いつか神を滅ぼす日のために   作:観察者X

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手紙

 ネロ・ネミートスの現在の行動指針は、複合種族国家の建国である。正確には、大森林に棲む知的生物の完全統一だ。もっと言えば、ワールドエネミー・コスモスとして縄張りの整理をしているといったところか。

 

 理由は様々だが、最も大きな要因は六大神への対抗意識である。彼らが多神教の人間だけの国家を作るならば、一神教でいくつもの種族が暮らす国家を作ろうとするのは当然の帰結だ。

 

 次点で、法国に拉致され奴隷として扱われているというエルフ回収の下準備だ。

 

 物事の大半は、財力と権力と暴力で解決できる。逆にどれか一つが不足した状態では解決できない問題も多い。だからエルフのだけ国家では駄目だ。それでは大きな集落と変わりない。もっと存在するだけで外部に圧力をかけられる巨大な組織になる必要がある。

 

 エルフをいくら回収したところで戦力になるとは思えないが、国民の信頼を勝ち取れるという意味では期待が大きい。これから交渉予定の亜人たちも万が一の時に国民を守ってくれる元首がいれば支配下に入りやすいだろう。

 

 つまり将来性を期待しての投資だ。

 

 それに、国造りという大々的かつ分かりやすい行動を起こしていれば、六大神も動かざるを得ないという希望的観測もある。六大神が動かずとも、法国の人間は何かするだろう。人間至上主義国家のすぐ近くに、人間以外の種族で構成された国家ができるなど噴飯もののはずだ。民の感情を完全に無視するなど、よほどの暴君でなければ無視はできないはずだ。……エルフの先王が民のことなど全く考えていなかったという事実があるが忘れる。

 

 国家元首は、公式の名前としては真王コスモスで通す予定である。ネロという名前を伏せるのは六大神以外へのプレイヤーへの用心だ。それと気持ちばかりの格好つけ。

 

 エルフ王レクス・セントラルが崇拝する大神。最新の世界喰いにして偽りの竜王ですらない竜モドキ。六大神が滅ぼした、伝承に語られない謎多き魔王。

 

 一度完全異形形態になったためか、彼はワールドエネミーとしての特権がいくつか解放された。大樹海内の天候や地形、植生に至るまで決められた範囲内で自由に変更できる。ワールドアイテムを事前に取り組んでいるからか、他のワールドアイテムの効果も自動的に無効化されるらしい。加えて、アイテム創造系の能力が大幅に上昇した。他にも様々な能力に目覚めた。しかし、そのほとんどは「ユグドラシル時代にこれを使いたかったな!」と思うようなものばかりであったが。

 

 そんな彼は現在、住居のコテージで書類の山と向き合っていた。明らかに寝不足の顔で、ぶつぶつと怪しく独り言を吐き出している。右手でメモをし、左手で算盤を弾き、右目で王都にいるエルフの新生児に関する資料を読み、左目で近隣の亜人の調査結果を読んでいた。元々、ひとりで五体の召喚モンスターを操れる男だ。この程度のながら作業は得意なのだ。得意なだけだで人間として逸脱しているレベルではない。

 

「えーと、エルフは大部分がクリアしたからこれでいいとして、ダークエルフの村もいくつか支配下に入ったから、残りはこうなるから……でも、今の条件でも即答しない以上、もっと何かしらを提示するべきで……『試練の果実』の生産ペースを考えると……家畜の知識も教えないと、狩猟民族は安定性がない。やはり農耕民族こそ至高。魔法豚を増やしておくか、ああ、でも新しい亜人への交渉材料にした方がコスパはいいのか……そもそもダークエルフを完全に支配するメリットも薄いし、シフトを変えるか? よく考えたら物作りが得意なドワーフならともかくエルフはそんなにいらねえな。王都近くの村だけ併合できたら優先順位は下げるべきかな。だったら明日作る眷属の内容も少し変えて……いや、やっぱり変える必要はないか。役目は変わらないしな。交渉が出来るエルフがもうちょっと増えてくれたらいんだけど……直接の指揮はレクスがしてくれるから、リバスに教育を頑張ってもらって……効果が出るのは最低でも半年くらい後だし、やっぱり僕も参加した方が……でもこれ以上仕事を増やしても効率は悪いし……」

 

 怪物たる彼にはあまり相応しくない姿だった。

 

