レガシー主人公にトラウマを植え付けられた密猟者の末路 作:束田せんたっき
再びリズとジュリアスはダイアゴン横町を訪れていた。それはリズの入学準備のためであったが、ジュリアスは前回訪れたときに杖だけではなく他の学用品もまとめて買っておけばよかったと後悔していた。どうせ彼女がホグワーツに入学するのは半ば確定していたのだ。なぜ彼がそのように考えていたかというと、それはマダム・マルキンの洋装店ではち会った家族の存在からだった。
大人しく採寸を受けるダークブラウンの少女を挟むようにして、赤毛の双子が立っている。彼らは交互にリズに話しかけた。
「なあなあジュリアス・ウィーズリーって」
「どんなやつなんだ?」
「父さんも母さんも」
「教えてくれないんだよ」
質問を浴びせられかけたリズは、とうとう耐えかねて白い頬を赤く染めて食ってかかった。
「しつこいですねえあなたたちは! どこの誰だか知りませんが、そんなに知りたいなら本人に訊けばいいでしょう!? 私だってわかりませんし、わかりたくもありませんよ!」
(それは言い過ぎじゃないか?)
あまりにも辛辣なリズの言い方に密かにジュリアスがダメージを受けていると、双子の父親が彼に手を差し出してきた。
「……ジュリアス、久しぶりだね」
「アーサー……」
記憶の中よりも幾分か年を重ねた兄は、端的に言って温和な父親という風貌だった。ジュリアスが不死を諦めきれずにいる間、兄は確実に自分の人生を進めている。その事実がジュリアスの胸を刺した。彼は思った。成長や老化は死へと近づくだけなのに、なぜこんなにも眩しく見えてしまうのだろうか。
「あー、たまにはうちに顔を出しても良いんじゃないか? 過去のことはもう私は気にしていないし、家族もきっと喜ぶと思うから」
「いや、僕は戻れない。父さんだって顔も見たくないだろうし……」
「それは問題ない。父はもう7年前に亡くなった。すまない、ジュリアスも葬儀に呼ぶべきだったんだが、所在がつかめず……」
「そうか、父が……」
彼は亡き父のセプティマス・ウィーズリーを思い出そうとしたが、もはやその顔すらも思い出せなくなっていたことに愕然とした。ジュリアスにとって父はすでに、四大元素で構成された物体以外の認識はなかったのだ。彼と父の間に親子の正常な愛情があったかといわれれば、彼の前世の知識の影響もあって疑問符を付けざるを得ないが、それを加味してもジュリアスの感情を揺さぶるには十分だった。
採寸を終えたリズが、背後で採寸を受けている双子への嫌悪感を隠そうともせずにジュリアスにいった。
「ジュリアス、あの双子信じられないんですよ! 私やジュリアスのことを根掘り葉掘り聞いてきて…… 私があなたの娘なわけないじゃねえですか! 私のどこがこんな陰険な男に似てるんでしょう!?」
ジュリアスは自分の3年間の教育の集大成を見せつけられた気分だった。要するに「育成失敗」である。彼は自分が知識を与えることはできても、情操的な教育はできないことを痛感した。それはそれとして、今度こそリズを孤児院に投棄した際の損得のそろばんを彼は脳内で弾き始めていた。
少し引きつった笑みをアーサーが浮かべた。
「ははは…… ジュリアス、この子は?」
「ルックウッド家の子供だ。今は僕の養子だよ、恥ずかしながらね」
「ジュリアス! 恥ずかしいってどういうことですか! 誇るべきです!」
「そういうとこだぞ」
彼らの問答を聞いて、アーサーは安心したように笑い出した。以前にこれほど陽気に笑う兄を、ジュリアスは見たことがなかった。
「最初見たときは雰囲気があの頃のままだったから心配したけど、君が人間的な生活をしていることがわかって安心したよ。生意気盛りの子供、実に結構じゃないか」
