聖鳥の遍歴   作:乏月小町

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昔、俗世を離れた賢者と隠者の間で、
とある国の噂が囁かれていた。


無限の知識と、それを記した無数の書物。
それら全てが正確で、解読ができない物もある。

当時の技術ではどうやっても成し得ないような、
遠い未来の技術まで存在していたらしい。


しかし──その国には、
不可解な点が多く存在していた。


当時存在していた周辺国より、
文明の成長速度が著しく速かったこと。

不用意に他の大陸へと侵略せず、
侵略もされなかったということ。

そして何より──突如として、
その国は内側から崩壊したということ。


内乱か、天災か、神の怒りを買ったか。

今でも、その議論は繰り返されているらしい。



その国の名は──白亜国(はくあのくに)



知恵を不当に搾取し続けた結果、
内側から自壊した愚かな国の名でもある。










序章 雛鳥の原罪
日々の終わり


 

 

 

 

 

 

 

 

 

むかし、むかし……そのまた昔の話──

 

 

魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する、混沌とした世界。

無秩序と絶望が蔓延(はびこ)る、終焉を待つだけの世界。

 

そこに住まう人々は──もがき、嘆き、苦しみ……すがる希望も神も無く、ただ死ぬ事だけが唯一の救いでした。

 

そこに、白く輝く神秘的な鳥がやってきました。

 

 

その鳥は、とても賢い鳥でした。

 

 

凡人が3日かけて解いた術式を3秒で解き、天才が6ヶ月かけて創ったパズルを6分で解き、賢人が9年かけて解読した書物を9時間で解いてしまうほどに。

 

あらゆる思考や価値観、言語から数式まで、ありとあらゆる知識を備えていましたし──どんな人種ともそつなく話すことができました。

 

溢れ出るかのように閃き続ける知識と、それを存分に活かせる力が、その鳥にはありました。加えて、万人を魅了する美しい羽も持っていました。

 

その鳥によって、一時の安息を──

人々は、得ることができました。

 

 

いつしか…その鳥は、

"聖鳥"と呼ばれるようになりました。

 

誰もが聖鳥を褒め称え、尊敬し、祝福しました。

 

 

 

──それから数百年後の、ある日。

 

 

 

聖鳥は、卵を産みました。

 

 

ですが、数多の偉業を成し遂げた聖鳥は、

長い眠りにつく必要がありました。

 

熟考の末──聖鳥は、愛しい雛鳥が宿る卵を、

一番信頼できる人達に任せることにしました。

 

 

その人達は聖鳥の加護と恩恵の元──

民を導き、妖魔を(くじ)き、恵みを与え、

平和な国を作りましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──夢を見た。見てしまった。

 

 

目を覚まし、素早く身を起こして、筆を執る。

 

差し込む朝日をよそに、

ボクは古びた羊皮紙にカリカリと文を刻む。

 

 

夢は、すぐに忘れてしまう。

 

忘れてしまう前に……記録するんだ。

 

 

──ボクが生まれて、初めての夢なんだから。

 

 

 

そしてその記録は……すぐに塵と化す。

 

 

「……つまらない物語だな」

 

 

彼は鉄格子越しに私の書いた物語を取り上げ、

顔色一つ変えずに読み進めたかと思えば、

ため息をついた挙げ句鼻で嗤い、

 

 

羊皮紙()を、破り捨てた。

 

 

「珍しく何か書いてるかと思えば……

 ただのふざけた御伽話だったとはな──

 この程度のモノが、知識だとでも言うのか?」

 

 

残念だな──と後に付け加え、

目すらも合わせずに去って行こうとする。

 

それを……少し荒っぽいかもしれないけれど、

この言葉じゃないと止まってくれないと考えた。

 

 

「何か閃けば書いて欲しい……

 そう言ったのは、貴方じゃ──」

 

「俺達が期待しているのは

 くだらない御伽話ではない!!!」

 

 

彼の怒号が、鼓膜と横隔膜を震わせる。

 

あぁ……また、期待に応えられなかったんだ。

 

 

