聖鳥の遍歴   作:乏月小町

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フィロソフィ・マーレファワラク

魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する、混沌とした世界。

無秩序と絶望が蔓延(はびこ)る、終焉を待つだけの世界。

 

そこに住まう人々は──もがき、嘆き、苦しみ……すがる希望も神も無く、ただ死ぬ事だけが唯一の救いでした。

 

そこに、白く輝く神秘的な鳥がやってきました。

 

 

その鳥は、とても賢い鳥でした。

 

 

凡人が3日かけて解いた術式を3秒で解き、天才が6ヶ月かけて創ったパズルを6分で解き、賢人が9年かけて解読した書物を9時間で解いてしまうほどに。

 

あらゆる思考や価値観、言語から数式まで、ありとあらゆる知識を備えていたし──どんな人種ともそつなく話すことができました。

 

溢れ出るかのように閃き続ける知識と、それを存分に活かせる力が、その鳥にはありました。加えて、万人を魅了する美しい羽も持っていました。

 

その鳥によって、一時の安息を──

人々は、得ることができました。

 

 

いつしか…その鳥は、

"聖鳥"と呼ばれるようになりました。

 

誰もが聖鳥を褒め称え、尊敬し、祝福しました。

 

 

 

──それから数百年後の、ある日。

 

 

 

聖鳥は、卵を産みました。

 

 

ですが、数多の偉業を成し遂げた聖鳥は、

長い眠りにつく必要がありました。

 

熟考の末──聖鳥は、愛しい雛鳥が宿る卵を、

一番信頼できる人達に任せることにしました。

 

 

その人達は聖鳥の加護と恩恵の元──

民を導き、妖魔を(くじ)き、恵みを与え、

平和な国を作りましたとさ。

 

 

 

ですが──その国は突如として内乱が起こり、

聖鳥を利用しようとする者達によって、

大きく形を変えられてしまいました。

 

反抗する者は奴隷にし、いずれ卵から生まれるであろう聖鳥の雛鳥の自由を……(あらかじ)め奪っておく事で、恩恵を永遠に受けようという計画まで立てていました。

 

彼らは、私利私欲の為に雛鳥を利用しました。

 

彼らが考えた計画は成功してしまい──雛鳥は数十年の間、聖鳥譲りの無限の知識を無償で提供し続けてしまうことになりました。

 

 

でも、雛鳥は馬鹿ではありませんでした。

 

 

雛鳥は──無意識的に知識の供給を止めました。

 

 

それに怒った王様は──雛鳥を徹底的に痛め付けるよう兵隊に命令をするものの……その王様は怠惰だったため、兵隊に国の政治も何もかもを丸投げしているという状態でした。

 

馬鹿な王様は兵隊の怒りを買い、

そのまま流れで処刑されました。

 

しかし兵隊達にとって──雛鳥は居ても居なくてもいいのか、知識を生み出さなければ死ぬ拷問をしてきました。

 

雛鳥は困ってしまいました。

 

そんな雛鳥の目の前に愉快な二人組が現れ、

死の運命から雛鳥を助けてくれました。

 

そして雛鳥は……今まで自分を苦しめた国を、不思議な力で黒い怪物を呼び、破壊し尽くしてしまいましとさ。

 

 

 

めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──夢を見た。見てしまった。

 

 

あの時見た夢は……こういう事だったんだ。

 

 

 

聖鳥、愉快な二人組、黒い怪物。

 

 

 

羊皮紙に書いた御伽話に出てきた"雛鳥"は──

 

 

 

ボクのことだったんだ。

 

 

 

全能の図書館(アカシックレコード)を読んだあたりから、

なんとなく察してはいたけれど──

 

 

 

いざこうして、全てが終わって……

 

 

 

 

──そこで始めて、実感が湧く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

知らない天井を見る。

 

 

背中に柔らかい感触と、暖かい空気を感じる。

 

明かりが付いていて……あれ?

