緋色の欠片 ー私は、緋の眼の代理出品者でしたー   作:秋田慶

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事故 二

「あの、クラピカさん大丈夫なんですか?」

 私が恐る恐る聞くと、センリツは少しため息をついた。

 

「彼は……さっき、捕らえた盗賊の一人を殺っているの。かなり体力を消耗したんだと思うわ」

「盗賊って……クラピカさんが理性を失っていたっていう?」

「そうよ」

 

「クラピカさんには悪いけど、プロハンターなんでしょ? 盗賊一人に手こずるなんてこと……あるのかな」

 

 しんとした室内。私の言葉にセンリツの瞳が揺れた気がした。

 

「幻影旅団」

 

 センリツが静かに言った。

 

「盗賊っていうのは、蜘蛛の一人よ。あなたもオークション関係者なら聞いたことくらいあるでしょう?」

 

 私も幻影旅団については、雇ってくれたオーナーから聞かされていた。熟練のハンターでさえもうかつに手を出せない。

 具体的にどうやばいのかわからないけど、とにかくやばい。近づくなとだけはきつく言われていたから覚えている。

 

「クラピカは、蜘蛛に強い憎しみを抱いているの。理性を失ったのもそのせい」

 センリツはクラピカの寝顔を見ながら言った。

 

(クラピカさんて……凄い人だったんだ……)

 

「ごめんなさい、クラピカさんのこと……バカにするような事言っちゃって」

 

「いいのよ。クラピカは言うつもりなかったみたいだし……」

 センリツは優しく笑った。

「彼はやつれて帰ってきたかと思えば、ずっとあなたの横についていたのよ」

「え?」

 

「自分の不注意で無関係なあなたを巻き込んでしまったことを、気に病んで──笛で治癒したとはいえ、なかなか目を覚まさないあなたが心配でたまらなかったのよ」

 

(なんだか……クラピカさんに悪い事しちゃったかな……)

 

 私はなんだか逆に申し訳なく思った。

 

「本当にごめんなさいね。私からも謝るわ。何か私達にできることがあれば出来る限り協力するから」

 

 センリツが言った。その口調はとても穏やかで、なんだか私にとって少し心地がよかった。

 

「仕事仲間であるセンリツさんからこんなに信頼されて……クラピカさんて幸せなんですね」

 

 私がそう言うと、それはどうかしら、とセンリツがふっと笑った。

 私は事故に遭ったことなどとうに忘れて、クラピカという人物にとても興味が湧いたのだった。

 

 思えばこれが、彼への恋の入口だったのかもしれない。

 

 

 ***

 

 

 翌日、私は退院することになった。

 傷は完全に癒えたかと言われればよくわからないが、とりあえず身体は何ともないし、オークション関係者としてずっとここにいるわけにいかなかった。テキサスが戻り次第、競売品を早く渡さなくてはいけないからだ。

 

 相変わらずクラピカの顔色は悪い。精神的にも、肉体的にも限界がきているのだろうか。それが私には心配でたまらなかった。

 

 クラピカやセンリツ達はノストラード組に雇われたボディーガードだという。ネオンというノストラード家のお嬢様(ボス)の護衛と、雇い主のノストラード組長(ボス)の護衛をしているのだそうだ。

 

 ボス(ネオン)とボス(組長)に挨拶をするため、組織が身を置いているというホテルの一室に通された。

 

「失礼します」

 私は恐る恐る高級そうなドアノブのついた扉を開ける。ボス(お嬢様)と聞いて、緊張しないわけがなかった。

 扉を開けてすぐ、ベッドに座っていたピンク色の髪をした女の子が突然声を上げた。

 

「あー! 女の子!」

「えっ!?」

 ピンク色の髪の女の子は、嬉しそうな声を出したかと思うと突然私に抱きついてきた。

「この子誰? 新しい子?」

 ピンク色の髪の女の子がクラピカに聞く。どうやら彼女がボス(お嬢様)のようだ。

 

「私はネオン・ノストラード。あなたは?」

「え、あ……、アイリスです……」

「ねぇアイリス! トランプか、オセロか……トライアングルか何かやらない? 今スッゴい暇なの!」

 

「ボス(ネオン)、申し訳ありませんが……彼女はこれから父君にご挨拶に伺わねばならないので、後にして頂けませんか」

 クラピカが丁寧にネオンに言った。

 

「え──、しょうがないなぁ。せっかくお友達が出来ると思ったのに」

 ネオンは頬を膨らませ、ため息をついた。ふてくされたようにベッドへ座る。ベッドには侍女と思われる女性が二人立ち、こちらに軽く会釈をした。

 

 

 *

 

 

 ネオンの部屋を出てすぐ、クラピカが大きくため息をついた。

「あの子……何なんですか?」

 

「ノストラード氏の娘だよ。少しわがままなところがあって、侍女も手を焼いている」

「ふふ。クラピカさん苦手でしょ。そりが合わなそう」

「ご名答」

 クラピカはふっと笑ってみせた。クラピカが見せる初めての笑顔。その笑顔を見てなんだか私は少しほっとした。

 

「よかった」

 

「え?」

 クラピカが黒い瞳を丸くしてこちらを見る。

 

「少し元気出たみたいだね」

 私はクラピカの顔を覗き込んだ。

 

「心配してたんですよ、ずっと顔色悪かったから」

 

 クラピカは居心地悪そうに目を逸らした。

「……あなたは私の事が憎くないのか?」

 クラピカは目を逸らしたまま言った。

 

「え?」

 

 昨日の事をまだ気にしているのだと悟った。

 今はこうして元気にいられるわけだし、そもそも当時の状況をよく覚えていない。

 もしこれが、今でも病院で昏睡状態に陥ってるとか後遺症が残って普通に生活できないとかだったらまた話は別だけれども。

 

「全然」

 私はニコッと笑顔で返した。クラピカは驚いた表情でこちらを見る。

 

「ほら、私こんなに元気。死んでないし、今こうしてピンピンしてる」

 

「…………」

 

 少し長い沈黙があった。

 

「……わかった」

 

 クラピカはようやく納得したようだった。

「あなたは優しいな」

「え?」

 

「私は……あなたに救われたよ」

 

 クラピカの声が静かに私の胸に響いた。

 

「……ありがとう」

 

 透き通るような眼差しに、私は何かに射抜かれたようにその瞳に見入ってしまった。柔らかくて、そして暖かい……でもどこか哀しい眼差し。

 

「ところで、さん付けやめてもらえるか? なんだか気持ち悪い」

 

(気持ち悪いって……別に言い方があるんじゃぁ……)

「じゃ、じゃあ私のこともちゃんと名前で呼んでよ」

 

「ん、ああ、わかった。よろしくアイリス」

 クラピカは少し微笑んだ。

 

 私はクラピカに背を向け、歩き出した。

 

 その時、クラピカは小さな声で呟いた。

 

「私も、あなたのような人になれたら良かった」

 

 本当に小さな声。アイリスにはその言葉は聞こえていなかった。

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