「チッ…最近はいつもこうだ……

 俺の生活もメチャクチャになるのは

 時間の問題だって言うのか……?!」

 

 

行き場のない愚痴をこぼしながら──

彼は、ボクの視界から遠ざかっていった。

 

 

 

「ボクは──君達の生活も………

 この鳥籠の中以外の、全てを知らないのに」

 

 

心にポッカリと穴が空いたように、

全てが噛み合わず、頭が回らない。

 

 

なにもかもが後手後手で──

気付いた頃には、もう遅い。

 

 

例え頭でわかっていても、何もできない。

 

 

悔しい。

 

 

苦しい。

 

 

何かがおかしいと感じていたはずなのに。

 

 

でも、今のボクには──

何がおかしいのかすら、わからない。

 

 

風に揺られ、(こす)れ、耳障りな音を鳴らす鉄条網……それらに囲まれた、白煉瓦(レンガ)造りの鳥籠──

 

ボクは、そんな鳥籠の中の世界しか知らない。

 

 

彼らが求めているであろう、

この狭い世界(鳥籠の中)で得られる以上の知識──

 

そんなものは存在しない。

 

 

 

この鳥籠の中で、これ以上何をすれば良いの?

 

 

 

 

 

 

 

「今回はどうだったよ?」

 

「……ただの御伽話だった。

 教科書にすら載せる価値のない内容だった」

 

「何の価値があるんだ?それに」

 

「そんな些細な事は知らん。

 俺も困っているんだ」

 

 

ボクとの"面会"が終わった後、

遠くで聞こえるやり取りが聞こえる。

 

ボクが羊皮紙に書いた情報が、

彼らの役に立つかどうかを精査をしている。

 

 

「上司への報告書はお前が書けよ。

 俺が怒られるのイヤだしー」

 

「殴るぞ???」

 

「あっはっはっは、そうカッカすんなって」

 

 

遠くに見える監視所で悪戯に笑い合いながら、

仲が良さそうに喋る男性二人の声を聞くに──

 

どうやら、ボクから良い知識を引き出せないと

彼らにとっては、あまり都合が良くないらしい。

 

 

「──そういえば…知識が出てこないなんて、

 生まれて初めてかもしれないな……」

 

 

以前のボクなら、鉄格子に触れただけで

原子核の陽子と中性子の数とかがわかったのに。

 

 

「今となってはそれすら当たり前だし……

 それはつまり彼らにとっても当たり前で──」

 

 

「あのー…スチエンティア様?」

 

 

「ふぁ?」

 

 

ふと、背後から声をかけられて振り返る。

 

そこには…2日に1回ほどの周期でやってくる

鳥籠周辺の掃除をしてくれる人間だった。

 

ボクの、唯一の話し相手だ。

 

話し相手……とは言ったけど、

ボクが一方的に声をかけて話してるだけ──

 

"だった"。

 

……声をかけられたのは、初めてかも。

 

 

「いつもなら入ってきた所で、

 遠くから声を掛けてくださるので……」

 

 

「あ…あぁ、ちょっと考え事をしてたんだよ。

 ──もう掃除は終わらせちゃったの?」

 

 

「いえ、これから始めるところですよ」

 

 

丁寧な物腰で、やけにボクを気遣ってくれる。

 

その理由はなんとなくわかっているけれど、

ちょっとむず痒いかもしれない。

 

 

「そういえば、君が敷地内に入ってきた音が

 聞こえなかった気がするけど……」

 

 

「いえ、私はいつも通り入ってきましたよ?」

 

 

「じゃあ──やっぱりボクが悪いっぽいな。

 注意散漫過ぎたのがいけなかったのかも?」

 

 

「確か、考え事をしていたと言ってましたね。

 ……無礼かと思いますがスチエンティア様。

 一体、何を考えていたんですか?」

 

 

気遣いながらも、程よい距離感で……

差し迫るような空気感も無い。

 

話しやすい人だな…と、思った。

 

 

「うん……最近、知識が溢れなくなって」

 

 

「それ──大事なんじゃないですか?!