 

 

「雑貨屋──だよね…崩壊した後の」

 

 

「ああ……ここまでしでかすとは、

 俺達も想定外だったがな」

 

 

低くて少し怖い声が聞こえた……

見渡すと、左側にクラースがいた。

 

意外だ……人は見かけによらないとは、

まさにこの事かもしれない。

 

 

「クラース……君がボクを診てたの?」

 

 

「……こう見えて、特級医術免許を持っていた。

 まぁ、もう滅んだ国の権威だけどな」

 

 

「ふーん……」

 

 

ちょっと良いかな、と一言添えて……

彼は、ボクの身体に巻かれた包帯をよく見る。

 

──あっ、そっか…一応大怪我してたんだっけ。

 

なんか……変な光で治ってたような。

 

 

「ジョールが第一発見者だったんだが……

 まさか、雑貨屋(コンビニ)で気絶してるとは」

 

 

「あっはは──お腹空いててさ……

 魔力を使いすぎたし、始めて運動したから、

 思ってた以上に疲れてたのかも」

 

 

「聖鳥の雛鳥でも、アドレナリンが出ることが

 あるんだな──もう外しても良さそうだ」

 

 

包帯はここから(ほど)いてくれ…と付け加えて、

彼は立ち上がり、医療キットを片付け始める。

 

言われた通りに解いて……

露出したボクの身体には、傷跡すら無かった。

 

 

「大きな傷だったらしいが……

 俺達が雛鳥を見つけた時には、

 既にほぼ治っていたような状態だった──

 雛鳥は、医療にも心得があるとはな」

 

 

「いや、違うよ──傷を治す魔法か何かを、

 無意識的にやったんだと思う……」

 

 

そう、あれは違う。

 

医療なんて、知識(アカシックレコード)でしか知らないし……

自分で施術できるような状況でも無かった。

 

国から医者の認定を貰ったクラースが、

ああ言う程に治癒力が高いのであれば……

 

 

それは、最早"魔法"だ。

 

 

「ボクにもよくわからないけど、アレは多分

 寝ながら読んだ、アルカナ魔術を

 見様見真似でやったのかも」

 

 

「アルカナ魔術──アイツが一昨日(おおとい)渡した本に、

 その関連の奴があったのか?」

 

 

「ボクがそう解釈しただけだよ。

 たぶん──触媒(カード)が無いから、

 制御できてないだけ」

 

 

不思議な概念だったから、印象に残っている。

アレは……占術、で済ませて良いものじゃない。

 

というか──占術教本に書かれていた、

ありとあらゆる占術全てがそうだった。

 

覚えてしまえば…全能の図書館を読み漁ったり、

そこを経由して魔法を行使するより──

何倍も速く、考える余裕ができる。

 

 

「カード……おもちゃの奴なら、

 玩具屋(トイボックスハウス)にたくさんあるが──」

 

 

むしろ──玩具なくらいが丁度いいかも。

 

たぶん今のボクには……

本物のタロットは早すぎる。

 

 

「よし、ボクはそこに行ってくる。

 でもその前に……ご飯が欲しいかも」

 

 

「ああ、あるぞ……カップ麺だがな」

 

 

「何でも良いよ、ボクは好き嫌い無いから」

 

 

これを言っちゃうと変だけど……

国が滅んでからの方が充実している気がする。

 

自分の意志で動き、強力な助っ人も居る。

 

 

独りじゃない。

 

 

それが、いかに素晴らしい事か。

 

 

「3分だ……ほら、できたぞ」

 

 

「えっ、早──そしてうまいっ…!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、フィーちゃ……いや、雛鳥ちゃーん!」

 

 

おもちゃ屋さんの中でカードを探していると、

ジョールが駆けつけてくれた。

 

クラースからボクの行き先でも聞いたのかな?

 

 

「ジョール…見つけてくれてありがとね」

 

 

「いやいや、コンビニで横たわってる人影が、

 あまりにも目立ちすぎてたんだよ〜!

 カード探してるんだって?」

 

 

話が早い、やっぱりクラースから聞いてるね。

であるなら、説明が短くて良い。

 

 

「うん、タロットカードを探してる。

 アルカナ魔術のために必要なんだ。

 ジョール、手伝ってくれる?」

 

 

「もっちろんさ!っていうかむしろ、

 俺は手伝いに来たんだぜ!!」

 

 

眩しい笑顔を返してくれたジョールが、

探索を手伝ってくれるみたいだ……

 

人手は増えれば増えるほど効率が良い。

 

予定よりも速く終われそうかも。

 

 

「おっ、これじゃねーか?」

 

 

「あっ、それかもしれない……」

 

 

早い……さてはジョール、

探しものに慣れてたりする?

