうだかねぇ、わかんないなぁ」

正直言ってよくわからなかった。確かに最初は自分でケリをつけたいと強く思っていたのだ。しかし今となってはどうでもいいように思えてきた。

なんだかスッキリしない部分もあるんだけれども、まあこれで良かったのかもしれないとも思う自分もいる。

以前心のなかにあった薄暗いものは、少し小さくなった気がする。それでも完全に無くなったわけではないけれど……。

「皆さん、あなただから動いたんですよ。私だってそう。パメラさんや院長、キョーコちゃん、バルトロさんやリリちゃんもです」

「嘘ね。誰だって助けるのがクピドの信徒よ」

「書類を改竄してまで?」

返答に詰まると、彼女はにっこりと微笑んだ。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「下世話な連中よ」

巡礼団はとある村に滞在することになり、私とニックだけ宿屋に泊まる許可が出た。それも同室である。

「いい加減、何か言ってほしいんだけど」

「……まだ、ちょっと、信じられなくて、ずっと考えてたんだ」

彼は、ベッドに腰掛けて俯いたまま呟いた。

「何を?」

「俺、本当に解放されたんだな、って」

「そうね、もう奴隷じゃないわよ」

私はそう言いながら彼の隣に腰を下ろすと、そっと肩を抱いた。すると彼もそれに応えるようにおずおずと手を重ねてくる。

「ありがとう……ところで、そこにいる女の子は誰?」

ギョッとして彼が見た方を振り向くと、そこには見覚えのある少女が立っていた。マリカだ。そして悪戯っぽく笑うと手を振ってくる。

「お邪魔だった?」

「お邪魔よ」

「酷い、仮にも神龍なのに」

そう言って頬を膨らませる仕草は愛らしい。彼女はいつの間にか部屋に入り込んできていたらしい。

「ね、大丈夫って言ったでしょ?」

「……そうね、ありがとう。あなたのおかげでもあるのよね」

「いや何もしてないし、神通力でどうにかしようとしてたところをみんなが勝手に解決しちゃってちょっと寂しいけど」

「そーなの!?」

私が驚くと、マリカはクスクスと笑った。

「きっと、みんなあなたが好きなのね」

「それはどうかなぁ……」

思わず顔が熱くなるのを感じたが、それを隠すように俯くしかなかった。

「それじゃ、邪魔したね。彼氏さんと仲良くね」

そう言って彼女は部屋を出て行った。

二人きりになると、なんとも言えない空気が部屋に満ちる。お互い、相手の顔を見ることが出来なかった。

「ふぅー……やっと、一区切りが付いたわ。何もかも遅すぎたけど」

私は大きく息を吐くと、隣に座る彼に寄りかかるようにして体を預けた。暖かい体温を感じることができるだけで、とても幸せな気持ちになる。

「遅くなってごめん、ニック」

「来てくれただけで十分さ。君もすっかり元気になってよかった」

「痩せ我慢よ」

ズタボロに傷ついた心が、元に戻ることはない。だけど私たちは前を向くしかない。

この傷を抱えて生きていくしかないのだ。

「ねぇ、修道院に来て、ニック。とりあえずそこから考えてもいいじゃない、私の荷物もあるし」

「そうだね……僕もまだ少し混乱しているんだ」

ニックはそう言って、ベッドに横になった。私もその横に寝転がる。

彼は少し迷っているようなふうに見えたが、やがて口を開いた。

「ねえ、一つ聞いていいかな」

「何?」

「君は、僕のことが好きなのかい?」

私がニックを好きか。考えたことはあまりない。まず間違いなく大事な人ではあるが、それが恋愛感情なのかと聞かれるとよくわからない。

「私はまだ、答えを持っていないわ」

「……そうか」

「でも、あなたのことはとても大切に思っているわよ」

それは間違いないと思う。でなければ、ここまで来ない。

「ありがとう、嬉しいよ」

そう言った瞬間、彼の顔が目の前にあった。口の中に何かが入ってくる感触があった。キスされているのだと気がつくまでに時間がかかった。

長い接吻のあと、ようやく解放された。息が上がっている私を見ながら、彼は言った。

「こ……これで、意識ぐらいはしてくれるようになったかな」

彼は少し強引なところがあった、が、ここまででは無かった気がする!

「ちょ、ちょっと……待って、まだ、待ってよ」

「もう十分待ったよ、10年以上……」

「そういう雰囲気じゃなかったでしょう!?」

突然の出来事に頭が追いつかない。心臓がバクバクいっているのがわかる。顔が熱い。こんな状態でまともに考えられるわけがない。

彼の手は手際よく、私の服を剥いでいく。抵抗しようとしても無駄だった。

随分上手なのね!と嫌味でも一つ反撃に言ってやりたいところだったが、彼の服の下にある無数の傷を見てやめた。

というか、そんなことを言う余裕はなかった。

「ん、うわっ、な、何この、下着……?」

彼は驚嘆の声を上げる……キョーコの世界、日本という国の伝統的な下着なのだから驚くのも無理はない。

「そ、その、マイクロビキニって、言うらしいんだけど……どう、かな」

呆然としていた彼の目がじわじわと爛々とした餓えた肉食獣のような目に変わっていくと、それが合図となった。

本当に、夢のような一夜であった。

 

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