 貴方の恩恵(ちしき)でこの国が動いてると言っても、

 全く過言ではないのに…!」

 

 

「かれこれ1週間前から出てこなくてさー。

 鳥籠の中だけの知識じゃ限界みたいなんだ」

 

 

驚きに満ちた彼をなだめるように、

優しく…かつゆっくりと、穏やかに喋る。

 

あまり声を上げすぎると監視員にバレるから──という意図を、ボクの表情から読み取ってくれたのか……彼はハッとして声を抑えつつ掃除に戻った。

 

 

「あっ…すみません──えっと……

 鳥籠から出してもらおうと相談するとか、

 ここの外にある図書館にある本等は──」

 

 

「どっちも試したけど…どれもダメかも──

 出たいと言ったら罵倒ないし拷問されるし……

 図書館の本は、ボクの知識の延長だもの」

 

 

「拷──問……?」

 

 

信じられない、とでも言いたげな表情で……

 

彼は掃除を続けつつも、

ボクとの話を聞いてくれた──

 

 

──待って……なんで、話をできてるんだ?

 

 

普段なら、相槌程度で終わるはずなんだ。

ボクが一方的に喋るだけで……彼は相槌だけ。

彼と言葉を交わすなんて、したことがない。

 

 

すごく──奇妙な感じがする。

 

 

いつもと話している長さが違う──

というより、そもそも会話なんてしたこと無い。

 

 

何か言うなら…今のうちな気がする……!

 

 

「ねぇ、君……名前は?」

 

 

「ん…?私ですか?私の名前は無いですよ。

 まぁ、掃除奴隷8号という名前がありますが」

 

 

「違う……"君"の名前だよ」

 

 

君自身の名前が知りたいんだ──

 

ボクの目から気持ちを汲み取ってくれたのか、

彼は……ようやく名前を教えてくれた。

 

 

「流石だ──俺は、リカード・ワラク。

 聖鳥様がお選びになった、本来の家の者です」

 

 

声のトーンが落ちた…これが、彼の本性だ。

リカード……リカードっていうんだね?

 

 

「──ありがとう………リカード・ワラク。

 未熟で(つたな)いボクと…話してくれて……

 本当に……ありがとう」

 

 

ボクの一連の言葉と態度に違和感を感じたのか、

彼は血相を変えて、ボクの眼前にまで迫る。

 

至近距離で、お互いの瞳孔が合った──

彼から、悔恨(かいこん)の意が瞬時に伝わってくる。

 

その気迫は──この鳥籠に生まれてから…知識として頭に染みついているモノでも、鉄格子の内側から観察して糧としたモノでもなかった。

 

 

「スチエンティア様──

 賢い貴女ならお気付きでしょうが、

 貴方は聖鳥の子だ──神と同等の力を司る

 人ならざる力を持つ御方なんだ……!!」

 

 

瞳孔の奥にある感情の真意が、わからない。

 

 

「貴女が如何に聖鳥の尊厳を踏み(にじ)られようと、

 聖鳥であることを忘れてしまっていても、

 絶対に揺るがない事実なんです!!」

 

 

何を言っているか──わからない。

 

 

高貴な貴女が、貴女を虐げる者なんかに

 下ってはいけない──そんなの間違ってる!!

 俺から託せる言葉は……1つだけです」

 

 

「待っ──何を言って………っ?!!」

 

 

彼は…壊れたの?

 

ボクは…何を言っているか……わからな──

 

 

「信仰が、力となる」

 

 

その言葉が頭に響いた瞬間──銃声が鳴った。

同時に彼は……彼じゃない何かへとなっていく。

 

血を吐き、うめき声を上げ、倒れ伏し……

撃たれた箇所から血溜まりが作られていく。

 

 

──生臭い、鉄のような臭いがする。

 

 

「おやおやおやおや、いけませんねェ。

 聖鳥だのなんだのとほざく奴隷は、耳障りで」

 

 

聞き覚えがある声だ。

 

妙に甲高く、鼻につくような声だ。

 

 

コツ──コツ──と、革靴の音がする。

 

 

強い耳鳴りがする。

 

 

知っている──()が来る。

 

 

鉄条網の擦れる音が、より一層痛く響く。

 

 

 

「お久しぶりですねェ、

 フィー・スチエンティア殿ォ。

 いンや──今となっては最早ァ?