そういって、アーサーは腰をかがめてリズに目線を合わせると、優しく微笑みかけた。
「お嬢さん、お名前は?」
「気安く話しかけないでくださ……エリザベス・ルックウッドです。11歳です。将来の夢は最強になることです」
「そうかそうか、私の息子のフレッドとジョージも今年、ホグワーツに入学するから仲良くしてやってくれないか?」
「ぜってえに嫌ではないです喜んで!」
もちろん、リズが無礼な返答をしかけたときにジュリアスが凍るような視線を投げかけたのは言うまでもないだろう。しかし、それに気づかなかったアーサーは終始上機嫌に会話した後、何の気なしにジュリアスに言った。
「そういえばジュリアスはどこで働いているんだ?」
純粋な好奇心から問いかけてくる兄から彼は目を逸らした。なんとかお茶を濁そうと、言葉をひねり出した。
「……そ、そういうアーサーは確か魔法省だったか?」
「うん、マグル製品不正使用取締局で局長をやっているよ。といっても、局員は私ともう1人しかいないんだがね。この間はラジオというものを回収したんだが、ずっと雑音が鳴っていて面白かったよ。マグルはなんでこんなうるさいだけのものを作っているんだろうね?」
「そんなものがあるのか。確かに、アーサーはマグル通だったかったから納得の人事だ」
ジュリアスはラジオの正しい使い方を知っていたが、黙っておくことにした。彼のマグル知識はヨーロッパの放浪を通してかなり蓄積されていた。
(なんで僕の方がマグルに詳しいんだよ。おかしいだろ)
「ということは、ジュリアスは錬金術関係の仕事に?」
無邪気なアーサーの質問が苦しい。彼は何の仕事にも就いていなかった。錬金術の資金や生活費は、白い賢者の石が生み出す銀を売ることによって事足りていた。この物質変容は卑金属に限り永続的に銀へと変化させるものであった。
「ああ、まあそんなところかな」
「それは自営業ってことかな? それとも先生?」
「部分的にそう」
「どっちなんですか? 私もジュリアスが何をしているのか気になります」
リズまでも追及する側に回り、段々とジュリアスは隠し通すのが難しくなってきた。彼は親戚の集まりで感じる気まずさを再び感じることになろうとは思ってもみなかった。
返答に窮するジュリアスに向かって、フレッドとジョージが同時に叫んだ。
『つまり、叔父さんはニートってことだ!』
このときほどダンブルドアの申し出を受けておけば良かったと思った日はなかった。ジュリアスは家に帰ったらうまい言い訳をひねり出すことを決意した。
マダム・マルキンの店を足早に出て、そそくさと兄の一行と別れたジュリアスは次に向かった。フローリッシュ&ブロッツ書店でリストにある教科書を一通り買いそろえ、大鍋も買い与えてやり、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーにも寄った。リズはショッキングピンクとエメラルドグリーンのケバケバしいアイスクリームをなめながら、ジュリアスを見上げて首を捻った。
「ニートのくせに一体どこからそんな財力が湧いてくるんですか? グリンゴッツにも行ってないですし、不気味です」
「金を練る術と書いて錬金術」
「流石に嘘ですよね? 騙されませんよ?」
「いや、実際錬金術の直接的な語源のアラビア語の語源であるギリシャ語のキュミアは金属の溶解って意味だから。ただもう1つの説の古代エジプト語のケムは黒い土地、つまりエジプトの肥沃な土地を表していたんだけど――」
「あっ、もういいです。そんなんだからいつまでも独身なんですよ」
(こんのクソガキぃ……!)