「何やっているの?」

 

 ネロの背後から捕虜が話しかけてくる。間違っても彼らにあるべき距離感ではない。神を殺そうとする魔王と囚われの姫のあるべき姿ではない。

 

 捕虜の名はアン。先王が法国の誰かしらとの間に作ったであろうハーフエルフの少女。オッドアイの瞳に、ネロの顔が映る。会話しながらでも作業は続けられるが、ネロは手と目と頭を止めた。

 

「見て分からないのかい? 仕事だよ、仕事。建国という名の罰ゲーム。スルシャーナたちが六百年前にやって今日までやっているはずの政治という面白くもない周回プレイ」

 

 何で僕はそんなことをやっているんだと自嘲する。最初は六大神への対抗意識だったが、現在ではほとんど意地だ。ここで投げ出すのは道理にも主義にも合わない。自分の都合で魔王としてこの大樹海に君臨すると決めたのだ。異形種たるこの身が過労死するはずもない。文字通り、死ぬまでやるしかないのだ。

 

「てか君さぁ、自分の立場分かってる?」

「自覚させたいのなら鎖で繋ぐなり、牢屋に閉じ込めるなり、首輪をはめるなりしたら?」

 

 アンは挑発するように嗤う。処世術として笑顔を張り付ける彼女だが、この時は本当に笑っていた。ネロが先程口にした行為を絶対に自分にはやらないと分かり切っているからこその言葉だ。

 

「やだよ。やりたくねえ。君には――いや、何でも」

 

 ネロは『できるだけ自由でいてもらいたい』という言葉を飲み込んだ。間違っても魔王が人質に向ける言葉ではないからだ。どの口で言うのだという話だ。

 

 そんなネロの葛藤を知ってか知らずか、アンは気楽な調子で注文する。

 

「そう。そんなことより新しい映画が見たいわ」

 

 思ったよりもハマってくれたらしい。ネロにとっては願った通りの結果なのだが、素直に喜べないでいた。

 

「昨日貸したじゃん」

 

 見るペースが早い。リモコンの使い方を教えるべきではなかったか。

 

 ネロが所有している映像作品で見せていないものも少なくなってきた。ギルド拠点の自室には十倍以上の量が置いてあったのだが、ギルド拠点崩壊とともに消滅してしまった。

 

「もう見終わったわよ。スルシャーナ様かアーラ・アラフ様が出ているやつなら何度でも見るけど。他にないの?」

「ねえよ。あいつらが出ている作品はすでに君に渡しているやつだけ」

 

 懐かしきギルド『雪月花劇団』はユグドラシル内で何本か映画を撮っている。これは特別なことではなく、映像作品の制作を目的としたギルドはゲーム内にそれなりにあった。だが、せっかくの自由度の高い冒険が主題のRPGだ。映画撮影ばかりでもつまらない。あの六人が『雪月花劇団』を抜けた理由の一つがそれだ。当時のギルド長の意向によりイベントへの参加が疎かになって、ギルド長を中心としたグループと積極的に冒険がしたいグループと少し揉めた。定期的に劇団内で発生したイベントであり、ギルドメンバーの加入と脱退が激しかった理由の一つだ。ネロは基本的にギルド長側についた。ギルド長および彼と同じ思考回路の幹部のほぼ全員がゲームでも最上位の実力者であり廃課金勢であったため、雪月花劇団は最初から最後までそんなギルドでありながら全体から見てもレベルの高いギルドだったのだ。それでも、やはり寄り道が多いせいで本当の最上位、トップギルドに数えられることはなかったが。

 

 以上の経緯があるため、スルシャーナたちが出ている作品は雪月花劇団が制作した作品全体から見ると少ない。彼女に見せているのはほとんど嫌がらせだ。彼らにとって、あの頃の芝居など黒歴史でしかないだろうから。それとも、六百年前のつまらない記憶など、恥ずかしがる価値もないと思うだろうか。そんな記憶すら彼らには残っていないのだろうか。

 

「そっか。残念」

「暇なら外でノース相手に稽古でもしてきなよ」

 

 玄武ノース。ネロの主戦力の一つ『四聖獣顕現』によって召喚される大亀。防御力が高く、耐久関係の能力を多く持つモンスターはサンドバックにちょうどいいだろう。そう思っての提案だったが、アンは口をとがらせる。