 殺処分前の雄鶏も同義のようですがねェ??」

 

 

あぁ…うっざい……鼓膜に粘着してくる声だ。

 

聞く機会は少ないけど、聞く度に頭が痛くなる。

 

 

コイツが居なければ…掃除奴隷が7人も

死なずに済んだのに──ッ!!

 

 

「──用があるならとっとと言ってくれよ、

 白亜国(はくあのくに)陸軍のドエフスキー・タルスコフ。

 少佐の君は、こんな些細で粗末で無駄な事に

 時間を割きたくないんじゃなかったっけ?」

 

 

「ンッン〜♪……実に良い記憶力ですねェ。

 (ワタァクシ)の名前と発言を覚えている事に加えてェ?

 明言している所属と階級まで覚えているゥ?

 一文字も間違っていませェン、マラヂェッツ!!(素晴らしい)

 

 

人間としては異様に長い四肢を持ち、病的に白い肌と髪に、左目には機械的な眼帯を付け、特徴的な軍服を着込んだ異様な男──

 

奇怪で珍妙で、気色悪い動きで拍手をしつつ、

痛みに悶えているリカードを何度も踏みつける。

 

より激しくなった痛みに耐えきれず絶叫するリカードに対し──珍しい虫でも見つけたかのような、甲高い笑い声を浴びせてくる。

 

 

ドエフスキー・タルスコフとは、そういう男だ。

 

 

「それに……愛らしいィ容姿をしている貴女をォ

 ズッタズタァのメッタメタァにするのにはァ〜

 目ィ一杯、(ワタァクシ)の時間を費やすつもりなのでェ」

 

 

不意に顔と視線だけをボクに向けたかと思うと、彼が手に持っている銃から大きな銃声が響き、エネルギー弾が放たれ──リカードの脳天を寸分違わず撃ち抜いた。

 

何らかのリアクションをボクに求めているのか、

彼は──ニタァと、気色悪い顔で嗤いかけてくる。

 

 

……ここまで、彼のすることは全て予想通りだ。

 

 

ボクの予感は、良くも悪くも当たるんだ……ッ!!

 

 

「リカード…掃除奴隷8号は、ミスをしたんだ。

 奴隷としてのルールを破り、殺されるとしても

 早急に……ボクに伝えたい事があったんだ」

 

 

──でも、だからこそ…冷静に、彼を挑発しろ。

彼が、一番されて嫌なことをしろ。

 

あえて不敵に笑え──敢然と振る舞え。

 

 

「君は阻止したつもりだろうけど、遅かったよ。

 奴隷制度をボクの知恵から編み出した本人が、

 自ら奴隷を射殺するなど…簡単に予想できる」

 

 

少佐の奇怪な動きが電池切れかのように

ピタリと止まり、表情がゆっくりと曇ってゆく。

 

 

「少ォし違うんじゃ無いですかねェ…?

 奴隷制度は(ワタァクシ)の偉大なる発明(アイデア)ですよォ?

 それェにィこの奴隷は聖鳥について喋ったァ!

 この世に存在しないモノを(かた)るだなんてェ、

 不・良・品ッ!!──ですからねェ!!」

 

 

彼は平然と、普段の表情でそう言い放つ。

 

人の事を奴隷だの不良品だの──

ああいう価値観を唱えるような奴の為に、

ボクは法という概念を教えたワケじゃない。

 

 

「知ってるかな?掃除奴隷8号……もとい、

 リカード・ワラクが遺した言葉の意味を。

 ボク、未熟で拙いからわかんないんだ。

 ──賢い君なら、知っていて欲しいな〜って」

 

 

「そォんな些ッ細ィな事はどぅでもいィんでスッ!

 本質的な問題はそこじゃなァいんですヨッ!!」

 

 

話を反らしてきた?

 

人を殺しておいて、それは無いだろッ──!!!