事実を言っただけなのに嘘つき呼ばわりされ、挙げ句の果てには貶される哀れなジュリアス。完全に普段の行いのせいであるが、本人はそれに気づいていなかった。
フクロウやネズミ、ヒキガエルの籠がガラス越しに見える店の前を通り過ぎたとき、リズがジュリアスの古いベストを引っ張った。店の看板には魔法動物ペットショップと書いてある。
「ジュリアスジュリアス、私ペット欲しいです」
つとめて真顔でリズは要求した。しかし、その足は今にも店内へ駆け出したいという気持ちを抑えているのが丸わかりなほどそわそわしている。ジュリアスはあまり気乗りしなかったが、ここで拒否したら今後7年間はこのことで文句を言われそうな予感がしたので仕方がなく彼女を連れて店へと入った。
店内には様々な籠がところ狭しと配置されており、非常に騒がしかった。フクロウやネコなどの定番の生物に加えて、ニフラーやパフスケインといった変わり種の生物も数多くいた。ジュリアスはそれらを見るたびに、前世の密猟生活を思い出すのだった。
羽やら体毛やらにまみれた店員が彼らの前に歩み出てきた。手を揉みながら快活な笑みを浮かべている。
「へいらっしゃい! ウィーズリーさんじゃないですか。今日もお買い物ですか? 活きの良いニフラーがたくさん入荷しましたんで見ていってくだせえや!」
「いや、今日は別件だ。この子のペットを探している」
「それはとんだ早とちりをいたしました! さあ、嬢ちゃん! どんなやつが欲しいんだい?」
「ちょっと待ってください。『今日も』って何ですか?」
真っ直ぐにリズのブラウンの瞳がジュリアスを見つめた。ジュリアスは詮索を鬱陶しく思い、目も合わせずに店の奥へと進んでいく。リズはひょこひょこと彼の後を追いながら口を開いた。
「随分とこの店をひいきにしているんですね」
「ペットにするならフクロウが良いんじゃないか?」
「ねえ、聞いてます? ジュリアスはいっつもそうですね。何でも秘密にして」
突き当たりで振り返ったジュリアスが、1つの籠を手に持ってリズに視線を合わせた。その瞳は淀んでいた。
「リズ、僕が動物を大好きなのがそんなに面白いか?」
「はい、とっても」
「忠告しておくが、好奇心は自分の首を絞めるぞ。……早くどれを買うのか決めろ」
そういってジュリアスはリズの抗議を完全に無視して、店員の元へ行ってしまった。彼の頼りない後ろ姿に思いつく限りの罵倒を浴びせかけながら、リズは彼が何か後ろ暗いことをしているのではないかという疑念を深めていくのだった。
しかし、カラスを買ってもらった嬉しさでそんなものは一瞬にして吹き飛んでしまった。名前はジュリアスが賢者の石の黒化にちなんで二グレドを提案したが、リズはそれを一蹴してアルフィーと名付けたのだった。
ダイアゴン横町での準備も終え、いよいよリズがホグワーツに向かう日がやって来た。それまでに彼はできる限りの事前学習と思想矯正を施していたが、大成功とはいえずとも一定の成果は収めていた。確かにリズは何でも卒なくこなす能力はあるが、ルックウッドの血脈を抜きにすれば飛び抜けた才能は皆無だった。思想に関しては未だに純血主義にこだわっており、このまま野に放ったらウィーズリー家の双子やその他の面々と衝突するのは必至であるかに思われた。
また、ビクトール・ルックウッドの能力を引き出す手掛かりも見えてきた。初めの方はいつどのような条件でビクトールの力が発現するのかわからなかったが、リズが力を望めば望むほど、そしてビクトール・ルックウッドを念じれば念じるほど出やすくなることがわかった。さらに、形から入るのも効果があることもわかった。すなわち、シルクハットを被っているときの方が力の出力や持続時間が伸びたのである。
というわけで、ジュリアスはキングズクロス駅のホームでリズの鞄に魔法で小さくしたシルクハットを詰め込み、彼女を見下ろした。リズは最初に会ったときよりも幾分か背が伸びており、まだまだ彼には届かないとしても目線はもう彼の胸の少し下にまで達していた。
