「俺は無実だっ! 俺は悪くねぇ!」
「どう考えても先生が悪いです」
ユウカは蔑むような目で、先生がトリニティ総合学園の地下牢獄に投獄されている姿を見ていた。
理由は単純。ティーパーティーのホストである桐藤ナギサのベッドで先生が裸で寝ていた所を、ドッキリのため部屋に訪れた聖園ミカが通報したからである。
「同意の上でもダメ?」
「ダメなモノはダメです。ついでに山海経の最年少教官をブラックマーケットの路地裏に連れ込むのもダメです。
まったく……一応連邦生徒会が交渉して執行猶予はつけてもらったので、頑張ってください」
執行猶予期間は半年。
しでかしたことに比べれば破格の条件だが、連邦生徒会の役員ではなく、ユウカが来たことで先生はただで帰れないことは容易に察することが出来た。
「この交渉。ミレニアムが一枚噛ませて貰いました。
元取るまでミレニアムで働いてもらいますからね」
「へ? 早瀬? もう既に投獄されて一週間働き詰めなんだけど?」
先生は今もユウカと会話しながら、タブレット端末で作業可能な仕事をしている。
シャーレは組織の特性上、生徒からの依頼がなければ暇な組織で連邦生徒会には報告書の提出をするくらいで、先生が忙しいのは全自治体をあっちこっち行きながら報告書を作っているからである。
現在のキヴォトスでは、トリニティとゲヘナがとある事情で何か動く気も無ければ先生というカードを使う機会を温存している状態で、ミレニアムはその事情とは無関係である。
(つまり、例の件が目前でゲヘナの粗探しをみみっちくやってるトリニティ、今回の深夜のティーパーティーを見なかったことにさせるために連邦生徒会が交渉。
そこにミレニアムが介入してシャーレを一時的に独占しよう……ってところか。
……面倒だけど、滅茶苦茶気持ち良かったしいいか。アレで処女は無理だろ)
今回のあれこれの考察を終えた先生は、最後の承認の印を捺した瞬間に牢獄が開いて、逃亡する暇もなくユウカにミレニアムに向けて護送という名の輸送をされる。
それからミレニアムの本校舎に向かう途中で、ユウカは本校舎に着いたら監視役の生徒が来るということと部活棟に用事があると言って自動運転の車から降りた。
手枷を嵌められた先生は一人でミレニアムの生徒会セミナーの拠点がある本校舎へと向かうのだが何はともあれ暇で仕方なかった。
「自動運転なんてつまんない真似しやがって」
目的地まで逃がさずに護送するためだということは先生にも理解できる。
しかし、今逃げた所でミレニアムの敷地内ならば意味はない。すぐにドローンに発見されて拿捕されるのが関の山。それなら素直に従うつもりなので、運転くらいはさせてほしかった。
「おっと……止まったな。」
自動車が静止したのを見計らってドアを開けようとしても開かず、先生はようやく外の空気が吸えると思っていたので先生はがっかりして車の低い天井を見上げると数分後に、反対のドアから一人の生徒が車に乗り込む。
「お久しぶりですね。先生、元気でしたか?」
「んあ……あー、生塩か。お前がお目付け役ってワケ?」
生塩ノア。ミレニアムのセミナー所属の書記を務めている生徒で、先生が誰よりも一緒に仕事をしたくない生徒でもある。
「不満ですか? やっぱりユウカちゃんの方がお好みなんですね」
「いや、そんなに」
「つまり私の方が好み。と」
「無敵かこいつ」
先生は彼女のことは好みでもないが嫌いでもない。生徒や女性というより先に面倒臭い記録魔という印象が先に来る。
「話は変わりますけど、この車の自動運転は中で暴れても安全に辿り着けるらしいですよ?」
「ハニートラップの釣り針デカすぎやしないか?」
「でも、一週間働き詰めで溜まってますよね?」
世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりである。先生が先生になる前から、いつだって、ノアですら。
◇ ◇ ◇
「舐めんな。マセガキ」
「案外……はぁはぁ……子供っぽいんですね。先生」
「最中にヘイローが点滅するくらいに感じてたオンナに言われても、な……」
消臭のために窓を全開にしながら走行している車内に心地の良い風が先生の肌を撫でる。先生は何食わぬ顔で近づいてきた目的地を見つめているが、ノアは何故かボタンを紛失した制服を普段は二の腕辺りから羽織っているジャケットで身体全体を覆い隠している。
「そういえば早瀬は何しに行ったんだっけか?」
「そろそろユウカちゃんがゲーム開発部にお説教をしている頃合いですね。
ここからゲーム開発部の部室に付く頃にはユウカちゃんは用事を終えて生徒会室に戻っているでしょうし……先生にそういう姿を見せないつもりなんでしょうね。ユウカちゃんらしいです」
「早瀬は泣いて良い」
ニコニコしながらユウカの行動パターンを解析するノアを見た先生は嘆息しながら窓から見える部室棟から遥か空の彼方にユウカが吹っ飛んでいるところを目撃してしまう。
(本質的な部分に理性があるからこいつ苦手なんだよな──って何だアレ?)
