【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。


ザ・リアル・スプリング・ブルース

 ねんがんの ひこうていを てにいれたぞ!

 

 紆余曲折ありつつ、夢魔王を倒した俺は空母アスモデウスの艦長になった。

 これがゲームだったら移動要素が増えて純粋にハッピーなところだが、現実は厳しい。避難用としてもらったのはいいが、こんなデカいの置き場がないのである。

 まぁ貰うと言ったのは俺だし、受け継いだのも俺だ。そのうち何とかなるだろう。今は先にやるべき事があった。

 

「お降りの際は足元に十分注意してくださ~い」

「わぁ~すごい高~い! てかこれ船? マジでっか! ウケる!」

「ね! ラリスの船って空飛ぶんだね!」

 

 空母アスモデウスを手に入れた俺が真っ先に行ったのは、ノアの方舟計画で捕らえられた淫魔の解放だった。

 彼女等は棺桶めいた睡眠カプセルで眠らされていたので、何かあってはいけないとドクター・ヘカテに診てもらい、このまま起こして大丈夫との診断後にそのまま起こして地上に送ったのだ。アスモデウス号を着陸させた上で、タラップで。

 

「え~っと? 未帰還機の操作がこっちで、艦内で積み込み作業途中の淫魔がこっちにいるからこれも回収して……第二保管庫ならこっちの舷門から出てもらう方が早いな。その前にカメラで確認を……」

「めっちゃ使いこなしとるけどホンマに初めてなん?」

 

 アスモデウスの操作は楽ちんだった。

 艦本体の動きや艦内機構の操作はタッチパネルで動かせるし、ドローン・カメラや艦載機も直感的に操作する事ができた。当然です、ゲーマーですから。問題は淫魔の誘導だが、こっちは淫魔騎士に手伝ってもらった。

 

「その茂みの奥! ゴブリンが隠れてます!」

「一匹も逃がすな! 殺し尽くせ!」

「うぉおおおおオラん家の牛さ返せぇえええ!」

 

 淫魔下ろし作業と同時並行でやっていたのが、ゴブリンの掃討である。

 夢魔王を殺したと同時、淫魔王国に散らばっていたゴブリン共がアスモデウスの制御下を離れたのだ。するとまぁ暴れるわ暴れるわ。資料によるとコイツ等は人類と交配して繁殖するらしいので、今のうちに全滅させるべきそうすべき。ついでにゴブリン一体一体はアスモデウスの方でマーキングされていたので奴等の居場所は丸わかりだった。

 監督役っぽいゴーレムも自律的に行動を始め、こっちはクニュフとルクスリリアにお任せした。結界外にいたラリス騎士も手伝ってくれ、事態はそう時を置かずに終息した。

 

『この船にはイシグロ君が乗っているから、みんな安心して。押さない駆けない犯さないよ~』

「マジ? じゃあワタシ今、イシグロちゃんの中にいる……ってコト!?」

「やべー興奮してきたゾ。自分、生まれ直しいーすか?」

 

 また、解放された淫魔の誘導やゴブリン狩りには淫魔女王の力をお借りする事となった。

 彼女は国内の淫魔全員の脳内に直接指示できるので、国内でパニックが起きる事はなかった。淫魔自体がいつも通りのほほんとしてるのもあるだろうが。

 

 不幸中の幸いで、夢魔王襲撃における淫魔王国民の死者数はゼロだった。

 しかし、家畜や建物の被害は甚大だった。美しかったケフィアム城はあちこちが崩れているし、街もかなり荒れている。畑や果樹園もゴブリンのせいで滅茶苦茶にされた。

 

「へぇ~、中はこんな風になっていたのね。見た目より広いのは空間拡張の術式かしら? 原理とかさっぱり分からないわ」

 

 淫魔下ろしとゴブリン掃討を終えてから、淫魔女王を招いてアスモデウス号の調査を行った。

 ヘカテ曰く、とにかくアスモデウスには失われた古代知識が山のように保管されているらしい。装甲一つとっても素材も作り方も分からないとか。

 

 実際、艦内は殆どオートメーション化されており、維持管理は使い魔がやってくれている。現代の使い魔より高性能なやつだ。如何にもSFって感じ。

 俺的にはこれまた幸いな事に、アスモデウス号内に俺達以外のヒトは乗船していなかった。要するに拉致された被害者は淫魔だけだったのである。

 

 一方、アスモデウス号には色んな人の遺伝子が保管してあった。これらを掛け合わせてクローンベイビーを作る事ができるみたいだ。

 そうして生まれる子供には好きな異能とか才能を付与してカスタマイズできるようだった。言い方はアレだが、競馬ゲームの配合みたいなノリである。もしこれがゲームだったら面白いシステムだが、リアルでやるのは流石に気が咎める。

 まぁガチで人類史存亡の危機って時には必要なのかもしれないけど。少なくとも今は封印安定だろう。

 

「研究データは解説までつけとるくせに、プライベートな情報は明らかに消した痕跡あるな。不自然や」

「明らかに渡す情報を選別してるわよねぇ」

 

