いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
黄金の三頭竜が『見えざる神の壁』に激突して、地面に倒れる一方で。
ひとりのアンデッドが親友の娘を殺した。
「許せ、シャルティア」
――俺は、俺にこのようなことをさせた奴を決して許さない。
二柱の魔王の邂逅がまた近づいた。
■
エイヴァーシャー大森林の奥地。
ネロは木々を伐採して、スペースを作り、そこにコテージを展開していた。このコテージはマジックアイテムであり、ユグドラシルではちょっとした休憩などでよく用いられていた。
まず、先日永続状態で召喚しておいた四聖獣、青龍イースの出番だ。特殊な能力が多い青龍だが、転移や幻術の他にも空間を歪曲させる能力があり、これを使用させる。更に幻術を行使できるモンスターを三体ほど生み出す。カモフラージュ用の霧を発生させる。これで探知に特化した相手以外には見つけることは至難の業となる。更に、玄武ノースに物理的な障壁を展開させる。念のため、隠形に特化したモンスターも召喚して忍ばせておく。
本日召喚した玄武を除けば、休憩中は大森林内では毎度このような布陣だった。四聖獣が二体しかいない点を除けば、現在のネロに出来る最大限の安全の確保手段である。白虎はエルフ王都を守らせているため、ここに呼ぶことはできない。ネロの召喚に関するデメリットの関係上、四聖獣全てを召喚状態にするのはためらいがあるため、最後に残った朱雀の召喚は控えておく。
現在のネロは山の如き巨大な完全異形形態から普段の人間形態に戻っている。形態を変化した時、数秒間、物体の距離感がおかしくなったがすぐに戻った。
コテージのリビングにて、ネロは勢いよくソファに座る。近接職ではないとはいえレベル百のネロが感情のままの勢いで座っても壊れない頑丈なソファだ。しかし、鋼鉄でできているわけではなく、ソファとして合格点以上の柔らかを誇る。その高級感さえネロには苛立ちを加速させる要因にしかならなかった。
この世の全てが憎たらしい。
リビングには、ネロの他にレクスとリバスがいた。ネロの能力によって生み出されたアッシュエルフとアンデッド。どちらも強力な存在だ。そして、ネロの召喚できる眷属の中ではこの二体だけが人間並あるいは人間以上の理性を持つ。四聖獣も賢くはあるが、あくまでも動物の範囲である。言葉や文字を使って会話することはできない。
そんな二人を前にして、ネロは思いっきりリビングのテーブルを叩いた。
「何か森の外に出られないんだけど。あんな形で舞台を中断するのは初めてだ。何でだよ!」
ネロの怒りに満ちた疑問に、レクスは落ち着いて答える。
「当然かと。御身はワールドエネミーですから」
「何でだよ!」
「エリアボスってエリアから出られないものですし。むしろ出る必要あります?」
「ああ、そうだね。理解したよ。最初から仕様だってことね。言われてみたら僕が運営でもそういう設定にするかもね。でも納得はできねえかな!?」
ゲームの頃よりも圧倒的に自由度が上がったり仕様が大きく変化したりしたことは多い。一方で、変わらないことも多々あった。職業に適正がない武器は装備できないなどだ。
「まさか異世界に来てまで言うとは思わなかったけど、全力で叫ばせてもらうぜ。――あのクソ運営が!」
叫んで頭をかきむしるネロ。
つまり、ワールドイーター・ラーヴァの『エリアからは出られない』というデメリットは異世界転移による仕様変更がされていない事項というわけだ。
強力な能力にはそれ相応のデメリットがある。ユグドラシルの鉄則であったが、まさかそのような設定がされていたとは夢にも思わなかった。
「えぇ……。つまり、僕はアホ面晒してガラスに激突したようなもん? 間抜けな動物動画かな? 犬や猫がやったら癒しなんだろうけど、数十メートルの竜がそんなことやっても滑稽なだけだろう」
「まあなあ。だから言ったんだよ、『後悔する』って」
リバスの言葉に、ネロはゆっくりと其方を向く。
「おまえ、知ってたの?」
「知ってはいなかった。けど、予想はしていたぜ?」
「何で言わないんだよ!?」
「聞きなかったからな」
「聞かないと何も言わないのかおまえらは!」
「だって、俺が気づいているってことは
その問いに、ネロは何も返すことができなかった。図星だからだ。これが外敵であればそれっぽい嘘で誤魔化そうとするのだが、自分の分身にそのようなことをしても虚しいだけだ。
「でも、それはねえだろう……。未知への冒険が主題のユグドラシルで一つのエリア内でしか行動できないって」
「おいおい。おまえはプレイヤーではあるが、同時にワールドエネミーなんだぜ? 世界を切り開く人ではなく、世界を滅ぼす存在なんだ。倒される側なんだ。そして、それを選んだのはおまえだ。だったら、そこに文句を言うのはお門違いってやつじゃねえか?」
