【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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感想・評価など、ありがとうございます。皆様の感想が執筆の励みになっております。
誤字報告もありがとうございます。感謝です。

今回も三人称です。
ヘルガ視点です。よろしくお願いします。



上京ライオン(2)

 オーディションを受けた日から、ヘルガの日常は怒涛の勢いで過ぎていった。

 

「善は急げだ。アポなしで申し訳ないけど、今すぐご両親に挨拶しに行こう。エリーゼとイリハ、ヘカテも来てくれ。後の事は頼んだぞ、ルクスリリア」

 

 一次選考の合否はその場で決まり、直後イシグロ自らヘルガの実家へ赴いて、両親に娘がオーディションに合格した旨と将来的な見通しについて説明していた。

 腰を低くしてイシグロから菓子折りを受け取った両親は、何がなんだか分からないといった表情を浮かべていた。展開が早すぎてヘルガもよく分かっていなかった。

 

「魔力の流れが胸の周辺で滞っているわね……」

「陰氣が強すぎて身体中の氣が弱っておる。特に土氣が弱り切っておるのぅ」

「ふぅむ。赤血に瘴気反応アリやけど正常値。青血には異常なくらい全くナシ。そんで汗や唾液にも綺麗さっぱり含まれてへん。症状は圏外病に似とるけど、空気の良いフライシュでこれは異常やな。間違いないのは瘴気が悪さしとるって事だけや……」

「異能だな。起きてる時に土中の瘴気を吸い取って、眠ってる時に浄化してるんだ」

「なるほど異能か! そんなら一回その線で調べてみた方が良さげやな。諸々の検証は後々するとして、もしかしたらスヴェン君が生まれた以前と以後では地下の瘴気蓄積量に差あるかもやな。ダメ元で調査してもらおか」

「瘴気って土にもあるんかのぅ? ここ圏内じゃぞ」

「見えへんし感じ取れへんくらい小さい瘴気は圏内にも存在しとるんやで。そんで地面の奥深くに溜まってくんや。天文台にはそれ専門の調査隊がおって……」

「え? は? え? 異能って、瘴気って……どどどどういう事っすか!?」

 

 やがて弟の病気について――ヘルガは覚えていないがオーディションの際に話していた――の話題になり、医師であるという吸血鬼少女に当人を診てもらった。結果、イシグロは弟の状態を異能によるものと診断した。

 曰く、イシグロは他人の潜在能力をある程度見抜けるらしい。一次選考はその能力を使って合否を決めていたそうだ。

 

「ひとまず身体中の瘴気を抜く事から始めやなアカンな。まぁ圏外病の治療は国が無償でやってくれるし、治療法も確立されとる。そう悲観するもんでもないと思うで」

「良かったなスヴェン! 治るってよ!」

「あぁ、うん……なんだか急な事ばっかりで、まだ受け止めきれてないけれど。ありがとうございます、イシグロさん」

 

 ともかく、弟は無事という事が分かったヘルガは、安堵と感謝で胸がいっぱいになった。

 その後、あれよあれよと話が進み、何やかんやヘルガは二次選考を受ける事となった。

 

「おめでとうございます、ヘルガさん。文句なしの合格ですよ」

 

 そう間を置かず二次選考が始まると、ヘルガはこれも通過した。

 多くの応募者が一次選考で落とされたものの、オーディションにはフライシュ中の人が訪れたとあって、それなりの人数が二次選考を受けていた。

 二次選考の内容は一次選考と殆ど同じだった。何故か密閉された部屋で文官っぽい人と話すだけ。会話の内容もほぼほぼ世間話だった。印象的だったのが、部屋を出た多くの人が顔色を悪くしていたところだ。何か酷い事でも言われたのかもしれない。

 結局、三次選考まで残ったのはヘルガを含めた男女五名だった。二次選考で大分削られたらしい。

 

「ほれほれ、殺しはせんけど死ぬ気でかからな怪我してまうで~」

 

 そうして始まった三次選考は、穏やかに進んだ一次・二次と異なり極めて野蛮だった。

 なんと、医師として弟を診断してくれたヘカテーニャが召喚した眷属の群れと制限時間まで戦うというものだったのである。

 

「おめでとうございます。二次選考の時と同様、文句なしの合格です」

「……え?」

 

 気が付けば、ヘルガは三次選考にも合格していた。

 こうして、草薙主催のオーディションは終了し、何者でもなかったヘルガは英雄候補生になったのである。

 

「ただいまスヴェン。今日の調子は……って何じゃこりゃあ!?」

 

 しかし、怒涛の日々は終わっていなかった。

 三次選考当日、弟の部屋が魔改造されていたのである。

 簡素だった部屋に謎のお香が炊かれ、見た事のない花々が花瓶の中で咲き誇っている。その他、何かしら意味ありそうな装飾やらお茶やら色んな物が設置されていた。

 そんな魔改造部屋の中心では、昨日より血色の良くなった弟が上体を起こして本を読んでいた。

 

「おかえり、姉ちゃん。これは瘴気を抜く為のお香なんだって。こっちは上森神樹の葉を煎じたお茶で、こっちはリンジュの陰陽術師がついてくれた聖餅。この本はフライシュ公爵から僕への贈り物だってさ。いやぁ有難いけど困っちゃうよね。本当に、イシグロ様にも公爵様にもなんてお礼を言えばいいか。諦めてたのに、生き残れそうだね僕。ありがとうね、姉ちゃん」

 

 柔らかく微笑む弟は、世界の穢れを浄化するような光を放っていた。

 翌朝、弟は自分で立ち上がれるようになり、あまつさえ歩けるまで回復していた。弟に施された謎治療には効果があったのだ。

 

「結論から言うと、スヴェン君の症状は病気ではなく彼の異能によるものでした。データとしては不十分ですが、こちらが調査内容となります。また、スヴェン君の生まれ年とリント市内の収穫量には……」

 

