『場所はリンゴーン空港。八時までに来い。繰り返すが、一人で来い。絶対にだ』
クラピカは旅団にコンタクトを取り、旅団にそう告げた。
ゴンとキルア、そしてアイリスでさえも人質になり──もうこれ以上仲間を失うことはしたくない。
人質に少しでも危害が及ぶことがあれば団長(リーダー)を殺す。
二人の記憶を話せば殺す、小細工をすれば殺すと、クラピカは旅団に告げるとパクノダは電話口で静かに
『わかったわ』
とだけ言って電話を切った。
***
「パク!」
一人でここを去ろうとするパクノダに、シャルナーク、フィンクスが声をかけた。
ノブナガが
「鎖野郎の指示だ。オレ達はアジトに戻る。パクを一人で行かせろ」
と言った。
旅団側の人質であるゴンとキルアは、旅団のアジトに連れて行かれる事になるわけだが、ゴンとキルアとアイリスは、このアジトで再開をすることになる──。
**
私がアジトの隅で相変わらずうずくまっていると、何やら外からガヤガヤと声がしてきた。そして声が近くなったかと思うと突然
「あれ、あの人……!」
と、声がした。
声がした方向を見ると、ゴンとキルアがこちらを指さしている。
「あの時の人だよな」
キルアが言った。
「君、アイリス?」
ゴンが私に向かって言う。そして近寄ってくるや否や、
「どうしたの!? 大丈夫!?」
と、私に声をかけた。
「おい、勝手に動くな!」
着物を着た男、ノブナガがゴンの背中に言うが、そんな事はお構いなしにキルアもゴンの後をついていく。
「ゴン? ……なぜ私の名を?」
「あいつらに何をされた!?」
私の質問よりも先に、私の切り裂かれたような衣服を見てゴンが言った。
私の肩を両手で掴み、ゴンは私を真っ直ぐに見てくる。そして痣だらけの身体に目をやり、ゴンの目付きが次第に険しいものになっていくのを感じた。
「その痣……」
ゴンが私の青くなった腕に触れた。
「まさか暴力を……?」
心配そうにゴンが言う。
暴力には違いないが、こんな子供に本当の事を話して良いのだろうか──そううろたえる私に、ゴンの背後からキルアが肩に手をやった。
「ゴン、よせ」
キルアはそう言うと、着ていた長袖のパーカーを私に被せてくれた。
「無理に言わなくていいよ、オレはわかるから」
キルアは私をひと目見た時から何が起こったか大体察しはついていたようだった。恐らくハメられたのだろう、と。
「あいつらの中に……(ハメてきたヤツは)いるか?」
キルアは私の目線まで腰を下ろし、内緒話をするような姿勢で声を潜めて言った。
私は横に首を振った。
「団長(リーダー)か?」
声を潜めて言うキルアに、私はこくんと頷いた。
私はキルアの耳に顔を寄せて言う。
「多分……何度……も……」
ここまで言って私の涙が溢れた。
ゴンとキルアを見て、安堵したのが何なのか、何だか急に涙が溢れてきた。
まだお互い何者なのかわからない仲なのに、もう随分と前から知り合っているような気持ちにさせる……不思議な人だ、と私は思った。
涙を流す私をゴンはぎゅっと抱きしめて
「怖かったよねアイリス。もう大丈夫だから。オレ達がついてる」
そう言ってくれた。私はゴンの服をしっかりと握り、ゴンの胸にしがみついた。
「フン、お前ら知り合いだったのかよ。とんだ運だな」
ノブナガが呆れたように言った。
***
午後八時、クラピカとパクノダはリンゴーン空港にいた。
クラピカの横にはセンリツもいる。そして、中指の鎖で繋がれたクロロも人質としてそこにいた。
クロロとパクノダに人質であるクロロを返す条件をつけ、小指の鎖を刺した。
「零時までに人質三人を連れてリンゴーン空港へ来い。仲間は連れて来るな。どこへ行くかも言うな。わかったな」
「ええ」
冷静にそう言って、パクノダは去っていった。
人質交換の交渉が成立し、パクノダがリンゴーン空港を去ってから、クラピカは飛行船の窓から外を見つめていた。
ヨークシンの夜景が、自分の心情とは裏腹にあまりにも煌びやかで、複雑な心境である。
その煌びやかな夜景を見ながら、クラピカは人質として捕らえられたアイリスの事を考えていた。
──実にいい鳴きだった
そのクロロの一言が、頭に焼き付いて離れなかった。
何度も何度もこの男の表情と共にあの一言が再生され、眼が燃えあがるような感覚に陥る。
何があったか認めたくは無い。が、認めざるを得ない。
そんな事はとうの昔に自分の中で答えが出ているのだ。
「女の事か?」
背後から声をかけられ、クラピカはハッと我に返った。
後ろを振り返ると、中指の鎖に繋がれたクロロがじっとこちらを見ていた。
「俺の思惑通りか」
フンと鼻でクロロは笑った。
(この男はこのオレに屈辱を与えるためにアイリスを……)
まばたきをする度に瞼の裏にアイリスの苦痛に泣き助けを呼ぶ姿が見えた。そして、アイリスの動きを封じて行為に及ぶ、この目の前の男が瞼の裏で自分を嘲笑った。
「どうだ? 女を寝取られた気分は」
クロロの言葉が、瞼の裏の男と同化した。
「黙れ、屑が」
緋の眼が熱く燃え上がり、ぎゅっとこぶしを握ると、クロロを絡めていた鎖が怒りで更に強くクロロを締め付けた。
それでもクロロは表情一つ変えない。
「お前の心の中を当ててやろう」
クロロは面白そうに笑った。
「今お前はオレに嫉妬している」
その言葉に、クラピカは眉をひそめた。
「嫉妬だと? 旅団のリーダーともあろう男は、愚かな事を言うんだな」
クロロを睨みながら低い声で言う。
「そうか? オレは確信をついていると思うんだがな」
守れなかった事を後悔しているのは事実だ。それ以外、それ以上何物でもないはずだ。
オレが、旅団はもう脅威でないと突き放したばかりにこうなったのだから──
「今のお前は、独占欲に満ちている」
「違う」
見下したような言い方をするクロロに、クラピカは咄嗟に反論した。
「嘘だな。なあ、お仲間さん」
平然とした表情で、クロロはクラピカの隣にいたセンリツに振る。
センリツは目を背け、何も答えなかった。
「貴様のような人間と一緒にするな。私は──」
そう言いかけてクラピカは言葉に詰まった。
──私は、何だと言うんだ?
本当に、人質になってしまった事へのただの怒りなのか?
この怒りは、オレよりも先に彼女の身体があの男に──
「もうやめて!」
クラピカの横で黙って聞いていたセンリツが口を開いた。
「もう嫌! 聞きたくない! その人の心音もあなたの心音も!」
センリツは耳を塞いだ。
窓に向き直るクラピカの背中を見て、クロロは口角を上げニヤリと笑った。
──その目……オレが一番見たかった表情(カオ)だ