「いたぁッ!!」
ヨークシンの郊外、廃墟ビルの一角でアイリスの声がこだました。
ゴンとキルアに公園で会ってから間もなくのことだった。ここは幻影旅団のアジトである。
幻影旅団とクラピカが属するプロの暗殺リーダーが激しい戦闘をしたあの日と同じ、見えない何かできつく両手足を縛られ、埃と砂利の地面に勢いよく投げ出された。
うつ伏せに倒れこみ、砂利が思いっきり頬に擦れた。もぞもぞ動いていると、
「大人しくしな!」
と、着物の女──マチが腕を組みながら言う。この女に見下ろされ、一喝された。
なぜこんな所に私がいるのかというと、先程ゴンとキルアの場を去った後、あっさりと旅団に捕まえられてここに連れてこられたというわけ。
本当にあっさりだった。角を曲がったら金髪の男が
『やあ。探してたよ』
なんて、にっこり笑って拘束してくるんだもの。そいつは私に変な棒を刺して操作してた奴。声なんて怖くて出るわけない。
「この女の記憶は読み取ったわ。鎖野郎の名前と顔はわかったけど、能力は不明」
スーツを着た女が冷静に言った。彼女はパクノダ。
「記憶……? どういうことよ」
私は首だけを上げて、パクノダを睨んだ。
「ふふ、あなた……結構可愛いところあるわよね」
パクノダは、片膝を着いて首だけを上げて睨む私の顎に手を添えた。
「好きなのね、彼が」
胸がズキンとするのがわかった。馬鹿にされたと思った。
「ふふ、あのルックスなら仕方ないわよね。彼もまんざらじゃないんじゃないかしら」
「ばっ……バカにしないでよ!」
私がそう言うと、
「あのね。こういう能力なの。隠しても無駄よ」
と、パクノダがニヤリと口角を上げて言うから私はこれ以上何も言えなかった。
「マチ、団長のところへ連れて行って」
「了解」
体を何かで拘束されたまま、団長と呼ばれた男がいる場所へ引きずられていく。
「逃げようとしたら殺していいから」
パクノダのその言葉にぞっと背筋が凍る。下手に動けば、今度は本当に命は無いのだろう。
*
「団長、入るよ」
連れて行かれたのは、ビルの一番端の部屋だった。ビルの外側の瓦礫が窓を塞ぎ、太陽の光が殆ど入らない暗闇の部屋である。部屋の中心にはちょうど腰の高さ程の蜀台があり、蝋燭が一本灯っている。
うっすらと部屋が照らされ、ゆらゆらと揺れる蝋燭の光と共に影も揺れた。
わずかに見える、部屋に散乱したコンクリートの瓦礫に腰掛けた黒くずめの男がこちらをじっと見ている。
「例の女か。そこに置け」
団長と呼ばれた男がそう言うと、私はマチに勢いよく体を投げ出されて床に突っ伏した。
「もう! 痛いってば!」
思わず声が出た。膝と肩と頬が地面の砂利に擦れた。どうしてこんなに乱暴に扱うのか、悲しくなってくる。擦れた場所かじんじんとする。
恐らく擦り傷になっているだろう。
「団長の前だ。言葉慎まないと殺すよ」
団長──そう、彼はクロロ・ルシルフル。
彼こそが幻影旅団の頭である。
「マチ、拘束を解け」
クロロがそう言うと、急に私の両手首と体を縛っていた何かが緩んだ。
咄嗟に私は上体を起こして身構える。
「じゃ、アタシは戻ってるから。お好きにどうぞ」
マチはそう言うと、私を部屋に残し去っていって、マチの姿は暗闇ですぐに見えなくなった。
上体を起こしたまま呆然としている私に、ゆっくりとクロロが近づいてくる。
ゆっくりと近づいて、大きくなってくる影とその姿は、まるで悪魔のように黒く、そして自分よりもとても大きく映った。
蝋燭の光が逆光となり、顔の様子が全く見えず、ただただその場を動く事ができなかった。こちら側からは見えない彼の視線で拘束されているかのように。
クロロは片膝をつくと、ぐっと私の顎を引き寄せた。
やっと見えたその表情は無表情で無機質だった。
私は思わず眉をひそめた。
「その目……オレを恨んでいるのか?」
無表情から口元が緩んだ。質問とは間逆に嬉しそうな表情をして、私の瞳をじっと見つめるのだ。
「いい目だ。これからもっといい目つきにしてやる」
その言葉に、ぞっと背筋が凍った。
「どういうこと……?」
「オレは屈辱にまみれ怒り苦しむ鎖野郎が見たい」
クロロはそう言うと、私の顎から手を離し、思い切り私は突き飛ばされ、床に仰向けに倒れこんだ。それを上から見下ろして、クロロはニヤリと口角をあげた。
「そしてお前の屈辱に満ちた目が見たい」
クロロに両腕を片手で押さえ込まれて、思い切り衣服を引き千切られた。ブチブチと鈍い音を立てながら衣服が裂かれていくのが見えた。
「い、いや! 服が!」
物凄い力が両腕に加わる。下手に動こうものなら、骨折してしまうのではないかと思う程の力。
「お前が屈辱に満ちるほど、いい」
行為とは間逆の、冷静沈着な声でクロロは言う。
露になった私の胸は、クロロに強引に弄ばれ、舌を這わされる。
「いや、やめて、触らないで!」
私は咄嗟に叫んだ。悲鳴は空しく暗闇に消えていく。私はハメられたのだとわずかに照らされた暗闇の中そう思った。
この私への仕打ちは、恐らく彼らなりの何らかの抵抗……仕返しなのだろう。しかしどうして自分がこんな目に遭うのか、私にはわからなかった。
(助けてクラピカ!)
心の中で叫んだ。目を開けてもあの人はどこにも見当たらない。
見えるのはこの暗闇の中で悪魔のように嘲笑う男だけ。
「どんな気分だ?」
クロロは肌に舌を這わせながら、征服欲に満ちた笑みを浮かべて言う。
私は何も答えずに歯を食い縛って、何も感じないふりをしていた。
──屈辱に満ちるほど、いい
屈辱と感じてしまえば思う壷なわけだ。何も感じない。何も思わない──私は今、そう言い聞かせている。
ただ一つだけ思うこと。
クラピカに会いたい。