緋色の欠片 ー私は、緋の眼の代理出品者でしたー   作:秋田慶

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蜘蛛 二

 私はスクワラにセメタリービル前まで送ってもらい、車を降りた。

 正式な参加証がなければ検問を通過する事ができないため、スクワラは中に入れない。

 このビルは今夜のオークション会場であり、私達が何者かに襲われる前に向かうはずだった場所である。

 この大きな都会的なビルは、いかにもVIPが集いそうな雰囲気だった。

 

 私は自分のポケットに手を入れる。クラピカの事故の時に折れ曲がってしまったのだろう、緋の眼の出品者であるオーナーの代理を証明する、出品者証明書が入っていた。

 この証明書は参加証と違い、出品関係者専用のカードである。各自一人ずつ配られており、そのカードにはそれぞれ自分の個人情報、指紋など全てがデータとして入っているという徹底されたカードだ。

 

 私は検問所でそのカードを差し出すと、出品者専用ゲートへ通された。

 無防備な緋の眼が、足音と共にカタカタ揺れた。

 

 ビルの内部に入ると、しんと静まり返っている。

 その静けさがやけに不気味だった。先日、何者かの集団に襲われたときのことがふと脳裏によぎる。

 

 そういえばまたあの集団がこの品物を襲ってくるかもしれない。

 それを考えるとぞくっと寒気が背筋を襲った。

 もう自分を守ってくれる念能力者はいないのだ。

 

 スクワラにまで嘘をついてたった一人、会場裏口から施設内に入る。

 蛍光灯が割れ、ガラスが床に散乱していて、電気が消えかかった廊下を私は慎重に歩いた。黒服の男は見当たらない。

 

(何かがおかしい……?)

 

 そう思った。

 その勘は間もなく当たる事になる。

 

 金庫のあるフロアは厳重に何十もの扉がかかっている──はずなのに、全ての扉は無防備に開き、警戒に当たっているはずだった黒服のSPは一人も見当たらない。

 

「金庫が……空……!?」

 

 金庫の鍵も開かれていて、中身はすっかり空になっていたのだった。

 

(どういうこと……?)

 

 オークションは今日開催されるはずだ。無くなるはずがないのだ。

 

(まさか、幻影旅団が?)

 恐らく幻影旅団が盗んだに違いないと思った。

 何とも言えない恐怖が私を襲う。

 

 ──もう後には戻れない。

 

(これだけは守らなきゃ。でも、どうやって──)

 私は箱をぎゅっと抱きしめ、後ずさってガラスの破片をパリ、と靴で踏んだ時だった。

 

「へぇ、アンタが持ってたんだ」

 

 私の背後から女の声がした。

 

「誰っ!?」

 

 振り向くと、そこには着物を着た女が立っていた。腕を組み、余裕の笑みを浮かべている。

 

「その競売品、渡してくれって言ったらどうする?」

 やたら目上から言う女である。

 

「どういうこと? あなたは一体……!?」

 私は競売品をぎゅっと握りしめた。

 

「……2日前、アンタたちを襲った人……といえばわかるかしら」

「……っ!」

 

 思わぬ訪問者に思わずたじろいだ。あの、配送者を狙った奴らだ。

 十二人いたはずのアルバイトは全て殺され、私とテキサスだけになり──そして今や自分たった一人。

 恐らく、オーナーもこの連中に殺されたに違いないとすぐにわかった。

 

「まさかアンタが持ってるとは思わなかった。あのあと私達の仲間を連れ去った奴がいてね……そいつを追ってたんだけど、途中で陰獣って奴に足止め喰らってね。ま、アンタは素人のようだし、凄い事故起こしてたみたいだからてっきり死んだと思ってたんだけど。どおりでアンタの片割れは持ってなかったはずだ」

 

「片割れ……ってまさかテキサスのこと……!?」

 

「ふーん、あれ、テキサスって言うんだ」

 

 着物姿の女は何食わぬ顔で言う。テキサスはこの女に殺されたのだと直感でわかった。

 

「で──鎖野郎について、知らないとは言わせないよ」

 着物姿の女の目つきが変わった。余裕の笑みから鋭い目つきに変わった。

 

「鎖野郎……?」

「あんたに大怪我を負わせた奴さ」

 

(クラピカのこと……?)

 私は、クラピカの手に鎖がかかっていたことを思い出した。

 

「あいつが私の仲間を殺したんだよね。私達そいつを追ってるんだけど」

 

(仲間……殺した……?)

 

 ── クラピカが盗賊の一人を殺っているの

 

 私の脳裏にセンリツの言葉が浮かぶ。

 

(まさか……この女が……幻影旅団……?)

 

 嫌な予感が立ち込めてくる。足がじり、と動いて蛍光灯のガラスをジャリ、と鳴らした。

 

「知らないとは言わせないよ? こっちは知ってるんだから。鎖野郎と何らかしらの接点があるってね」

 

 キッと私を睨むその女は、指から何か糸のようなものを出すような仕草をした。

 私も女を睨み返し、箱をぎゅっと握る。

 

「悪いけど、私は鎖野郎なんて知らない」

「何だって?」

 

 不機嫌そうに着物姿の女が言う。少しピリッとした空気になった。

 

「だから知らないって言ってるの! 私の周りに鎖なんて持ってる人なんていなかったし、私一般人だから、念? とかいうの見えないし何も知らないから!」

 

 私がそう叫ぶと、着物姿の女はふっと笑った。

 

「アンタ。それが嘘だったらすぐ死んでもらうよ。こちらは嘘かどうか見破る能力者がいるんでね」

 

 何か糸を伸ばす仕草をしながら、

「まあいいさ。とりあえず、アンタには来てもらうよ。こんな素人がフラフラ無防備に競売品を持ってこんな所に来るなんて、何かしらの意図を感じざるを得ないし──何か罠のようなものも感じるし。アンタはいい人質になりそうだ」

 

 そう着物姿の女が言った途端、抱いていた競売品と共にぎゅっと身体が締め付けられた。

 

 ──糸!? 見えない! 

 

 何重にも巻かれた糸のような感触がして、それが私の身体を締め付ける。

 

「い、痛い……!」

 

「このまま、糸でアンタを綺麗に切ってもいいんだよ? されたく無かったら大人しくしな!」

 

 ぎゅうっと締め付けが強くなり、皮膚にそれがくい込んで苦しい。

 首に巻かれた糸のようなものが強弱をつけて締め付けてくる。

 それがぎゅっときつくなり、そしてふと、意識が途絶えたのだった。

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