 艦内に残されたデータは、一部が虫食いになっていた。

 そんな中で「必読!」と強調されていたのは、レメスの航海日誌だった。

 流し読みした感じ、これを参考に航行頑張ってねという内容だった。半ば研究記録めいてもいる。日誌は本にして豹頭人身の英雄譚くらいありそうだったので、空いた時間に読むつもりだ。

 

 かたや、妖精やら何やらの論文はこれでもかというくらい充実していた。

 夢魔王にとって、論文を書くのは趣味であり暇潰しだったのだろう。つってもヘカテが言うには中身は殆ど歴史学的なもので、今すぐ何かに繋がるというものではなかったようだが、学術的価値は高そうである。俺にはよく分からないが。

 

 奴が契約を交わした当代災厄についても、僅かながら情報が残されていた。

 災厄についての考察。見せつけられた力とはどんなものか。結論、ヒトが対抗できるものではないと締めくくられていた。

 少なくとも、当代の災厄は初代魔王が百人いても打倒できない……らしい。

 

「あれ? 屍王は勇者一党なら勝てるんじゃなかったっけ?」

「ヴィーカ様はそう言ってたね。やっぱり災厄と屍王は別なのかな? けどアイツは明らかに災厄っぽい力持ってたし……うう、もう分かんないよ~」

 

 で、だ。

 アスモデウス号の本格的な調査は第三王子が戻ってからとなり、安全性チェックやデータ漁りはいったん中止。今は何処もそんな余裕がないのだ。

 

「で、これどうするんスか? こんなん置くとこないッスよ」

「それよな~」

 

 アスモデウス号を何処に隠すかという話になった。

 空飛ぶ船アスモデウスの大きさは、前世見た事ある船のどれよりも大きい。こんなデカブツ、そうそう置けるスペースないぞ。

 

 とはいえ、こいつはただの空飛ぶ船ではない。空飛ぶ船にただのもクソもないが、アスモデウス号には特別な機能がいくつもあるのだ。

 今みたいに飛行できる上、調べたところ潜水もできるらしい。そして何より、世界の狭間なるところへ潜る事ができるのだ。

 その応用として、ちょっと特殊な潜航ができる。水中に限って、位相のずれた次元? 世界? に潜れるんだって。何それって感じだしヘカテも頭を抱えていたが、要するに水中限定でクニュフの影空間的なものに潜れるとかそういうのだろう。知らんけど。

 

「じゃあ、帰り道の途中でルーゴウン大河に沈めるって事で」

「ごめんね~。うちじゃその子置けないのよ~」

 

 話し合いの結果、そういう事になった。

 淫魔王国内に停留されるのは困る。ラリス王国内の湖に潜らせるのも許可とか権利とか色々面倒だ。結果、まだ誰の物にもなってないフボール地方にある大河に隠す事にした。

 そのついでにジッド砦にはこれに乗って帰る運びに。急いで出てきてしまった訳で、エリーゼ達が心配なのだ。

 

「用意よし! 空母アスモデウス発進! 全速前進だ!」

「あいあいさーッス!」

 

 そうと決まれば即出発。俺達を乗せたアスモデウス号は、淫魔王国の空を飛び立った。

 青い空に目には見えない船が飛ぶ。透明化兼ステルス機能だ。アスモデウス号のステルス性能は実際素晴らしく、ヘカテの探知魔法すら欺く程。

 ちなみに、アスモデウスの動力は“神力”なる詳細不明の謎エネルギーだった。取説を読んだヘカテの解説によると、魂を燃やしたものとか何とか。動かすだけなら殆ど消耗しないようだが、世界の狭間? に行くにはめちゃくちゃ使うから注意が必要らしい。

 

「あーリリィちゃん、進路ちょっと右にズラして。具体的には二度修正」

「前方、敵陰なしニャ。このまま行っちゃっていいよ~」

 

 航行中、俺達は例の玉座のある場所ではなく、アスモデウス号の艦橋で舵を取っていた。

 艦橋内は広々として、ミリタリーというよりスペースオペラ的な内装だった。艦長席からは周囲の光景が三百六十度見渡せる素敵仕様だ。

 また、艦長権限で我が一党員にも航行を手伝ってもらった。ルクスリリアは操舵手。クニュフが索敵。ヘカテは進路の確認をしてもらっている。タッチ操作で割り当てると、その分の座席が艦橋に生成されたのだ。マジでどうなってんの?