 いくつかの資料を見せられ、イシグロから説明を受ける。

 どうやら弟は本当に土地の瘴気を浄化していたらしい。地面に穴を空けて調べてみたら、ヘルガの実家を中心に土の中にある瘴気が明らかに薄くなっていたそうだ。

 また、最近になって急に症状が悪化したのは、これまでスヴェンに溜め込まれていた瘴気が浄化しきれなくなったからではないかという話だった。

 

「よ、よく分かんねーんすけど、例えばそれってあーしが迷宮行ったらスヴェンが瘴気吸い込んじゃう感じっすか?」

「それは無いで安心しぃ。スヴェン君が吸収しとるんはあくまでも深~い地下の瘴気で、空気に含まれとる超微細な瘴気には何も作用せぇへん。そもそも瘴気の浄化自体はみんな無意識にやっとる事なんやで」

 

 ふと浮かんだ問いへの返答に、ヘルガは胸を撫で下ろした。

 次いで、ヘルガ自身冒険者になる事に前向きになっている事に気が付いた。もう、そこまでして弟の治療費を稼ぐ必要などないというのに。

 理由を考えてみたところ、その答えはあっさりと出てきた。

 

「ありがとうございます。本当に何とお礼を言えばいいか……」

「スヴェンの事、どうかよろしくお願いします……!」

 

 続く話し合いの結果、弟はリント市内にある圏外傷病兵の治療施設に入院する事となった。

 まず、身体に沈殿した瘴気を吐き出しきるのだ。その後はどうするのか訊いてみると……。

 

「まぁまだ何とも言えんけど、普通に魔法使えばええんちゃうかな。要は体内に瘴気が溜まり過ぎとるんがアカン訳やし、何であれ魔力に変換して外に出せば解決すると思うで」

「その為に、魔術の勉強をさせてもらえるんだってさ。治療施設ではそういう支援も受けられるらしくて、退院したら本格的に学ぶつもり。お金については心配しないで。試験受けて合格して、公爵様からの推薦状もらったから」

「スヴェン、お前いつの間にそんな……」

「いや~、スヴェン君はホンマに賢いな~。将来は教授か文官かってな逸材やで」

 

 ヘルガの知らないうちに、弟も弟で歩みを進めていた。

 将来的にはラリス大学かランベール魔術大学を目指し、お世話になった人に恩返しをしたいらしい。そう語る弟の瞳には、これまでにない希望の光が宿っていた。

 また、弟の異能については厳重に秘匿する運びとなった。範囲は限られるとはいえ、ただ寝るだけで瘴気を浄化できる異能は、為政者からするとあまりにも有用に過ぎるからだ。

 

「弟さんの治療の目途はつきました。オーディションには合格されましたが、ヘルガさんはもう彼の英雄になる必要はありません。たとえ素質があるからと言っても冒険者になる義務も存在しません。最終的な選択は、全て貴女の意思に委ねられます。貴女がどう生きたいと望むか、それをお聞かせ頂ければ幸いです」

 

 イシグロの言う通り、ヘルガにはもう冒険者になる理由は無い。

 オーディションには合格したが、弟は明日を生きられるようになった。

 沢山考えて、沢山悩んだ。その上で、ヘルガは自分の心で以て決断した。

 

「あーしは、これからもスヴェンを……弟を守ってやりたい、です。その為に強くなりたいんです。いつか弟の身を狙う奴が出てきても返り討ちにできるような、そんな戦士に」

 

 要するに、弟を守る為の力が欲しいのだ。

 冒険者になる理由はなくなっても、英雄を目指す理由は残っている。

 魔獅子の身体は、弱い人を守る為にあるのだ。

 

「だから、あーしを鍛えてほしいっす! 何ができるか分かんねぇすけど、一生懸命頑張るっす! よろしくお願いします!」

 

 言い切って、勢いよく頭を下げた。

 つい先日まで、胡散臭いだの信用できないだの僻んでいた人に対し。精一杯の謝意と信頼を籠めて。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。ヘルガさん」

 

 対し、イシグロもまた頭を下げた。

 英雄がそう易々と頭を下げるものではない。ラリス的に、ヘコヘコする男は情けない奴と見做される。

 けれども、イシグロの真摯な応対を見て、ヘルガはこれまで抱いた事のない誠意を感じ取っていた。

 

 世の中には、意外と良い大人が多いのかもしれなかった。

 少なくとも、ヘルガが思っていたよりは。

 

 このようにして、英雄育成計画は開始されたのである。

 

 

 

 

 

 

 改めて認められた契約書には、これでもかというほど細かい確認事項が記載されていた。

 中でもヘルガの目に留まったのは、養成期間中に支給される給与だった。兵士でもないのに訓練を受けて小遣いをもらうなんて違和感があったが、イシグロと弟に曰くそれはヘルガへの期待の表れであるという。

 何度も何度も契約書を読み直し、頭のいい弟にも確認してもらい、ヘルガは震える手で自分の名前を書いた。それだけなのに、めちゃくちゃ疲れた。

 

「これが冒険者証。これであーしも冒険者……」

 

 まず行ったのは、ヘルガの冒険者登録だった。

 加えて、ヘルガは登録後すぐ同盟に加入する事と相成った。オーディションの終了と同時に作られた草薙の剣の下部組織――“草薙の門”である。

 草薙の門の盟友は、ヘルガを含めたオーディションの合格者で構成される。次いで手渡されたバッジには、草薙の剣の同盟紋に酷似した紋章が描かれていた。

 

「お前オーディション受かったんだってな! 前にイシグロと一緒にいるとこ見たって母ちゃんが言ってたぜ!」

「おめでとヘルっち! 今のうちに何か記念になる物もらっとこっかな~!」

「まさかヘルガが合格するとはね。正直羨ましいよ。俺だけじゃないけど、騎士家の子供も全員ダメだったから……あぁダメだったっていうか、普通に真っ当に努力した方がいいよって言われた感じなんだけど」

 

 訓練開始の前々日。友人に誘われて路地裏集会に行ってみたら、そこには久しぶりに見る顔があった。

 彼等はヘルガの近況を聞くと、僻みも妬みもなく彼女の成功を祝福してくれた。

 その時、これまで抱え込んでいた感情があふれてきて、ヘルガは生まれて初めて嬉し泣きをしてしまった。

 

