緋色の欠片 ー私は、緋の眼の代理出品者でしたー   作:秋田慶

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自我 三

 あれから半日が過ぎ、クラピカは誰もいないこの部屋で目を覚ました。

 自分の枕の横にはアイリスが座っていた座布団があった。

 

 額に乗った手ぬぐいは冷たく、まだ乗せられて新しい。

 どうやらさっきまでアイリスが横にいたのだろう。

 起き上がると、少し体が軽い。

 

 恐らく熱は下がった。もちろん、自己判断だ。

 

 このままずっと寝ているわけにもいかず、枕の横に丁寧に畳まれた洋服に手を伸ばしていた。

 

 するとちょうどセンリツが部屋に入って来て

「目が覚めたのね」

と言った。センリツは取り込んできたであろう洗濯物をソファの上に置き、それを畳む。

 

「ああ、心配かけてすまなかった。もう大丈夫だ」

「良かった。アイリスは今食事を作っているわ。クラピカ、食べれるかしら」

 傍にあったペットボトルのお茶を飲みながら

「ああ。ありがとう」

と、クラピカは頷いた。

 

「今後の為にも、できる限りアイリスと一緒に行動すべきだと思うけど」

 洗濯物を畳みながらセンリツは言うが、クラピカは何も言えなかった。

 

 今後の為──確かにその通りではあるのだが。

 

「ふふ、心音は正直ね。戸惑いと、アイリスを想う気持ち──葛藤しているのね。二つが折り重なってまるで不協和音のよう」

 センリツはくすりと笑った。

 

「正直になった方がいいんじゃないかしら」

「見抜かれているのかもしれないが、そういうわけにもいかないのだよ」

 そう、クラピカは強がってみせた。

 

 隣の部屋からは、ゴンが何やら纏と練の真っ最中らしく激しい物音が聞こえてきて、

「二人は修行の真っ最中よ」

と言って笑う。

 

「ちょっと見てくる」

 そう言ってクラピカは隣の部屋に向かい

「熱心だな、ゴン」

とゴンの後ろ姿に声をかけた。

 

「クラピカ、もういいの?」

 声をかけられて、驚いた表情をしてゴンが振り返った。

「ああ、熱は下がった。心配かけたな」

 

 クラピカはソファに腰掛け、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。

 ゴンは心配そうな顔をして

「本当はまだ寝てた方がいいくらいなのに」

と言う。

 

「そうもいかないよ。ボスがオークションを終えて既に帰郷しているからね、私も立場上戻らなければならないんだ」

「てことはヨークシンを出発するの?」

「ああ、明日にもな」

 

 クラピカは一口お茶を飲んだ。

 

「旅団の事は心残りだが、もうここにはいまい。まずは仲間の眼……それが先決だからな」

 

 クラピカはふっと笑って見せた。

「うん、それがいいよ、絶対」

 ゴンも微笑み返した。

 

「アイリスも一緒?」

「いや」

 

 クラピカは一呼吸置いて

「アイリスは連れて行かない」

と言った。

 

 その言葉に、ゴンの表情が曇ったのがわかった。

 センリツは今後の旅団の事も考えて、一緒に行動するべきだと言っていた。

 今後の為──いや、そんなものは自分の為なのだ。

 アイリスは心の闇を明るく照らしてくれる存在だと思った。

 自分が道を誤らぬよう、彼女を傍に置いておきたいほどに。

 

 彼女を欲している自分がいる事に気付く事に、そう時間なんてかからなかったのだ。

 

 けれども、彼女は本当は念能力とも、ハンターとも無縁なただの一人の女性なのである。

 

 自分はここで手を引き、彼女を元の生活に戻してやるのが彼女の為なのではないか──

 

 これ以上彼女を振り回すことは出来ないと思った。

 普通の生活を送るだけなら、旅団はもう追ってはこないだろうから。

 

 旅団の目的はあくまでも自分。

 それを自分のエゴで連れ回しては、彼女を危険に晒すだけだ。

 

「それが彼女の為だ」

 アイリスと自分は、棲む世界が違うのだ。

 そう思って、クラピカはもう一口お茶を飲んだ。

 

「ねえ」

 

「クラピカ、アイリスのこと好き?」

 唐突にそんな事を聞かれて、クラピカは飲んでいたお茶を少し噴きかけた。

 

「……な、なんだ突然」

 手の甲で、濡れた唇を拭いながらゴンに目をやると、神妙な面持ちでこちらを見ていた。

 

「アイリスがね、クラピカのこと……心配してたよ」

「アイリスが?」

 

「アイリスのこと、好きなら……安心させてあげてよ」

 ゴンの目があまりにも真っ直ぐで、胸が少し痛んだ。

 

「アイリスを悲しませるようなことだけは、して欲しくない」

 ゴンの真っ直ぐな瞳に、クラピカは優しく低い声でうなずいた。

 

「ああ、わかってる」

 

「クラピカ、アイリスの事好き?」

 再びゴンはクラピカに同じ質問を投げかけた。

 

 そのゴンの瞳に、今度はクラピカは正直に答えた。

 

「……ああ、好きだよ。誰よりも彼女を愛してる」

 

 そう言ってクラピカは立ち上がった。

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