 

「ぐぬぬぬぬ……なんか鎌ん中からラザニアがこの船嫌い自分の翼で飛ばせろ~って言ってくるッス……!」

「にゃはは。なんか普通に使っちゃってるけど、今のところ問題なく動かせちゃってるよね~。あたし達のこと泳がせてるのかな? 災厄は」

「ウチが災厄やったらさっさと撃墜しとるで」

「やらないのか、やれないのか。どちらもあり得る。それだけだ」

 

 航行中は何も起きてはいないが、例のジッド砦大襲撃の事を鑑みるに俺が災厄にマークされているのは確実だと思う。

 だが、それにしてはやり方が温い。俺を本気で殺す気なら、もっとやりようがあるはずだ。そんなに強いなら今すぐアスモデウスを堕としてきてもよさそうなもんだ。

 災厄を甘く見るつもりはないが、であれば話は変わってくると思う。災厄は強大だが、全能ではない。なら、こっちにもやりようはある。

 

「それよりダーリンの身体に何もなくてよかったわ。目ぇ赤なった時も異常無しで逆に怖かったもんウチ」

「魔神人だっけ。あたしも普通に知らない種族だ」

「種族変わっても前と同じッスよご主人は」

 

 考えても仕方ない話は置いといて、気持ちの軽くなる話題に移行。

 ステータスを見たところ、俺の種族は“魔神人”で固定されてしまっている。出発前に、陛下に診察してもらったのだが、特に何も異常はないとの診断だった。一般健康優良純淫魔契約者(ロリコン)だ。夢魔っぽいのは凄まじき精力だけである。

 増大する性衝動についても普通に制御できているしな。誰かれ構わずボキッとおっ勃てるような状況には陥っていない。

 

「これでよし……っと。まぁこんだけやって見つかったらどうしようもねぇわな」

 

 ややもあり、アスモデウス号をルーゴウン大河の水底に封印した。ここは水の流れが激しく、妖精や魔物も寄り付かない。決め打ちで探さない限り発見は不可能と考えられる。

 加えて、封印方法についてはガチ中のガチだ。アスモデウスの異次元潜航に加えて例の結界も張っておいたので、仮に見つかっても艦の中には入れない。

 いざとなったら艦長権限で艦の外にいてもある程度は操作できる。指パッチンして呼び出す事だって可能だ。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様! ご無事で何よりです!」

「随分と時間がかかったわね。それだけ歯ごたえのある敵だったのかしら?」

 

 そうして、俺達はようやっとジッド砦に帰ってきた。

 皆は無事だった。砦も無事だった。再会の喜びと安堵感が胸を駆け巡る。

 今すぐレッツパーリィといきたいところだが、そういう訳にもいかなかった。

 

「なるほど。夢魔の生き残り、ですか……」

 

 帰還後、司令官であるデアンヌさんに淫魔王国で起こった事を話した。

 夢魔王が攻めてきてかなりヤバかった事。解放された夢魔ボーイが暴れ回っていた事。どっちも俺が殺した事。

 念の為、アスモデウス号については伏せておいた。淫魔女王と相談して、そう決めたのだ。話すとしたら第三王子による調査が入った後かな。

 

 砦の方はどうかというと、いつも通りだったらしい。

 他方、天文台による各種研究には進展があった。例のヒュドラの心臓石についてである。

 天文台の主任曰く、この宝珠は竜族の角に近い性質を持っているらしく、竜族が触れると光って反応するとか。実際、エリーゼにもレギーナにもクラウディアにも反応した。

 だが、具体的に何なのかは未だに分かっていない。本格的な研究は王都に帰ってからだ。

 

 あと、地味にルーンの研究についても進展があったそうだ。

 襲撃の際、シャロが起動した時間停止ルーンが不発だった事についてだ。厳密には、起動はしたが破られた件である。

 何度確かめても、術式には不備がなかったそうである。そんで色々調べたところ、主級の魔物か特級の妖精が効果範囲にいると術式に異常な乱れが生じる事が分かった。以前に迷宮で使った時は普通に効いていたので、今はこの現象が迷宮外限定なのかフボール地方のような元圏外限定なのか調査中だ。

 

「ところで、空から降ってきたあの女性は……」

「既に目を覚ましております。体調についても問題なく。ですが……」

 

 夢魔襲来時に傀儡として使われていた、ゴールデンレトリバーみたいな犬人女性について訊いてみる。

 無事ではあるとの事だが、かなり滅入っているそうだ。聴取によると、驚くべきことに俺とは全くの無関係でない事が分かった。

 併せて、悲しい報告も。

 

「ああ、イシグロ様でいらっしゃいますね。貴方の事は、師匠からよく聞き及んでおります。とても、凄い剣士様であると……」

 

 当人と面会すると、犬人女性――ルーシィさんは、宛がわれた部屋の中で所在なさげにしていた。彼女は、俺が初めて身内以外で共闘した冒険者――犬人斥候ウィードさんの弟子だったらしい。

 去年の秋、ツミヒ湖の近くで二人が生態調査をしていたところ、突如現れたゴブリンに捕まって地下基地に連れていかれ、それを助けにきたウィードさんは死んでしまったという。その後、目が覚めたらジッド砦の医務室にいたそうだ。

 ウィードさんが死んだ。それを聞いて、俺は自分でも驚くくらいショックを受けていた。

 

「私があの時、ウィードさんの足を引っ張ってなければ、こんな事にはならなかったんですよね。もっと積極的に、一生懸命になっておくべきでした。毎日が楽しくて、甘えていたんです。師匠はいつも、しくじった後は反省して次に活かせばいいと言ってくれて。なのに、私は……」

 

