あれから半日が過ぎ、クラピカは誰もいないこの部屋で目を覚ました。
自分の枕の横にはアイリスが座っていた座布団があった。
額に乗った手ぬぐいは冷たく、まだ乗せられて新しい。
どうやらさっきまでアイリスが横にいたのだろう。
起き上がると、少し体が軽い。
恐らく熱は下がった。もちろん、自己判断だ。
このままずっと寝ているわけにもいかず、枕の横に丁寧に畳まれた洋服に手を伸ばしていた。
するとちょうどセンリツが部屋に入って来て
「目が覚めたのね」
と言った。センリツは取り込んできたであろう洗濯物をソファの上に置き、それを畳む。
「ああ、心配かけてすまなかった。もう大丈夫だ」
「良かった。アイリスは今食事を作っているわ。クラピカ、食べれるかしら」
傍にあったペットボトルのお茶を飲みながら
「ああ。ありがとう」
と、クラピカは頷いた。
「今後の為にも、できる限りアイリスと一緒に行動すべきだと思うけど」
洗濯物を畳みながらセンリツは言うが、クラピカは何も言えなかった。
今後の為──確かにその通りではあるのだが。
「ふふ、心音は正直ね。戸惑いと、アイリスを想う気持ち──葛藤しているのね。二つが折り重なってまるで不協和音のよう」
センリツはくすりと笑った。
「正直になった方がいいんじゃないかしら」
「見抜かれているのかもしれないが、そういうわけにもいかないのだよ」
そう、クラピカは強がってみせた。
隣の部屋からは、ゴンが何やら纏と練の真っ最中らしく激しい物音が聞こえてきて、
「二人は修行の真っ最中よ」
と言って笑う。
「ちょっと見てくる」
そう言ってクラピカは隣の部屋に向かい
「熱心だな、ゴン」
とゴンの後ろ姿に声をかけた。
「クラピカ、もういいの?」
声をかけられて、驚いた表情をしてゴンが振り返った。
「ああ、熱は下がった。心配かけたな」
クラピカはソファに腰掛け、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。
ゴンは心配そうな顔をして
「本当はまだ寝てた方がいいくらいなのに」
と言う。
「そうもいかないよ。ボスがオークションを終えて既に帰郷しているからね、私も立場上戻らなければならないんだ」
「てことはヨークシンを出発するの?」
「ああ、明日にもな」
クラピカは一口お茶を飲んだ。
「旅団の事は心残りだが、もうここにはいまい。まずは仲間の眼……それが先決だからな」
クラピカはふっと笑って見せた。
「うん、それがいいよ、絶対」
ゴンも微笑み返した。
「アイリスも一緒?」
「いや」
クラピカは一呼吸置いて
「アイリスは連れて行かない」
と言った。
その言葉に、ゴンの表情が曇ったのがわかった。
センリツは今後の旅団の事も考えて、一緒に行動するべきだと言っていた。
今後の為──いや、そんなものは自分の為なのだ。
アイリスは心の闇を明るく照らしてくれる存在だと思った。
自分が道を誤らぬよう、彼女を傍に置いておきたいほどに。
彼女を欲している自分がいる事に気付く事に、そう時間なんてかからなかったのだ。
けれども、彼女は本当は念能力とも、ハンターとも無縁なただの一人の女性なのである。
自分はここで手を引き、彼女を元の生活に戻してやるのが彼女の為なのではないか──
これ以上彼女を振り回すことは出来ないと思った。
普通の生活を送るだけなら、旅団はもう追ってはこないだろうから。
旅団の目的はあくまでも自分。
それを自分のエゴで連れ回しては、彼女を危険に晒すだけだ。
「それが彼女の為だ」
アイリスと自分は、棲む世界が違うのだ。
そう思って、クラピカはもう一口お茶を飲んだ。
「ねえ」
「クラピカ、アイリスのこと好き?」
唐突にそんな事を聞かれて、クラピカは飲んでいたお茶を少し噴きかけた。
「……な、なんだ突然」
手の甲で、濡れた唇を拭いながらゴンに目をやると、神妙な面持ちでこちらを見ていた。
「アイリスがね、クラピカのこと……心配してたよ」
「アイリスが?」
「アイリスのこと、好きなら……安心させてあげてよ」
ゴンの目があまりにも真っ直ぐで、胸が少し痛んだ。
「アイリスを悲しませるようなことだけは、して欲しくない」
ゴンの真っ直ぐな瞳に、クラピカは優しく低い声でうなずいた。
「ああ、わかってる」
「クラピカ、アイリスの事好き?」
再びゴンはクラピカに同じ質問を投げかけた。
そのゴンの瞳に、今度はクラピカは正直に答えた。
「……ああ、好きだよ。誰よりも彼女を愛してる」
そう言ってクラピカは立ち上がった。