 本当に、ヘルガは人の縁に恵まれていた。

 

 

 

 養成期間、当日。

 冒険者となったヘルガは、頑張って早起きしてから入念に身なりを整え、気合十分に転移神殿へと向かって行った。

 神殿内に入ると、ヘルガの身につけたバッジに同業者からの注目が集まった。それを強いて無視したヘルガは、彼女の次に注目の集まる二人組の方へ歩み寄った。

 彼女等は、同じオーディションを合格した草薙の門の仲間である。

 

「おいっす、オーディション以来だな。あーしはヘルガ。よろしくな」

 

 挨拶は大事だ。アレクシオスの英雄譚にもそう書かれている。なので気さくに挨拶すると、そのうちの一人がふわりと全身で振り返った。

 

「おいっす~! ルルは玉兎族のルルだよ! ヘルガちゃんも三次選考生き残ったんだね! これからよろしく~!」

 

 元気よく挨拶を返してきたのは、ピョコンと立った兎耳の美少女だった。

 そう、美少女である。柔らかそうなピンクの髪に、冬の満月を思わせる青い瞳。星空の美しさを凝縮し、砂糖とスパイスと素敵なものをいっぱい塗したかのような、むっちゃ可愛い女の子だ。その胸は豊満である。

 一目見て、ヘルガは心底から感じ入った。何で選ばれたか分からないヘルガと違って、ルルと名乗ったこの少女は選ばれるべくして選ばれたドが付く程の逸材である事を。その胸は極めて豊満であった。

 

「あー種族言うの忘れてたな。あーしは魔獅子。尻尾の先っちょに針あるけど毒は出ねぇから安心してくれ。で、なんか失礼な事しちまう前に玉兎について教えてくれねぇか?」

「いいよ~! 玉兎っていうのは兎人の一種で、言っちゃえば兎系の上位種なの! 狐人にとっての天狐みたいな? 格的には麒麟と同じくらいかな~!」

「おぅ、そりゃすげぇな」

 

 よく分からないが、褒めてほしそうだったので褒めておいた。するとルルは嬉しそうに喉を鳴らした。

 玉兎族。初めて聞く種族名だった。ヘルガ程度の魔力感知では、ルルは魔族なのか獣人なのか分からない。ただ、彼女の纏う魔力は見ているだけで惚れ惚れするくらい美しかった。

 

「ふん……」

 

 一方、ルルの隣にいた黒髪の少女は、ヘルガの方を一瞥しただけで直ぐに視線を逸らした。

 長く艶やかな黒髪の、ルルとは好対照な長身美少女である。切れ長の赤目に新雪のような白い肌。ルルが親しみやすい可愛い全振りの美少女だとしたら、彼女は如何にも高嶺の花といった感じの美人であった。その尻は豊満である。

 一見して、彼女に獣の耳や魔族の角はなかった。人間族のようだが、魔族のような雰囲気も感じ取れる。これまた、ヘルガが見た事のない種族だった。その尻は極めて豊満である。

 

「え~っと、改めてあーしはヘルガ。お前は?」

「……名乗る必要を感じないわ。私、貴女達と馴れ合うつもりないから」

「えぇ……」

 

 そうして吐き捨てられた返事は、ある意味で彼女の雰囲気通り冷淡だった。

 ヘルガ視点、こういう娘と話すのは初めての経験である。物語の高慢お嬢様仕草や人見知り幼女とも少し違う。警戒している猫のような、敵意すら感じる態度だった。

 

「あ~、その娘はノエミってゆぅんだって。種族は知らな~い。匂い的に人間っぽくないし、魔族系だよね? でも半魔人っぽくもないし、ノエちゃんもルルと同じ何かしらの希少種だよね! ルルには分かるよ~?」

「うっさい……」

 

 どうしたものかと困っているヘルガに対し、天真爛漫な玉兎は積極的に黒髪少女に絡んでいった。ノエミもノエミで冷たい態度を崩さなかったが、決して手を出すような事はしなかった。それが分かっているからウザ絡みをして、されているのかもしれない。

 

「はぁ……私はノエミ。種族は半吸血人(ダンピール)。これでいい?」

「へぇ! 半吸血人なんだ! だったら玉兎のルルのが格上だね!」

「おいおい……」

「ふん……! 盟主様には仲良くしろって言われてるけど、私はその必要性を感じてないわ。アンタ等どうせすぐ音を上げるに決まっているもの」

「おいお……い? 盟主様?」

 

 ルルの猛攻に押されてか、やがて発された自己紹介は淡泊なものだった。

 それはそうと、続く言葉に違和感を覚えるヘルガ。はて、盟主様とは誰だろうか。ノエミが盟主様と言う時だけ、半吸血人の赤い双眸には陶酔したような色が浮かんでいた。

 

「おはよう。時間前集合とは素晴らしい。みんな揃ってるな。話は鍛錬場で始めるから、ついてきてくれ」

 

 そこに、九人の幼妻を連れたイシグロが現れた。全員、銀細工最上位級のガチ装備だ。

 と、ヘルガが思った……次の瞬間である。

 

「おはようございます♡ 盟主様♡ 奥方様も本日はよろしくお願いします♡」

「……え?」

 

 ヘルガが呆然としていると、声音を高くしたノエミはイシグロだけでなく彼の嫁達一人一人に頭を下げていった。対する幼妻達は苦笑である。

 さっきまでのガチツンケンはどこへやら、草薙の剣を見る彼女の目は純真無垢な幼女のようにキラキラしていた。盟主様とはイシグロの事だったのだ。

 いや草薙の門ひいては草薙の剣の盟主はイシグロだろうが、その態度の変わり様はなんだと言いたい。

 

「よく待ってられたッスねノエミ。ちゃんと元気よく挨拶できたッスか?」

「バッチリです! ルクスリリア様に教えてもらった通り、笑顔でやり遂げました!」

「嘘の匂いがするのじゃ……」

「まぁ本人的には上手くやったのではないかと……」

「そうかニャ~? そうかも~?」

 

