いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
色々と考察してもらえると作者としては幸いです
〇法国兵士(当時)の証言
もう三十年も前の話ですからね。何から話せばいいのやら。
まあ、順を追って話しましょうか。
魔導王陛下の忠実なる信徒である貴女様のお時間を拝借するのは心苦しいですが……そう言ってもらえると幸いです。私のことはお気になさらず。もはや兵ですらない隠居人です。時間だけはたっぷりありますので。
そうですね……。まず、当時、大樹海のエルフと法国が戦争をしていたのはご存知でしょうか? いえ、色々と上からは言われていましたが、開戦の本当の理由は未だに知りません。当時はなんとなく、そう、なんとなくエルフは人間より下だから奪っても犯しても殺してもいいのだと考えていましたから。今となっては愚かなことだと思います。しかし、当時の私は――いえ、法国民の誰もが人間こそ至上の存在だと、神に選ばれた尊い生命なのだと疑っていませんでした。なので、エルフの国を襲撃することに罪悪感などなく、六大神の加護を持つ法国が最終的に勝つと信じて疑っていませんでした。
私は前線基地には行けませんでした。そこまでの実力も実績もなかったので。やることと言えば、ほとんど大樹海の入り口にある補給基地の巡回警備ですよ。
そんな時です。エルフの王都近く、三日月湖の前線基地が崩壊したという知らせを聞いたのは。厳密には、そういう噂が流れていたというべきでしょうか。軍が正式に発表したのは大樹海から軍が完全に撤退した後でしたかね。
無論、噂を当時の上官たちは否定していましたよ。いえ、最初は私だって信じていなかった。ほとんどの兵士はくだらないと一笑に伏していました。下等なエルフにそんなことができるはずがないと疑いもしなかった。でもね、その噂が流れてから明らかに軍の動きが変わったんですよ。大きな点で言えば、エルフの捕虜が運ばれることがなくなったと、兵士が新しく前線基地に行くことがなくなったことでしょうか。どちらも戦争中で有り得ないことだというのは、改めて言うほどではないと思います。
何というか、色々と歯車が狂っているというのは嫌でも伝わってきました。それでも、私たちは何も知らされませんでした。知ろうともしませんでした。あの時、エルフ王が代わったことさえ、想像もせず、真相を知ったのは『大粛清』の時だったでしょうか……。
とにかく、私たちは必死に現状から目を逸らしていました。違和感はあくまで違和感であり、言葉にすべきほどではない。これは日数の問題もありました。そんなタイミングでしたね、あの魔王が姿を見せたのは。
……姿を見せた、なんて表現をすべきではありませんか。襲撃してきたと言うべきなのでしょうね、本当は。しかし、あれは私たちを無視した。補給基地の一つなど、どうでもいいと素通りしました。最初から視界に入っていなかったのかもしれません。
でも、当時も今も怒りを覚えることはないのです。あれはそういう存在です。むしろ素通りしてもらって、見逃してもらったことに感謝すべきなのです。実際に感謝を神に捧げる兵士は大勢いました。……あれが、神の敵であるなど想像もせずに。
〇法国軍斥候(当時)の証言
あの時、俺は巨大な太陽が現れたと思った。
黄金の太陽が地上に落ちたのだと。
そう錯覚するほどの輝きと巨大さが奴にはあった。いや、あんたには改めて言うべきことでもないのかもしれないけどさ。魔導王と一緒に奴を間近で見たってのは本当なのか? ……マジか。よく生きていたな。あれが攻撃の意思などなくても、直視するだけで目を焼かれるような存在だろうに。
比喩ではなく実際の数字で語るなら、そうだな。きっと五十メートルくらいだろうな。尻尾を含めたらもっとあるんだろうが、立った状態ならそんなもんだろう。ああ、あんたの見立てでもそのくらいか。良かった。これ他の奴に言うと盛っているって言われることが多いんだよ。反対に、もっとデカいはずだって喚く奴もいるんだけどな。
俺が見てきた生物の中じゃ断トツでデカい生物だった。ギガントバジリスクが可愛く見えるようなサイズだ。大樹海内の大樹だって、あいつに並べるようなものは滅多にないだろうよ。まして動物で同格なんているわけがない。
そんな生物が翼を広げてとんでもない速度で飛んでいるんだ。
目を疑ったよ。次に頭だな。俺は白昼夢でも見ているのかと思った。頬を抓って痛かったから、よくできた夢だと苦笑いしたよ。いっそ気絶して本当に夢でも見れば楽だったんだろうけどね。
〇法国軍曹長(当時)の証言
コスモスだ! コスモスが来た!