「じゃ、死なないように気をつけろよ」
「それだけですか!? なんかもうちょっとありませんかねえ。まあ、ジュリアスなんかに心配される必要なんかこれっぽっちもないですけど」
そういってリズは小さく胸を張った。この3年間の生活で、ジュリアスはそれが彼女の虚勢を張るときの仕草だと知っていた。彼はリズのダークブラウンの頭を撫でようとしてやめた。
「その調子だ。ほら、行け。グズグズしてると席が埋まる」
リズは何か言いたげな表情をしたが、ジュリアスがロンとジニーを連れたアーサーとモリーが近づいてくる気配を感じて逃げ出すと、諦めて真紅の特急に乗り込んだ。車窓からジュリアスの方を見やると、彼はちょうど透明薬を飲んで姿をくらませたところだった。
横からフレッドとジョージがやってきた。彼らはにやにやしながら話しかけたが、ジュリアスに気を取られていたリズは気がつかなかった。
「ようルックウッド」
「また会ったな」
「これプレゼント」
「えっ、ありがとうございます?」
突然突き出された手から咄嗟に白い物体を受け取ると、リズはそれを顔の前につまみ上げた。
「何ですかこれ? マシュマロ?」
いきなりマシュマロが爆発し、甘ったるいメレンゲがリズの顔面に直撃した。双子は笑い声を上げながら逃げていく。
「やったぜ!」
「いたずら成功!」
こめかみを痙攣させて、リズは杖を抜き放つと半狂乱でその背中を追いかけた。
「この血の裏切り者ー!」
リズの絶叫が聞こえた気のしたジュリアスは、小さくなっていく列車を見て、一抹の寂しさを感じた。そして、そんな感情を持ったことに驚愕した。
(むしろ清々するべきだろ今は! 畜生!)
リズの新たなホグワーツでの生活は、実に波乱に満ちたものだった。手始めにスリザリンへ組み分けされた彼女は、生来の高飛車な性格から同級生に多数の敵を作るも、ジュリアス仕込みの魔法力と一時的なルックウッドの能力によるドーピングで自身の派閥を形成することに成功した。談話室でリズに文句をいう上級生を彼女が一撃で壁に縫い付けてからというもの、表だって彼女に何かをいう生徒は寮内ではいなくなったのだ。彼女は聖28一族ではなかったので潜在的な反発はありつつも、リズはスリザリンで着実に影響力を確保していった。
彼女には入学当初からの友人が2人いた。1人がソフィア・ハクスリーという丸眼鏡をかけた本の虫という言葉がぴったりの少女だった。彼女はホグワーツ特急以来の友人で、リズは彼女の深い知性に一目置いていた。もう1人はシャーロット・ロウルといい、アズカバンに投獄されている彼女の父はデスイーターであったことからリズと意気投合し、共に行動するようになった。シャーロットは呪いに関心が強く、また小柄ながら喧嘩が強かったため、何かと敵を作りやすいリズにとって頼りになる存在だった。
リズにとっての宿敵はフレッドとジョージ、リー・ジョーダンの一味だった。彼らは完全に叔父の養女をからかっているだけなのだが、プライドの高いリズは彼らの行動が我慢ならなかった。グリフィンドールとスリザリンが合同の魔法薬学の授業や食事中の大広間、廊下などでいつも小競り合いをしていた。リズが双子たちに制裁を与えようと立ち上がると、冷静なソフィアが止めに入るのだが、血の気の多いシャーロットが我先にと突っ走っていくので無駄に終わってしまうのだった。
このような有様であったので、当然ホグワーツからは苦情の手紙が保護者のジュリアスの元へと絶え間なく届けられた。ジュリアスは順調に問題児に成長しているリズに頭を抱えたが、自分の学生時代よりリズの方が遙かにマシだったので何もいうことができなかった。ジュリアスはリズへの手紙にただ「全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ」という引用だけ送ったのだった。
