「エッチな小説を読ませてもらいま賞」という企画に応募させて頂いた作品です
募集要項は「あなたが「エッチ」だと思う小説」「2000字~4000文字」でした
あえなく落選となりましたので供養として

内容は「白昼の公園で幼馴染の太ももに手を突っ込んで暖を取る話」です

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今更

 

 

 

 

 昨日一昨日と降っていた淡い雪は夜のうちに止み、昼空から注ぐ冬日影に薄靄のヴェールを纏った町の遠景は酷く寒々しく、今冬最低という気温は皮膚感覚よりも目で見る方がよくわかった。

 着膨れした老人が通り掛かりに浩司を盗み見て、怪訝そうに首を縮めながら去っていった。ジャンパーの前を閉めずにいるからだろう。内に着ているのは夏物の白いシャツとスポーツインナーだけで、手袋もマフラーも着けていない。寒気が肌を刺した。腕に浮いた鳥肌を一つ一つ指でなぞり、不意に飽きてベンチに背を凭せた。三人は優に座れるベンチの端。

 講義を入れていないだけで、平日真ん中の正午過ぎだ。人通りなど疎らで当然で、公園を通るのは人生を降りた老人と暇を持て余したような主婦、疲労を足に張り付かせたサラリーマンだった。緩慢だった。浩司はのろのろと胸ポケットに手をやり、煙草を取り出した。ライターがない。持っていない筈はないが、どこのポケットに入れたか失念してしまった。いくつかのポケットに虚しく手が出入りした。

 

「間抜けがいるな」

 

 声がした。いつの間にか、細い腰に手を添えたいろはが浩司を見下ろしていた。目鼻立ちと眉が濃く、意志がはっきりとした顔立ち。大学生になって一度抜けるような栗色に染まり、いつのまにか黒に戻った髪の毛先が散らばる肩から腰までスレンダーでなだらかな曲線が続き、尻から下は豊満でメリハリのある身体をしている。その辺りには女性として悲喜こもごもあったようだが、浩司は魅力的だと思っていた。同時に、ただ肉体だとも思っている。肉欲という点以外で大して意味のあるものではない。

 

「誰が間抜けっつった、いろは」

「寒い公園で一人ベンチに座ってる間抜けに間抜けって言ったんだよ。それとも、何か利口な目的でも?」

「ねえなあ。そうか、間抜けか」

「目的が欲しい?」

「どんなだ?」

「幼馴染を待ってたっていう目的」

「貰っておくか。あって困りゃしねえだろ」

「適当なやつ。目的には結果が求められるんだぞ」

「結果?」

 

 浩司は失笑した。結果というやつは、いつも勝手に付いてくる。正確には、ついてきたものを結果と言い張ればいいのだ。

 

「ライターだよ」

「なんて?」

「ライター、持ってきたんだがどこにやっちまったかわからない。火をくれりゃお前を待った甲斐があるってことさ」

 

 煙草を咥えて唇の先で上下させた。いろはが肩を竦めた。随分暖かそうなブルゾンの革ジャケットがふらふらと揺れた。濃いベージュで、下は紺のスリムジーンズ。冷え込んできてから、お洒落は一旦封印したようだ。

 

「私、今日煙草持ってないんだよね。ライターも持ってきてない」

「禁煙か?」

「そんな訳ないでしょ。口元が寂しくない日なの」

「なるほど」

「ライター、どこに置いたの?」

「ポケットの中だよ。どのポケットかわかんねえが」

「昔からそうだよね。浅いところばっか探してさ。奥まで探すなりひっくり返すなりすればいいのに。いつも私が探すことになるんだから。ねえ、一本頂戴?」

「寂しくない日だろ?」

「夕方からね」

「メンソールじゃねえぞ」

「オッケー」

 

 覆い被さるように、いろはがベンチに右膝を乗せ、背凭れに右手を突いた。浩司の目の前にいろはの顎があり、襟の隙間からUネックのシャツに白い肌、微かに隆起する鎖骨が覗いた。首を突き出せばその隙間に煙草を放り込めそうだ、と浩司は思った。やってみようという気はさらさらない。

 いろはの左手が浩司のズボンの右ポケットに突っ込まれた。奥まで差し込んで、無遠慮に動き回ってライターを探している。浩司は少し足を開いた。

 

「ないねえ。他のポケットは?」

「左」

「左に入れてたことないじゃん」

「じゃあ後ろかな」

「面倒くさいなあ」

 

 いろはが更に体を寄せ、後ろのポケットに手を伸ばした。浩司の鼻先に首筋が差し出されていた。噛み付いてみようか、と思った。思っただけで、やりはしない。意味がなかった。全てに意味がないと思った。

 

「あった」

「一応そっちも探したんだがな」

「二、三度掻き回しただけでしょ。横の方に押し込まれてたよ」

 