 

「あら、貴方が相手をしてくれないの?」

「うん」

「捕虜虐待じゃない?」

「ええ……」

 

 彼女には拷問もしていないし、性的行為もしておらず、食事も十分に取らせている。そんなことを言われる謂れはない。他の捕虜に関してはその限りではないため、其方から言われる分には反論はない。というか、敵はほとんど殺しているため、捕虜自体あまりとっていない。捕虜にしてもほとんどすぐに死ぬ。

 

「君、何で僕にそんな構うの?」

「当然でしょ? 私はね、祖国を守る義務があるの」

 

 言いながら、何故かアンはネロにしなだれかかるように寄り添う。顔が見えないが、きっとニタニタと嗤っているだろう。最近は回数も減ったが、あの痛ましい笑顔を張り詰めているだろう。

 

「私は神や竜王以外では最強の存在。でも貴方に負けてしまった。戦闘では役に立てない以上、こうやって貴方の悪事の邪魔をすることでしか存在意義を保てないの。そうでないと、六大神様が来たときに叱られてしまうしね」

「勝手に怒らせておけよ、あんな連中」

 

 それはネロにとって想像もしたくない地獄だ。だが、他ならぬネロはその地獄にいる。この樹海を支配する魔王となったネロ・ネミートスは負けることが許されない。それはレクスをエルフの王とした瞬間に決まったことであり、六大神の敵となると宣言した時点で撤回できなくなった呪いだ。

 

「貴方は私に殺意や害意を抱いていない。どうにしてかは分からないけど、これを利用しない手はないでしょう? 私は私の義務を果たせない罪悪感で辛いのよ。それを少しばかり楽にしてくれてもいいじゃない。神様なんでしょう?」

「魔王だよ。僕に人間は救えない」

「私への扱いを見るに、そうは思えないけど?」

「あ……」

 

 言われて気づく。無意識にアンの頭を撫でていたことを。壊れ物を扱うように、丁寧に。気付いてもそれを停止する気にはなれない。取り繕っても不格好だ。

 

 演者たるネロは恰好のつけ方に拘りがある。誤魔化した方がいいこととそうではないことがある。そして、これは何をどうしても恰好がつかない。ならば好きなようにすべきだろう。

 

「我ながら情を移しすぎ……」

 

 自嘲する。自戒する。自認する。自覚する。しかし自重はしない。この健気な敗北者の望み通り、時間を無駄に使ってやるとしよう。

 

「そして君も僕を信用しすぎ。男ってのは性欲の塊だぜ? 元人間の僕も例外じゃない。人類の中では最強だとしても、僕にとって君は押し倒せる程度には弱い。そのまま 物理的か性的に貪ることが可能なんだからな」

「やるの?」

「やらないよ」あのエルフ王や父と同類にはなりたくない。「……と言いたいんだけどねえ、正直理性が限界なんだ。体、特にその薄い胸を押し付けるのいい加減やめてもらえないかな」

 

 別に童貞ではないが、精神的にはあまり変わらない。もう少し背丈が小さければ「子ども」と認識できたのだが、アンはネロが「女性」として認識できる程度には外見年齢が育っている。しかし、躊躇いなく性行為ができる年齢とも言えない。種族を考慮するとあと十年か二十年は必要だろう。

 

「触ってみる?」

「胸じゃなくて耳でも触ってやろうか」

 

 アンの体がびくりと震えた。誤魔化すように、笑顔を見せてくる。ネロは小さく舌打ちをする。

 

「……ごめん。軽率だった」

 

 自分はどの立場から謝罪をしているのかと苛立ちを重ねる。どうして魔王が捕虜の姫に発言の配慮などしなくてはいけないのか。どれだけ傷つけようと笑うべきだ。それができないから――あの演劇都市にいつまでも居座っていたのだ。

 

「悪いと思うなら、紙と筆をちょうだい。一度くらい法国……六大神様に手紙を出したいんだけど」

「存外、君もしたたかだねえ。いいよ。のんびり国造りをしてもいいけど、僕もあいつらからアクションが欲しかった頃だ」

 