 草薙の剣+門。会話もそこそこに、都合十三人が揃って鍛錬場行きの転移石碑へ向かって行く。

 先頭を歩くイシグロの後ろをノエミは嬉しそうについていった。犬系種族でもないのにブンブンと振られる尻尾が幻視されるような光景である。

 

「ビックリだよね~。なんか知らないけど、ノエちゃんイシグロさん達に心酔してるみたい」

「お、おう……」

「けど、まぁノエちゃんの気持ちも分かるかな」

「え? もしかしてルルも……?」

「きゃはは、違う違う♪」

 

 呆気にとられるヘルガの前、ルルがくるっと振り返る。

 かわいらしい兎の少女は、ゾクゾクするほど蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 

「馴れ合うつもりはないってとこ♪ ルル達三人は仲間だけど友達じゃないよ♪ 一番キラキラするのはルルだけだから、二人はあくまで引き立て役♪ だから足を引っ張らないでね、蠍ネコのヘルちゃん♪」

 

 その瞳には、あまりにも苛烈で鮮烈な、得体の知れない輝きが宿っていた。

 片やツンツン吸血鬼。片やギラギラ玉兎。そんな二人と比べれば、ヘルガは無個性一般人である。いや元々ただの町娘なのだが。

 

「マジか……」

 

 ちょっぴり。上手くやっていけるか心配になるヘルガであった。

 

 

 

 初めての転移は、眠る前に稀に感じる浮遊感に似ていた。

 事前に聞かされていた鍛錬場である。見上げるほど高い天井から昼間の太陽のような光が降り注いでいる。四方は円形の壁で覆われ、足を着けている石床には光沢があり、ツルツルしているが滑る感触はしなかった。

 不思議な空間である。この場所で、ヘルガは英雄へ至る為のトレーニングをする予定らしい。

 

「はぁい整列~」

 

 イシグロの声に反応し、ヘルガ達三人は軍人のように整列した。上位者の命令を聞くという弱者の本能に近い行動だった。

 見れば、ルルは自信満々の表情を浮かべており、ノエミは生真面目そうに口の端を引き締めていた。

 

「え~、今日から三人には草薙の剣による戦闘教導を受けてもらう。とはいえここは軍隊じゃないから、俺達が教えるのはあくまで冒険者としての戦い方だ。そんで冒険者の戦い方は千差万別なんで、一律に同じ指導をするんじゃなく君達一人一人の個性を活かしたトレーニングを模索し、都度調整しつつ課していこうと思う。その前に……」

「はい。トレーニングはこれを着て行うニャ」

 

 説明が始まったかと思えば、猫又族の少女からヘルガ達三人に真新しい衣服が手渡された。

 なんだろうかと一つつまんでみると、それは腰から膝上までのスカートだった。その他にも上衣や靴下などがあり、全てが驚くほど肌触りが良かった。

 

「え~っと、これは?」

「草薙の門の制服だ。性能は大した事ないけど、一応サイズ調整と体温保護の補助効果を付けてある。あと魔法装填に【清潔】つけといたから、基本汚れても大丈夫だ」

「た、高いんじゃねぇん……ですか? よく分かんねぇすけど」

「言うてそんなでもない。実際、一流の防具職人なら三日で仕立ててくれる程度のモンだし。訓練中と、一人で出歩く時はなるべくコレを着ておくように」

「はいはいしつも~ん! 何でお揃いの服で、何で一人の時にも着るんでしょうか~?」

「いい質問だな。理由としては単純で、君等が草薙の剣の保護下にあるって事を示す為だ。ほら、ここにうちのマーク付いてるだろ」

「本当! あぁ感動です! お気遣いくださり、ありがとうございます、盟主様!」

 

 どうやら、これはヘルガ達用の制服らしい。

 それにしても上等な衣類である。マジでこれ着ていいのかよと制服の質にビビッてるヘルガに対し、タイプの違う美少女二人は素直に喜んでいるようだった。

 続きは着てからとなってシャーロットのルーン魔術で壁を作ってもらい、そこに隠れて三人は制服に袖を通した。

 

「うわすご、マジ柔らか。すげぇサラサラじゃん。やば……」

 

 実際に身に纏ってみた草薙の門制服は、ヘルガの予想をぶっちぎって着心地が良かった。

 当初はちょっとブカブカになるかなと思っていた制服だが、いざ着てみたらぴったりフィット。これがサイズ調整の補助効果というやつらしい。てゆーか、着心地とか性能は置いておいてデザインが可愛過ぎる。着れて嬉しいやら恥ずかしいやらだった。

 

「きゃはは♪ 鏡なくても分かる♪ 今のルル、世界一かわいい~♪」

「素晴らしいセンスです、エリーゼ様! まるで草薙の精神が形になったようで!」

「ふふっ、そうでしょう……」

 

 同じく候補生の二人も制服を着ていた。否、着こなしていた。

 ただでさえ人目を惹く美貌だというのに、制服を着た二人はよりいっそう輝いて見えた。ルルもノエミも露わになった太ももが眩しい。無意識に、ヘルガは蠍の尻尾を後ろに隠した。この尻尾は可愛くない。

 

「亭主殿~、着替え終わったぜ~」

「ほわぁああああ! めめめ盟主ひゃま! そのお召し物は……!」

「おう。せっかくだからな、候補生のプロデュースにピッタリなスーツを用意してみたんだ。もちろん性能はガチだ」

「おう。やっぱ亭主殿はスーツ姿がよく似合うな。マジで上流階級みたいだぜ」

「スーツもいいが、次はリンジュの礼服も着てほしいもんじゃのぅ。紋付袴似合うと思うんじゃよなぁ」

 

 着替え終わってイシグロと対面すると、彼もまた装いを変えていた。

 光沢のある黒の上着に、同じ色の長ズボン。都会の男の間で流行っていると噂のスーツ・スタイルだった。何故そんな恰好をしているのか分からないが、イシグロはスーツ姿で指導をするらしい。なお、他の面々は冒険者としての装備である。