神の敵! 万物の天敵! 竜の形をした大災害!
ああ、逃げろ! 逃げろ、みんな殺される!
駄目だ、勝てるはずがない! 倒せるはずがない! 神様にもできないんだから!
神は助けに来てくれないんだから!
〇法国従軍神官(当時)の証言
あの日、我々は本物の災厄を見た。エルフ王だの竜王だの比べ物にならないほどの怪物を。偉大なる六大神が倒したはずの巨竜。
同時に、我々は見た。本物の、神の奇跡を。神は我々を見放してなどいなかった……。あの日まで、私は自らの信仰心を気高いものだと勘違いしていた。何と傲慢だったのだろうか。神は私が思うよりもずっと偉大な存在だった。
それが、私――私たちが未だに魔導国に膝を折らない理由だよ。時代遅れだという自覚はあるがね。それでも、あの日の奇跡を知る者として、おまえたちには屈しない。
〇法国軍参謀(当時)の証言
巨大な竜が来た。黄金の災厄が来た。神に滅ぼされた魔王が、神話に語られることもなかった害悪が復讐のためにやって来た。
警報が鳴った。だが、そんなものが不要なほど奴は巨大で強大だった。命令を出すべき上官が逃げ、命令を聞かずに一般兵が大勢逃げだした。あんなものの前では規律も信仰心もあったものではない。あまりにも、奴は分かりやすい怪物だった。
大樹海前に作られたあの基地はあの日、そんな怪物によって粉々にされるはずだった。
だが、そうはならなかった。
我々は守られたのだ。
あの見えない壁によって。六大神の奇跡によって。
……元法国の民として、今の私たちの現状は皮肉としか言い様がない。法国は『大粛清』により滅び、難民の大多数が魔王竜の庇護下で生き延びているのだから。
〇法国軍兵士(当時)の証言
あの時、僕は想像もできないほど巨大な竜が飛翔しているのを見て、腰を抜かしていた。……いや、正直に言おう。失禁していた。臭いを思い出すに、周りにいた同僚だって全員同じだ。確認こそしていないけど上官だってそうだったんじゃないかな。
何も間近で見たわけじゃない。そう、最初に目にした時、距離はきっと百メートルはあった。僕だって訓練された兵士だ。それだけの距離があれば落ち着いて身を隠せる程度の精神力はあったし、そういう訓練だって受けてきた。でも、それだけ離れていてもあれの存在感は異様だった。
魔王竜コスモス。大樹海のエルフや亜人たちが大神、あるいは真王と呼ぶあれ。今でこそ六大神がかつて滅ぼした存在だと広く認識されているけど、当時の僕たちはあんなものの存在など知らなかった。話に聞いた竜王だってあそこまでではないだろうと思ったよ。
軍人でありながら規律も守れず一目散に逃げたやつがいたけど、逃げられる理性があるだけ立派だったと思うよ。あの時、ほとんどの兵士は股からアンモニア臭を漂わせて棒立ちになるだけだったんだから。あえて言わせてもらうけど、僕たちは気絶しないだけ上等な兵士だったよ。
そうしている間に、コスモスはすぐにやってきた。法国を滅ぼすために。
だけど、やつは僕たちを殺せなかった。小さな生命だと無視して殺さなかったんじゃない。奴の意思に反して物理的に殺せなかったんだ。それどころか法国に立ち入ることもできなかった。
あの竜は飛行中、突然止まったんだ。そして、大地に落ちていった。まるで見えない壁にぶつかったみたいに。
ちょうど大森林とその外の境目くらいだったろうね。あの巨竜が大森林から出られないらしいと気づいたのはしばらく経過して、頭が冷静に物事を考えられるようになってからだ。