 立ち上がって一度伸びをしたいろはが、浩司の横にすとんと腰を落とした。催促するように突き出された手のひらに煙草を乗せ、お返しにと顔を向ける。自分の煙草に火を点けてから差し出されたライターに、浩司は煙草を寄せた。暖かかった。先端にじわりと火が滲み、煙が肺に染み込んだ。口を離すと、煙草の先から煙が漏れ始めた。それは今まさに浩司の肺を満たしているものと地続きの、あるいは同一の存在だった。対の存在かもしれないし、あるいは雌雄かもしれないとも思った。

 口を開け、息を吐いた。紫煙が立ち昇り、煙草から昇る煙と混じり合った。それは遠くの町を包む薄靄によく似ていた。向こうから見れば、今浩司といろはは紫煙の薄靄越しに見える朧な人影なのかもしれなかった。

 寒かった。ジャンパーの前を開けたまま、浩司は寒さに身を震わせた。煙草に口を付ける。体の中に煙を取り込む。それでどうなる訳でもなかったが、浩司はただそうしていた。みるみる先端が灰になり、鮮やかな橙の輪が少し浩司へと近付いた。

 紫煙の薄靄の向こうからは、揺曳する赤い点のように見えているだろうか。二つの赤い点。

 

「携帯灰皿、頂戴」

 

 浩司が何かを言う前に、いろはの手は左ポケットへ伸びていた。確かに携帯灰皿はそこにあった。いろはが蓋を開き、その上へと煙草を近付ける。落とされた灰の一欠片がいろはの太腿へ舞った。寒かった。浩司は返された灰皿を受け取り、自分も灰を落として灰皿をポケットへ戻してから、いろはの太腿へ落ちた灰を払い、そのまま左手を太腿の間へ押し込んだ。

 

「んっ」

 

 いろはは一瞬体を硬直させたが、特に制止することはなかった。生地越しに主張するいろはの体温が浩司の左手へ蝕むように染み込んだ。

 

「寒い?」

「少しな」

「厚手の生地で良かった。絶対手冷たいでしょ」

「もうしばらく、いいか?」

「今更」

 

 いろはが笑う。確かに今更だった。子供の頃から何度もこうしていた。

 初めてこうしたのが何時だったのか、もう覚えていない。いろはの反応も忘れた。子供らしく無邪気に受け入れられたような気もするし、幼くとも備わっている羞恥心そのままに拒絶されたような気もする。あるいは寒さに気を取られて無関心だったかもしれない。

 完全に否定されることだけはなかったのだろう。そうでなければ、この幼馴染との仲が今でも続いている筈はない。

 寒くなれば、いろはの体に手を寄せる。そんなことがずっと続いた。小学校、中学校、高校、そして大学生になった今でもこうしている。

 夏には逆に、いろはが浩司を欲する。茹だるような夏日でもひんやりとした浩司の手を取って、体のそこかしこに当てる。手が熱を帯びてくると逆の手を取ってまた続ける。

 浩司といろはにとって触れ合いは体温の行き来だった。浩司の体温はいろはの体温で、いろはの体温は浩司の体温だった。

 熱の共有が周囲の理解を外れる、あるいは理解に中身のない膨張を与えることには中学生にもなれば気付いていた。どうでもいいと思った。意味のない理解だ。意味のないことは、いつもいくらでもあった。意味が欲しいと思ったこともない。

 それでも、止めた方が良いのではないかと思うこともあった。そう思わせるようなことがあったからだ。今でも、全く考えない訳ではない。

 こういうの、もう止めようか。どちらかが言った。どっちだったかは思い出せない。今更だね。これも、どちらかが言ったことだ。何度かこのやり取りをしているので、お互いに両方の事を言ったのかもしれない。

 煙草が短くなっていた。浩司は自分の煙草を灰皿で消し、いろはに差し出した。右手でだ。左手はまだ、いろはの太腿の間にある。いろはが煙草を消す。返された灰皿を仕舞い、左手を引き抜いて何度か握った。滑らかに動く左手が持っている暖かさは、いろはの体温だった。浩司はいろはの暖かさを持っていた。しかしいろはは、浩司の冷たさを持ってはいないだろう。デニムの生地は確かに厚そうに思えた。煙草の煙が晴れ、紫煙の薄靄は姿を消していた。

 

「俺の部屋、来いよ」

「今日は口元が寂しくない日なんだけど」

「夕方からだろ。それまでには済む」

「うーん、仕方ないか。冬だし。それに今更だしね」

 

 立ち上がったいろはが先導して歩き始めた。お互い、家には何度も行っている。任せるままに、浩司は後ろを歩いた。

 今更か。呟いた。その言葉が幼き日のなんでもない行為を、それらを続けた日々と現在とを地続きの、あるいは同一の存在にしている。対の存在へと昇華させずにいる。だからこそ現在の全てに意味はなかった。そして浩司は、意味が欲しいと思ったこともない。

 公園を抜けた。小さな住宅街があり、その向こうでは国道沿いに店舗が並んでいる。その先に大きな川がある。川の向こう岸は薄靄のヴェールに包まれた町があり、海を挟んでこの公園が見える。そこに浩司の住む家がある。

 いろはがちらりと振り向き、浩司を手招きする。浩司は足を速めた。空虚だと思った。空虚の中を、浩司はまた一歩足を進めた。

 

 

 


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