 

「はい、着替えたところでもう一回整列だ。さっきも言ったが、今日から冒険者としての戦闘教導を行う。三人共、それぞれで得手不得手が異なるから最適な役割ってのが違う訳だけど、基礎的な訓練は同じ流派を軸に行うつもりだ。個性を活かすトレーニングはその後な」

 

 お着換えもそこそこに、すぐに基礎トレーニングが始まった。

 さぁキツい訓練が始まるぞと覚悟を決めていたヘルガだったが、草薙の門最初のトレーニングは何もしない事の練習だった。

 瞑想というらしい。座布団の上に座り、静かに黙って呼吸をするのだ。

 

「ぁ痛ッ……! いや痛くねぇ……!? 一体なにが……」

「ん、ヘルガ余計な事考えた。雑念が湧いたら是正して集中し直す」

 

 が、これが存外難しく、余計な事を考える度に木の棒で肩を叩かれてしまった。痛くはないが、ビクッとする。

 結局、たった十分の瞑想でヘルガは何度も叩かれてしまった。なお、ノーミスだったらしいノエミはドヤ顔でヘルガとルルを見ていた。

 

「ぐぎぎぎぎ……! こ、このゆっくりした動きは! 何の役に立つんすかぁ……!?」

「戦いを制する前に、自分の身体を制する必要があるんですよ。剣を手足のように扱えるようになる前に、手足の動かし方を覚えなくてはならないってな具合です。分かりましたか? 分からなくても分からせますので覚悟の準備をしておいてください」

「分かるような分からねぇようなっす……!」

 

 続いて、何かの武術の型っぽい動きをゆっくりやった。

 こんなん楽勝じゃんと思っていたものの、これまたすっごく難しかった。一定の速さで身体を動かす事自体が困難で、獣本能かもっと素早く動きたくなってしまうのだ。バランスを取るのも容易ではなく、片足で立って身体を傾けたり関節を伸ばしたりで、途中ヘルガは何度も転倒してしまった。

 こっちはルルが大得意だったようで、苦戦するノエミに玉兎の美少女がドヤ顔かまして煽っていた。煽られた半吸血人は転倒していた。

 

「さて、準備運動が終わったところで今から本格的なトレーニングだ。格闘組、剣士組、魔法組に分かれて指導していくぞ」

 

 慣れない鍛錬で疲労困憊なヘルガ。しかしこれはあくまで準備運動。ここからが本番である。

 冒険者的な役割別に分かれ、それぞれの適性に合わせた指導をしてくれるという。ルルには魔法が得意な森人と吸血鬼がつき、ノエミにはイシグロと天狐がついていた。

 

「ども~、嵐極拳老師のユゥリンでーす。適性を鑑みてヘルガさんにはまず無手術の基礎を覚えて頂きますんで、そこんとこよろしくオナシャス」

「グーラです。ボクは一応獣人武術を扱えますが、ユゥリンのように体系的に修めている訳ではないので、補佐として頑張らせていただきます」

 

 一方、ヘルガには麒麟族のユゥリンと獣系魔族のグーラがついてくれるようだ。なお、残りは全体のサポートに回ってくれるらしい。

 それにしても、この娘達に武術を教わるのか。二人とも年上の既婚者である事は分かっているが、弟より小さく幼い容姿なので、どうしても保護欲というか年下として見てしまう。そもそも、そんな小さい体で大丈夫だろうか。飯とか食べてるんだろうか。

 

「はいっ無礼確定、ぶっ飛ばします」

「えっ、待っ!ちょ!?」

 

 という思考がバレたのだろうか。拳をごきごき鳴らしながらユゥリンが迫ってきた。嵐のような魔力が解放され、無意識にヘルガの尻尾がピーンとなる。魔獅子の本能が告げている。麒麟、ヤバい。

 

「待ってください。今日はまだボコボコにしちゃいけないって話でしたよ」

「そうでしたっけ? えーでも無礼められたら叩きのめさないといけませんし、どうしましょうか」

「では、こうしましょう。えい!」

「えっ? うわぁああああ!?」

 

 ユゥリンの暴挙を止めてくれたのはグーラだった。しかし即座にお姫様抱っこされたヘルガは、グーラによって天高く垂直に投げ飛ばされてしまった。

 あんなに高かった天井が近くなって、遠ざかっていく。やがて背中に僅かな衝撃。ヘルガは褐色の腕に抱き止められた。

 

「わかりましたか?」

「は、はいぃ……」

 

 強者なのは分かっていたつもりだったが、女子とはいえ人類を兎鶏扱いである。恐ろしいほどの膂力。ヘルガ視点、二人はもう女の子には見えなくなっていた。

 

「まずは一通りの動きをやってもらいます。ゆっくりでもいいんで、ワタシの真似をしてみてください」

「お、押忍!」

 

 そうして課せられたのは、ヘルガでも想像の出来る範囲の基礎的な格闘訓練だった。

 動きを見て真似しろと言われたので、見様見真似でやってみる。例によって例の如く、これもまた簡単そうに見えて上手くできてる気はしなかった。

 

「次は嵐極拳です。型じゃなく技をやってみましょうか。こう、体当たりする感じで拳を……ふんす!」

「こ、こうすか?」

「拳に引っ張られてます。もっとケツの穴をギュッとやるイメージで」

 

 曰く、最初にやったのは無月流の型で。次にやったのは嵐極拳だった。

 どちらにしろ、ヘルガの動きには芯がないというか、全体的にフニャフニャしていた。

 

「やっぱり発勁は使えそうにないですね。後の事を考えると嵐極拳自体も微妙でしょう。幸い、“流れ”の感覚は優れているようですし、やはり獣人武術が合うでしょうか。円の動き多めの」

「ですね。とはいえボクでは基礎的な動きしか教えられませんし、ある程度したら専門の教導官(ドクトレ)に見て頂くべきかと」

 

