いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
絶死は賭けに出た。
発動すればこの竜を確実に殺せるのは間違いない。だが、その後に控えているであろうエルフ王との闘いは切り札を一手失った状態で戦わなくてはいけない。
それでも二体同時に戦うよりは幾分マシだ。何より、この竜を自称する人モドキは切り札を温存せずに倒せるような相手ではない。
「――The goal of all life is death」
絶死の背後に時計が姿を見せる。それを見た途端、竜の体が一瞬だけ強張ったことを絶死は見逃さなかった。致命的な隙だ。
「〈
次いで、カロンの導きに込められた第八位階魔法を使用する。本来であれば即座に効果を発揮する魔法だが、先程の魔法と合わせて発動したことで十二秒の時間を要することになる。
とっておきの切り札を使った。もう後戻りはできない。しかし、この技が決まれば勝利は確実。絶死はまだ十二秒だけ生きていればいい。ここからが正念場だ。
「……あのさ」
どうやって効果が発動するまでの十二秒を稼ごうかと思っていたが、相手の方から立ち止まった。指の動きも止めて、完全に戦闘を一時中断している。何やら語りだしそうな雰囲気だったので乗ることにした。勿論、突然攻撃に転じられることを警戒しながら。
「残念ながら、僕にはあるゆる即死攻撃が無意味だぜ?」
その言葉は、この能力のことを知らないという証左。通常であれば、虚偽である可能性も考えるべきだ。スルシャーナと故知であったなら、かの神の力を知り尽くしていてもおかしくない。しかし、この能力だけは話が違ってくる。この能力を知っていて、知らない振りをする利点も、あのような態度をしている余裕もないはずなのだから。
即死耐性など、この技には関係がない。
「何事にも例外はあるものよ」
嘲笑を込めて、絶死はそう言った。無言でやり過ごしても良かったが、ここまで一方的にやられたことへの意趣返しだった。ネロは仮面を外した。流石に何かを感じ取って絶死の顔をよく見るためだろうか。そんな行動ですら無駄に時間を消費してくれるという意味で大歓迎だった。
「多分勘違いを……」
彼は最後まで言葉を紡げなかった。十二秒とは、命を奪い合う攻防には長いが、心を読み合う会話にはあまりに短すぎる時間だ。
不思議そうな顔のまま、竜は仰向けに大地に倒れた。
同時に、彼を守護していた巨大な亀が消える。召喚者の死によって送還されたのだろう。送還されたにしては妙な消え方をした気がするが、見たことのない魔法陣によって召喚された見たことのないモンスターだ。そういうものなのだと理解する。
「分かっていたことだけどスルシャーナ様の方が偉大だったってことね」
これこそが絶死の二つある切り札の一つ、絶対死。正確には道具に眠る、先人の偉業を再現できる能力である。スルシャーナの武器であるカロンの導きを通して、かの神の御業を再現したのだ。
効果は、効果発動に十二秒の遅延発生と引き換えに、即死能力にあらゆる耐性を無視させることができるというものだ。対象が即死魔法の通じないアンデッドであろうと例外ではない。どんな敵も殺してきた確殺の力。
絶死の生まれながらの異能と、〈
エルフの新王が控えているかもしれない状況で切り札の一つを使用してしまったが、後悔はない。これまでの攻防を考えると、もう一つの切り札で状況が好転する確率は低い。勝てたとしてもかなり体力と時間を消費するはずだ。ならば、絶対死を使って早々に決着をつけて新王に備えた方がいい。
神殺しを成功させたという達成感は、絶死の心に少しだけ余裕をもたらした。間違いなく人類の脅威となる存在、六大神の敵を倒せたのだ。間違いなく絶死の人生で倒したどんな存在よりも大きな戦果だ。
「あの男の仇を取ったようで不愉快だけど、間接的に母の復讐も達成できたと言っていいのかしら」
こんなくそったれな力でも大切な国を守れた。自分の力に、愛されなかった人生に意味を与えてやれたような気がした。復讐相手を勝手に殺されたことは不快だったが、これだけ充実感のある勝利を味わえたのだ。神の敵を名乗ったこの男に感謝してもいい。
これで――ようやく母を許すことができそうだ。
「ありがとう、お母さん」
大して感情も込めずに口に出した感謝に、自分自身の言葉だというのに、久しぶりに本当の意味で笑えた。
「――ようやく『俺』の出番か」
だが、絶死は安堵するのが早かった。戦いはまだ終わっていない。『六色演目』の閉幕にはまだ早すぎる。一度殺した程度で、ネロ・ネミートスの舞台に幕が下りるなど有り得ないのだ。
突然の声に、笑顔が凍る。脳裏に浮かぶのは、エルフの新王。しかも正面から聞こえて来た。眼前にあるのは人の姿を模倣した竜の死体だけ。透明化の魔法を使っている者でもいるのかと身構えた。
周囲の気配を探る絶死を嘲るように、竜の死体が痙攣するように動いた。まさか死んでいないのかと絶死が身構えた瞬間、その胸部分から白い木が生えた。
(いえ、木じゃないわね。骨? それも腕の……何で心臓のあたりから腕の骨が生えてくるの?)
