ナンジャモと大筒木の居るセラフ部隊   作:たかしクランベリー   

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27話・あちきの勇者(31C映画後編)

 

母上が男を

信用しないようになったのは

あの日の惨劇からだ……。

 

そう……3年前の『あの日』で下衆。

 

『何で日記で過去編ッ!?

何で急に母親の話に変わんだよッ!

色んな意味で追いつけねーわ!!』

 

思い出すのは、

工場越しの夕焼けとサイレン。

 

もう一回って言って。

両親の前で河川敷を駆け回り、

遊んでいた日々が……あちきにもあった。

 

そんな極々普通の暖かい日々が、

あちきにとっては幸せだったで下衆。

 

親父は、腕のいい米農家だった。

 

これでもかと鋭く研いだ鎌を

振り回し、バッサバッサと

稲を収穫する姿は……正に職人。

 

仕上がったモノは、

日本を代表する銘柄米として

市場に良い値で卸される。

 

どんなに儲けが良くても、

機械には頼らない。

それが親父のポリシー。

 

母上は専業主婦の片手間に、

占い稼業をしている。

占いの的中率は53%で、

顧客満足度も

それなりに良いと評判である。

 

親父の働きもあって

一般家庭より金の余裕はあるのに、

趣味でやってるそうだ。

 

各々がやりたい事に尽くして、

楽しく生きる。

……この眩しい家庭に生まれて、

あちきは本当に幸せ者だったで下衆。

 

だが、ある日を境に。

 

支える支柱を

失ったジェンガのように、

みるみると形を崩し……

それは崩壊していった。

 

新たなる支配圏を得る為に、

幾度となく繰り返す

魔王軍と勇者軍の戦い。

 

その戦場へと親父が駆り出された。

 

親父は戦場から生きて帰ってきた。

……が。

 

「おかえり、アナタ。」

「ひひゃ……ワシがこの程度で

くたばる訳なかろう……。」

 

「でも親父……腕が。」

「気にするでない。

新しい時代に賭けてきたまでよォ!」

 

片腕に大きな手傷を負っていた。

最早この傷で、手作業の稲作なんて

出来るはずがなかった。

 

已む無く、機械を

主軸とした稲作に切り替えた。

 

その結果、

我が家の銘柄米は質が著しく低下。

いつの間にか安値で

卸されるようになり、

生活も苦しくなってきた。

 

それに比例して、

親父の精神も荒んでいった。

 

逃げるように酒や博打に入り浸り、

頻繁に癇癪を起こしては

母上にぶつける日々へと変わった。

 

それでもあちきは、

いつかあの優しい日々が

戻ってくると信じていたで下衆。

 

「アナタ……その女は一体。」

「………………。」

 

あちきたちの淡い希望は、

蝉の声と共に夏の空に消えた。

 

……目の前の元勇者に長々と

話し込んでいたらしい。

 

親父がドン底に落ちた時、

支えてやれば……

こんな事にならなかったんじゃないか?

 

親父と、元勇者の姿を

重ねていたのかもしれない。

 

「そうだよね……人間には人間の。

魔族には魔族の暮らしがある。

あたし達人間のエゴで

他者の幸せを崩してるのは事実だよ。

カニハンドちゃん……

本当はもう、自分たちから

大切な暮らしを奪った人間なんて、

見たくもないんじゃないかな。」

 

「……分からないでゲス。」

 

踵を返し、我が家へ戻る。

 

母上を苦しめてまで、

あちきは何をしているのだろうか?

 

その日グリーンは、

エナドリに口をつけなかった。

 

人間観察14日目。

 

絶えず地を叩く大雨の音と、

豪風の吹く音が窓越しに響く。

 

どうやらこの町に

台風が直撃してるらしい。

 

犬小屋に、

勇者グリーンの姿は無かった。

 

――本当はもう、自分たちから

大切な暮らしを奪った人間なんて、

見たくもないんじゃないかな。――

 

「ちょっとカニハンド!

どこへ行くというのですか!」

 

「こんな雨の中じゃ

死んじゃうでゲス! グリーン!」

「所詮人質でしょ!

大人しく引き返しなさい!」

 

「あちきの友達でゲス!!」

 

あちきは母上を振り解き、

外へ走り出した。

 

「カニハンドぉぉおお!」

 

…………。

 

……。

 

結局グリーンは見つからなかったでゲス。

 

体調を崩し

ベットで横たわったあちきは、

エナドリを口にしてないのに、

目からエナドリが流れてくるでゲス。

 

そしたら。

 

頬に流れるエナドリを、

誰かがハンカチで拭いてくれました。

 

「グリーンでゲスか?」

「……そうだよ。

心配させてごめんね。」

 

「外は恥ずかしいから、

家の中で飼いなさい!」

 

母上に叱られたでゲス。

彼女も、あちきと同じく

エナドリを流していたでゲス。

 