「ああ、うん。何一つ反論できねえわ」
うへー、と項垂れるネロ。
「だったらどうやってスルシャーナたちを殺しに行けばいいんだ。あいつらが来るのを待つしかないってことか?」
「いいじゃねえか、ラスボスっぽくて。幸い、人質としての価値がありそうな娘は確保したんだ。そのうち、来るんじゃねえか?」
「そのうちっていつ? 何年何月何日何時何分何秒? 地球が何回回った時?」
「この世界の暦は分からないからなぁ。エルフたちの暦も法国の暦もよく分からん。あと、ちきゅうって何だ? 回るってどういうことだ? 独楽の一種?」
「真面目に答えようとしなくていいんだよ。というか、地球が分からないってことはそういう知識は共有されてないんだな。ユグドラシル限定?」
ふざけた質問にわざと真面目に取り合うのは、まるで自分自身を見ているようで非常に腹立たしい。自分の人間性を客観視するのはこの歳になっても恥ずかしいものだ。
「じゃあ、今後の行動方針としてはスルシャーナたち待ちだな。ワールドエネミーになったこと自体は分からないだろうけど、僕の存在も巨大化も発覚しただろうし、すぐには来ないかな」
法国で六大神と呼ばれる六人のプレイヤーの中に、単身でネロ・ネミートスに勝てる者はいない。しかし、それはネロの視点でだ。六百年の時間があった彼らが思いがけない強化をしている可能性はある。その反面で、ネロの巨大化の理由についてあちらが理解できているかも不明なのだ。大森林から出られなかったことも含めて、疑問符だらけのはずだ。あの六人は全く情報がない相手に準備抜きで戦闘を挑むような愚か者ではないはずだ。
加えて、エルフの新王、ファイナル・グレイに酷似したエルフとネロが繋がっていることは露呈したと考えていいだろう。あの白黒少女の身柄をネロが確保していることも容易に推測できる。
問題なのは、彼らにとってそのあたりの優先順位が把握できないところだ。あの少女が話してくれればいいのだが、素直に会話に応じてくれるかも、話したとしても正しい情報を教えてくれるかも分からない。というか、可能性はかなり低い。
これまで大森林にいた法国兵への尋問で判明したのだが、ネロには拷問の才能がないらしい。そして、兵隊の多くは成人男性だった。相手が少女となるとためらいは生まれる。少女だからというよりも、あの少女だから拷問の類はしたくないという思いが強い。
素直に自覚しよう。ネロ・ネミートスは、あの鯱のような白黒少女に対して情が沸いている。感情論は抜きにしても、効果が期待できない拷問を貴重な捕虜相手にするのはあまり効率的ではない。精々、囚われの姫として丁重にもてなすとしよう。
「とりあえず、レクスに表舞台に立ってもらってエルフたちを指導して、生活水準でも上げるか」
「畏まりました」
「異論なし」
二人の分身体の了承も得られたところで、ネロの頭に一つの疑問が浮かんだ。
「そういえば、おまえらは森の外に出られるのか?」
「お、それは俺も気になるな。本体が出られないから俺も出られないと勝手に思い込んでいたけど。どうなんだ、燃えカスエルフ」
「その燃えカスエルフとは私のことですか、白骨遺体殿」
「他に誰がいるってんだ」
不快そうに眉をひそめるレクス。対して、リバスの表情に変化はない。顔面に肉がないのだから当然だ。体に纏う炎にも揺れはない。
「……まあ、いいですけど。先程の質問の答えですが、私とリバス殿は大森林の外に出られます」
「え、ズルい」
「ですが、私とリバス殿は特例です。
「レベル三十三?」
引っかかる数字だ。中途半端に見えて、レベル百の約三分の一という見方もできる。
「はい。
「え、あれと関係あるの?」
「いえ、ただの偶然です」
「偶然かい!」
つまり、ユグドラシル公式が最初からワールドイーター・ラーヴァの能力として設定している数字ということだ。
レクスとリバス――正確には
レベル三十三などユグドラシルプレイヤーによっては雑魚も雑魚だ。一部の便利なスキルを持っているモンスター以外はほとんど使用しない。いくら送り込んでも瞬殺される未来が予想できる。スルシャーナたちどころか、あの白黒少女と同レベルでも楽に始末できる。
「でもレベル三十三以下でも、種類ってならそこそこいるか。毒持ちモンスターを大量に法国に送り込んで水源地を汚染するって作戦は可能かな? 嫌がらせとしては上々だな。よし、しばらく様子見して来ないようだったらやろう」
「うわー。この本体、最低だわ」
「魔王なんでな。ま、現実的じゃねえけどな」