 

えっと…大アルカナもある、小アルカナもある。

描かれている絵も大事だけど──

 

……うん、大丈夫そう。

 

玩具(おもちゃ)だから、ちゃんと作られたものより

偽物感が半端ないけれど……大丈夫なはず。

 

 

「うん……紛れもないタロットカードだよ。

 ありがとうジョール、助かったよ」

 

 

「いやいやぁ、それほどでもぉ」

 

 

大切なモノだ……何処かに仕舞わないと。

 

あれ……そう言えば、この服──

 

 

「ポケットが──無いっ??!!」

 

 

「あらっ……ってマジで??!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに雛鳥の服は奴隷の服と規格が似ている。

 ポケットが無くても、驚くことではない」

 

 

「そういう話じゃないっしょ、相棒ぉ」

 

 

「? 俺は服の話をしたんだが」

 

 

一度、雑貨屋──というか拠点に戻って……

今後の事を話し合う段階で、服の話になった。

 

確かに、ボクも今の服は気に食わない。

 

 

「しかも今の雛鳥ちゃんさ……

 髪の色までも黒く濁ってんだぞ?!!

 俺は白い髪の雛鳥ちゃんが好きなのにー!」

 

 

「うぇっ、ボクの髪……まだ黒いの?!」

 

 

「え、見る?あっちに鏡あるよ」

 

 

ジョールが指差した"あっち"に行くと──

確かに…割れて欠けた物ではあったけど……

 

鏡が、そこにはあった。

 

そしてその鏡に映っていたボクは……

 

 

「はっ…えっ……黒っ………」

 

 

あっれー……こんな黒かったっけ………。

 

黒、というより……灰色…炭色?が近いかも。

昨日の黒い雨でここまで汚れちゃってたのか。

 

 

「これ…ボクもちょっとイヤかも……」

 

 

「雛鳥ちゃんがそう言うなら、

 俺はもーっっと嫌だね!!!」

 

 

そんなジョールの様子とボクの反応を見てか、

クラースが地図を出してくれて、

ある箇所を指さしてくれた。

 

 

「そういうことなら、雛鳥は身を清めるといい。

 ここに大きめのプールがある──冷たい上に

 無駄に広いが、綺麗な水を使っている」

 

 

ちょうど拠点の近くにあるみたい……

 

特に異常が無ければの話だけれど、

そこで済ませるのはいい考えかもしれない。

 

 

「この国には予備電力がある。

 幸い半月は続くモノだから、

 その間は使えるだろう」

 

 

「えっ……電気エネルギーを

 そこまで使えるようになってたの??!!」

 

 

鳥籠はずっと蝋燭(ろうそく)の光だったのに……

夜の街がやけに明るいと思ったら……

 

うぅぅぅぅ…なんかやるせない………

 

 

「つくづく可哀想に見えてきたぜ……

 雛鳥ちゃんを幸せにしてぇよ、俺」

 

 

「何を言っているんだ、ジョール……

 そんなに雛鳥が好きでたまらないのなら、

 彼女と一緒に入浴するといい」

 

 

「あっ、そういうのはちょっと違うぜ相棒」

 

 

「ボクは別に構わないけど」

 

 

「やめてくれ雛鳥ちゃん……

 俺は人外は守備範囲外なんだ」

 

 

「ほう…人()なだけに……とでも?」

 

 

「うっせーーー!!!!!!」

 

 

二人の会話は、ずっと鳥籠の中で聞いていたけど──こうして加わって、近くで聞いてみると……なんか、こう……変な気分になる。

 

知らない感情が湧き上がってくる。

 

 

これは……どういう感情なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やっぱり、冷たいなー…」

 

 

遠く、高い天井に……ボクの声が反響して、

たくさんの水で満たされた浴槽に響き渡る。

 

クラースが教えてくれたプールに、

ボク一人で入っている。

 

 

というか、予想以上に深い。

 

 

プールというモノは知っていたけれど、

実際に体験するのは初めてだから……

 

体力の無さも相まって……

下手したら溺れかねないかも。

 

 

「浅いところなら足がつくから……

 ここで髪を洗おう──」

 

 

溺れないくらい浅い所で、

身を浄めれば良いだけのこと。

 

プールとは言いつつも、

浄水機能は本格的じゃないっぽい。

 

独特な臭いがしないから。

 

 

全能の図書館で質のいいプールについての知識だけはあるから、それだけはわかるんだけど──体験したことがある…と、知っている…とでは、全く違う。

 

 

それを、実感している。

 

 

「──そういえば…忘れてたけど、

 ボクの新しい名前も考えないとなー……

 ボクはもう、知識の家畜(フィー・スチエンティア)なんかじゃないんだから」

 

 

黒く汚れた髪と身体を洗い流し──

 

水に黒い汚れが浮かぶ。

 

 

その汚れは徐々に薄くなっていき……

大きなプールの水の中に消えた。

 

水面に映っている──

生まれたままのボクを見つめて……考える。

 

 

「──ボクは、なんで生まれたんだろう?」

 

 

漠然と……その言葉が出てくる。

 