 結果的には、ルーシィさんが夢魔王の基地を見つけた事により、此度の淫魔王国襲撃事件が起こった。

 けれど、彼女がいなければ、夢魔王は最悪のタイミングで襲撃を仕掛けてきただろう。ウィードさんが目印をつけておかなければ、ラリス騎士は地下基地を見つけられなかった。ある意味、ルーシィさんの失態が淫魔王国を救ったともいえる。

 だからといって、ウィードさんの死を尊い犠牲とは思えない。そう言って慰めようと思えないし、事実何の慰めにもならない確信があった。

 逆の立場でそんな事を言われたら、俺はどうなってしまうだろう。想像するだけで恐ろしかった。

 

「伝えたい事、まだまだいっぱいあったのに。この気持ちを、どう活かせっていうんですか。ウィードさん……」

 

 ルーシィさんは、師であり師以上の存在であったのだろうウィードさんを想い、静かに涙を流していた。

 泣き続けた末の、感情が枯れた後の涙だった。

 

 この世界は優しくない。

 だからこそ、悔いなく生きねばならない。悔いなく生きる事が、如何に困難かを思い知らされる。

 彼女の涙を、彼の死を、俺は確かに心に留め置いた。

 

 

 

 妖精の数は減少傾向にこそあれ、ほっとくと普通に増殖する。

 妖精狩りに終わりはない。

 

 雪の中から花が咲き始めた頃。

 雪系妖精ばかりだったフボール地方に、オークやミノタウロスといった妖精が戻ってきた。中にはゴブリンなんかも見かけるようになって、そいつらは一丁前に服を着ていた。当然、根切りゾ。

 その他、新種の妖精も発見された。進化したのか変態したのか、桜の木みたいなトゥレントが出てきたり。スーパートゥレント(はるのすがた)みたいな感じだろうか。

 

 討伐、帰還。また討伐。これの繰り返し。

 以前のような大規模襲撃こそ起こっていないが、砦駐在者の精神的疲労は限界に達していた。

 思えば、秋に来てからこっち砦で過ごして戦い続けているのだ。つい去年まで一般人だったメンバーもいる訳で、流石にそろそろ心という器がぶっ壊れそう。

 そこで、かねてより計画されていた人員入れ替えが始まった。これには天文台の研究者や冒険者も含まれる。ルーシィさんも護衛付きで戻される予定だ。

 

「では、お先に失礼しますね。王都で待っております」

「長かったような短かったようなって感じだな~。じゃ、また会いましょうイシグロさん!」

「あばよヘルガ! 先にリント市で待ってっからよ!」

 

 ニーナさん達に護衛され、非戦闘員達は王都へと帰って行った。

 代わりにやって来たのは正規のラリス騎士である。引継ぎとして、俺達は彼等に妖精戦のノウハウを教導した。各妖精の特徴や弱点、有効な立ち回りや襲撃時の対応マニュアルなど。

 まさか俺が本家騎士様に授業をする事になろうとは。ロリ騎士がいればもっと元気に先生やれたんだけどもね。

 

「や~っとわし等も帰れるんじゃな。レギーナもよく頑張ってくれたのじゃ」

「ええ。かなり美味しい依頼だったわ。まるでホムラコマチの新米のように」

「どういう例えでぇ。まぁお互い元気でやろうぜ」

 

 第二弾の引き継ぎメンバーが来た後、草薙と天群雲と制空権の要たるレギーナもフボール地方を後にした。

 それから、天群雲の盟友を故郷に送っていった。リンジュ組とラリス組をお見送りし、唯一のクーシェン出身者は個別で送った。

 彼等は既に王家から大量の報酬を貰っている。派手に使っても数年は遊んで暮らせる金額だ。それぐらい働いたんだよね。本当に頑張ってくれた。実際、英雄オーディションしてなかったら、例の襲撃を耐えられなかっただろう。

 

 とはいえ、この帰郷は一時的なものだ。何故なら、まだ災厄は討伐されておらず、次にいつフボール地方がピンチになるか分からないからだ。

 遅くても三カ月後、最速で明日にはもう一度ジッド砦に戻るのだ。そのつもりで英気を養ってもらいたい。

 

「うざったい人混み、耳障りな喧騒……帰ってこれましたねぇ、王都に。マジで久しぶりな感じがしますよ」

「改めて見ると王都は本当に食べ物でいっぱいですね。少し歩くだけでご飯屋さんを見かけます」

「ん、でも帰ってくる度に違う店になってるね。しょぎょーむじょー」

「もしかして、ずっと王都に店ぇ構えてるアダムスの坊って地味に凄ぇ奴だったりするのか?」

「地味どころか派手に凄い思うで」

 

 そんなわけで、俺達は王都に帰ってきた。

 俺とルクスリリアは買い出しにちょこちょこ戻っていたが、皆は本当に久しぶりである。時間的にはそんなでもないが、気持ちがね。

 災厄フィーバーや王族パレードで大騒ぎだった以前と比べれば、王都アレクシストは落ち着いていた。それでも賑やかで眠らない街なんだけども。

 