木のように生えてきた腕の骨。その大きさは明らかに竜の体のサイズと合っていない。白骨死体を真剣に検分などしたことがない絶死だが、武器の能力でスケルトンタイプのモンスターを召喚できるし、アンデッドとの交戦経験も多い。その経験と知識から言えば、間違いなく形状も違う。
「クソ本体が」
反応できないでいる絶死を置き去りにするように、同じ箇所からもう一本腕が生えてくる。腕の骨は手のひらを置き、心臓に出来た穴を無理やり広げるようにして、そのまま地の底から這い上がるように本体を出現させていく。竜の血をまき散らしながら。寄生虫が宿主の体内から抜け出す姿をよりグロテスクにしたような光景だった。
「スルシャーナたちとの最後の戦いもそうだったが、こんな楽しそうな演劇に俺の出演予定なしってのはどういうつもりだ。燃えカスエルフは重宝しやがるくせに」
やがて完全に姿を見せたのは、一体のスケルトンタイプのモンスター。通常のスケルトンとは異なる点がいくつかある。
まず、頭部が人間ではなく牛のそれだった。つまり、ミノタウロスのスケルトンだろうか。何故人間型の竜の死体からミノタウロスのスケルトンが生まれてくるのか。
次に、漆黒の衣を纏っている。これは然程特記すべき事項でもないだろう。エルダーリッチなどのアンデッドも生まれた瞬間からどこから持って来たわけでもないのに古びたローブを着ているものだ。もっとも、目の前のアンデッドが着ている黒衣はかなり上質なもののようだが。
最後に、体全体から紫色の炎を出していることだ。黒衣にも伝っているが、布が焦げている様子はない。それが実際に発火していないオーラのような炎なのか、黒衣が特殊な性質であるかは判別できない。どちらにしろアンデッドの発しているものである以上、生者は触れるべきではないだろう。眼孔に灯る紫の光が、絶死を捉えたことを理解した。
「そもそも即死コンボなんざ意味ねえと分かっていても受けるもんじゃねえだろうが。仕様も変わってるかもしれねえのに、馬鹿かてめえは」
「一体、何なのよ」
思わず漏れた心の声に、アンデッドは「きひひひ」と笑った。アンデッドのくせに妙に人間臭い笑い方だ。
「何だよ、小娘。この俺に自己紹介でもしろってか? いいぜ。俺も役者だからな。自分を知ってもらうのは大好きだ」
アンデッドは大仰な動作で両手を広げる。いちいち芝居がかった動きをするのはネロと同じだった。
「おまえたちは
ネロ・ネミートスが世界を喰らう怪物ならば、このアンデッドは生命の終わりを見届ける者。
「――紫幽王リバスだ」
やはり聞いたことがない。そんな名前の知識はない。そんな存在の記録はない。紫幽王とやらが種族名なのか称号なのかさえ判別できない。六大神はまごうことなき崇拝の対象だが、これほどの敵に関する情報なら少しは残しておいて欲しかった。
しかしそんな不遜な想いは次の瞬間には塗り潰される。
「…………リバスってのは実に僕らしいネーミングセンスだ。口上の元ネタはステレオムーン同好会のポカポカさんか? あの人の名乗り口上は長いけど格好いいよな」
絶死は本日何度目か分からない驚愕を味わう。死んでいたはずのネロが起き上がったからだ。心臓部分からボタボタと血を勢いよく垂れ流しているにも関わらず、特に苦しそうな表情はしていない。
「驚いてくれたかな?」
「何で……」
「それは紫幽王の召喚について? 僕が即死を受けたのに死んでいないことに対して? 前者に関してだけど、僕は即死が発生した場合、自分の死と引き換えにこのアンデッドを召喚できるんだ。そして後者については自動蘇生だよ。即死限定なんだけど魔力消費もない
困惑する絶死に対して丁寧に説明をするネロ。だが、彼女自身はまだ事態が呑み込めていない。自分の切り札が無駄撃ちだったどころか相手には強力なモンスターを召喚するための手助けにしかなっていないなど信じたくない。
「本来だったら、これに自殺スキルも加えて『首吊りコンボ』なんて呼ばれていてね。僕を知る者なら知っていて当たり前程度には有名だし、そもそも即死使いって限られるから、さっき言った能力は自殺でしか使ったことなかったんだけど……いや、〈死者転成〉にしろ〈反魂再臨〉にしろ他人の即死で発動させるなんていつ以来だ。……それにしても、スルシャーナの野郎、あの即死コンボはオーバーロード限定だとか言ってなかったっけ? あの野郎、嘘でもついたのかね」
スルシャーナの能力を知らないと言っていたのも嘘だった。つまり、この男は十二秒経過すれば何が起こるか分かった上であんなことを言っていたのだ。絶死はこの男の手のひらの上で踊らされていた。おそらくは一度勝ったと思わせて、絶望の淵に落とすために。