 

そして、その言葉に囚われる。

 

 

そういえば、ボクは何で生まれたんだろう。

 

もし白亜国の栄光と繁栄の為に生まれたのなら、

こんな事にはなっていないはずだ。

 

もし母さんの愛を受ける為に生まれたのなら、

母さんはワラク家にボクを託さないはずだ。

 

もしクラースとジョールの為に生まれたのなら、

ボクが卵の中に居た時から彼らは、

既に監視員だったはずだ。

 

 

……こうして考えを巡らせても、

ボクの場合──全能の図書館で

大体の事は、すぐにわかってしまうんだ。

 

 

大抵の知識には、答えがある。

 

 

けれど──これは…この言葉だけは、違う。

 

 

 

どんなに考えても、明確な答えがわからない。

 

 

 

全能の図書館という答えを持ってしても、

そんなものはどこにも書いていない。

 

 

 

なぜ、生まれたのか。

 

 

 

「………フィロソフィ・マーレファワラク」

 

 

水面に映っている、キョトンとした顔のボクに、

この文字列を投げかける。

 

 

 

──決めた。

 

 

 

ボクの名前は──

 

フィロソフィ・マーレファワラクだ。

 

 

 

 

 

愛し続けよう。

 

 

 

ボクにできることは、それだけだ。

 

 

 

考える事を……それに伴う力を、愛し続けよう。

 

 

知識という枝の、葉のようでいたい。

 

 

 

ワラク家への尊敬と感謝の念も込めている。

 

 

 

この名を浮かべたボクの知識も

 

 

この名に繋がったワラク家という存在も

 

 

この名を考える時間をくれた二人組も

 

 

全て、忘れず、愛し続けよう。

 

 

 

些細な事も……ボクは、大切にしたい。

 

 

 

それが、知識に繋がるのだから。

 

そして知識は……何時だって、

ボクやボクの愛する全てを導いてくれるはず。

 

 

その導きの先の、尊くかけがえのないモノ。

 

 

ボクは、それを知りたいんだ。

 

 

 

 

「ねぇ、フィロソフィ・マーレファワラク」

 

 

 

 

そこまで考えて、名前をもう一度言った頃……

 

 

水面に映っているボクは、笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらよっ、おつかれさん」

 

 

「んぶっ」

 

 

ジョールがボクの姿を目視するなり、

バスタオルを投げかけてきた。

 

自分の精神の健康のためか、

それともボクには言えない何かを隠すためか。

 

どちらでも可愛らしいなー。

 

ボクは何も言わずに、

バスタオルで全身の水っ気を落とす。

 

 

「だいぶ長い間浸かってたな、

 フィロソフィ・マーレファワラクちゃん」

 

 

「うげっ、聞いてたの〜?

 サプライズで名乗ろーって思ってたのに」

 

 

「プール内の音がよく響くのが悪いんだ!

 俺だって聞きたくて聞いてたわけじゃねぇ!」

 

 

なぜジョールが待っていてくれたのか……

という話は、ボクがプールに入る前に(さかのぼ)る。

 

 

ボク一人でプールに行かせるのは……

 

クラース(いわ)く、結構危険である

と、言い出すところから始まり……

 

汚れた服を新調する都合上、ボク一人だと目どころか色々当てられない姿で、プールから拠点まで歩くハメになること。

 

その場合、道中で市民の生き残りや

白亜国陸軍の残党と出くわした場合、

射殺ないし強姦、または両方されかねないこと。

 

その他様々な要因により……

ジョールがボクの安全を守るために、

更衣室で臨戦態勢で待機していてくれていた。

 

 

「プールに来たって良かったのに。

 そっちのほうがたぶん守りやすいし、

 ボクは別に気にならないんだけど……」

 

 

「ソフィちゃんはまず羞恥心を覚えてくれ。

 俺は背徳感に苦しめられるのがイヤなの!!」

 

 

「羞恥心はあるよっ…仲間になら良いかなって。

 君だってクラースと一緒に入るじゃないか」

 

 

「確かに仲間だけど!!!それ以前に、

 俺は男でソフィちゃんは女の子ですー!!!」

 

 

「えー」

 

 

「えー、じゃないですー!!!!!!