 

 

「しらばっくれるってことは、わからないんだ?

 見識深くて思慮深い視野を持つ賢くて聡明な

 ドエフスキー少佐なら──彼の遺した言葉、

 その意味がわかると思ったんだけ───」

 

 

銃声。

 

 

ドエフスキー少佐は…ボクに発砲した。

 

いや…正確には……

エネルギー弾を、鉄格子に当てた。

 

 

それも──ボクの眉間近くの箇所に。

 

 

反射した弾は、ボクの脚を掠めていった。

 

 

「黙れよ、家畜の出来損ないが。

 知識もろくに生産できないゴミ同然の生物が、

 私と対等に口論をしようなど烏滸(おこ)がましい。

 お前は黙って知識を一生吐き出し続けてろ」

 

 

口調が変わり──彼のオーラも変わった。

 

つい数秒前の彼とは、ほぼ別人のソレだ。

彼本来の、本性のようなものを垣間見た。

 

 

その変化のギャップと、

向けられた銃口の気配に()されて、

 

ボクは、つい座り込んでしまっていた。

 

──けれど、これは違う。

 

 

嫌な違和感を感じる。

 

 

そう……まるで、小馬鹿にしているような──

 

 

キャッッハハハハハッハッハァー!!!!

 おやおやぁ、強張った表情(カオ)しちゃってェ〜

 ンゥ〜アブヴァラジーチェリヌィッ!!(実に可愛らしいですねェ)

 

 

「──っ…は……??!」

 

 

「おやおやおやおやァ〜??本気にしちゃったァ?

 (ワタァクシ)がそォんなバカげた事をするとでもォ???

 銃で貴女の眉間を狙ったのもォ、

 怒り心頭っぽい口調をしたのもォ、

 ずぅぇ〜〜〜んぶ演技でぇーすッ!!!」

 

 

ボクが圧された事があまりにも嬉しかったのか、

少佐は奇怪な動きでボクを挑発仕返してきた。

 

やり返してくる…ということは、

多少効いていたのだろうけど──

 

これじゃあ………逆効果だよッ……!!!

 

 

「さて、茶番はここまでにしますかネぇ……

 ──信仰が力となるのは存じておりますヨ」

 

 

は──待って、どういうッ…!?

 

 

「じゃあッ…なんで話を反らしたのっ!?」

 

 

「いやぁ…つい、貴女を小馬鹿にしたくてねェ〜

 それに貴女の口から"知らない"だなんて、

 この国では大事件ですからねェ??」

 

 

知ってた上で、更に馬鹿にするためだけに……

やっぱり嫌いだ…この男──!!

 

──ボクに、そう思わせるのが狙いなのだろう。

であればボクが彼を嫌ってる時点で負けだ。

 

現状は──口論でも実力でも彼に勝てない。

 

 

「それに、本質的な問題はそんな事じゃァなイ。

 貴女は……今の自分の立場、おわかりですゥ?」

 

 

「……君らが望む知識が欲しいなら──

 一瞬でいい…ボクを、鳥籠(ここ)から出し」

 

 

「そォれは貴女が知識を無ゥ限に抽出すればの話。

 (ワタァクシ)達にとってェ、今の貴女の価値はァ……

 殺処分前の雄鶏(おんどり)と同義なんです」

 

 

──彼が言っている意味はわかる。

 

 

畜産においての(ニワトリ)の雛鳥は……始めに、

オスとメスとで仕分けられる事は知っている。

 

メスは卵を産み肉にもなるため価値が高く、

オスは卵を産まないため肉にしかならない。

 

こと採卵においては──

オスの価値はゼロと言っていい。

残っている肉の価値についても……

メスよりも品質が劣ってる始末。

 

ぞのため、殺処分されることが多い。

 

 

……そんな雄鶏と、私。

ドエフスキー少佐にとっては、どちらも同じ。

 

つまり──

 

 

「ボクを、今すぐ殺す──とでも?」

 

 

「ンニェット(ハズレ)!残念、違いますねェ。

 今すぐ、という言葉が無ければ正解でしたァ」

 

