緋色の欠片 ー私は、緋の眼の代理出品者でしたー   作:秋田慶

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凌辱と屈辱 五

 午前零時──パクノダは指示通り、人質三人を連れてリンゴーン空港にやってきた。

 人質であるゴン、キルア、アイリスに特別小細工はされていない事をセンリツが心音で確認する。

 

「よし、交換開始だ」

 クラピカがそう言うと、人質の交換が行われた。

 ゆっくりとクロロはパクノダの方へ歩き出していき、向かい側からはゴンとキルアと、ゴンに支えられて歩いてくるアイリスが見えた。

 

(アイリス……)

 クラピカは眼を細めた。

 

 キルアのパーカーを羽織った彼女の姿は、とても痛々しく、そしてとても小さく見えた。切り裂かれた衣類、くっきりと残る腕、足の青痣──彼女の身に起きた出来事……あの瞼の裏に浮かんだ情景は、妄想ではなく事実だったのだと確信した。

 

(あの男に……)

 

 クラピカの鎖のかかった手に力がこもった。

 既に小さくなったあの男の後姿がとても憎くてたまらなくて、思わず鎖のかかった右手が出そうになったが

「駄目よクラピカ」

 すんでのところでセンリツに右手を抑えられた。

 センリツには全て見通されている。

 

「……わかっている」

 この場でヤツを殺せたらどんなに楽か──そう思って震える手を、クラピカは必死に理性で抑えつけた。

 

 アイリスがこちらに向かって

「クラピカ」

 と、か細い声で言う。

 その声を聞いた瞬間、アイリスの身体をクラピカは気がついたら抱きしめていた。

 

 それは優しくも、きつく。

 冷たく冷えたアイリスの身体を暖めるように。

 

「危険な目に遭わせて……すまなかった」

 

 そう言ったクラピカの声は、凄く低かった。

 腕の中にいる彼女はとてもか弱くて、震えて、涙を流している。

 

 ──オレのせいだ。

 

 腕の中で、アイリスがぎゅっとクラピカの胸元の服を掴む。

 

「凄く……怖かっ──」

「分かってる」

 クラピカはアイリスの言葉を遮った。

 

「分かってるから……もう何も言うな」

 そう言ってクラピカは髪を撫でた。掴まれたのか、彼女の傷んだ髪をゆっくりと撫でて。

 

 ──あの男はこのオレに屈辱を与える為だけにアイリスを利用したのだ。泣いて嫌がる彼女を嘲り、快楽と欲望のままに。

 

(どうしたら彼女の痛みを和らげることが出来る?)

 

 クラピカはそう、自問自答した。

 かつての同胞を失ったと知った時と同じように、やるせなくてどうしようもない自分の無力さがクラピカの胸を支配したのだった。

 

 

 ***

 

 

 あの後──アイリスはゴンとキルアとレオリオ、センリツと行動を共にしていた。

 ここは、ゴンとキルアとレオリオがオークション開催中に知り合ったゼパイルという男性の部屋なのだそうだ。

 私とゴンとキルアが開放されてからすぐにクラピカは高熱を出してこの部屋で寝込んでいる。既に丸一日以上クラピカは目を覚まさない。

 

 私は新しい長いシャツワンピースに身を包んで、水を入れた桶をクラピカの横に置いた。この服は、衣服を失った私に、センリツが買ってきてくれたものだ。

 

「クラピカの熱、全然下がらないわね」

 私はクラピカの額に載せた手ぬぐいを交換しながらセンリツに言った。

 水を入れた桶に手ぬぐいを入れ、軽く絞ってクラピカの額に乗せる。

 

「私の笛も効かないから、単純な疲労や病気の熱じゃないわね」

 センリツがため息をついて言った。

 額に乗せた手ぬぐいは、すぐにクラピカの熱で熱くなるから、またすぐに交換しないといけない。

 

「クラピカに何かあったの?」

 手ぬぐいを再び桶に入れ、水でゆすぐ。

 クラピカは荒く呼吸をしながら眠っていて、ただの熱じゃないのは肌で感じる。

 

「私にも……わからないわ」

 

 センリツは怪訝な顔をして言う。センリツが原因がわからないと言うのだから、そうなのだろう。

 クラピカに目線を戻すと、苦しそうな寝息を立てている。

 再びてぬぐいを軽く絞ってクラピカの額にそっと乗せた。

 

「アイリス、あなたは……平気なの?」

 そう言われてるふと顔を上げると、センリツが心配そうな顔をしていた。

 

「大丈夫」

 そう言ってみせたけど、この人には心音で全てわかってしまう。平気じゃない事くらい。

 

「笛では痣までは綺麗に消せなくてごめんなさいね」

「ううん、あとは自己治癒力でなんとかするから大丈夫」

 センリツに笛で身体に負った傷を癒してもらったばかりなのだが、痣までは綺麗に消えなかった。ところどころ、青かった痣が黄色くなっている。

 

「心の傷も癒してあげられたら良かったんだけど」

 センリツは悲しい目をして言う。

 

「いえ、色々してもらって十分なくらい。今は心配なのはクラピカの事。早く目を覚まして欲しいなって思ってる」

 私がそう言うと、センリツは

「決して……無理はしないで」

 と言った。

 

「大丈夫よ。ありがと」

 そう言って笑うと、センリツは少し安心したように微笑んだ。


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