法国の規模が分からない以上、この作戦に使用するモンスターは時間制限のある通常の召喚モンスターは使用できない。永続召喚状態の眷属にする必要がある。そして、一体や二体では到底足りないだろう。最低でも百体は欲しいところだ。
そして、ネロが一日に生み出せる永続召喚眷属は六体までだ。しかも、この作戦の準備だけに六体全てを使うわけにはいかない。何体かは大森林開発のための労働力としてあてがうつもりだからだ。
また、ネロの食事も必要だ。種族デメリットの一つ、多大な食事量問題はネロに常に付きまとう。現在のペースだと生態系を崩しかねないため、大森林の大型魔獣ばかりを食べているわけにもいかない。インベントリの食料アイテムを喰い尽くすのもまずい。自分の血肉から生み出した眷属で飢えをしのぐのは大変複雑なところだが、家畜の量産が可能になるまではこの手段を取るしかない。
そして、生み出した眷属の食事も必要になってくる。それを考えれば一日六体生み出すことすら抵抗がある。生産ペースは考えなければならない。眷属用の食料にする眷属を生み出すことも視野に入れるべきだ。飲食不要のアイテムは持っているが、自分自身に使えなかったため、コレクション感覚で何個かあるだけだ。一体二体に持たせても焼け石に水だ。
つまり、現在のネロの状態では先程思いついた作戦を実行に移すためにはかなりの期間と試行錯誤を必要とする。進捗次第では、途中で放棄する可能性も考えられる。
ここまで条件が悪いと、スルシャーナたちが何らかのアクションを取る方が早いだろう。彼らが全く来る気がない場合を除くが。
「戦争は金喰い虫だと言われる理由を実感するぜ。兵器って維持にも生産にもめちゃくちゃ手間がかかるし、何を優先するか頭も使わないといけないな」
「しかも費用対効果が絶対じゃないと来た」
「やっぱり平和が一番か。ま、戦時中じゃおちおち演劇も楽しめない。プロパガンダ的内容の劇ばっかりになるのも面白くないしね。軍事国家とかマゾの集まりじゃねえかな」
「平和が一番ねえ?」
冗談っぽく言うネロに、リバスは少し踏み込んだ。
「だったら、スルシャーナが和平を申し込んで来たら受け入れるか?」
「それはない」
即答だった。早すぎて本心は逆ではないのかと疑ってしまうほどに。
「それだけはない。あいつらとの関係はもう、殺し殺される以外は有り得ない。あいつが僕にやったことは……やらせたことはそういうことだ」
それは自分自身に言い聞かせるような口調だった。実際、言い聞かせているのだろう。こんなゲームが現実化して異世界に来たなどというわけのわからない状況で、知り合いに縋りたくなるのは必然だ。だが、ネロはその必然的心細さを黙らせる。
「その言葉忘れるなよ。おまえがその言葉を忘れた瞬間、サクラは本当の意味で死ぬ。おまえは娘を二度殺したことになる」
サクラ。ネロが作ったNPC。娘とも言うべき存在。雪月花劇団のギルド拠点『劇場都市コスモスウェイ』にいたNPCの中では最強の一角だった。あの日、スルシャーナたちがコスモスウェイを破壊したあの日、ネロが自身の手で殺した存在だ。
「当然だ」
忘れたくない。忘れられない。忘れるべきではない。あのままゲームが終わっていれば、忘れるべきだったのだろう。だが、こうして続いている。ゲームが終了して、ゲームの姿と能力が現実化して、異世界に飛ばされて、スルシャーナたちとは六世紀分のズレが起きたが、まだ続いている。
ユグドラシルが続いているのならば、彼らとの関係も続いている。この壊れた関係が続いている。ならば、この関係を終わらせる手段は二つだけ。あの六人を殺すか、自分が死ぬかだ。
「ぷすぷす」
聞き覚えのある、気の抜けたような鳴き声。いつの間にか獏が部屋に入ってきていた。
「よお、獏。……あー、弱いモンスターだから要らないかと思ったけど、やっぱり君にも名前をあげようか」
「ぷすぷす!」
レクスやリバスを除く眷属は会話ができないと言っても、言語を理解し反応を返す程度の知性はあるようだ。嬉しそうな声をする。外見も合わさって微笑ましく思う。獣の表情などいまいち理解できないと思っていたが、そうでもないようだ。あるいは、これもネロが人間をやめた変化の一つか。
「獏と言えば眠り、夢、悪夢を食べる? うーん、ぷすぷす鳴くけどそれだと安直……。寝るならマクラか? でもサクラと被ると呼ぶのに抵抗あるか。だったら英語……。『ピロ』とかどうよ?」
「ぷすぷす!」
鳴き声から抗議めいた音は感じない。異論はないようだ。
「さて、君がここに来たってことはあの娘が目覚めたのかな?」
「ぷすぷす」
「そうか。じゃあ可愛いお姫様に、ご挨拶に行くとしますか」
そういえば、彼女の名前を聞いていなかった。関係を考えれば素直に教えてくれるとも思えない。偽名すら教えてくれなければ、