色黒の男、スクワラのいる部屋に競売品は置いてある。私はスクワラの部屋に入り、競売品に触れた。
能力者の言う、オーラと言うものは見る事も感じる事も出来なかった。
(できれば今夜のオークションに間に合わせたかったんだけど)
そう思いながら、蓋に手をかけ、開かないとわかりつつも開けようと力を込めた。 すると思いのほか蓋は簡単にパカッという情けない音を響かせて、呆気なく開いてしまったのだった。
開かないだろうと思って力を込めて開けたせいか、力の反動で後ろに少しよろめいた。
── 彼が死ぬか、彼自身が開けるかしない限り念は解けないそうだ。
クラピカが以前そう言っていた事を思い出した。
(え……)
一瞬時間が止まったようだった。
(開いた……!? まさかテキサスは……)
念というものをかけたテキサスが死んだのだから、念が解けたのだろう。
「アイリス?」
私の後を追ってきたセンリツの声が背後から聞こえた。私は振り返らないまま、後ろにいるセンリツに言った。
「……テキサスは死んじゃったみたい」
「え……?」
蓋の開いた競売品を見て、センリツの声色が変わった。
「……それは緋の眼……!」
2つの瓶が対になった箱。それぞれの瓶に眼球が浮いている。これを見て緋の眼だとわかるのはただ者じゃないと思った。
「センリツさん、緋の眼を知っているの?」
緋の眼はかなりマニアックな逸品。世界七大美色とも言われているが、それを目にすることができる人間は──極わずか。
「知ってるも何も、ボス(ネオン)が欲しがっているもので、落札予定の一つよ。それに──」
センリツはそこまで言ってやめた。
「それに……なに?」
センリツは私の問いに答えない。センリツはなんとも言えないような表情をして、目を逸らす。
嫌な予感が私を襲うが、それを呑み込んでセンリツが言葉を発するのを待った。
そして、やがて長い沈黙のあと、センリツがようやく重い口を開いた。
「あなたの心音を信じて……あなたの事を信頼して、あなただけに言うわ。クラピカは……クルタ族の生き残りなの」
「う、うそ……でしょ……?」
アルバイトとして雇われてから、オーナーに緋の眼について教わった。オーナーは気味が悪いほどの人体収集家で、特にお気に入りだという緋の眼を所持していた。
クルタ族とは、感情が激しくたかぶると瞳が燃えるような深い緋色になる、種族固有の特質を持っている。その緋の輝きは、世界七大美色に数えられているほど美しいと言われているのだ。
しかし、その瞳の美しさ故に盗賊に虐殺され今では絶滅したとされており、その瞳は大変貴重で想像を遥かに絶する高い値で取引されている。
オーナーが一番お気に入りだというコレクションをオークションで競りにかけようとしたのも、お金の為だ。億、兆、京、じゃ済まないほどの金額で売れるからだ。
「嘘でしょ、クラピカが……クルタ族の生き残りって……」
発した声は、自分でも消え入りそうな声だった。
クルタ族は途絶えたと聞いていた。
まさか生き残りがいたなんて思わなかった。
「まさかクルタ族を虐殺したのは……」
「そう、幻影旅団よ」
センリツの落ち着いた少し低い声が、胸の奥に響いた。
全ての辻褄が合った瞬間だった。
── 旅団に強い憎しみを抱いている
彼が背負う、旅団への強い憎しみの念。それは、一族の命を絶やした旅団への怨みと憎しみ……そして復讐。緋の眼に魅せられ、金という欲にまみれた下劣な人間が生んだ、哀しい惨劇。
旅団に腹が立った。許せなかった。それをコレクションしていたオーナーも、そしてそれを欲しがる人間も。
でも、一番許せないのは自分だった。
クルタ族の惨劇を知っていながら、今まで何も思わずこの手で緋の眼に触れていたこと。
クルタ族の犠牲の上で、この緋の眼が売り捌かれていることなど、深く考えもしなかったのだ。
そう、この時まで──何も。
緋の眼──それは自分にとって、オーナーから依頼された"ただの出品物"でしかなかったのだ。
そう、たとえば街で売られた動物の毛皮と同じように、動物が犠牲になっていることを深く考えない。形では知っているけれど、あまり深くは考えない。それと同じだった。
「私……」
センリツが心配そうに見る。私の足元に、大粒の涙が落ちて、高級そうな絨毯の色を転々と変えた。
「……私……クラピカのこと……」
好きだった。心を開いてもらいたかった。彼の闇を取り除きたかった。
「それなのに私っ……こんなこと……」
上手く言葉が出なかった。クラピカの闇を照らす存在になる資格なんてない。
「アイリス。もう言わなくていい。私にはわかるから」
優しいセンリツの声。肩をふわっと抱いてくれた。
「自分が許せなかったのね……。でも、大丈夫だから。あなたなら、クラピカの心を埋めることができるって信じてる」
センリツの優しい言葉が、余計に涙を溢れさせた。
年甲斐も無く、大きな声で……子供のように泣いた。