ユウカのことに関しては知らない振りをして、眠気が限界まで来た先生は車内の内側から何かに引っ張られると共に、頭部に触れた柔らかい感覚に意識を沈めた。
「……二十分、多分着いただろ」
「寝ながら時間を計っていたのですか?」
「時間と体調の管理は『おとな』の『お』の字なんだよ」
車が部室棟に着く頃に先生は目を覚ます。ノアに膝枕をされているという状況に動じることもなかった。
目的地に到着しドアが開いた車から降りた先生は伸びをする。
「シャバの空気はたまらないな」
先生が振り向くと先程まで乗っていた車はノアと共に姿を消していた。
すぐさま機銃搭載型の自律ドローン二機が先生の頭上を飛び回る。
(監視は万全ってか……)
逆らわずに道案内をするドローンの後ろを歩く。程なくすると宿直室と書かれたプレートの部屋に入れられる。
内装はシンプルな宿直室といったところで、簡易的な寝具と作業机のみで窓にも特殊な電子ロックが施されていて、開けられる様子もない。
(完全な監獄だな……反省室って本校舎の方だっけ?)
セミナーの反省室常連の顔を思い出しながら位置関係を整理する。
先生がフリーで動くためには、とある人物の協力が不可欠ではあるものの、それも読まれているのか。部室棟に隔離されている。
(これから監視役をどうにか説得するか、目を盗める場所を探すか……)
いざとなれば、
先生はそう結論付けたが、先生のこの状況は十割ほど自分のせいで、そんなことの為にそのアイテムを与えた訳でも無い。
「ヘイ、アロナ。ここから出る方法」
『そんな一般端末に普及しているようなアシスタントAIみたいな呼び方しないでください! あと全く反省する気ないですね!?』
「冗談だって」
『あんまり冗談にならない事をやらかしてると思うんですけど……』
アロナに言われてしまうと、少しだけ心が痛む。痛むだけで先生に改善する気はない。
シッテムの箱が内部で管理しているメッセージの受信を検知した通知音を鳴らす。
『セミナーからの指示書を受信しました。今日は一日中この部屋で待機だそうです。ユウカさんから送られてたプライベートメッセージも合わせると働きづめの先生の身体を気遣って今日は休んでほしいそうです。
あと、この部屋の中では手枷のロックが外れるみたいですね』
「……これからコキ使いまくるから寝ろってことね」
はいはい。わかりましたよ。寝ますよとぶつぶつと呟きながら手枷を外して備え付けのベッドで横になった瞬間に電池切れのように先生は深い眠りに入る。
眠ることは好きじゃない。先生は自分から睡眠を摂ることはあまり好みではない。
曰く、会いたいけど会いたくもない人物に会っている気がしているらしい。
(あぁ、またここか)
先生は一目で夢だと理解出来る空間でぼんやりと目を開ける。
地面は雲の上のような、湖の上のようで、空は夕焼けと日の出が混じったような。先生はこの空間が綺麗だと思っている。
その次に横たわる先生を間近で座って見ていた少女の姿を見て、先生は数秒思考が止まる。
「あ、おはようございます。今回もまた長かったですね」
「……多分、初めてじゃないんだな。この夢は」
「はい、先生は毎回忘れてますけどね」
少女は世話の掛かる人だと言いたそうな笑みをこぼす。
先生としては、この夢を見るのが嫌で眠りたくないのに、そういう表情をされると先生として着任した頃の気持ちが少しだけ揺らぐ。
「先生、また髪の長い生徒さんとばかりイイコトしてましたね?」
「……どっかの誰かのせいじゃないかな」
「誰でしょうね? どこのスーパー美少女さんのことでしょうか?」