 それと自分がかわいい事の自覚持て!!!!!!」

 

 

頑なに拒否された……ので、

ボクはこれ以上の言及をやめることにした。

 

言及と言っても…半分は、からかってるけど。

 

 

「そうそう……これ、靴な。

 一旦制服のコートを貸すから、

 それ羽織ってから移動しよう」

 

 

新品でピカピカの、ちょっと大きめのブーツだ。

 

綺麗になった身体が汚れないように…と、

レッグウェアまで一緒に渡された。

 

加えて…白亜国陸軍のコートまで。

 

 

「俺にはもう要らねぇからよ」

 

 

と付け加えて……コートにあったはずの、

勲章や国旗まで丁寧に剥がしていた。

 

色も、漂白剤で無理矢理白くしようとしたのか、

薄い青紫色になってしまっている。

 

 

白亜国陸軍は……確かに、

ボクの尊厳を踏みにじった嫌な奴らだけど。

 

このコートはとても機能的で、デザインも良い。

 

そこは認めないと……いや、利用しないと。

 

バスタオルを身体に巻き、

ジョールの御下がりのコートを羽織る。

 

──と思ったけど、ジョールの臭いがしない。

 

まさか……新品??!

 

 

「ねぇ、ジョール…コレ──」

 

 

「カンペキに洗濯しただけだって。

 準備ができたら出るぞ」

 

 

さすがに新品なワケ無いよね……

でも、気遣いが上手だなぁ……全く。

 

ボクが人外で良かったね、ジョール・トイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、相棒っ!!

 帰ってきたぜぇ〜!!」

 

 

「ただいまー」

 

 

プールから暗くなっていた外を経て拠点に戻り、

なにやら作業をしていたクラースに挨拶をする。

 

 

「夜だぞ、ジョール。大きい声を出すな」

 

 

「どーせ誰も居ねぇよ!!

 行き帰りの道中も入浴を見張ってた時も、

 人間どころか生き物の気配すら感じなかったし

 居そうなところも望遠鏡で軽く偵察したが、

 これと言って目立つ痕跡は無かったぜ」

 

 

「お前がそう言うなら、間違い無いな。

 その情報を信じよう」

 

 

二人の絆を感じる会話を聞きながら、

ボクは水分補給をする……

 

うん、甘い飲み物……好きかもしれない。

 

 

「よし……長く入浴してくれたからな。

 丁度今できたぞ、肌着とワンピースだ」

 

 

えっ、クラースって多才なんだね……

裁縫まで出来ちゃうなんて、すごいなぁ。

 

──ってか、待って…好きかも──(デザイン)

 

 

「は??!!相棒お前ッ……!!!!!!

 かわいい服も作れんのかよッ!!!」

 

 

「既に故人だが、リカードの妹のために

 何着か(つくろ)ったことがある。

 その経験が生きたな」

 

 

ん……?

 

昨日時点で…というのは聞いていない。

けれど、ボクのせいという可能性もある以上、

聞かないと気がすまない。

 

 

「あれ……それってもしかして、

 ボクのせいだったり──」

 

 

「いや、狂ったドエフスキーに殺されたんだ。

 随分と前……そうだな、雛鳥救出計画も

 立てていなかった頃だったか」

 

 

──違った、よかったー

 

………よくは無いか。

 

 

「そんなことより、ほら。

 君のために作ったんだ……

 気に入ったのなら、早く着るといい」

 

 

「あらっ……バレちゃってた?」

 

 

「目にした時の嬉しそうな表情で、

 なんとなく察しはついていた」

 

 

うーん…ボクって表情が顔に出やすいのかな?

 

まぁいいや……着替えよ──

 

 

「待っって!!!?

 ソフィちゃん待って??!!!!」

 

 

「ん?」

 

 

「ん?じゃねぇ!!!

 あそに仕切りがあるからアレ越しに着替えろ!!!

 じゃないと主に俺の下半身の健康に悪い!!」

 

 

「え〜、人外は守備範囲外じゃ無かったっけ?」

 

 

「そういう話じゃ!!!

 ねぇええええ!!!!!!」

 

 

移動が面倒くさいから、からかって遊んでた……んだけど、ジョールに無理矢理背中を押されて、仕切りまで連れられて閉められた。

 

なんか、ニヤニヤが止まらない……ふふふ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着替えたよー」

 

 

クラースが作った肌着と、

ポケットのあるワンピース、

ジョールから貰ったコート……

 

それらを同時に着ると──

とても丁度いい感じになった。

 

 

現時点でボクができる、

最高のファッションと言える。

 

 

「おおおおおおめっちゃかわいいぞ!!!!!!!

