「競売が始まっている!?」
アイリスをビルの空き部屋のベッドで休ませてからの事、ホテルのロビーでクラピカの声が響いた。
「ああ、旅団のリーダーは殺られたみたいだぜ」
「やはりプロは違うな。今は残党狩りだとよ」
黒服の男が次々に言う。クラピカは何もいえなかった。
(まさかそんなはずは……)
旅団の頭が簡単に殺られるはずがない。
あの旅団がだ。
確かにゾルディックは強い──が、旅団の頭もまたそれ以上のはずだ。
「ゾルディックの連中があっさり片付けてくれたぜ?」
ロビーの奥からスキンヘッドの男がやってきた。
恐らくその言葉は自分に放たれているのだろう。
「ってなワケでオメーらはもう用無しだ。占い女のケツにひっついとけボケがよ」
あっさり、なはずはない。
旅団はゾルディックでさえも勝てるかどうかわからないほどの相手なはずだった。
能力は未知であり、あのヒソカでさえも異常な程に興味を注いでいるのだから。
あれほどの使い手がゾルディックに簡単に破られるのなら、旅団は恐れられる組織として存在しない。
「とっとと病院でもホテルでもいっちまえよ、あ!?」
何も言わないクラピカに、スキンへッドの男は構わず言葉を振りかけてくる。
「それとも点数稼ぎに失敗してガックリ萎びてるインチキ野郎のアレでもしゃぶるか?」
──うるせえ男だ
クラピカがそう思った刹那、クラピカの拳がスキンヘッドの男の顔面にめり込み、鼻や口から血飛沫を上げ宙に浮いた。そして、壁に激突し、やがて地面に落ちた。
──信じない! この眼で確かめるまで……!
***
遠くで救急車の音が聞こえる。
私、アイリスはうっすらと目をあけた。電気の点いていない部屋。
月明かりで天井が明るい。
私はゆっくりと体を起こした。見慣れない部屋だ。
辺りを見回すと、人がベッドの下で体育座りのような格好で頭を膝に埋めているのが見えた。
金色の髪、右手の鎖──
「クラ……ピカ……?」
私がそっと名前を呼ぶと、クラピカが顔を上げた。
「気がついたのか」
そう言って立ち上がった。そしてベッドの端に腰掛ける。
「何とも無いか?」
「うん、大丈夫……みたい」
私は体を確かめるように触ったが、特に怪我も何もしてないようだった。ただ、少し筋肉痛があるくらい。
暗くてクラピカの表情が良く見えない。声の様子から、少し疲れているようだった。
そしてふと、窓辺にある机の上に大きな箱のようなものが置いてあることに気が付いた。
(あれは……)
あの箱は、さっきまで私が持っていたものによく似ている。
綺麗な包み紙なのか、風呂敷なのか、何かに包まれているからよく見えないけども、何となく似ている気がして。
「クラピカ、その箱って……」
恐る恐る聞いてみた。
「今日落札した競売品だ」
「えっ、オークション中止にならなかったの? あんな大混乱だったのに……?」
「旅団の頭が殺られた。通常通りに再開されていたよ。私も未だに信じられない」
なぜ競売が普通に始まったのか、理解が出来ない。
でも、クラピカがそうだと言うのならそうなのだろう。眠っている間にオークションは通常通り再開されていたわけだ。
センリツが、緋の眼がネオンの落札予定リストにあるのだと言っていた事を思い出す。
あの着物の女に拉致されて競売品である緋の眼は奪われたわけだが、あの旅団が殺られたという事は、あの中身は──
「あの箱ってまさか……緋の眼……?」
恐る恐る聞くと、クラピカは
「ああ、そうだが……」
と、言う。
「てことは着物の女に盗まれた競売品、戻ってきたんだ……」
なんとなくふっとそこまで言って、私はハッとして口を押さえた。
(しまった、私が緋の眼の出品者だってバレちゃう……!)
「着物の女に盗まれたとはどういうことだ?」
クラピカの声色が変わった。
「まさか……アイリスがこれの出品者だったのか……?」
クラピカの手が私の肩を力強く掴む。
私は何も言えずにクラピカの眼を見ることしか出来なかった。
私を見るその黒い瞳が僅かに揺れる。
長い沈黙のせいで、外の救急車の音が通り過ぎるのが僅かに聞こえた。
「……取り乱してすまない。私は仕事に戻る。アイリスは体調を見ながら、家に帰れ」
そう言ったクラピカは、静かにベッドから立ち上がって緋の眼を持ち、扉に手をかけた。
「待って!」
私は素早くベッドから降り、クラピカの服の裾を掴んだ。
「ごめん私……」
私は恐る恐るそう言うと、クラピカはため息をつきながら言った。
「……私は謝られる覚えは無いのだが?」
冷たい言葉が返ってきた。クラピカの、何の感情も汲み取れなかった。
「ある。私が緋の眼の出品者だって事を隠してて……ごめんなさい」
クラピカは何も言わなかった。
「クルタ族──。クラピカ……クルタ族なんでしょ?」
私が言うと、クラピカは少し溜息をついた。
「だったら何だと言うんだ? 君が緋の眼の売買をしようと私には何の関係の無い事だ。私はただここで仕事をしているだけ、私一個人の感情はここには無い。わかったなら手を放せ」
クラピカは至って冷静だった。冷静すぎて怖いほどに。
私はゆっくりと手を放した。
「私はただ、ただ! ただの……代理出品者。人体収集家のオーナーに代わってただ、代行業務をしていただけなの。──信じて」
「信じるも何も、そんな事は私にはどうでもいい事だ。旅団はもう脅威ではないだろう。体を休めたらここ出て、家に帰った方がいい」
クラピカはそう言うと、静かに部屋を出た。
部屋がしんと静まり返る。部屋の音が聞こえないように、自分の感情も湧き上がって来なかった。
ただ、涙だけがボロボロと頬を伝って床に落ち、絨毯を濡らす。
あんな風に言うけれど、きっと彼は傷ついている。
私も仕事だった。あくまでもこれはビジネスであり、そうなのであれば必要以上にクラピカに限らず、誰かに近付くべきではなかったのだ。
「うっ……うわあああっ……!」
アイリスはその場に泣き崩れた。
──私は彼を傷つけてしまったのだ。