「ん……ここは……?」
冷房のきいた涼しい室内。
手首にきつい痛みを感じ、何かに縛られている感覚がして私は目を覚ました。目を開けると目の前に雪駄が見えた。
顔を上げると、高い位置に先程の着物の女の顔があった。
私はどうやら両手首を後ろに何か細いもので縛られているようだった。先程は体全体を巻き付く糸のようなものの感触があったが、今はとりあえず両手首と足首だけ。
どんなに目を凝らしても、足首を巻いているはずの「何か」が目に見えない。
「あなた、こんなことしてどうする気!?」
「言ったでしょ。私達は鎖野郎を探してるんだ。アンタを使って鎖野郎を誘き出すんだよ」
「だから知らないって言ったでしょ!」
「知らないかどうか試してみなきゃわからないだろ」
着物姿の女は冷たく言う。その刹那、建物の外から物凄い爆発音が響いた。それと同時に外で機関銃のようなものを乱射する音が聞こえた。
この部屋の向こう、ドアの外から人間の混乱する声が聞こえ、声の主のオークション関係者と思われる人間がバタバタと部屋に入ってきた。
着物姿の女が素早く右手を上から下へと地面に振り下ろすと、ひとりでに首を吊る人形のように人間が勢いよく天井へ引っ張られていく。
「なっなに……? いやあああ!!」
人が目の前で死ぬのを見たのは初めてだった。
見えない何かに引っ張られて、人間の首が180度回ったかと思うと、捻れた首がごろんと下へ向いた。一瞬その人間の目と目が合って、思わず私は息を止めた。
口から出た液体が、床にぴちゃ、ぴちゃ、と嫌な音を立てて落ちている。
縛られた体を足で後ずさりをして、死んだ男と着物姿の女を交互に見た。
「あんな姿になりたくなけりゃ大人しくしてるんだね!」
着物姿の女は髪の毛をかき上げながら言う。
飲み込んだ唾がごくっと音を立てた。
心臓がバクバクといっている。
着物姿の女は携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけた。
「シャル、いいもの見つけたから早く来てくれない?」
着物姿の女はマチ。幻影旅団の一人だ。
***
一方ビルの外では黒服の男たちが、銃を手に二人の男を取り囲んだ。
黒い服を身にまとった細い目の男、眉毛の無い場にそぐわないジャージを着た体育会系風の男。
「こっから先は立ち入り禁止だ」
「三秒以内に消えねぇと撃つぞ」
そう言って黒服の男の一人が銃を向けて脅しをかけるが、目の前にいたその二人の男は一瞬にして姿を消した。
そして、周りを取り囲んでいた黒服の男たちの首や腕が一瞬にして宙に舞い、やがて地面に叩きつけられた。
二人の男はフェイタン、フィンクス。
彼らもまた、幻影旅団の一員である。
***
一方クラピカはビルのエントランス付近にいた。旅団の襲撃に、武装構成員達の混乱する声が飛び交ってる。大きな爆音があちこちで響き、炎が立ち込めていた。
相変わらずアイリスの消息が掴めない。ダウジングの結果によればアイリスがビル内にいるのは確かだった。けれども、どんなにビル内を捜索してもアイリスらしき人物に遭遇すらしなかった。
もしかしたら騒動に巻き込まれてしまったのかもしれない──そんな一抹の不安を抱えながら、屋上から捜してついにエントランスまで来てしまった。
せめて自分がアイリスに付いていれば、と何度後悔したかわからない。
(ここにもいないか……)
エントランスで混乱する武装構成員を尻目に、屋内へ戻ろうとしたその時、
「クラピカ」
聞き慣れた高い声が聞こえた。
振り向くとそこにはアイリスが一人、ぽつんと立っていた。腕には何か箱のようなものを抱えている。
「アイリス……!? 無事だったのか!」
クラピカはアイリスの傍に駆け寄る。アイリスの髪が、辺りの爆風でひらひらと靡いていた。
「とにかく外は危険だ、私から離れるな」
そうクラピカが言った刹那、アイリスは持っていた箱の中から銃のようなものを取り出し、至近距離でクラピカに向けて一気に撃った。
「くっ!」
クラピカは右足で地面を強く蹴り、体を反らせて弾を避ける。そのうちのいくつかの弾がクラピカの袖を掠め、穴を開けた。
「アイリス!?」
アイリスは機関銃を手に俯いている。じりじりとクラピカに近寄るアイリスの口からは想像も付かない言葉が零れ落ちた。
「死んでくれるよね」
アイリスは服の中から片手で短剣のようなものを取り出し、ピュッと風を切る音を立ててクラピカに向けて真っ直ぐ突き出す。その動きは、ごく普通の女性であったアイリスからは想像も出来ないほど速いものであった。
クラピカはそれを体を右に反らしてかわすと、アイリスはまたも素早い動きで今度は右に短剣を突き出してきた。
「アイリス、何のつもりだ!」
その問いにアイリスは答えない。アイリスはひらりと宙を舞い、クラピカに向かって再び素早く短剣を投げつけると、クラピカの足元に短剣が刺さった。
(アイリスではない……!?)
クラピカは目を凝らしてアイリスを見る。アイリスに変装した誰か、または念能力者かと思ったが、アイリス自身にオーラは感じられなかった。
再びアイリスは片手で持っていた機関銃を素早く両手で構え、クラピカに向かって乱射し始めた。クラピカはそれを飛び下がって次々と避けていく。
アイリスはひとしきり弾を撃ち終えると銃を棄てた。そして、クラピカの目の前にアイリスの顔が突然現れたかと思うと、素早い手さばきで攻撃を繰り出してきた。
繰り出された拳をクラピカは右腕で受け止め、クラピカは見切ったアイリスの手首を左手で掴んだ。
「お前は一体何者だ」
「私はアイリスだよ」
そう言ったアイリスの顔は、残酷な笑みを浮かべていた。
**
「かかった魚はデカイかな……?」
木の影で携帯電話を弄りながら一人呟く男がいた。
彼はシャルナーク。彼もまた幻影旅団の一員である。