「おう! 久しいなぁ皆! 砦の防衛戦、大義である! 予が褒めてやろうぞ!」

「お褒めにあずかり光栄です。お久しぶりでございます、リアルイーザ様」

「お祖父様も、久しぶりにお顔を拝見できて、ほっといたしましたわ」

「むぅ……その瞳、善き戦であったのだろうな」

 

 ややもせず、俺達はヴィーカさん&リアルイーザ様の英雄コンビと再会した。二人には第三王子がいない王都を密やかに守ってもらっていたのだ。

 また、ルクスリリアの母であるラグニアさんやユゥリンの姉たるチィレンさん。それからレノの姉なるファリナさんとも再会した。彼女等は第三王子によって保護されているのだ。俺達が砦で戦っている間、皆さんは素晴らしい待遇を受けていたそうな。

 

「しかしジノヴィオス君もな~かなか帰ってこんのぉ。長引いちゃった戦はその時点で負け戦だというのに。もうバッとやってガガッといっちゃえばいいのにね。ヴィーカ君もそう思わん?」

「むぅ……」

 

 ラリス軍と魔王軍の戦いは、まだ終わっていないらしい。

 王子ってば滅茶苦茶強いんだから、もう無双ゲーよろしく突っ込んじゃえばいいのにと言う古代英雄。ぶっちゃけわかるマンだが、まぁ色々あってダメなんだろうな。

 

 お二人にはジッド砦で起こった事や淫魔王国の戦いについても共有した。アスモデウス号の件は今度話すと約束して伏せさせてもらう。

 世界の果てで遭遇した大妖精ヒュドラについてはお話した。ヒュドラ以外の大妖精は他の方角からも発見例があるらしいが、まだヒュドラ以外は討伐できていないようだ。着々と討伐準備を進めている……と思いたい。

 

「古竜の宝珠、か……」

「どうかされましたか? お祖父様」

 

 ヒュドラのドロップアイテムについて話すと、これまでじっと聞き手に徹していたヴィーカさんが反応した。

 彼は腕を組み、記憶を探るようにして瞑目しながら答えた。

 

「……聞いた事がある。竜族が今の姿になる前は、魔龍のような姿を取っていたと。言い伝えでは、その時の心臓の名残が竜角として結晶しているというが……」

「なるほど。この事、エリーゼは……」

「初耳よ。けれど、感覚としては納得できるわ。魔龍が落とすモノとは、決定的に何かが違っていたもの」

 

 ここにきて進展である。古い言い伝え、これは有益な情報源だ。さっそくエージェント・メイドさんに連絡した。

 夢魔王との会話で頭には入れていたが、マジでドラゴン型妖精竜族祖先説があるのか。だからって宝珠が何に使えて、何で“未来視”の竜族がジッド砦の絶対守護を指示したのかは分からないけども。

 

「さて! 難しい話はここまでにして、パーッと遊ぼうではないか! 予、昨日勝ちまくったからな! この場は予の奢りである! 存分に飲み明かすがよい!」

「流石ですリアルイーザ様!」

「なはははは! グーラちゃんよ! もっと褒めるがよいぞ!」

 

 現状報告もそこそこに、俺達は酒場に移動してパーッとやった。

 翌日からも、俺達は王都で遊びまくった。リアルイーザ様とカジノに行ったり、スーパー銭湯に行ったり、ラリス伝統のG1チャリオットレースも見に行った。

 ヴィーカさんに連れられて怪しい武器屋にも行った。オーダーメイド品ばかり使っている俺だが、使える武器じゃなくて美しい武器を探す買い物も存外面白かった。

 とにかく満喫しまくった。楽しかった。何だかんだ砦では警戒を解けなかった分、思い切り遊び回った。

 けど、王都で一番楽しかったのは……。

 

「おぉん♡ 思いっ切り吸精して寝てたとこに無理やり再起動♡ 今日のご主人マジ鬼畜ッス♡」

「はぁ♡ はぁ♡ さっきアタイん中に出しまくっといて♡ まだまだ元気いっぱいじゃねぇか♡」

「朝から休まずですよ♡ しかしその精力誉れ高い♡ そのご立派の乾く時がありませんね♡」

 

 大いに、乱れる、交わりだ。

 自宅で、思うがまま、アホな大学生のように遊びまくった。

 寝室だけで行うなんて非合理的。風呂場で、厨房で、中庭で、リビングで。俺は徘徊型ボスのように家中を歩き回り、一日中色んなところで致しまくった。

 これが魔神人化の影響か……とも思ったが、冒険者一年目からこんな感じだった気がする。

 

「お昼できたのじゃ~ってま~だ続けておる。ほら、さっさと終わらせて卓につくのじゃ」

「ん、エビにウナギに卵に貝汁。精のつくものばっかり。イリハも期待してる」

「発情期ですから仕方ありませんよ。ボクだって今はご主人様のお陰で落ち着いてますけど、少ししたらまた来ますもん」

「あれ? てかクニュちゃんどこ行ったん?」

「浴場にいるわ。拘束された上で放置されるのを愉しんでいるそうよ……」

 

