一方クラピカはセンリツと共にレオリオが運転する車の中にいた。
中指の鎖は長く伸び、黒いコートを着た男クロロ・ルシルフルをしっかりと雁字搦めに捕らえていた。
ゴンとキルアが旅団に捕まり、おまけにパクノダという女にクラピカの能力を読み取られてしまうという事態まで起き、時は一刻を争う状況であった。
そのため、ホテルの受付の女に変装し、停電を起こし闇に乗じてこの男を捕らえた。旅団の頭を捕らえる事は、こちら側にとって非常に有利だが、その反面、敵は何をしてくるかわからない。
この緊迫した車内、チェーンジェイルで縛られているにも関わらず何も変わらない平気な顔をしているこの男は、何を考えているのか全く汲み取らせないでいる。
(この余裕は何だ……?)
嫌な予感がクラピカの胸を襲う。
なるべく目を合わさずクラピカは至極平然を装っていたが、ふと、視線を感じ、横目でヤツをちらりと見ると、クロロがこちらをじっと見ていた。
「何を見ている?」
「いや、鎖野郎が女性だとは思わなかった」
クロロはフンと鼻で笑う。
「私がそう言ったか? 見た目に惑わされぬ事だな」
クラピカは長髪のウィッグを外すと、クロロは初めて安心したような表情をした。
「男か、なら良かった」
クロロはそうして意味深な発言をする。
(その表情は何だ? オレが男である事の何が良いのか?)
嫌な予感が襲う。この男は何を企んでいるのか、何を隠し持っているのかわからない。
「それより発言に気をつけろ。何がお前の最期の言葉になるかわからんぞ」
「殺せはしないさ。大事な仲間が残ってるだろう? それと」
「あの女もな」
一呼吸おいてクロロが言った。
あの女、という言葉に一瞬車内の空気が凍りつく。
「……どういうことだ」
クラピカは低い声で言った。
襲っていた嫌な予感は、すぐにそれがアイリスの事だとわかって心臓の鼓動が早くなる。
──キミの大事なお友達を団長が狙ってるんだよねェ♣︎
クラピカの携帯電話に入っていた一通のメール。
あのメールが入ってからまだ数時間しか経っていないというのに。
クラピカはあくまでも平然を装った──が、気づけば怒りで手が震えていた。ゴン、キルアだけでなくアイリスもまた自分の過失による被害者なのだ。
(アイリスも人質に……?)
いや、きっとただの人質じゃない。
本能がそう言っていた。
「貴様……彼女をどうした」
聞くまでもない質問なのはわかっている。
わかってはいるが、この男がなんと答えるのか、いや──ただの人質である事を祈りながら、クラピカは言った。
怒りで震える声を必死で抑えながら、低い声で。
──オレも男だから、彼女に何があったのか想像にかたくない。
「いい女だった」
「……なに?」
クラピカは眉をひそめた。
クロロは何も言わずに窓を見ている。
窓に反射するクロロの表情は、まるで勝ち誇ったような笑みさえも浮かべていた。
予感が確信に変わった瞬間だった。
「おい貴様! 彼女をどうしたと聞いている!」
黒いカラーコンタクトの奥で、緋色の眼が更に紅くなるのが自分でもわかる。クラピカはクロロの胸ぐらを掴んだ。
何をしたのかこの場で言わせたかった。
そしてすぐに殺すつもりだった。
「フン……わかりやすい動揺の仕方だな。貴様の女か?」
余裕の笑みをかましてクロロはクラピカの眼を見た。
「無駄な口を叩くな! 質問にだけ答えろ!」
この男は、クラピカの反応を楽しむかのように何も言わないでいる。
「言葉通りだ」
「なん……だと?」
「実にいい鳴きだった」
その言葉を言われた瞬間、クラピカは自分の中で何かが切れた音がした。
これは何にも変えられないほどの怒りになり、クラピカはこの鎖で繋がれた目の前の男に怒りをぶつけた。
目の前でアイリスが凌辱され、泣き叫ぶ姿が浮かんでくるような気がして、気がつけばこの男の顔をメチャクチャに殴り潰している自分がいた。
「クラピカやめろ!!」
自分を止めるレオリオの声も耳には入らなかった。
ただただ、この目の前にいる男が許せなかった。
殴られながらも、にやにやとしているこの男が。
アイリスを凌辱したのだ。
それと同時に自分も許せなかった。
まんまと旅団のフェイクに騙され、アイリスを無防備に突き放して家に帰した事を。
その自分への怒りとクロロへの怒りを、とにかくぶつける事しか出来なかった。