 

「どのみち殺すなら、どっちも同じだよ。

 何時、何処で、誰が、どんなふうに

 ボクを殺すつもりなの?」

 

 

その瞬間…ドエフスキー少佐は、大爆笑した。

 

どう殺されるのかを、ボクが聞いたのがツボに入ったのか……それとも自分が優位であることに酔っているのか──どちらにせよ、聞いていて良い気分になるような笑い方をしていない。

 

そう思って彼を見ていると──

不意に、笑うのをピタリと止めた。

 

 

そして…その長い脚をカクッと折り曲げ、

座り込んでいるボクに視線を合わせてきた。

 

──上から見下ろす姿勢は一切変えずに。

 

 

(ワタァクシ)が言いたいコトは──

 殺そうと思えば何時でも殺せる

 という、簡単な事ですヨ…流石の貴女も、

 自分の死が関わると冷静じゃないですねェ?」

 

 

「……ボクに散々拷問してきた君のことだ。

 ただ脅しに来たってだけじゃないんでしょ?」

 

 

彼は、ボクに数々の拷問をしてきた男だ。

 

ボクの目の前に現れる度に、ボクを痛め付けないと気が済まないと口にして、散々な目に遭わされてきた。

 

そんな奴が、たかが脅し一つで済むはずがない。

 

 

「根に持っていることがヨォくわかりますネぇ。

 ええ、ええ……確かに脅しだけではありまセン。

 たった今から、それを実行しますヨ…とだけ」

 

 

──今から?

 

 

「え……でも、君は…今──銃しか持って……

 それに殺すならさっき殺せたはず」

 

 

「その表情、とォッてもイイですねェ………

 その様な顔をもっと拝みたいですねェ。

 惜しむらくは──これが(ワタァクシ)と貴女の

 最後の会話になる事でしょうカ」

 

 

「なにをするつもりなのッ………?!

 やるなら早く──やってよッ……!!」

 

 

怖い。

 

コイツは、いつもそうだ。

 

その目の奥が真っ黒で、

何を考えてるかわからないんだ。

 

リカードの様な悔恨の念も無ければ、

監視員のよう人間臭くもない。

 

 

掴めない……ドエフスキー・タルスコフを。

 

 

だから、怖い。

 

 

「死にたくなけれバ──その足りない鳥ィ頭デ、

 "彼ら"に知識(ちから)を授けなさぁイ……

 でなケれば、貴女は死ぬでしょウねェ?」

 

 

鉄格子越しに、彼の充血した漆黒の瞳が、

ボクを射止めたまま動こうとしない。

 

彼自身が…まるで、怪物の一種のように思えた。

 

金縛りに遭っているのか──

離れようとしても、身体が言う事を聞かない。

 

 

怖い…怖いよ……ッ…!

 

 

「その怯えた表情(カオ)が……私にとって、

 最高の癒しでしたよ」

 

 

そうとだけ言い残して──ドエフスキー少佐は、

死体を残したまま、鳥籠を後にしてしまった。

 

 

「──は…………ぇ……?」

 

 

何も、わからなかった。

 

 

恐怖で頭が一杯だった。

 

 

 

………まとめよう、情報を整理しよう──

 

 

まず──これから拷問が始まるらしい。

 

それが何なのかはわからない……けれど。

今から実行すると、あのドエフスキーが言った。

 

いつ、どんな痛みが来てもおかしくない。

 

 

それを回避するには……

今までの上を行くような知識が──

 

 

「もう知識は底をついたっていうのに……ッ!!!」

 

 

今度はどんな知識を提供すればいいの?

 

空が偽りであること?

天気が人為的であること?

白亜材が弾丸に使えること?

 

どれもこれも仮説に過ぎないだろッ…!!

 

彼らが求めている知識っていうのは、

仮説じゃ足りないんだッ……!!!