 そんなこんな。

 王都に帰って暫くは昼夜問わず内と外で遊びまくり、俺達は英気を養った。

 

「はぁ~、やっぱ此処が一番落ち着くなぁ」

「パパ♡ それは♡ 妻兼娘と一緒になってる時に言う台詞じゃないよ~♡ ひぃん♡」

 

 旅行やレジャーもいいが、やっぱり俺はこうして家で皆と過ごすのが一番幸せである。

 時に、クソ未来の俺はユゥリンが死んでから精神的に不安定になったらしい。そうなってしまう気持ちは、怖いくらい理解できてしまう。もし今、この中の誰かがいなくなってしまうと考えると、俺自身どうなってしまうか分からない。

 皆を守る事で、俺の心を守ることに繋がる。皆の心を守る事が、世界を守る事に繋がる。

 そう思えば、いずれ来る戦いも怖くなかった。

 

 いや、実際には怖い。

 けど、今の俺には恐怖に勝る勇気がある。

 改めて、積極的に、能動的に、世界を守ろうと思った。

 

 夢魔王みたいには、ならないように。

 

 

 

〇

 

 

 

 昼遊びと夜遊びが落ち着いてきた日、俺達は迷宮ギルドがある西区転移神殿に行った。

 迷宮に潜る為ではない。少し遅れた帰還報告の為だ。

 

「まぁ……この渡世、知り合いが死ぬなんざよくある事だ。今までが出来過ぎてたんだよ。イシグロも、あんま気にし過ぎんな」

 

 手続きの際、受付おじさんに夢魔王云々以外の報告をした。

 ウィードさんの事について話すと、受付おじさんは苦みばしった表情でそう言っていた。先に戻っていたニーナさん経由で聞いているのだろう。

 尖兵戦では、本当に沢山の戦友が死んだ。だというのに、付き合いのある同業者が一人死んだだけで、自分がこうも悲しむとは思っていなかった。同業者が死ぬ事自体も、ありふれた事のはずなのに。

 エージェント・メイドさんの話によると、王都に戻ってからもルーシィさんはまだ立ち直れていないそうである。

 

「聞いた通り帰ってたかイシグロ! よっしゃ! 用意してたアレやるぞ!」

「リカルトさん? 一体なにを……」

「酒だ。弔うんだよ、ウィードを。お前が来んの待ってたんだぜぇ!」

 

 すると、冒険者をやめて教導官になった顔見知り――リカルトさんに声をかけられた。彼は成人男性が入れるサイズの酒樽を担いでいた。

 やがて近くにいた冒険者から酒の入ったジョッキを渡され、それはルクスリリア達や俺の知らない冒険者達にも配られていった。

 皆、迷宮潜りらしからぬ神妙な顔をしている。そして一斉にジョッキを掲げた。

 

「我等が友、ウィードに」

「娼館通いのウィードに」

「逃げ足の速いウィードに」

 

 献杯の言葉と共に、ジョッキの中身を一気飲みした。

 

「お世話になったウィードさんに」

 

 少し遅れて、俺達も続く。

 焼けるような酒が喉を通ると、彼に関する記憶が蘇ってきた。

 初めてちゃんと話したのは、グーラを助けに向かった時だった。今グーラが生きているのは彼のお陰と言っても過言ではない。そう思えば、俺にとって彼は無二の恩人だった。

 こんな事なら、もっと関わっておくべきだった。当時の俺は他者との関係を厄介なしがらみだとしか思っていなかった。今は、そうは思えなくなっていた。

 ある意味、俺は弱くなっているのかもしれない。けど、人としては成長している……と、思いたかった。こう思ったのは何度目だろう。人は、俺は、何度も同じ過ちと反省を繰り返し、すぐに忘れてしまう。賢く生きるなんて、できそうになかった。

 

「よし! じゃあこっからは派手に飲みまくるぞ! お上の許可はもらってる! お前ら好きなだけ飲んで騒げ~!」

 

 以降は、とにかく明るい酒になった。

 しんみりした空気は今のでおしまい。足の速い冒険者がここにいない西区冒険者を集め、どんどん酒を配っていく。受付おじさんも一杯やっていた。

 その中で、俺は知らない冒険者から俺の知らないウィードさんの話を聞いた。彼が猟師の家の生まれだった事。猟犬族にしては珍しく肉より野菜派だった事。弓の腕がさっぱりだった反動でクロスボウに傾倒していたらしい事。

 俺はこれから、こんな別れをいくつ経験するのだろうか。ふと、そんな事を思った。

 

「おっすただいま~ってオイオイオ~イ! このラフィ様を差し置いてなぁに酒盛りとかしてるワケ? 俺も混ぜろよ~」

 

 そうこうしていると、これまた久しぶりに会う鬼人剣士ラフィさんが神殿にやってきた。

 服の汚れからして、彼は外から王都に帰ってきたばかりと見て取れる。彼はウィードさんとは仲が良かったはずだ。

 

「はあ。ウィードへの献杯、ねぇ?」

 