(いえ、違う。この男は『あらゆる即死攻撃が無意味』だと言った。通じないのではなく、無意味だ。最初からそういう意味で言っていたのね)
これからどうすればいい。切り札が通じなかっただけではなく、相手の数が増えた。しかもエルフ王が控えているかもしれない。状況は限りなく最悪だ。
「で、話は変わるんだけどさ、降伏しない?」
「え?」
「その鎧や鎌を持っているなら、察するに君はスルシャーナたちのお気に入りか何かだろう? ファイナル・グレイ相手なら自分たちが出てこいよって話なんだけど。でもあの即死コンボが使えるならレクスだけならなんとか……いや、倒せないな。あいつ蘇生魔法使えるし。まさか本物だとは思わなかった? いやでもなあ……。どういうつもりだったんだ、あいつら」
その独り言で理解する。この男は六大神が法国にいないことを知らない。絶死がこの場にいることは、完全に神の命令だと思っている。最高執行機関は神の代理とも言えるため一概には間違いとは言えないが、本人たちの意思が関わっているわけではない。
この男のこれまでの行動――即ちエルフ王殺害や前線基地襲撃が『敵対する神がいる』ことを前提としたものだった場合、その神がいないと判明すればどうなるのか。諦めるのならばいい。興味をなくしてくれればとりあえずは問題がない。だが、六大神の意思と使命を受け継ぐ法国に対して何の敵意も持たないとどうして言えるだろうか。これだけの力を持つ存在が、法国へ八つ当たりをした場合、どれだけの被害が出るのか。
「とにかく降参するならスルシャーナたちへの人質として丁重に扱ってあげるけど、どうする?」
「降参しても――」
相手の方から降参を提案してきた。それも選択肢としては有りだ。その言葉にどれだけ真実が込められているかは不明だが、ここで大人しく捕まって従順な振りをして虚偽の情報を渡すというのが最も良い選択のはずだ。
だが、絶死にはそれを認めることができなかった。自分はまだ負けていないのだから。
「――られない。私は逃げられない!」
「え?」
頭を掻きむしりたいという衝動を抑えて、絶死は叫びながら飛び出した。同時に、もう一つの切り札を発動させる。
絶死が取得している職業、レッサーワルキューレ/オールマイティによって生み出される分身体。名をエインヘリヤル。絶死自身には劣るが、元々絶死が強いためかなり強力な分身体となっている。本来であれば二つの大鎌でひとりを圧倒するのが理想的な使い方だ。だが、相手も二体。アンデッドの強さは未知数。心臓を素材としているモンスターが弱いと考えるのは楽観的すぎる。
こうなれば考えるだけ無駄だ。竜とアンデッド、どちらかだけでも確実に殺す。どちらも強大ということはどちらかが死ぬだけでも痛手ということ。相打ちなど覚悟の上だ。可能ならば竜がいい。かなり特殊だがアンデッドは召喚された。あのような方法で召喚されたとはいえ召喚された存在である以上、召喚者を殺せば消えるかもしれない。
(心臓に穴が開いているんだし……本当、何であれで生きているのかしら? 竜ってのはあのくらい不死身なの? とにかく見るからに死にかけ。どう考えても、倒しやすいのも倒すべきなのもあっち!)
アンデッドの相手を分身体に任せ、絶死は竜を殺すと決めた。
「〈陽・五行・聖獣拳法〉」
竜が何らかの魔法を使用する。痛みや衝撃はない。体に異変はない。攻撃魔法ではない。そのまま突き進む。有りっ丈の膂力と武技を込めて、斬りかかる。
だが、弾かれる。
渾身の一撃を弾かれた。確かに感触があった。幻術ではない、はずだ。しかし、そのことを受け入れきれずに連撃を叩きこむ。全て弾かれる。これまでの攻防が手加減していたものだとしても、有り得ない身のこなしだ。こっちはこれだけ必死なのに、相手には明確な余裕があった。エインヘリヤルと戦うアンデッドをちらりと見る。骨だけの表情から感情は読み取れないが、あちらも似たようなものだった。
「『六色演目』なんて名乗っているんだ。演劇には殺陣も必須事項だからね。魔法で拳士化してしまえばこの程度はできるさ」
拳士化の魔法? そんなもの聞いたこともない。反則ではないか。仮に魔法詠唱者を戦士並みの肉体にする魔法があったとしても、本職である自分がここまで押されるのはおかしい。それとも、神と同格存在の前では人類の切り札である自分でさえ相手になるわけではないとでも言うのか。
「諦めなさい。君には僕を倒せない」
「うるさい!」
自分自身の声で、自分の顔が怒りに歪んでいることを理解した。駄目だ。笑わなくてはいけない。焦りを、恐怖を相手に見透かされてしまう。隠さないと。
それに、ちゃんと笑わないと。硬い笑顔では、また殴られる。
「君は、もしかして――」
やめろ。
そんな風に私を見るな!
お願いです。
どうか、そんな憐れむような顔で、私の