 

 

いや……違う…もう、無理なんだよ──

 

 

彼らがボクに求めているモノを授けるのは……

 

 

「……寝よう」

 

 

柔らかくも固くもない……

ごく普通のベッドに、身体を投げる。

 

心許無(こころもとな)い薄い布一枚で身体を覆う。

 

そして……うずくまり──目を閉じる。

 

 

眠くはない。

 

疲れてもいない。

 

寝不足でもない。

 

 

ただ、できることがないだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、晩飯の時間だ──起きろ」

 

 

荒々しく鉄格子を蹴る音で、目を覚ます。

 

ベッドから身を起こし、冷たい空気を全身で感じながら、ご飯の受け取り口へ手を伸ばす。

 

 

「──あれっ………」

 

 

そこにあったのは……

 

冷めきった具の無いスープと、

 

幾つかの乾パンの欠片と、

 

おおよそ──500ml…?の水だけだった。

 

 

「これじゃあ一日の栄養として足りないよっ、

 もっと栄養と物量が欲しいんだけど無いの?!」

 

 

「それが全部だ、それ以上はない」

 

 

「なんでさ?!他にもあるはずだよ!

 つい一週間前まではこんなに少なくなかった!

 どうしてここまで減らしたりするの?!」

 

 

「それが全部だと言った!!!

 もう話しかけてくるな!!!」

 

 

──は?

 

待て待て待て待て待て待て………ッ!!!

 

 

落ち着け………落ち着け……ッ…!

 

 

 

──突然の事だった…感情をぶつけられた。

 

 

朝方……私の羊皮紙()を破った男だった。

 

 

……今は夜だ。

 

 

昼にリカードが殺されて──

今、その死体は片付けられている……けれど。

 

 

ご飯が少ない…一日の栄養として足りない。

 

 

思えば、朝食も昼食も摂っていない。

 

 

 

今日一日の栄養素が…たった、これだけ?

 

 

 

 

それって──つまり………

 

 

 

 

 

この食事が続くなら──

 

 

ボクの命は、もって1ヶ月だ。

 

 

そして、これが……

 

 

「──ドエフスキー・タルスコフ…これが、

 君の考えた新しい拷問だって言うのか……ッ」

 

 

餓死を狙っている……恐らく。

 

このまま食事の量を減らされ続ければ……

近いうちにボクは、餓死することになる。

 

以前のような食事…いや、命が欲しければ──

 

 

新しい知識を提供しろ──と。

 

 

でも、ボクから提供できる知識は──もう無い。

 

こんな狭い鳥籠から出してもらえないなら、

今以上の知識なんて絞り出せるわけがない。

 

 

「とりあえず食べよう……食べなきゃ、

 今度こそ頭が回らなくなっちゃう」

 

 

頭が回らなくなったら、それこそ終わりだ。

 

 

「──味がしない………?」

 

 

違う──味が、付いていないのかな…?

 

 

口に入れても、食感しかわからない。

 

 

舌を滑り、喉の奥へと流れる冷たい液体と──パサパサしていて…口に入れると、すぐ溶けて消えてしまうほどに細かい、乾パンの破片。

 

 

……ううん、旨味すら感じない。

 

 

やっぱり、味覚が働かなくなっている。

 

 

「なんで……なんで…なんだよっ…………

 なんで味がしないんだよ…ッッッ──!!!!

 

 

唯一の娯楽だった、食事を奪われた。

 

 

目の奥が熱くなっていく。

 

ダメだ、泣くな…涙を出しちゃいけないのに。

 

泣いても……物事は進んでくれないのに。

 

 

息を殺し、すすり泣く声を必死に抑える。

 

 

夜は音がよく響くのに。

 

泣いたら…また──

 

 

 

 

 

 

──ポツ。

 

 

 

 

静かに、けれど一瞬にして、雨が降り注ぐ。

 

それは次第に激しくなり、大雨になった。

 

 

激しい雨音は、夜の静けさを破壊していく。

 

 

その時……初めて、ボクは泣くことができた。

 

 

大声で、容赦無く降り注ぐ雨に甘えるように、

行き場のない涙を流し、抑圧した感情を吐いた。

 

 

 

何もわからない。

 

 

何もできない。

 

 

 

もう──何をすればいいのかわからない。

 

 

 

 

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