 結果、ヘルガには獣系武術が向いているそうだ。というより、他が向いてなさ過ぎるのだろう。

 それからは、ヘルガが攻めてグーラが捌くという獣人伝統の稽古をつけてもらった。瞑想やゆっくり体操と比べ、こっちは純粋に楽しかった。やっぱり獣系魔族は動き回るのが好きなのだ。

 

「おぉ、見事に弱点を切り裂いておる。初めての剣捌きとは思えんのじゃ」

「恐縮です! 必ずや、皆様の期待に応えてみせます!」

「そうそう。ええ感じ。動きながら魔力制御できるんは普通に凄いで」

「きゃは♪ もっと褒めてくれてもいいんだよ~♪」

 

 他方、イシグロに剣術の指導を受けているノエミは試し斬り用の藁束をスパスパ斬りまくっていた。

 ルルも何かしら魔法の鍛錬をしているようで、パッと見で分かるくらい魔力制御が上手かった。

 瞑想といい、準備運動といい、才能の差を感じざるを得ない。

 

「はぁ、はぁ……押忍! グーラ先輩、もっかいお願いします!」

「ええ、何度でもお付き合いしますよ。お父さんとの訓練を思い出して楽しいです」

「ふへへ、ガッツのある弟子は鍛えるの楽でいいですねぇ」

 

 だが、へこたれる事はなかった。

 自分に才能が無い事くらい、オーディションを受ける前から承知しているのだ。なら、せめて根性だけでも上回らねば。

 その後、ヘルガは何度もグーラに挑み、獣人流の指導を受けた。

 

「はい。ここで一旦休憩だ。お小遣いあげるから、三人で適当に食べてくるといい。お金はヘルガに預ける」

「あーしっすか? うす、承ったっす!」

「えぇこんなにいいの!? やったー! ねね、せっかくだからオシャレな店で食べようよ~!」

「わ、私は盟主様達と共に……」

「三人で食べてきなさい。仲良くするって約束したでしょう?」

「ご、ご命令とあらば……あれ? そういえば、ルクスリリア様とクニュフ様がいらっしゃいませんね」

「二人は午後から別件でな。少し出てもらってるんだ。今後も毎回フルメンバーでやれる機会は殆どないと思ってくれ」

 

 鍛錬場は時間感覚がおかしくなる。無我夢中でトレーニングしていると、いつしかお昼休憩になっていた。

 

「おい、あいつ等だよ。草薙の新入り。俺を二次で落としやがったやつだ」

「オレなんて一次だぜ。何であんなクソガキ共が受かって兄貴が落とされたんだ。見る目ねぇんじゃねぇのか」

「んなもん、女しかいねぇの見て分かんねぇか? そーゆーこったよ。見ろ、アレがイシグロの嫁等だぜ。無理だろ普通に」

 

 今朝と同じく、戻ってきた転移神殿では冒険者達の注目を浴びる事となった。

 ただでさえ可愛い制服を着た女子が集まっているというのに、彼女等は草薙オーディションの数少ない合格者なのだ。こればっかりは仕方なかった。

 そんな冒険者達にルルは愛想よく手を振って、ノエミは仏頂面で無視をしていた。目立つのが好きらしいルルはともかく、ノエミは草薙の剣以外に興味はないようだ。

 一方、こういう時ヘルガはどうすればいいか分からなかった。ルルの真似はできそうにないし、ノエミみたいに無視するのも気が引ける。

 

「あそことかいいんじゃない? 店も綺麗だしご飯も美味しそうだし、見えるトコで食べたら外の人に自慢できるよ~!」

「どうでもいいわ。それより、午後の訓練に備えて、もっと魔力が回復する食べ物にすべきよ」

「まぁまぁ、イシグロさんからは何の命令も受けてないだろ? なんかこう腹に溜まって美味ぇもん食わせる店は……」

「オシャレじゃないと嫌だからね!」

「盟主様から頂いたお金よ。無駄遣いなんて許さないから」

「弁当は要らないって言われてたけど、やっぱ持ってくりゃよかったかなぁ」

 

 昼食を食べにいく道中、資金を預かっているヘルガは高いのを食べようとするルルと安いのを食べようとするノエミに振り回された。

 

「ん~! まぁまぁ美味しい~! あ、ノエちゃんのソースちょっと分けて?」

「これは私のよ。純血果は半吸血人の私に必要なんだから」

「じゃあソレ食べたルルの血飲ませてあげるよ~。血さえあれば生きてけるんでしょ? 吸血鬼は」

「誰がアンタの血なんか飲むか! それに私は半吸血人! 吸血鬼なんかと一緒にしないで!」

「まぁまぁ、てゆーかヘカテーニャ先生は真祖だっただろ?」

「ヘカテ様は特別よ」

「いいよね~草薙♪ 上位種か希少種ばっかで玉兎のルルに相応しい感じ~♪」

 

 なお、飯を食べている時もルルとノエミは無駄に個性を発揮して、何かと言い合いが絶える事はなかった。

 けれども、意外な事に言い合いこそすれ喧嘩に発展する事はなかった。当人は無自覚だったが、水と油の二人をヘルガが程よく中和していたからだ。

 

「ところでさ、二人はなんでオーディション受けたの? ルル気になるな~」

「動機? まぁ大した事ねぇよ。あーしは金と力だな。そう言うルルは?」

「んっとね~、ルルはね~。世界中の皆からチヤホヤされたいの!」

「チヤホヤ?」

「うん♪ ほら、ルルって玉兎族だし、世界一可愛いでしょ? それで強くなって活躍したら世界一可愛い英雄って事になるでしょ? したらもう歴史に残る最高の兎じゃ~ん!」

「そ、そうか。凄いなルルは」

「でっしょ~♪」

 

 女子三人いれば姦しい。次々と話題が切り替わっていくうち、三人がオーディションを受けた動機について話す流れになった。

 ルルは自己顕示欲を隠す事も恥じる事もせず、目立つ為にオーディションを受けたそうだ。そーゆー奴もいるのかと、ヘルガは素直に感心していた。

 

