クラピカがセンリツ達のいる、エル病院に着いたのは既に深夜をまわった頃だった。
病院の廊下の椅子に腰掛けてクラピカはため息をついた。病室からネオン(ボス)の嬉しそうな声が聞こえてくる。
『緋の眼』を手に入れて喜んでいるのだろう。
「クラピカ、アイリスは?」
センリツが言う。
「家に帰した」
そうクラピカが言った時、背後からライト(ボス)の声がした。
「ご苦労。オレは明後日の午前中にここを発つがお前たちはしばらく娘の買い物に付き合ってやれ」
ライトはそう告げると、足早に去っていった。
「……」
しばらく沈黙が院内を包む。
クラピカはぐったりと項垂れ、ため息をついた。まだあの会場の声が頭の中をこだまして煩い。
具現化していた鎖を消して、力なく手で拳をつくった。
疲れだけじゃない。"何か"が身体中を襲うのだ。
「クラピカ」
センリツがクラピカの背中に声をかけた。
「明日の競売と、明後日からの買い物は私たちがやるから、しばらく一人で休んだほうがいいわよ」
「そう……か。すまないが頼む」
力なく言った声がわずかにかすれた。
「大丈夫かあいつ」
去っていくクラピカの後姿に、バショウが言った。
***
あれから一時間──病院の屋上で、クラピカは夜空を見上げていた。
先程、かつての仲間に旅団が死んだことを告げたばかりだった。
まだ明けぬ夜空に右手をかざす。そして大きくため息をついた。
──冷たくて、哀しい……そんな気がしたから
あの時、鎖のかかった右手に触れ、悲しそうな瞳でアイリスはそう言った。
まるで、自分の心に塗り固めた黒い影を見透かしているかのように。
不思議な女性だと思った。今まで自分の意志を貫き動かしていたこの"黒い影"が、段々と薄らいでいく──そんな気がしたから。
それなのに──……
「裏切られたような気分……てとこかしら」
背後から女性の声が聞こえた。
振り向くとそこにはセンリツが立っていた。
「ごめんね邪魔して。でもあなたの心音を聞いていたら、少し話をしなきゃいけないと思って」
センリツはそう言ってクラピカの横に立ち、空を見上げた。
「あなたはアイリスに期待をしていた……違うかしら」
──期待……だと? この私が?
そう言いかけて、クラピカは眉を潜めた。
出品者でありながら、このオレに理解したような口ぶりで言う。
それが許せなかった。
所詮他人事なのだ。クルタ族の惨劇を口では哀しいと言う。しかしその傍ら、緋の眼を競売にかけている。
裏切られたような気分だった。
そんな風に一瞬でも思ったのは嘘じゃない。
彼女なら、オレの痛みを、悲しみを理解してくれるかもしれないと思った。
けれども、そんな事は独りよがりでしかなかった事にオレは、何とも言えない気持ちになったのも──事実だ。
心の中の暗闇を吸い取ってくれるかのような存在だと思っていたのは、オレだけだったのか──
クラピカはそこまで考えて、
(いや、彼女にそんな義務はない。オレは……どうかしてる)
そう思って、強く目を瞑った。
「あなたの心音、彼女への期待と戸惑いが混じってる。混乱しているのがよく分かるわね。まあ、深くは言わないけど」
センリツの言葉に
「私がなんと言おうと、私が何と繕うと──心音で全てわかってしまうとは、皮肉なものだな」
と、クラピカは乾いた笑みをこぼして観念したように言った。
「そうよ、全てわかってしまうの」
クラピカはセンリツを見た。
「アイリスは本気であなたを救いたいと思っていたわ。それは本当の事よ」
夜の風がざわめいて髪を揺らした。
ビル風が強く吹き、左耳のイヤリングが激しく揺れる。
「心音は嘘をつかないの」
こうしてオレが
アイリスに辛く当たった事は筋違いであり勝手な押し付けなのだ。
アイリスは本当にオレを救おうとしてくれていたのかもしれないのに。
誰でもそんな事はわかるはずなのにオレはただ、感情だけで彼女を突き放したのだ。
「アイリスの事、誤解しないであげて」
センリツの強い眼差しに、クラピカは何も言えず黙り込んだ。
クラピカは少し大きく息を吐いて目を瞑ると、瞳の奥で彼女の泣き顔を見たような気がした。
──オレはまだ、彼女期待をしている。