 ウィードさんの事を話すと、彼は呆けた顔をしていた。

 ショックのあまり、現実を受け止めきれないのかもしれない。

 

「どうぞ。ラフィさんからも、彼に」

「いやウィード生きてるけど、普通に。ほら……」

 

 言いつつ、後ろにいる男性を顎で指し示すラフィさん。

 そこには、犬人の男がいた。緑の髪で、三角耳で、冒険者にしてはスレンダーな奴が。

 静寂が過る。注目が集まる。西区冒険者の皆から見られた犬人斥候男は、ぽりぽりと頬を掻き、一言。

 

「えっと……一応、本物のウィードっすわ。死んでねぇよ。死にかけたけどな」

 

 ウィードさんがいた。

 ご本人登場だ。

 

「「「生きてる~!?」」」

「おう、なんかスマンな」

 

 大騒ぎである。

 どういうことだ。ルーシィさんによると、彼は淫魔王国にもいた四脚ゴーレムに殺されたはずである。ギルドにも正式に死亡したとして記録されていると……。

 

「まぁ界隈じゃよくある事だ。気にすんな」

「あるあるなんですね……」

 

 なんて言う受付おじさんは、少し柔らかくなった表情を浮かべていた。どうやら、あるあるネタらしい。

 曰く、死んだと思ってた冒険者が普通に生きてたみたいな事例は稀によくあるレアケースとして存在しているらしい。だからこそ、冒険者にはこまめな帰還報告が必要だとか何とか。

 

「なんだよ生きてたのかよ! まぁいい、飲め飲め! ほ~れイッキ! イッキ!」

「うす、ごちんなります」

「てかウィードなんかオメェ弱くなった?」

「そんな髪切った? みたいに言うなよ。まぁそうなんだけどさ。ヤベーのに捕まって、そんで目が覚めたらこのザマだよ。ちょっと走っただけで息切れするようになっちまった」

「まぁでも生きててよかった! なぁウィード!」

「そう、だな……」

 

 とにかく、生きてるならそれに勝る事はない。俺もホッとした。

 一方、当の本人は心ここにあらずといった様子だ。勧められた酒の肴にも手を付けていない。

 その時、思い出す。俺達がウィードさんの生存を知らなかったように、ウィードさんも彼女が生きてる事を知らないのではないか?

 

「すみません。今からお時間いいですか? 会わせたい人がいるんです」

「え? ちょっ、おい……」

 

 そう思った時には、俺は彼と共に宴を抜けて神殿を出て行った。

 グーラとレノもついてくる。去り際、エリーゼが酒を片手にウィンクしてきた。

 

「この先です。扉を開けてください」

「はぁ、なんだよ……ったく。意味わかんねぇ」

 

 ややもあり、俺達はとある宿屋に入っていった、

 二階の突き当りの部屋。この先に彼女がいる。俺の敵味方反応レーダーもそう言っている。斥候職なら気付くはずだ。

 けど、今のウィードさんは気付いてないらしい。やはり鈍くなっている。

 

「あっ……」

 

 やがて、向こうから扉が開いた。

 ルーシィさんだ。髪はボサボサで、目の下に隈がある。

 彼女は幽霊でも見たような顔をしていた。ウィードさんの背中もまた、ビシッと固まっている。

 

「……ルーシィか」

「ウィード、師匠……」

 

 名を呼び合い、沈黙の静寂が二人の間に落ちる。

 お互い死んだと思っていたところに、突然の再会である。何て言えばいいか分からなくなっているのだろう。

 

「お……お前、生きてたんだな。なら俺もらしくもなく気張った甲斐がヌオ!?」

 

 言葉の途中、ルーシィさんは目の前の犬人男に抱き着いた。

 

「うわぁああああ! ウィードさんウィードさんウィードさん! 匂いがある! 生きてる息してる! 生きててよかったぁあああ! 私あのまま、ウィードさんが死んじゃったんじゃないかって思って! うぁあああ……!」

「まぁ一応、生きてはいるがよ……」

 

 再会の喜びに、ルーシィさんは感情を溢れさせていた。

 巨乳美女に抱きしめられているというのに、対するウィードさんは彼らしくもなく盛大にキョドっていた。抱きしめ返すべきであろう両手が宙を泳いでいる。

 

「大好きですウィードさん! 愛してます! 私、もう一生ウィードさんを離しません!」

「……は? ええっ!?」

 

 そこにきて大胆な告白である。圧が凄い。ルーシィさんの気持ちは知っていたが、急にそれをぶつけられたウィードさんは先にもまして挙動不審になっていた。

 無敵になったルーシィさんは、これまで溜め込んできた想いを吐き出すようにして続けた。

 

「初めて会った時から好きでした! ウィードさんも私の事好きですよね? 分かってるんですよそんな事ずっと前から! じゃなきゃおかしいですよ! だから! 番になりましょう! 今すぐ!」

「むごぉ……!?」

 