暗闇で壁を探るような動きで、見えない何かを触っていた。パントマイムという曲芸みたいにね。炎の吐息を吐いた。尾を振り回し、拳を振るった。雷撃だって出した。言葉では説明できない現象を起こした。この世の終わりのような光景が、一体の生物から現出された。そして、それら全ては僕たちに届かなかった。竜が見えない何かに阻まれているのは理解できた。巨大だからね。一挙一動がよく見えた。
やがて、竜は吠えた。とても大きな咆哮だった。我ながらよく気絶しなかったよ。意味のある言葉だったのかもしれないが、あまりにも豪快な音であり、聞き取れた者はいなかった。誰かの名前を呼んでいたという話もあるけど、眉唾だね。
そして諦めたように踵を返し、森に帰っていった。
恐ろしい竜の惨めな背中を見て、誰もが思ったよ。
――神が我々を守ったのだと。
〇法国軍衛生兵(当時)の証言
あの怪物が去った後、はっきりと境界線ができた。攻撃の痕が、否が応でもそれを教えてくれた。
地形が変わるほどの攻撃だったんだ。炎の一息で小さな村ならあっという間に滅ぶだろうって感じのな。世界が生まれ、また滅ぶ様を見た。それでも、その災害は此方には届かなかった。
そこからこっちは安全、そっちは危険。後に聖なる境界線と呼ばれるそれを、私たちは見た。本当、分からないものだな。今じゃ危険だったはずのそっち側にいるんだから。
〇法国軍工兵(当時)の証言
どいつもこいつもどうかしてやがる。
あの竜と戦う? 神が助けてくれるから?
馬鹿言えよ。あれに勝てるわけがない。俺はあの日、いの一番に脱走したことを間違いだとは思っていない。軍法に従って処罰されたが全く後悔していない。
だって、そうだろう? あれはもう、逃げるとかやり過ごすとか、そういう存在だ。あんただって知っているんじゃないのか? 実際に目の前にしたんだろう? 魔導王と比較してどうだったよ、『貌無し』さんよ。
……そうかい。じゃあ、俺はやっぱりここに逃げてきて正解だった。あの竜よりすごい存在だってなら魔導王陛下には死ぬまでお目にかかりたくないね。目どころか魂が潰れちまいそうだ。
…………確かに、あの竜は大森林から出てこれないよ。物理攻撃も魔法も境界線で遮断される。理屈は分からない。人がそれを奇跡だと、神の御業だと言いたくなるのが理解できる。今は亡き法国の最高執行機関が神の力だと喧伝したのもな。
でもよ、逆を言えば神様でもそれが限界だって言っているようなものじゃないか? 大森林に封じ込めてこく以上のことはできないってことなんじゃないか? 本当に、本当に神様たちは六百年前にあの竜を倒せたのか? 何か卑怯な手段を使ったから、あの魔王はいまだに怒り狂っているんじゃないのか。神と魔王の戦いを俺たちは知らなかった。神の結界とやらの存在を、俺たちは知らなかった。結界は魔王竜コスモスとその眷属にだけ通じるからだ。相手を選ぶ上に肉眼で確認できない障壁なんて、どうやって信用すればいいんだ。いつ破られるか気が気じゃない。
神の奇跡とやらを魔王竜が食い破ったら。六大神への恨みを忘れず、人類を蹂躙したら。
その恐怖が俺を今日まで生かしてくれたんだ。
〇エルフ王兼真王国宰相(現在)の証言
何も知らない者は言う。あの日のあれが奇跡だと。今なお魔王竜が大森林から出られないのは神の力だと。聖なる境界線、見えざる神の壁、絶対神聖障壁だと。
馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ませんね。
六大神などとっくの昔に死んでいます。死者が奇跡など起こすものか。……驚かないんですね、バラハ女史は。いや、あまりにもあっさり受け入れるから……。前々から思っていたが、貴殿は大人物だな。陛下風に言うなら、『おもしれー女』と言うやつですかね?
