──大変な事が起こった。
私、アイリスは大きな箱を抱え、道路を走っている。
まさかこんなことになるなんて──
私はとあるコレクターの下でアルバイトをしていた。出品代行のアルバイトで、ヨークシンで開催されるオークションで、緋の眼と呼ばれるものを出品したいというオーナーに代わり、出品手続きなどを行う仕事だった。
お給料が凄く良かったから、引き受けたんだけれど。
出品物の管理、出品申請をするのが私の仕事。
12人体制で行い、緋の眼の管理は、それなりに戦闘能力のある者が行っている。もちろん念能力者だ。
私は念能力を持っていないため、出品申請管理、オーナーの個人情報管理をメインとしている。
──でも、今となってはもう意味もない。オーナーはもういないから。
先ほど、何者かに競売品の配送車を狙われた。
一通りの申請を終え、組合に競売品の実物と実物証明書を提出するのだが、その配送中に配送車が襲われたのだ。
幸いなことにダミーの配送車を何台か走らせていたのと、念能力での防御により緋の眼は盗まれずに済んだのだが、その際、ダミーの車に乗っていたアルバイトの念能力者数名が殉職。
同時にオーナーも自宅で殺害されていた。
競売品も全て消え、会場にいた人も消えていた。
もう出品どころじゃない。そんなこんなで、本物の配送車に乗り合わせていたアルバイトの念能力者テキサスと私は、無防備に緋の眼を持って走って逃げているのである。
「冗談じゃない! 死ぬのなんてまっぴらごめんよ」
私は箱を大事に抱えながら、誰もいない荒野への道をテキサスと駆けた。人通りは無い。既に宵の口、夏の夜の生暖かい風が気持ち悪かった。
「おい! アイリス、後ろを見ろ!」
テキサスに言われて後ろを振り向く。何もないはずの道に2つの光が見えた。その光が車のヘッドライトだということに気づくのにそう時間はかからなかった。
「すごいスピードでこっちに来るぞ!」
テキサスが叫ぶ。
「……まさか追っ手!? 緋の眼を追っているの!?」
箱を持つ手に力が入った。
「わからねぇ……、可能性はある」
車は凄いスピードでこちらに向かってくる。その車に続いてもう一台、更に遅れてもう一台車が続いていた。先頭の車は少しフラつき、一番スピードが出ている。
「まずい……」
テキサスは顔を苦くして言った。もう車ははっきりと見えるほど近づいて来ている。先頭の車との距離は、あと数十メートルもない。
「先頭の車、なんかおかしくない!? 私たちに向かってくる……?」
「まずい、アイリス! 避けろ!」
テキサスが叫んだかと思うと、先頭の車はアイリスを巻き込み、そのまま壁に突っ込んだ。
「アイリス!!!」
テキサスの声が、車の轟音にかき消された。
何が──そう思うまもなく、私の意識はどこかへ飛んだ。痛いとかそういうのは全く感じなかった。いや、感じる間もなかった。
***
どれくらいの時間が経ったのだろう。
目を開くと白い天井が見えた。私は目だけを動かして辺りを見回す。部屋からして恐らく病室だろう。
(私……生きてる……?)
車に突っ込まれたところまでは覚えている。その先はどうなったか自分でもわからない。
ただ、死んだんだろうとは思っていた。まだどのくらいの負傷を負っているのかはわからないが、体があまり痛くないところからして軽傷と言えるだろう。
体をゆっくりと起き上がらせると
「良かった、目を開けないんじゃないかと心配だった」
そう言って、金色の髪を靡かせた黒い瞳の青年が、ホッとしたような表情で私を覗き込んだ。
中性的な顔立ちで、嫌な響きを感じさせない優しいテナー声。
「あの。ここは……? それにあなたは……?」
私は辺りを見回しながら言うと
「私はクラピカと言う者だ。……私の不注意であなたを事故に巻き込んでしまった……。本当に済まない」
と、髪をなびかせて頭を下げた。
「え……あなたが……」
あの暴走車のごとく物凄いスピードで運転していたとは思えないくらい穏やかな人だ。どことなくやつれているが、暴力的な人には見えない。
「クラピカさんは怪我大丈夫なんですか?」
「私はプロのハンターなのでな、あれ程度では怪我は負わない」
プロハンタ──その言葉に、私は何も言えなかった。
プロハンターであり年能力者であるということは、この人は凄い人なんだと思った。
「あの時私は、とある盗賊を捕らえていて理性を失っていた。私の身勝手な行動であなたをこんな目に遭わせて……本当に済まなかった」
クラピカは深く頭を下げる。私はそれに困惑した。
「あ……あの、なんかそんなに怪我してないみたいだし……大丈夫ですよ」
私は起き上がると、ふるふると首を振った。
振った時、完治しきれなかったであろう頭の傷が少し痛んだ。
「いいえ……本当はかなり危ない状況だったのよ」
ドアから身長の低い女性が入ってきた。
「ちょっとね、私の笛で治せるところまでは治したの……って言ってもわからないわよね。そういう能力があるのよ」
「そうなんですか……」
もちろん、私は念の概念をよくわかっていないのであまりピンとこなかった。勤務時にテキサスに少し教わったのと、テキサスが使っているのを見たことしかないから。
「あなたは……アイリスさん、だったね?」
クラピカが言う。
「え? あ、はい」
「テキサスからあなたの事を聞いた」
「あーっ……いけない! 競売品!」
テキサスという単語を聞いて、私は競売品を持ったまま事故に巻き込まれたことを思い出した。
「もうコナゴナなんじゃ……」
「大丈夫。彼が念をかけてくれていたお陰で傷はない」
「良かったぁ……」
私はホッと胸を撫で下ろした。
「競売品はオークショニアに渡すまであなたに預けると言っていた。ただし、彼の念で開封出来ないようになっているため、彼が死ぬか、彼自身が開けるかしない限り念は解けないそうだ」
「え、なにそれ」
「競売品を守る手段としては、当たり前の事だと思うが」
「え、てことはテキサスは……?」
「オークショニアのところへ行き、競売品の引き渡しが遅れることについて話し、安全が整い次第引き渡すそうだ」
「えぇ! 私テキサスがいないと何も出来ないのに! いくら競売品に念をかけてたって、私……守る事できないよ……!」
私は参ったなーと思いながら自分の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
すると
「その事については、私が責任を持つから心配ない」
と、クラピカが言った。
「へ?」
私は思わず目を丸くしてクラピカを見た。
「あなたに重症を負わせたんだ、テキサスが戻るまでの安全は私が保障する」
「え! でも…………」
「仕事の仲間は事故の一部始終を見ている上に、既に了解も得ている。それに……今は私が仕事のリーダーなので心配は無用だ」
「いいんですか?」
「ああ」
クラピカがそう言った途端、ふらっと足元をぐらつかせ壁に手をついた。肩で大きく息をしている。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫、少し……目眩がしただけだ」
私は、本当ににただの目眩? と一瞬言いかけたが、何も言わなかった。
すると身長の低い女性がクラピカに駆け寄った。
「クラピカ、あなた少し休んだ方がいいわ」
「センリツ……すまない。彼女をみていてくれるか」
センリツと呼ばれた女性はクラピカを病室のソファで寝かせると、アイリスのベッドの横のイスに座った。