ジュリアス風にいうと「ガキのお守り」から久方ぶりに解放された彼は、自身の研究に没頭していた。彼は相も変わらず賢者の石のルベドの研究をしていたが、遅々として進まなかった。しかし、ダンブルドアやニコラス・フラメルに助言を求めるのは憚られた。前者は思惑が読めなかったし、後者はそもそもどこにいるのかが見当もつかなかったからである。さらに、彼は自らの手で賢者の石を錬成することが、その構造や仕組みの理解につながり、それこそが死の克服において重要であると考えていた。
彼にとって賢者の石とは数ある手段の1つであり、リスク回避の観点からもこれの完成のみに頼るのは合理的であるとはいえなかった。そこで、彼は様々な方法を検討していた。倫理的・現実的に分霊箱は難しく、それによってもたらされる不死性にも懐疑的な点が複数見つかっていた。また、ホムンクルスを作成し、それに魂を移植することを繰り返すことで実質的な不死を実現する方法を模索したが、まず魂の移植の方法がわからなかった。その他にも魂を分割せずにそのまま物体に保存し、それに触れた者の人格を自分のものに塗りつぶすことで人格を維持する案もあったが、これもまた外部からの攻撃に脆弱であったので否定された。
しかし、これらの案を実験することで得られた知見は大いにあった。そして、実現性が高く環境に依存しない方法をついに彼は突き止めた。それは自身の肉体をホムンクルスと同列に捉え、三原質を操作し、魔法生物の四大元素と類似した構成に改変することによって、その生物の特性を獲得するということだった。これならば魂の移植をせずとも自身の肉体を強化することによって、理論上永遠に生きることが可能であると考えられた。
最終的には長命かつ強力な生物の特徴を取り込み、究極の生命体になることが目標である。しかし、その前段階としてより低次な生物を実験的に取り込むことにした。今後の計画に必要となる能力を考慮しつつ彼が選定した生物こそがニフラーだった。
ニフラーは輝く物に惹きつけられ、収集する習性がある魔法動物だ。そこで彼は、この能力を応用することによって自身の欲するものの在処の探知を可能にすると考えた。この能力は今後より希少な魔法生物を研究する際に必要になると踏んでいた。彼は様々な魔法生物の店でニフラーを大量に購入し、野生のニフラーも数多く捕獲することで被検体を用意し、例の地下室で血生臭い研究に明け暮れた。もちろん、このときに前世の密猟者だった経験が活きたことはいうまでもない。
リズがホグワーツでの1年を終えジュリアスの元に帰ってきたときには、とうとう自身に臨床実験を行うに足る量のデータがそろっていた。ジュリアスは内心の興奮を隠しつつ、リズと1年ぶりの食事をとった。
「ホグワーツはどうだった? まあ、クリスマスに帰ってこなかったことを見るに、随分と満喫していたようだな」
「何ですか寂しかったんですか~? ジュリアスにも可愛いところがあるんですね~」
(ほんまこいつ……!)
ジュリアスは忘れていた。どれほどリズが生意気でうざったい子供だったのかということを。
リズはにまにましながらジュリアスお手製のトマトスープを飲んでいたが、ジュリアスが仏頂面を崩すことがないことを悟るとつまらなそうに話を続けた。
「元々は帰ろうと思っていたんですけど、前に手紙でいったシャーリーが孤児院には帰りたくないから残るといっていて、それなら私も残ろうと思っただけですよ」
「ああ、あのロウル家の…… リズ、付き合うやつはちゃんと考えろよ? あの子は少々血の気が多すぎる」
「そもそも誰とも付き合っていない社会不適合者には言われたくないんですけど」
「……ソフィア・エイブリーだったか? 彼女はクリスマスどうしたんだ? 話を聞く限りなかなか見所がある子だと思うが」
「ソフィア・ハクスリーですよ。彼女は実家が純血で帰ってこいとうるさいので帰りましたよ」