 なっ、相棒!!!お前もそう思わね??!!」

 

 

「実用的であればそれでいい。

 見た目はその次だ」

 

 

「おい」

 

 

二人の反応も、(おおむ)ね予想通りだ。

 

その反応の対象が…ボクだ、という事以外は

あまり気にしていない………かも。

 

あっ、そうだ──良い機会だし、

改めて"ボク"の自己紹介をしないと。

 

 

「そういえばクラース、ジョール。

 ボクから自己紹介があるんだけど──

 聞いてくれないかな……って」

 

 

「おう、いいぜ〜」

「片付けがある、後にしてくれないか」

 

 

「おい相棒ッッ!!!!!!

 今何つったッ?!!!!」

 

 

「……あぁ、わかった。

 お前が重要だって言うなら聞こう」

 

 

ジョールが無理矢理誘導してくれたお陰で、

ボクが自己紹介する空気ができた。

 

──その期待に応えられる自己紹介…か。

いや、普段通りの自然体でいいでしょ。

 

 

だって……ありのままの"ボク"を、

この二人は──まだ、知らないんだ。

 

 

「改めて、自己紹介をさせてもらうね。

 ボクの名前は──フィロソフィ。

 フィロソフィ・マーレファワラク。

 よろしくねっ。クラース、ジョール」

 

 

自然体で、シンプルな名乗り。

 

自己紹介をしろ、と言われたらコレでしょ。

というのをやったけれど、無音の時間が流れた。

 

 

──と思いきや、二人共微笑んで………

 

 

「ああ……よろしくな、フィロソフィ」

 

 

「こっちこそよっろしくぅ〜ソフィちゃんっ!!」

 

 

快く、さっきまでの態度を一切変えずに……

"ボク"を、受け入れてくれた。

 

それが、それだけが──とっても嬉しかった。

 

 

「ありがとうっ……ジョール、クラースっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後……予備電源が続く半月ほどの間、

三人で廃墟と化した白亜国を探検した。

 

 

ある日は図書館を貸し切りで読み漁り。

 

 

ある日は武器屋で程よい銃を見繕ったり。

 

 

ある日は白亜国陸軍の残党と殺し合い。

 

 

ある日はデパートとやらで物資を漁ったり。

 

 

ある日は三人でちょっとした模擬試合(うんどう)をしたり。

 

 

ある日はアルカナ魔術の練習をしたり。

 

 

あっという間に過ぎる一日もあれば、

長く続いた一日もあった。

 

 

この半月の間で、二人を深く知ることができた。

 

 

そして──白亜国を発つ事にした。

 

 

 

 

 

夜明け前。

 

 

朝焼けが登るのには、少し遅いくらい。

 

 

吐く息が白く…寒さを強く感じる時間だ。

 

 

「電力が無くなると──

 こんなに寒くなるなんて……」

 

 

「だからコートを渡したんだぜ、ソフィちゃん。

 相棒から貰ったワンピも長袖だっただろ?」

 

 

「うん、お陰で寒さは多少は和らいでるよ。

 あと……デパートで漁ったヒートテック」

 

 

旅の準備をしながら、

ジョールと言葉を交わす。

 

デパートで手に入れたトラベルリュックに、これまたデパートで拾った冬用寝袋と、クラースが作った肌着とワンピースの予備を数着と、タオルとポケットウェットティッシュを幾つかと、携帯食料(カップラーメン)と予備の水を入るだけ……

 

 

「デパートで拾っておいて良かっただろう。

 快適な気温を保てたのは暖房のお陰だからな」

 

 

「旅するって決めた時、

 色々教えてたりしてくれてありがとね。

 荷物選びに困らなかったし迷わなかったよ」

 

 

「大したことじゃない、気にしないでくれ」

 

 

──というか、準備が終わってないの、

よく見たらボクだけじゃん……急がないと。

 

既に水を入れてある水筒を、リュックのいつでも取り出せるところに付けて……味付きのど飴とガムとグミを一袋づつ適当な場所にしまって……おっと、レッグウェアを忘れるところだった…予備のぶんをぽいぽいぽいっと………

 

 

最後に、懐中時計を……

 

 

「6:00丁度でセットで……

 クラース、合図をお願いしても?」

 

 

「構わない──10、9、8……」

 

 

リュックには……荷物だけじゃない。

旅への希望と、自由への想いを詰めた。

 

それを背負い──立ち上がる。

 

 

「5、4、3──」

 

 

立ち上がった時、バランスを崩しかけたけど──

持ち直して…時間調整済みの懐中時計を……

 

旅の無事と幸運を願いながら、しっかり握る。

 

 

「0──出発予定の時刻、丁度だ」

 

 

──もちろん、しっかり押した。

 

止まっていたボクの懐中時計は、

秒針がしっかり動き出し……

自由な時を、刻み始めた。

 

 

よし──準備が終わった。

 

 

「さて、フィロソフィの気ままな旅の始まりだ。

 俺達は君のサポート役に過ぎない。

 行き先は全て、君が決めてくれ」

 

 

「ああ、俺も相棒に賛成だっ!!!