「グリーン、また 

エナドリ飲んだでゲスか?」

 

「いいや。もう飲まないよ。」

 

エナドリを綺麗さっぱり断ち、

母上が居ない間は、

グリーンが凡ゆる家事を

こなすようになりました。

 

ある日。

台所で野菜を切っている

母上が、あちきに聞いてきました。

 

「カニハンドちゃん。

お姉ちゃん、欲しくない?」

「お姉ちゃんでゲスか?」

 

後ろ姿でそう言う母上の耳は、

真っ赤になっていました。

 

よく分からなかったので、

夜グリーンに聞いたら……

 

「……知らないよ。」

 

大人はよくわかりませんでゲス。

 

あれから時が経ち。

 

「ほら、ネクタイ。」

「あはっ……すいません。」 

 

母上が、グリーンの襟を正し、

ネクタイを整えます。

 

「頑張ってくださいね。

私の占いでは、

97%成功すると出てますよ。」

「えへへ……嬉しいなぁ。」

 

いつもの占い的中率は53%なのに、

母上は見栄を張っています。

 

体感、あちきが撃つ

トリックオアトリートの

命中率より低いです。

 

グリーンがお姉ちゃん。

なんだかこそばゆかったので、

考えるのをやめるでゲス。

 

 

 

――面接会場、待機フロア。

 

「お主も面接か。

若いのによォ頑張るのォ……」

「あなたは?」

 

「ワシも同じだ。

職を失ってから、すっかり

グレてしまってのォ……

何とかここまで更生して

妻や娘にやり直そうと告げたんじゃが、

考えさせろと言われたわい……。」

 

「………………。」

「椅子は一つしかないが、

お互い悔いのないよう

臨もうじゃないかァ……ひひゃ。」

 

「……あのぅ。」

「何じゃ?」

 

「娘さんの名前……なんて言うんですか。」

 

……………………。

 

…………。

 

人間観察27日目。

 

あれっきり

グリーンは戻らなかったでゲス。

 

母上はいつものように

台所で野菜を切っている。

その姿はグリーンが居た時とは違い、

どこか寂しさを感じる背中でした。

 

「きっと、面接落ちたんでゲスよ!

それであちきらと合わせる顔が無くて……」

 

人間観察29日目。

 

親父と食事しましたでゲス。

 

母上とあちきに何度も謝った後、

仕事が決まった事を報告しました。

 

面接会場で起きた事を、

楽しそうに話していましたでゲス。

 

グリーンが何のために消えて、

どこへ行ったのか。

2日前には全く分からなかったけれど、

今なら全てを『確信』できるでゲス。

 

「ちょっとカニハンド!

どこへ行くんですか!?」

「あちきは……行かなくちゃ

いけないんでゲス!!」

 

あちきはその場から走り去り、

久々にあの公園へ行った。

 

やはり……居た。

公園の木製ベンチに寝そべり、

エナドリをフリフリしてるでゲス。

 

「やぁ怪人ちゃーん!

あたしにエナドリを

分けてくれないかーい!」

 

「……もう飲まないって約束したのに。

……試験、頑張るって!

何で、何で、何ででゲスかッ!!

何であちきらに一言も言わず……」

 

「エナドリが無ぇなら失せろ『怪人』ッ!

テメェとはもうこれっきりだ……。」

 

「それでもでゲス……!」

「もうやめなさいッ!」

 

いつの間にか追いついた母上に

腕を掴まれ、引っ張られる。

 

「グリーンは奴隷なんかじゃないでゲス!

みんながどんなにグリーンを

悪く言っても……それでも

あちきの忘れもの取り戻してくれた、

誰よりも優しくて

立派な『勇者』でゲス!!」

 

あちきはそのまま

母上に引っ張られ、

食事処に戻されてしまいました。

 

………………。

 

…………。

 

「フッ……勇者グリーン、

愚かよのぉ。

社会復帰のチャンスを棒に振る程、

エナドリという飲料は魅力的なのか?」

 

「違うよ、怪人イーユイ。

あと真横にジュークボックス置いて

夏気球流さないでよ。」

 

「偶々聴きたい気分になっただけだ。

今止める気は毛頭無い。

どれ。妾にも味見させろ。」

 

……ゴクゴク。

 

「ブッ! 只の水ではないかッ!?」

 

「あたしは棒に振った訳じゃない。

エナドリも仕事も要らないんだ。

充分、色んなものを貰ったから……」

 

「……それが、うぬの答えか。」

 

「カニハンドちゃん。

父ちゃんと母ちゃんと幸せになりなよ。」

 

――そう。

あちきは知っていました。

グリーンはとっくに、

誰かの心を救い続けた勇者だって。

 

 

 

「うっ……ヤバいよユッキー。

これが、最上の切なさだったんだな。」

「何処がだよ!?

すごく既視感のある

ストーリーだったぞ!?」

 


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