「で、ノエちゃんはどーなの? なんでオーディション受けたの~?」

「貴女達に言うつもりはないわ」

「え~でも、めーしゅ様から仲良くしろって言われたんでしょ? こーゆーのも仲良くするのに必要なんじゃない?」

「そ、そうなのかしら……?」

 

 短い間に、ルルはノエミの扱い方を学習したらしい。とかくこの半吸血人は草薙の命令にだけは従順である。

 やがて、黒髪の少女は不承不承とばかりに口を開いた。

 

「……飢えてたところを拾われて、血を分けてもらったのよ。それだけ」

「な~んだ、なんか普通~、もっとドラマチックなエピソードないの~?」

「いやいや素敵な出会いじゃねぇか。ノエミもイシグロさん達に恩があるんだな。分かるぜ」

「そう。貴女も同じだったのね……」

 

 明らかに、ノエミは自身の境遇を隠している様子だったので、ルルが何か言う前にヘルガが割って入る事にした。僅かにノエミの眉が下がる。

 

「あぁノエミ、制服にソースついてるぞ」

「うそ!? やだ、盟主様に失望されてしまうわ。どうしよう、どうしよう……」

「とりあえず拭けばいいんじゃない? ほらゴシゴシ~」

「ちょっと! 余計に汚れたじゃない!」

「確か制服自体に汚れを落とす魔法がかけられてるって言ってたような……あれ? どうやって使うんだ?」

 

 そんなこんな。

 昼食を食べ終えた三人は、盟主に言われた通り親睦を深めるべく交流するのであった。

 何であれ、他人と一緒に食べる飯は美味いのだ。路地裏で仲間と食べる猪肉のが美味かったが。

 

 

 

 午後の鍛錬もまた、お昼前と似たような感じだった。

 

「ヘルガさんはアレですね。素直で良いですね、ええ」

 

 準備運動の後、特注だという木製の人形を蹴りまくる。

 今現在、グーラから教わっている獣人武術は、とにかく跳んで屈んで動き回るのを旨とする。運動神経の悪いヘルガは、すぐに転んだり姿勢を崩してしまっていた。

 ユゥリン曰く、まだ基礎の動きが出来てないかららしいが、本当にそれだけだろうか。考えても仕方ないので、やれと言われた事に集中する事にした。

 

「ビンゴ! やっぱノエミには刀が合ってるみたいだな。異能的に居合とか良さげだが、剣鬼流も合いそうなんだよなぁ」

「おぉ、凄いな。そのルーンを使えば大分魔力を節約できんだ。とかくルーン魔術は創意工夫だぜ。面白ぇだろ?」

 

 一方、ノエミとルルは既に応用編に入っているようだった。

 ノエミは手に持った刀で青竹を一刀両断しているし、ルルは空中に光る文字を描いて大量の水を出している。

 そんな中、ヘルガは午前と同じ基礎訓練。元々ヘルガは喧嘩が弱いのに、素手の格闘なんてやる意味はない気がする。ノエミのように武器を使った訓練を始めた方がいいのではなかろうか。

 

「あのぉ、あーしには武器とかそーゆーの無いんすか……?」

 

 そう思い、休憩中に思い切って訊いてみた。

 どだいヘルガのクソザコパンチやへなちょこキックで魔物を倒せるとは思えない。三次選考の時も逃げ回っているだけだったし、それが迷宮で通じる訳がない事くらい素人のヘルガにも容易に想像できた。

 せめて、短剣くらい使わせてもらえないものだろうか。実家では兎鶏を捌いていたのだ。扱い方は分かっている。

 

「ヘルガさんの武器については、もう暫くお待ちください。ご主人様の方にも然るべき準備がございまして」

「う、うす」

「てゆーか、あの二人もまだまだ異能を確かめてる段階なんで、ヘルガさんより先行ってるとかそんなん全然ないですよ。初日ですし、焦らなくても大丈夫です」

「焦り……え? 異能すか?」

 

 武器の用意はあると言われて不安が解消されたヘルガ。続くユゥリンの返事に、魔獅子の少女は目を丸くした。

 異能。それは、ごく最近にも聞いた言葉だった。曰く、ずっと病だと思っていた弟の症状は異能によるものだったらしい。もしや、ノエミやルルもそうなのだろうか。

 

「まだ全てを把握してませんし、そもそも他人が言いふらすモンでもないんでざっくりですけど、例えばノエミさんには刃物に関わる異能があるようです。だから最初にピッタリな武器と使い方を調べてる感じですね。ルルさんには魔法関連の異能があるみたいです。その点、ヘルガさんは既に道が見えてる状態なので気にする事ありません。競うべきは仲間ではなく昨日の自分だと思ってください」

「お、押忍! ごきょーじ頂き、ありがとうございまっす!」

 

 説明されたが、案の定よく分からなかった。だから分からないなりに頷いておいた。

 異能にも色々あるらしい。命を蝕む弟のソレと違い、二人の異能はデメリットのない素晴らしい力なのだろう。

 

「ところで、あーしに異能とかってあったりするっすか……?」

「さぁ、どうでしょうね? ワタシからは何とも」

 

 訊いてみたが、教えてくれなかった。

 恐らく何もないのだろう。分かっていた事だ。

 

 異能など、持ってないのが普通なのは分かっている。

 けれども。異能者集団の中にあって、それは普通ではなくなる。

 ちょっと、寂しい気持ちになるヘルガだった。

 

 

 

 

 

 

 午前も午後も運動漬けで、やがて英雄へ至るはずのトレーニング初日が終了した。

 転移神殿の外は夕陽に染まり、時折吹く風が運動で火照った身体に心地よい。雪が積もって寒いはずだというのに、この制服は嫌な冷気を防いでくれる。やっぱり魔法の服って凄い。ヘルガは改めてそう思った。

 