 俺が料理を、相棒が医療を徹底サポートする。

 だからソフィちゃんは、自由に旅をしてくれ!」

 

 

「二人の荷物がやけに多いと思ったら、

 そういうことだったの……?」

 

 

共犯者として選んだ二人が、今や仲間……か。

 

半月前……鳥籠から出る前のボクじゃ、

考えもしなかった現実かもしれない。

 

自由を知らずに、搾取され続けたボクは──

無力で愚かで、何もできずにいたボクは……

フィー・スチエンティアは、どこにもいない。

 

 

だけど、今はもう違う。

 

 

自由を得ている。

 

 

仲間がついてる。

 

 

知識も(ふる)える。

 

 

それら全てが、きっと……ボクを幸せにする。

 

 

 

太陽が──登る。

 

 

 

眩しい朝日が、ボクら三人を照らし出す。

 

 

何度も見た朝日だけど──

今のボクと太陽の間には、鉄格子が無い。

 

 

逆行を背に、二人がボクを見ている。

 

 

 

 

ううん──もう幸せなんだ。

 

 

 

この充実感が、ボクをボクたらしめるっ!!

 

 

 

「じゃあ、ここから太陽までまっすぐ行こう!!

 その先にある何かを、3人で探しに行こうっ!」

 

 

「おうよ!!!」

「ああ」

 

 

嬉しさのあまり──飛び跳ねてしまった。

 

 

あぁ……リュックが重い。

 

 

でも、この重さを背負っているのは、

ボク一人だけじゃない。

 

 

クラース・ナヤとジョール・トイが居る。

 

 

三人なら、なんだってできる気がする。

 

 

どこへだって、行ける気がする。

 




そう………あの太陽の向こうに…だ……って──



「────え……?」


「どうした?」


「ソフィちゃん、どうかした?」


今──太陽の"(うしろ)"を…鳥が横切った──?


「……あの、遠くを飛んでいる鳥…見える?
 見えるなら──あれが何(メートル)離れているかを、
 ボクに………教えて……速くッ──」


「──目視だが、約1km先だ。
 スコープ無しでは厳しい距離の…小さな的だ」


「1km……?じゃあ、あの太陽は──???」


太陽を見て、そこから空を見上げる。



澄み切った青い空の向こうに──








微かに"天井"が見える。








太陽によってできた影が、一方向じゃない。







"太陽"だと思ってるソレに近づくほど──
"天井"の影の向きが変わっている。







「あ………ははッ、あはははははっ……」


「ソフィちゃん……どうしたの?」


笑っちゃうよ………やっぱり間違ってない。


ボクの仮説は間違って無かったんだ──ッ!!



「──幻惑(ワシ)だったか?いや、であれば
 今の俺には幻覚が見えているはず。
 ………異常無しだ」


「あ、ああ……俺もあの鳥は、
 幻惑鷲には見えなかった──ならなんだ?」


なんだよ……なんなんだよッ…!!!!


なんでこんな時にッ……!!!



一番嫌な方の仮説が立証されるんだッッ!!!!!




「はははッ…ねぇ、二人共──
 ボクが鳥籠の中に居た時……
 (いく)つか立証ができていない仮説があったんだ。
 立証できれば、君達が真っ先に知れた事実が」




前言撤回──何が自由だ、何が希望だ。


ボクはこんな仮説──
事実であって欲しくなかった。


全能の図書館で存在が判明した……
知識だけの場所であって欲しかった。


いずれ三人で旅をする──
最後の場所のつもりだったんだ。


それが──何でッ…!!!



「そのうちの一つが……
 たった今、立証されたよ」


「おっ、マジで?!気になるぅ〜!!!」


「相棒……残念だが、
 良い事では無さそうだぞ」


「えっ、笑ってるのに──」



あぁ……鳥籠を出られて──
やっっっと、自由だと思ったのに………





「今、ボクらを覆っている"空"は──
 地下世界の天井だっていう説……
 そして、あの太陽は偽りの太陽だって説……
 つまり──"空と天気が作り物である説"だよ」


「──は??!!!」

「なんだと………?」





鳥籠を出たら──
そこは、もっと巨大な鳥籠だった。


この空の向こうに宇宙など無く、
ボクは地の底で偽物の空を見ていた。


星の位置が一切変わらないのも──


太陽が大きさの割に熱くないのも──


嵐や雷や災害級の豪雨が振らないのも──



全部、全部、全部……ここが地下(鳥籠の中)だからだ!!