ジュリアスの脳内純血カタログにハクスリー家はなかったが、そのことを指摘するのはやめておいた。どうせ「アルフィーの寝床よりも狭いあなたの交友関係なら知らなくて当然ですよね?」と煽られて終わりだと確信していたからである。
リズが上目遣いでいった。
「そこで相談なんですけど、2人を休みの間家に呼んでもいいですか?」
「ダメだ。別にパジャマパーティーならホグワーツで好きなだけ出来るだろ。それでもしたいなら、人ん家に行けよ」
「シャーリーは孤児院なので無理ですし、ソフィも両親が厳しいのでできないんです。私たちが頼れるのはジュリアスしかいないんです頼みますよー」
調子のいいことをいってくるリズに対して、ジュリアスはため息をついた。ただでさえリズがいるために研究の時間を割かれているのに、これ以上人様のガキの相手をしている時間も体力もないのだ。養父が難色を示していると、リズは2人がいればルックウッドの力をもっと引き出せる気がすると主張したが、彼が首を縦に振ることはなかった。
リズがアパートにいる間、彼は一旦研究を中断し、彼女の家庭教師に注力した。リズと彼女の祖先のビクトール・ルックウッドとの絆を探ることは、彼のプランにおいても重要な位置を占めていたのだ。つまり、賢者の石がファーストプラン、肉体改造がセカンドプラン、リズがサードプランである。彼らの二人三脚的な努力の甲斐もあって、出力はさらに増加した。具体的には、リズは1年生にして1度だけなら失神呪文を放てるレベルにまで成長した。ジュリアスはこの結果に密かに満足感を覚えていた。そして、これが父性や教育者としての喜びなのか、それとも整然とした計画の進行に対する喜悦なのか判然としないのだった。
自らの教え子をホグワーツ特急にぶち込むという一仕事を無事に終え、アーサーからの逃亡とリズの学友のチェックもこなしたジュリアスは、ついにニフラーの探知機構を自身の身体に再現するという実験に取りかかった。
手術は三日三晩に及んだが、彼はこの大仕事を何とかやり遂げた。度重なる激痛と不測の事態に直面し、そしてそれを全て乗り越えたのだ。命の水がなければ死んでいた場面も多々あった。白い賢者の石が血で真っ赤に染まり、赤化したのかと見紛うほどであった。血の池に立っていたジュリアスが貴金属の場所をはっきりと知覚できるようになったときに感じた彼の喜びは、ニグレドを成したときと勝るとも劣らなかった。
このニフラー由来の能力は、彼が強く念じた「希少な」ものの在処を、付近にあれば詳細に感じ取れるというものだった。これによってジュリアスは、隠された宝物や珍しい生物をより容易に見つけ出すことが可能になったのだった。
副作用としてジュリアスは金色の光っている物を身につけていないと落ち着けなくなってしまった。しかし、これは金時計を新しく購入することによって解決した。みすぼらしい服装の中で唯一輝く時計の違和感がすさまじかったが、ジュリアスのファッションセンスは頭のおかしい新入生と同じくらい壊滅的だったので彼は特に気にしなかった。
2年生に上がったリズは、持ち前の自尊心にますます磨きをかけていた。ここぞというときにシルクハットを被り、ルックウッドの力を解放することによって自身に反抗的な人間を医務室送りにした。彼女の2人の友人もその増長に拍車をかけていた。金髪ポニーテールのシャーロットはリズの発言を常に肯定し、その狂犬的な忠誠と暴力性をリズは重宝した。白髪ショートのソフィアはリズとシャーロットの権力と暴力に明確な計画性を与え、彼女たちの悪事の痕跡を隠蔽するのに一役買った。強力な右腕と参謀を手に入れたリズの高慢さは留まるところを知らず、基本的にスリザリン生に甘い寮監のスネイプもしばしば手を焼いた。
