「ねぇ、クラピカ」
夕方に入った頃、たまたま廊下ですれ違ったクラピカに声をかけた。
「ちょっと今時間ある?」
そうクラピカを呼び出して、ホテルの屋上に赴いた。
ホテルの屋上に出ると、空は赤く、陽がゆっくりと落ちていき、夜へ姿を変えていくところだった。赤と紫色の狭間の空が凄く綺麗だった。
「見て。空が綺麗だなって思って、思わず誘っちゃった」
私がそう言うと、クラピカは空に目をやって
「ああ、本当だ。綺麗だな」
と言った。
そして続けて
「空なんてあまり見上げないから」
と、言う。空を見上げる彼のその横顔は、男性にしてはあまりにも美しくて、思わず見入ってしまう。
「私も、いつもは空あんまり見上げない方だけどね」
私はてへへ、と笑ってみせた。
クラピカはじっと空を見上げたまま、何かを考えているような眼をしていた。
──なんでいつもそんなに哀しい眼をしているの?
そう聞きたかったが、あまりにも唐突過ぎるだろうと思って言うのをやめた。
強く吹く風が、髪を大きく揺らす。
クラピカの金色の髪が赤い夕日に照らされて朱色に光っていた。朱色に光る髪は大きく靡き、紫に光る小さなイヤリングが見えて一瞬ドキッと胸が高鳴った。
「ん? どうした?」
イヤリングをじっと見つめている私にクラピカが言う。
「あ、いや……クラピカって、イヤリングつけてるんだなぁって思って」
「意外?」
クラピカは左耳のイヤリングに触れて言った。
「うん、ちょっとね」
(意外というより、むしろ似合ってる……かな)
「外そうか?」
「えっ?」
突然クラピカがそんなことを言った。
「いや、そういうわけじゃないの! 寧ろその……似合ってるから」
私は手を横にぶんぶんと振った。
「そうか。なら良かった」
そう言ってふっと笑ったクラピカのその笑顔は、少し乾いていてすぐに真顔に戻った。
きっと彼なりに明るく振舞ったんだろう。無理に笑った、そんな気がした。
少し沈黙があく。
「どうしてハンターになりたいって思ったの?」
夕日を見つめるクラピカの背中に、私は言った。クラピカは振り向かずに前を向いたままである。
きっと答えてくれない、と私は思った。
そう思ったのには理由は無い。なんとなく、直感で。
私の察したとおり、やはりクラピカは答えてはくれなかった。その無言に、クラピカの全てがあると思った。
ハンターになった理由、そしてこのノストラード組に入った理由……きっとそれは彼の背中にある、旅団への憎しみと怨みの核心に繋がることなのだろう。
クラピカの右手の鎖が、余計にそれを連想させた。
──心を閉ざした青年
私がクラピカと話をしていて感じた、彼の印象だ。その印象はなんとなくから今、確信へと変わった。
時折見せる哀しげな瞳はきっと……自分への戒め。
憎悪と、己意外は信用しない孤独。
「ねぇクラピカ」
私はクラピカの横へ移動して、辺りを紫に染めて夜へと変わり行く空を眺めた。
「辛くないの?」
「え?」
クラピカが初めて私を見た。クラピカの黒い瞳が、夕日に反射して赤みを帯びていた。その色はとても綺麗で、出品物で見たような、緋の眼のように美しかった。
「辛い? 私が……?」
クラピカが言う。
私はクラピカの右手の鎖にそっと触れた。別に鎖に何かあると感じたわけじゃない。その右手の鎖は、まるで自分自身を縛っているかのようで──
「冷たくて、哀しい……そんな気がしたから」
その鎖の擦れる音が、冷たくて哀しい音だったから触れただけのこと。
触れたその鎖は、やっぱりとても冷たかった。
「ご、ごめんね。なんか意味不明な言動取っちゃって。突然手なんか触れて、逆セクハラよね!」
大袈裟に言いながら、私はぱっと手を離した。
「いいや、構わない」
そう、私を見てふっと笑ったクラピカの顔は、あの時私に「ありがとう」と言った時の笑顔と同じだった。さっきまでの笑い方とは違い、少し暖かい気がした。
胸がちくんと痛んだ。それと同時に、彼の闇を明るく照らす存在になりたい、そう強く思った。
***
アイリスが病院に運ばれて間もない頃──空を一つの気球が泳いでいた。
そう、それは今から約二十四時間ほど前。
「案外簡単だったね」
着物姿の女が言う。彼女はマチ。
「陰獣も大したコトなかたね」
口を覆ったカタコトの男が言う。彼はフェイタン。
「お宝手に入れたけど、一つ足りなかったね」
メガネの女が言った。彼女はシズク。
「ああ、緋の眼か」
体の巨大な男が言った。彼はフランクリン。
「この前取り逃がしたヤツが持ってたんだろうね」
マチが腕を組みながら言った。この前とは、アイリスが乗っていたあの配送車のことだ。
「今度会場を襲う。その時緋の眼も探しださねえとな」
フランクリンが言った。
「ま、動き出すのはウボォーが戻ってきたら、だね」
シズクが言った。
クラピカとウボォーが一対一の対戦をしている頃、そんな会話が行われた。
そう、彼らは紛れも無く「幻影旅団」
「作戦実行」
みんなで声を揃えて言った。