 この世界に来てからすでに一か月以上が経過している。アンを拉致し、ネロ・ネミートスの完全異形形態が法国に観測されてから三週間ほどが過ぎているにも関わらず、法国からの接触はない。法国の基地もほとんど潰したため、法国に対する戦闘行為としてはやることがない。準備に時間はかかると思っていたが、いくら何でもという頃合いだ。これが全く知らないプレイヤーならば話は違うのだが、ネロと六大神は知古の関係だ。戦闘を警戒して本人たちが直接来ないのは分かるが、交渉の提案くらいはしてきてもいいはずだ。仮に向こうからしてきれても断るが。

 

「礼は言わないわよ」

「ああ。そういう関係だからな」

 

 魔王竜たる自分は完全にこのハーフエルフの少女に愛着を持っている。慈愛というほど美しくはないし、恋愛というほどの熱はない。博愛というほど平等ではなく、性愛というほど疼いてもいない。寵愛が一番ふさわしい。上位存在としての自覚を無自覚に持っていたということだろう。

 

「どのみち、手放したくはないんだよなぁ」

「何か言った?」

「さあね」

 

 この少女が我が怨敵にどのような手紙を出すかは不明だ。乙女の手紙を読むつもりはない。そもそもまだ此方の文字は読めない。手紙の内容次第では、彼らはすぐにやってくるかもしれない。最初から決まっていることだが、その時は全力で相手をしよう。

 

 六百年もおまえたちを放置して悪かった。

 

 神を名乗りながら、人を悪魔に貶め、寵愛を向けるべき哀れな少女をこんな歪に育てたおまえたちを決して許すわけにはいかない。旧友として、仇敵としてその堕落を認めるわけにはいかない。

 

 あの時の再戦をしよう。

 

 あの時の再現をしよう。

 

 神ならば早く、この魔王を殺してみせろ。

 

 

 

 

 スレイン法国の軍事機関長、大元帥たる彼は大森林前の基地に来ていた。厳密には基地内に置かれた天幕の一つである。彼以外にも参謀を始めとして関係者の姿がある。

 

「今やここが対エルフの『最前線』か」

 

 それを聞いて、大元帥の言葉に苦虫を潰したような顔になる参謀たち。

 

 ほんの一か月前まで、法国は森林内に多くの基地を築き、王都近くの三日月湖まで侵攻できていたのだ。それがたったの一か月で完全に壊滅した。法国軍は大森林より事実上の撤退。あと数年で決着がつくはずだったエルフとの戦争は振り出しに戻ってしまった。百年が無為に消えた。

 

「勘違いしないで欲しい。諸君らを責めているわけではない。むしろよくぞここまで耐えてくれた」

 

 大元帥の視線は天幕の壁に向けられているが、意識は更にその外に向けられている。より具体的に言うならば、森の際だ。

 

 彼の知識にある大樹海と現在の大樹海では何もかもが違う。特に地形だ。かの巨大な竜王の攻撃により、森の境界線はその形を大きく変えた。森は焼け、大地が割れ、地盤が覆り、水脈が崩れた。かつてのように大規模の軍隊を森に入れることさえ難しい。そんな状況なのだ。一刻も早く基地を去って、竜王のいる大樹海から遠ざかりたいと思う兵士だって少なくはないだろう。

 

 報告書にも地形の変化は記載されていたが、本気にはしていなかった。大元帥だけではなく法国上層部全員が同じであるはずだ。超常存在と対峙してパニックになり誇張した表現をしているだけだと判断していた。だが、誇張などどこにもなかった。足跡一つですら恐怖を覚える。一部の強者以外に目立った難所のなかった大森林はもうないのだと痛感した。

 

「いえ、我々は何もできませんでした。この基地が無事なことさえ神のおかげに他なりません」

 

 代表者の参謀の言葉に誰もが頷く。大元帥も同じだ。これもまた現地で見て驚いたことなのだが、件の「神の壁」の痕跡はあまりにもわかりやすかった。まるで線でも引いたように、竜王の攻撃の痕跡がある直線状から届いていなかった。ある種の神秘性と芸術性を覚える。痕跡ですら大いなるものを感じるのだ。実際の攻撃が遮断される場面に立ち会った者たちが、それを神の奇跡だと言いたくなるのは極めて自然なことだった。

 

 大元帥はそんな状況で参謀たちに何を言うか考える。伝えるべき内容はあらかじめ決まっている。最高責任者の自分がこうして現場に来るのは特例的なことであり、時間が押していることも理解している。だが、自分がこれからどういう言い方をするかで現場の士気は変わってくる。特に、元帥の席が一つ空いたため、自らの出世を願うものだってこの中にいるはずだ。

