クラピカの案内で、ノストラード組長(ボス)のところへ通された。
組長の名はライト・ノストラード。
「この子が例の女か。クラピカ、大丈夫なのか?」
「ご安心を。仕事には影響ありませんし、彼女を巻き込むつもりもありません」
「ならよいのだが……」
ライトはギョロっとした目で私を見る。その嫌な目に、私は思わず後ずさった。
「しかし……アイリスという娘は、何の仕事をしていたんだ?」
突然そう話題を振られて、肩がびくっと上がった。
「あっ、……オークションの仕事です」
思わず正直に答えてしまった。本来は仕事は秘密厳守であり、よほどのことがない限り外部へ漏らしてはいけない。
クラピカもそれに気付いたのか
「娘さんの安全は必ず確保します」
と、慌てて話を戻した。
「ほぉ、なるほど出品者側か」
ライトは些細な私の言動から、出品者側だと悟ったようだ。
ライトは嬉しそうに口元を緩めた。出品物は何としても言えない、私はしっかりと口を噤んだ。
ライトが何か言おうとしたその時、クラピカは
「では任務に戻ります」
と切り出し、そしてさっさと私の腕を掴み部屋を出た。
部屋を出て、クラピカはため息と共に言う。
「あまり易々と喋るものではないよ、アイリス。落札側である者は、出品物の内容によっては個人取引を迫ってくる可能性がある。もし手元に競売品がまだあると知れたら尚更だ。きっと多額の金を積んで交渉してくるだろう」
オークション外での競売品の取引は原則として禁止である。先に個人取引を行い 、規約逃れで見かけだけのオークションを行う組が摘発されることもあった。発覚した場合は多額の罰金、ブラックリストに掲載され、今後のオークション参加不可にされてしまうのだ。
「ごめんなさい……」
「今度から気をつけてくれれば問題ないよ」
クラピカは優しく言った。
その時、クラピカの足元がふらついた。やはり昨日の疲れがまだ抜けていないのだろう。
「クラピカ……大丈夫……?」
瞬きをするクラピカの目をじっと私は見た。
「え?」
「なんだかやつれているみたいだけど」
「あ……ああ、大丈夫だ。心配かけてすまない」
旅団と戦ったんでしょ──とは言えず、私は黙り込んだ。
なぜなら、クラピカはそれについて自分からは何も語ろうとしないからだ。言いたくないのかもしれない、だから敢えてそのことには触れなかった。
(なんで旅団の人と戦ったんだろう……?)
一瞬任務なのかと思ったが、昨日のセンリツの言葉を思い出して、任務ではなく、何かの恨みがあるのだろうということを思い出した。
──強い憎しみを抱いているの
(強い憎しみって何だろう)
旅団は凄く恐ろしい集団だと聞く。彼らに関わることは死を意味するのだ。任務でもなく、たかが私念のために危険を顧みず入り込むなんて、ただ事ではないはずなのだ。
そう、たかが憎しみ。たかが私念。
そのたかが私念のために、自分の命すら投げて旅団に向かうには、彼を動かす大きな理由があるはずなのだ。
考えられるとすれば……尋常ではない程の大きな憎しみと怨み。憎悪。
(大切なもの……そう、例えば肉親や恋人を殺されたとか……いや、もっとそれ以上の憎しみを抱いているのかもしれない)
私はクラピカの横顔を見た。
黒い瞳が、凄く哀しい色に見えた。
***
「お茶淹れました」
私は丁寧に紅茶を淹れたカップをテーブルの上に置いた。カチャ、という食器の音が、静寂な室内に響く。
「ありがとう」
窓を見ていたセンリツが、テーブルのイスに腰掛けた。
一人読書をしていたクラピカに、私は紅茶を持っていく。筋肉質の男、バショウにも紅茶を淹れて持っていった。
念も何も出来ない私が唯一出来る事としたら雑用ぐらいで。ここにいる人達は皆、才能のある選ばれた人達なのだと思うと、自分に何となく劣等感を覚えた。
(念、ていうものが使えたら……クラピカに何かしてあげられたりするのかな)
読書をしながら紅茶を静かに飲むクラピカを、テーブル席からぼーっと見ながらそんな事を思った。彼が背負う、尋常ではない憎悪。とても外見からはそんな人には見えない。
ごく普通のハンター。いや、青年。
時折見せる瞳がとても哀しげなこと意外は……。
「何を考えているの?」
センリツにそう言われてはっと我に返った。
クラピカをずっと見ていたのを見られて、少し顔が赤くなる。
「あ……いやその……」
「クラピカの事でしょう?」
彼女には何でも見透かされているような気がして、複雑な気持ちになった。
私はセンリツから目を逸らし、頷いた。
「うふふ、心音でわかるの。私の特殊能力よ」
そう言って、センリツはニコリとした。
「あなたがクラピカを見ている時、心音はとても穏やかだけど、少し不安が混じっているの。そうね、例えるなら森のざわめきのようなものかしら」
確かにセンリツの言う通り、胸はざわざわしている。でも、クラピカを見ていると、そんなざわめきも不快では無い。
「大丈夫よ、彼は強いから。心配しなくても」
カチャ、という音を立てて、センリツはカップを置いた。
──彼は強いから
その言葉が何となく胸に刺さった。
確かに強いかもしれない。旅団の一人を殺したりできたんだから。
でもそれは力が強いという意味で。
本当はきっと……強く装ってるだけなのかもしれない。