嬉しそうに自分の髪の一部を纏めた三つ編みの毛先を弄る少女に対して先生は鬱陶しそうに腰を上げる。
どうせ夢の中。バレるバレないの話に意味はないし、前提として現実でも彼女が居たら即刻バレている。彼女曰く、そういうこと関係なく先生の隠し事なんて隠している範疇に入らないとのこと。
そういうこともあるため、先生は彼女に対して抵抗を諦めている。
「死なない程度に元気そうで何よりです。預けた
「まだ何も終わってないのに行ける訳ないだろ」
そう言う先生に対して少女は少しだけ寂しそうな表情をするが、そういう風にしたのは他でもない自分で、そうしたいと願ったのは先生である。
今更どうすることもできないし、この夢が醒めたら彼女にはどうすることもできないし、先生はこの夢でのやり取りを覚えていられない。
「本当はこういった形で会うことも良くないのでしょうね。私は先生が知らないどこかに居るのが一番良いとも思っています」
「子供が……生徒が教師の顔を見るくらい好きにしたら良い。毎日だったら少し困るけど」
先生は後頭部を掻きながら、仕方ない生徒だと言いたげな表情をする。
少女はこの空間と時間がずっと続けば良いと願っていた。先生との思い出はどれも鉄の臭いがしたり、どちらかが怪我をしていたり、澄み切った場所にもゆっくりとはしていられない。
でも、先生にはそんな時間はない。大人だからとか責任のある立場だからとか色々理由はあるが、それ以上にこんな場所でゆっくりしていられる性分ではないと彼女は知っている。
「そろそろですね……」
中途半端だった空が夜の黒に染まり、星が輝き始める。
「先生、どうかお身体だけは大事にしてください……心はきっと──」
先生はその先の言葉を聞く前に朝日で目が覚めてしまう。
今まで百時間以上連続勤務する先生にとってたかだか半日以内の睡眠時間など寝ている間に含まれないのか、すぐに意識が覚醒してしまい身体を起こす。
『先生! おはようございます! よく眠れましたか?』
「……何にも覚えてないけど、ちょっと元気になる夢を見てた気がする」
アロナが先生の起床を検知するのと同時に纏めていたデータと今日のスケジュールをシッテムの箱の画面に提示する。
備え付けのコーヒーメーカーを使用してコーヒーを淹れる。
「にがっ」
あまり得意な味ではないが、仕事をする上でも味覚でも多少嫌な事でも飲み込むという動作をすることによって、先生は仕事に向けてスイッチを入れる。
『先生って結構私のことを子供扱いしますけど、先生もかなり子供っぽいところありますよね』
「ほっといて」
三十分ほど掛けてコーヒーを飲みながらニュースサイトと生徒達から寄せられているメッセージに目を通す。
そうしていると宿直室のドアがノックされる。それに先生が返事をするとユウカが宿直室に入室する。
「おはようございます。先生、今日から色々手を貸してもらいますよ」
「おはよう、早瀬。シャーレの仕事も一応あるから手加減してもらえると助かる」
それは先生の仕事振りと素行次第です。と返された。
先生はげんなりしつつも一応来客なので、紙コップにコーヒーを淹れてユウカに渡す。
「ありがとうございます。これ飲んだら行きましょうか」
「ところでさ」
「なんです?」
ユウカの顔を見ていた先生がふと思い出したことを彼女に尋ねる。
本当にどうでも良いことで、詮索しなくてもいいと言えばいいのだが、どうしても気になってしまったことがある。
「昨日空の彼方に凄い速度で発射されてたけど何かあった?」
「……知りません」
とてもじゃないが、マッサージチェアの性能テストに付き合ったらそうなって、その日先生に会いに行けなかったとは言えないユウカであった。