 

 まずは件の竜王に対する所感を聞いておこうとした瞬間だった。警鐘が鳴る。慌ただしくなる天幕。全員の脳裏に、先日の竜王が横切る。

 

 すぐに天幕内に伝令が届く。それによると森から強力なアンデッドが出現したらしい。弓兵や魔術師の部隊がすでに出撃し攻撃したそうだが、全く効いていないとのこと。

 

 妙な胸騒ぎを感じ、大元帥は部下の制止を振り切って、現場へと向かう。

 

 兵士たちが取り囲むための陣形を組んでおり、その中央に一体のアンデッドが立っていた。

 

「はっじめまして、雑魚人間諸君~。俺の名はリバス。君たちの神が六百年前に滅ぼした魔王竜の眷属だ。今日は虐殺の予定はねえから、できるだけ偉いやつ連れて来てくれ」

 

 黒衣と紫炎を纏った牛頭のスケルトンは、そんな風に名乗った。

 

 アンデッドの足元には何人かの兵士が伏せている。気を急いて突撃した者だろう。全員大きな外傷は見当たらない。意識はあるようだが、立ち上がれないようだ。

 

 見たこともない種類のアンデッドであり、聞いたことのない名前だ。「リバス」というのは種族名か、個体名か。アンデッドなど一部の例外を除いて生命の敵であるが、自分に攻撃してきたであろう兵士を殺さずにいるところを見るに、残虐性が薄いタイプと推測できる。同時に、非常に強い存在であることも明白だった。

 

「アンデッドめ。ここを法国の基地と知ってやって来たか!」

「ああ、そうだ。さっきも言ったが、殺しのつもりはねえ。ある白黒少女からのおまえらの神への手紙を持ってきただけだ」

 

 そう嘯くアンデッドの手には封筒があった。遠目ではわかりづらいが、上質な紙のようだ。

 

「白黒少女、だと……」

 

 大元帥にはそれが誰か分かった。分からないはずがない。生死不明であった番外席次だ。だがそれを口にすることは出来ない。

 

「お。伝わったか。それなりに偉い奴がいたな、ラッキー。手紙、ここに置いておくぞ。俺はこれで帰るから、あの六人に渡してくれや。何て書いてあるのか知らないんだけどな。文字読めないし。今日は殺しをするつもりもねえから、帰るわ」

 

 アンデッドは言葉の通り、封筒を足元に置く。すぐに回収に行きたい気持ちを抑えて、大元帥は言葉を紡ぐ。アンデッドが踵を返そうとしたからだ。おそらくは英雄級よりも強いアンデッドだが、確認しておかねばならないことがあった。それに、彼女の存在は最高機密だ。兵士たちの興味を逸らす意図もあった。

 

「貴様は――何だ? 神に滅ぼされた魔王、とは先日の竜王のことか!」

 

 口調は力強いものだった。しかし内心は言い様のない不安に染まっていた。脳内に浮かび上がるのは、百年に一度の揺り返し。まさか今回は明確に人類の脅威となるそれではないかと。

 

 そして、その恐怖は正しかった。

 

「俺や本体のこと何も教えてねえんだな。どういうつもりだ。それとも、六百年も生きていれば過去話なんて忘れたか? こっちは何年経っても忘れそうにないってのに」

 

 呆れ返ったようなアンデッド。その言葉には一つ一つに身震いをするような怒りが滲んでいた。表情を作るための肉もないのに、その顔が憎悪に染まっていると理解させられる。

 

「おまえたちが理解しやすいように言おう。六大神は人類を救う前、一人の魔王と一つの都市を滅ぼした。その魔王こそ黄金の三頭竜。先日、この基地からも見えた巨大な竜。名を大神コスモス。復讐のためにこの地に降臨した」

 

 とどのつまり、六大神に救われて六百年が過ぎた現在、人類を最大の絶滅の危機が訪れた。引き延ばした生存が終わり、先送りにした絶滅がやってきた。それだけの話だ。

 

「六大神に伝えておけ。――早く来い。『僕』たちの世界にちなんで、十二年だけ待ってやるよ」

 

 

 

 

 

 そんなやり取りを、気配を完全に消した一人のアンデッドが眺めていたことは誰も気づかなかった。

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