「クラース、ジョール……予定変更だ。
 ボクはこれから、地下世界を知る旅をする」


──落ち着け。


ボクは、まだこの世界を知らないままだ。


「白亜国を軸に、地下世界を一周するんだ。
 そこで──地下世界を知る旅を終える」


自由を渇望し、この鳥籠を憎み破壊するのは、
此処(地下世界)を知ってからでも遅くはない。


「もし、その時点で──
 ボクがこの世界を憎いままだったら。
 白亜国(あのくに)と同じように、この地下世界も壊す」

太陽から目を背け、既に滅んだ国を見る。


──そこで、ハッと我に返る。


「──ごッ、ごめんっ………
 へ、変な事……言っちゃった…ね……」


ボクを見る二人の目線が……
どこか、冷たく感じた。


その目は──何かを吟味(ぎんみ)する目に似ている。


ボクは……何も知らない、幼い雛鳥なんだ。

そう痛感せざるを得なかった。


彼らは今でも"監視員"で……
ボクが立派な聖鳥になることを、
導くための番人なんじゃないか……と。


ボクは、仲間などではないんだ──と。


そう、思ってしまった。


「わっ、わたしっ…な……なにも成長して…
 いない、よ…ね……ごめっ、ごめんねッ」


声が震える……身体も震える。


怖い──また独りになるのは…嫌ッ───


「なーに言ってんの、ソフィちゃん!!
 相棒がさっき言っただろ?
 俺達は旅をサポート役に過ぎないってさ!」


「──え………」


「ああ。俺達は君の旅を全力でサポートする、
 ただの博識な医者と旅慣れた料理人だ。
 君がこの地下世界とやらを滅ぼしても、
 俺たちには関係ない──好きにするといい」


「そそ、俺達はハナからソフィちゃんの味方さ!
 むしろ俺は…ソフィちゃんの本音が聞けて、
 ちょっと面白かったなーって思ってたトコさ!
 人間味が無くて、ちと心配してたんだぜ〜??」


さっきの冷たい視線は……何だったの?


そう思わざるをえないほど──
二人は、明るい表情と言葉で返してくれた。


「心配か?俺達が裏切るかどうかが──
 まあ、無理もないか……こと俺に関しては、
 演技とはいえ、罵倒暴言を吐きすぎたからな。
 その気持ちは認めなければいけない」


唖然としている私に──
私より遥かに大柄なクラースは、
片膝を折り……

私の手を取り、手の甲にキスをし──ッ??!!!


「ぅうおおおおおおおおおおおいあおおおおあいゔぅぅぅぉぉぉおおおおおおおうぅっ??!!!!!!!」


「俺の気持ちはコレだ。
 考証の材料にしてくれ」


何食わぬ顔で……私の手の甲にッ………??!!


「じゃッ、じゃぁー俺だって!!!
 やっちゃうもんねーーーーーー!!!!!!」


クラースを乱雑に突き飛ばし、
ジョールもボクの手の甲に───ッッ!!!!!!


「これで──俺と相棒…二人分の忠誠が、
 ソフィちゃんの手に刻まれ──」


「もうっ!!!突然こんなことッ!!!!
 他のヤツにするなよッッ!!!!」


キメ顔でキスをするジョールで目が覚めた………ああもうッ、くよくよしてたボクが馬鹿みたいだよッ!!!


「どうやら……いつものフィロソフィに、
 戻ったようだな。定期的に取り乱すなら、
 そのえらく長い名前を、意味も含めて
 戒めにでもした方が良いんじゃないのか?」


「ん!!!俺は戒めとかよくわからんけど、
 相棒がそう言うなら俺もそー思うッ!!!」


あぁ……いつの間に、この二人は──


「うんっ、そうするよ…あっははッ……!」



ボクの、忠実なる右腕と左腕になったんだろう。




精神的には二人に引っ張られながらも──


ボクは、これからの自由な旅を──
心から楽しめそうだ……と、確信した。
















この時のボクは、まだ知らない。






いずれ出逢う最愛の人が、偽りの天を穿く事も。


地上での旅が、地下より過酷な事も。


ボクの存在が、世界全体の希望である事も。





その度にボクは一喜一憂を重ね、

強く──賢くなっていくのだけれど………



それはまた、別のお話。







ボクは──フィロソフィ・マーレファワラク。


知識を司る聖鳥、フィルマメントより産まれた、


年端も無い、未熟な雛鳥だ。


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