この時期のリズの標的はグリフィンドールのパーシー・ウィーズリーだった。これはソフィアの発案で、フレッドとジョージと直接対決しても決定的なダメージを与えることはできないという判断から、彼らの兄を狙ったのだ。また、真面目の権化ともいえるパーシーは他寮であるリズの行動にさえ口出しをしてきたこともあった。リズたちは彼が授業に行くのを妨害したり、恥ずかしい事実を調べて噂を流したりした。
初めは笑っていた双子もその内容がエスカレートするにつれて、流石にリズを看過できなくなっていった。彼らの対立は最高潮に達し、事件はスリザリンとグリフィンドールのクィディッチ決勝戦に起こった。
先に動いたのは双子だった。彼らは事前にリズ一派が座るイスにクソ爆弾を仕掛けており、試合が中程にさしかかると起爆させた。これによって彼女たちは大量の糞に塗れることになり、烈火のごとく怒ったリズとシャーロットが一目散に彼らの席に走り、狂犬シャーロットが問答無用でフレッドになめくじの呪いをかけた。しかし、フレッドはパーシーを盾にしてそれを防ぎ、お返しにしゃっくり呪文を浴びせかけた。これによってシャーロットはしゃっくりが止まらなくなり、呪文を唱えることができなくなった。
これに激高したリズがルックウッドの能力を引き出し、熟練の杖捌きでフレッドとジョージ、リーの杖を一気に弾き飛ばした。そこにしゃっくりの止まらないシャーロットが飛びかかったが、大慌てでソフィアが羽交い締めにして引き離した。彼女たちの背後には青筋を立てたスネイプが唇をめくり上げこそしなかったものの、腕組みをして立っていた。騒ぎは想定外に大きくなりすぎてしまっていたのだ。
その後、この件に関わった全員がスネイプとマクゴナガルにしこたま叱られ、反省文を羊皮紙3枚書かされ、医務室のおまるを魔法なしで1ヶ月掃除するという罰則を命じられた。当然、この事件は事細かにジュリアスの知るところとなった。スネイプの皮肉マシマシ敬意少なめの手紙を読んで、彼は額を抑えるのだった。ジュリアスはリズのやらかしを誠心誠意謝罪する返事を送り返し、リズに対しては長文で「頼むから表向きは平穏に過ごしてくれ」という趣旨の手紙をカラスのアルフィーを介して送りつけた。
ジュリアスは次の研究対象にデミガイズを選んだ。理由はこの生物が持つ予知能力と透明化が、より強力な生物を調査するために不可欠であると考えたからであった。さらに、これらの能力は自己の安全を希求する彼にとっては垂涎ものであった。
この猿の生息地は極東であったので、彼は長期的な旅をする装備を数ヶ月かけて万全に調えた。現地での簡易的な寝泊まりを出来る場所や協力者も確保した。そして、リズが3年次にホグワーツに行ってすぐにイギリスを発てるように準備を進めたのだった。
リズが夏休みに帰ってきたときに開口一番にいったのは「あれ? ジュリアスなんか雰囲気変わりました? その金時計もどうしたんですか? やっとあなたに春が来たのならそれは喜ばしいことですが、それはちょっと趣味が悪いと思いますよ」だった。
反射的にジュリアスは彼女に忘れ薬を無理矢理飲ませたい衝動に駆られたが、苦心してそれを抑え込んだ。別にリズはジュリアスの企みを知ったわけではなく、純粋な印象と観察から変化を察しただけに過ぎないのだ。そう自分に言い聞かせることしかできなかった。
リズとビクトールのつながりはますます深まっているようだった。時たま彼女は粗暴な口調で喋るときがあった。その語り口は、彼の記憶の中にある闇の魔法使いと瓜二つだった。
ジュリアスは折を見てリズにしばらくこのアパートを空けることを伝えようとしたが、ちょうどその時アパートのベルが鳴った。ジュリアスは悪寒にも似た嫌な予感を感じながらドアを開けた。そこに立っていたのは半月眼鏡をかけ白いひげを豊かに蓄えた老人、要するにダンブルドアだった。
「こんにちはジュリアス。単刀直入に申すがホグワーツで教鞭を執る気はないかの?」
概して、ジュリアスの嫌な予感はよく当たるということを、彼は思い出したのだった。