 言って、問答無用でキスをした。

 と思ったら、勢いそのまま押し倒していた。ウィードさんの後ろにいた俺は邪魔にならぬようクールに回避。結果、弱体化中の犬人斥候は床に背中を強く打った。

 ルーシィさんがウィードさんに馬乗りになっている構図だ。急な物音に周りの客もなんだなんだとばかりに扉を半開きにして二人の様子を覗き見し始めた。

 

「もう一度言います! 何度でも言います! 私は貴方を愛しています! 両想いなので、番になりましょう! ね!」

「はあ。いやでも……今の俺、クソ弱くなってるから……」

「また鍛えればいいじゃないですか! それに私は貴方の強さに惹かれた訳じゃありません!」

「貯金もねぇし……」

「一緒に稼ぎましょう!」

「……俺、めっちゃスケベだけど」

「知ってます!」

 

 女の子に告白され、もごもごと返すウィードさん。かなり情けない事になっていた。野次馬からのノスタルおじいさん的な視線には二人とも気付いていないようだ。

 見れば、背後にいるグーラとレノは両手で口元を隠して赤面していた。おまけに少女漫画みたいに目をキラキラさせている。

 

「聞かせてくださいウィードさんの気持ち! 確信してますけど! 言葉で!」

「お、俺は……」

「も! でしょう!」

「俺も……」

「はい!」

「おれ……も、ルーシィの事が好きなんだと思う。多分、最初から。だからこれからは、師弟じゃなくて、一匹の雄と雌として番になってほしい。こんな俺で、よければ……」

「いいに決まってますっ!」

 

 もう一度キス。今度は深いやつだ。

 すると回りの奴等が口笛を吹いたり拍手したりし始めた。同じようにロリ二人も拍手。宿屋で全米が泣いていた。

 ここでようやく気付いたようで、顔を赤くした二人は慌てて立ち上がった。

 

「はわわわわ! 此処だとちょっと拙いです! 一旦逃げましょう! ヤバい時は逃げるが勝ちって言ってましたもんね!」

「うわっと! お前力強っ……!」

 

 やがて、手を繋いだ二人は宿屋の出口へ向かっていった。

 俺達はクールに去るぜ……と思ったが、出口が同じところにあるので二人についてく事になった。立ち尽くすのもどうかと思うし。

 

「まずは武装を整えましょうか! ニーナさんから良い店を教えてもらったんです!」

「冒険者続けんのかよ? いやまぁそれしか稼ぐ手段ねぇんだけどさ」

「続けましょうよ! 前みたいに弱いままじゃ、ウィードさん守れませんから!」

「おいおい……ったく、立場逆転だな。ははっ」

 

 出口に向かうべく階段を下りる二人は、さっきまでの空気を吹き飛ばすような明るい声で話していた。

 ウィードさんは迷宮稼業を続けるつもりらしい。せっかく再会できたのだ。俺も何かしてあげたい。

 

「手っ取り早く強くなりたいなら、迷宮探索お手伝いしますよ」

「そいつぁありがてぇが、当分は先だな。どうせ再開すんなら剣とかやろうと思ってんだ。先に練習しねぇと」

「あれ? 師匠は一生クロスボウ宣言してましたよね?」

「師匠呼び戻ってんぞ。まぁ気が変わったんだよ。弩は趣味で続けるさ」

 

 出入り口の前まで到着すると、宿屋の店主が何か言っていた。ウィードさんは「うるせぇ」と返し、ルーシィさんは笑顔で礼を言っていた。

 通りに出ると、周囲は一気に騒がしくなった。道往く王都民からすれば、二人は何処にでもいる冒険者ABなのだろう。俺にとってはそうではないが。

 

「あ~っと、礼が遅れた。ありがとな、イシグロ。お前等が助けてくれたんだろ」

「そういう事になりますね。ですが、我々もお二人に助けられましたから」

「そうかよ。じゃあ貸し借り無しって事にしといてくれや」

 

 悪ぶった顔で言うウィードさん。宴に参加していた頃より、明らかに元気になっていた。

 ルーシィさんも、彼の手をギュッと強く握っていた。その花のような笑顔は、昨日までの絶望の全部が希望に置き換わったかのようだった。

 

「じゃあな。今さっき用できたから、俺達はここらで」

「私からも改めて! ありがとうございました! イシグロさん!」

 

 そうして、二人は王都の雑踏に消えていった。

 この世界には突然の別れがありふれている。だからこそ、二人の間には決意に満ちた繋がりと、この世界にありふれた幸せが在った。

 

「なんか、いいですねあの二人。心がぽかぽかします」

「ん、右に同じく」

 

 ギュッと、グーラとレノに左右の手を握られる。優しく握り返すと、二人の熱が魔神人になった俺の手に伝わってきた。

 俺も、この手を離すつもりはなかった。

 

 夢魔王の日誌には、航行中に失った仲間への想いが綴られていた。

 長きに渡る航行の退屈が、魔族である仲間達を殺していったらしい。

 日誌には、こんな言葉が記されていた。

 

「真の命題は、幸福の探求と精神の循環である……か」

 

 比翼の鳥が飛んでいく。

 遠ざかる笑い声の間に、暖かな春風が吹いていた。




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