「うぇ~疲れたぁ~。動き過ぎてお腹すいちゃったし、なんか食べてかな~い?」

「宿で用意してもらってるって言ってただろ。晩飯食えなくなるぞ」

「魔力減ってるんだって~。甘いもの食べた~い」

「ふん。所詮は獣、自制心がないわね……」

「あっ! ランベール式のアイスクリーム! あれ食べてみたかったんだ~!」

「ランベール式って……あのグルグルの氷菓!?」

「おやぁ? 自制心のあるノエちゃんは甘いモノなんていらないんじゃないのかな~?」

「とっ当然じゃない! あああ甘いモノなんて、全然食べたい訳ないんだから!」

「んぁ~、三つ頼んだら安くなるっぽいし、あーしも食べるからノエミも一緒しようぜ」

「ま、まったく、仕方ないから付き合ってあげるわ……!」

 

 なんて話しつつ、初日が無事に終わった事を祝って三人は氷菓を食べる事にした。

 寒い時になんで氷菓なんて売ってるんだと思うヘルガだったが、実際に食べてみると思いのほか美味しかった。ただでさえ贅沢な菓子なのに、もっと贅沢な感じがする。最近は特に切り詰めて生活していた分、トレーニングの疲労も相まって冬の氷菓は全身に染みるほど美味しかった。

 盟友三人で同じモノを食べる。あれだけ言い合っていた二人もアイスを食べている時は大人しい。まるで、いやそのまま新たな仲間が出来たみたいだった。

 

「スヴェンにも、食べさせてやりてぇな……」

 

 そうして思い浮かんだのは、治療を受けている弟の顔だった。

 治療施設はリントの中心にあり、今から行ってすぐ帰れるような距離にはない。

 養成期間中にも休日があるらしいので、ヘルガはその日を楽しみにする事にした。

 

「良かった~、ちゃんと荷物届いてる~! あれ? 二人とも荷物ないね? 配達ミス~?」

「いや、あーしそもそも着替えしか持ってきてねぇし。あんのはこの鞄だけだよ」

「私も着替えだけね」

「なにそれ信じらんな~い! 二人とも本当に女の子なの? しょうがないから、休みの日にルルが服選んであげるね! ルルの隣に立つなら最低限オシャレじゃないと!」

「奥方様に頂いた服があるから、これ以上は必要ないわ。それに休みの日も鍛錬をするの。貴女に付き合うつもりはないから」

「えぇ~ルルほどじゃないけどノエちゃん可愛いのに~! ルルほどじゃないけど~!」

「なら、あーし付き合うよ。必要な分以外は殆ど実家に送るからあんま買えねぇだろうけどな」

「ありがと~! ん~、そうだな~。ヘルちゃんは特徴的な尻尾があるから、どうせならそれを魅せる感じにして……」

「やめろよ。魔獅子の尻尾なんて隠せるもんなら隠してぇくらいなんだから……」

 

 やがて宿屋に到着し、三人は各々荷物を確認した。

 草薙の門の三人は、盟主の指示で同じ宿屋の同じ部屋で生活する事になっている。しかも朝晩の食事と風呂付きの贅沢コースだ。オーディションに合格しただけのヘルガ達は、あまりにも優遇されていた。

 

「うおっ、魔力流しただけでお湯が出たぞ! すげー! これなら簡単に熱ぃ風呂入れんじゃあねぇか!」

「見なさい、この暖炉すごく暖かいわ! こんな宿に泊まらせていただけるなんて! 盟主様達の懐の広さは天井知らずね!」

「きゃは~! ベッドやわらか~! あ、ルルこの端っこ使わせてもらうからね~!」

「なら私はこっちの端。私の眠りを妨げたら許さないから」

「なぁ風呂どうする? 順番決めようぜ」

「可愛い順でいいじゃん! ルルがいっちば~ん!」

「何を言っているの貴女。盟主様には三人仲良くと言われているのだから、三人で入るわよ」

「なに言ってんだノエミ……!?」

「きゃは♪ ノエちゃんそっちだったんだ~♪」

「そっちって、どっちの事よ」

 

 そんなこんなで夕飯を食べ、順番で風呂に入り、候補生の三人は同じ部屋のそれぞれのベッドに身を横たえた。

 また、そのベッドは宿のランクに対して過剰な程に上質であった事には、この中の誰も気付く事はなかった。

 

「こういうのも、まぁ悪くねぇな……」

 

 柔らかい毛布に包まれながら、ヘルガはぼんやりと考えるでもなく思った。

 弟の体調はどうだろうか。実家の兎鶏は無事だろうか。路地裏集会の皆はどうしているだろうか。

 その全てが、今日の疲れと明日への期待に塗り替わっていった。

 

 今日、ヘルガは己の無才っぷりを何度も思い知った。

 何故、英雄を育てるオーディションにヘルガが選ばれたのか。このまま続けて意味はあるのか。弟の事、宿の事、指導の事。返し切れない恩が積み重なっていく。ヘルガ個人の感覚として、受けた恩は必ず返さねばならないと思う。どう報いるべきか、どうすればいいか、今はまだ何もかも分からない。

 分からないから、ヘルガは愚直に頑張ろうと思った。どうせ、考えたって答えは出ないのだから。

 

 自分にやれるだけの事を、精一杯やろう。

 そう思い、ヘルガの意識は深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 翌朝、目が覚めたらルルに抱きしめられていて身動きが取れず、彼女の胸で窒息しそうになり、あまつさえノエミは先に朝食を摂ってから一人で宿を出ていったそうだ。

 イマイチ噛み合わない三人だった。




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・ルル
 玉兎人。身長159㎝。ピンク髪青目。おっぱいがめちゃくちゃ大きい。
 魔法に関する異能がある。ルーン適性がある。
 キュート枠。

・ノエミ
 半吸血人。身長176㎝。黒髪ロング赤目。めちゃくちゃ尻がデカい。
 刃物に関する異能および剣術の才能がある。
 クール枠。

・ヘルガ
 魔獅子人。金髪赤メッシュ。身長167㎝。目力が強い。
 異能不明。運動神経×。センス×。雰囲気〇。
 パッション枠。


制服はお好きな学園モノ作品の制服をイメージして頂ければ。
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