話を戻しましょう。
大いなる力を得た場合、その力にはそれ相応の代償があるというのが鉄則です。陛下がこの大樹海から出られないのは、その代償に過ぎない。世界を滅ぼせるだけの力を持つということは、同時に世界を狭めてしまうということなのです。
ワールドエネミー、即ちエリアボスですからね。自分のテリトリーからは出られないのですよ。攻撃などで影響を与えることもできない。ほとんどの眷属もまた同じです。私やリバスはほら、かなり特殊ですので。
この王都の安全の象徴となったする白虎ウェス、大樹海の境界面を半分ずつ巡回する朱雀サウスと青龍イース、この国で最も重要な場所を守護する玄武ノース。強大な力を持つ彼ら。魔導国以外ならば単身で国家を焦土に変えられる我が同胞たち。彼らもまた大樹海から出ることはできません。その必要もありません。彼らは奪うためではなく守るための存在ですから。
本来なら私も出るのは控えたいのですがね。これでもエルフの王ですから。まあ、ジルクニフやリユロとの会食といった楽しみはあるので不満もそれほどではありません。……いえ、本当、あの二人とは初対面でこんな関係になれるとは思っていなかったのですが。特にジルクニフに関しては最高の政敵くらいに考えていたのに、いつの間にか生涯の友に……。何が起こるか分からないからこその、人生ですね。それは貴女も同じですか。シズ殿とはいまだに親しいようで。
ん? ええ、私は最初からそのことを知っていました。陛下がこの大森林から出られないことを、陛下が知る以前から知っていました。あえて口には出しませんでしたが。聞かれたら答えましたけど、聞かれませんでしたので。
だってその方が――あの御方は早くワールドエネミーになってくれたでしょうから。私の本懐なものでして。この程度を不敬だとは思いませんよ、陛下、もとい、我が本体はね。
〇真王国元帥(現在)の証言
話の前にタバコいいか? 最近はエルフも亜人も健康意識が高まってどこでも禁煙なんだ。
えっと、ライターライター……。おっと、すまんね。引退したとはいえ教皇殿にやらせることじゃねえだろうに。礼を言うぜ、ネイアちゃん。
あ? ちゃん付けはやめろ? もういい歳だから? これでも国賓ですよ? この伊達燃焼死体? きひひひ。最後のはちょっと傷ついたぜ。
俺みたいなアンデッドにとってはおまえたち人間種なんて老人になっても子どもみたいなもんだっての。それはネイアちゃんが敬愛して止まないゴウン陛下だって同じだろうぜ、きっと。
それで改めて何の用事だよ、あの燃えカスエルフにも逢ったみたいだけど。あのバカ本体の悪口ならいくらでも言うぜ、俺は。まさかとは思うが今更法国への追悼文か?
そうじゃないのか? ああ、あの日のことか。――初めて本体が完全異形形態を見せた時の日のことか。
へー、ゴウン陛下のあれこれを歴史書に纏めるんだ。魔導王の最大の敵のひとりとして、我が本体もとい真王陛下について記載するから? 人間は好きだね、そういうの。きひひ。こういう取材は二度目、いや三度目だっけ?
そう言ってもなあ、俺はあの前後の出来事の方が印象深くてな。あのバカが動けるエリア制限に気付かず『壁』にぶつかってアホ面で墜落したことなんてそれほど深く語れないんだよな。
それ以上の出来事に何があったかって? そりゃおまえ――いや、俺が言うのも無粋かな。あ、秘密厳守なんだわ、悪いね。気になって仕方ないだろうけど忘れてくれ。法国は滅んでいるし、隠す意味はないんだろうけど、ま、誠意の問題かな。
きひひひ。そう言うなよ。お詫びと言っちゃなんだけど、ゴウン陛下と我が本体のファーストコンタクトでも語ってやるよ。こっちはもう時効だし、言っても構わないだろう。
いや、めっちゃ食いつくな! そういうところだけはいつまでも若いなぁ。アンデッドの俺には眩しいよ、おまえたち生命は。