いつか神を滅ぼす日のために   作:観察者X

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接触

「早く来い。僕たちの世界にちなんで、十二年だけ待ってやるよ」

 

 一体のアンデッドが法国の軍隊にそう宣言する姿を、〈完全不可知化〉と〈飛行〉を使用中のアインズは上空で眺めていた。

 

 何故アインズがこのような場所にいるかと言えば、言うまでもないが偵察のためである。この基地を探っていたのは全く偶然と言うわけでもない。大森林に最も場所であったためだ。ひとまずはこの基地で情報を収集しつつある程度の準備が出来たら森の中に入る予定だった。

 

 だが、来て早々のタイミングであのアンデッドが出現したのだ。反応から見るに、法国の人間はあのアンデッドを知らないようだ。

 

「紫幽王じゃねえか」

 

 アインズはあのアンデッドを知っている。正しくは、あのアンデッドと全く同じ姿のアンデッドを知っている。

 

 紫幽王。黒衣、紫炎、牛頭など外見が特徴的で覚えやすい。プレイヤーの間で知名度はそこそこあるが、実際にお目にかかることはあまりないモンスターだ。

 

 一部の精神系魔法詠唱者が取得できる特殊技術〈死者転成〉でのみ召喚できる特殊なスケルトンで、エネミーとしてダンジョンで登場することはまずない。紫幽王はプレイヤーが召喚できるアンデッドの中では破格の性能を誇る。ステータスだけならレベル百に相応するほどだ。ただし、〈死者転成〉の発動条件が『即死で死亡した時』であるため、非常に召喚しにくい。このモンスターを召喚するには、自動蘇生と自分に即死を与える能力が事実上のセットになる。そこまでリソースを使ってまで召喚する価値があるかと言われたら、アインズとしてはちょっと微妙だと思う。

 

 物理攻撃とHPに重点が置かれたステータスで、純戦士型。と言っても、戦士としての特殊能力はほとんど持っていない。

 

 通常、ユグドラシルモンスターの使える魔法はレベルや種族によって変動するものの、八つ程度だ。ただし、悪魔や天使、竜の上位種はその基本から外れている。紫幽王はアンデッドだが、それらと同じように多くの魔法行使できたはずだ。具体的にどのような魔法を使えたかはすぐには思い出せないが、ほとんど弱体化の魔法だったはずだ。MPはかなり高かったため、連発されると非常に面倒だ。特殊能力の大半も弱体化に関係するもの。魔法で弱体化させて、物理で殴るというコンセプトのモンスターであることは想像に難くない。レベルが高く、アインズの得意とする死霊系の魔法が通じないため、相手にするのはできるだけ避けたい部類の相手だ。

 

 無論、アインズの知る紫幽王と相違ない性能ならば、戦っても負けることは有り得ない。

 

 しかし、紫幽王に酷似した外見をしているだけで、実はそういう外装をしているだけのプレイヤーかNPCかもしれない。あるいはドッペルゲンガーのように他のモンスターが化けている可能性だって考えられる。正体を見極めるまで戦闘を避けるに越したことはない。

 

 この場にいる法国軍に攻撃したらカルネ村の時のように助けて恩を売ることも出来たが、攻撃の意思すらないのでは手出しをしても旨味は薄い。法国軍も相手が強いことは理解できているのか、その背中を見送るだけだった。

 

 アインズは紫幽王の背中を見ながら先程の伝言を反芻する。

 

「十二年……ユグドラシルのサービス期間だ。ただの偶然とは思えない。これは、いきなり当たりを引いたんじゃないか?」

 

 一連のやり取りを見るに、法国のプレイヤーはあの紫幽王と何かあったようだ。法国軍に向けた言葉を信じるならば、ユグドラシルのサービス終了直前にギルド拠点を落とされたというところか。

 

「普通なら当時はむかついても、後からいい思い出となったんだろうけどなぁ。ゲームが実体化しちゃったもんな。ギルド拠点とかも現実化したって知ったら、そりゃ怒るよな。俺は……どうだろうな」

 

 連鎖的に、六百年前に降臨したという六大神がプレイヤーであることもほとんど確定した。

 

「たぶん、六大神側が最後の記念に攻め込んだんだろうな。六百年前のゲームでやったことを現実化した異世界で言われるのも大変だ。仮にサービス初期からやっていても、この世界で過ごした時間の方が何十倍なんだし。同情だけはしておこう」

 

 問題は、ここからだ。具体的には、どちらにアプローチを仕掛けるか。この決断は今後のナザリックの未来を大きく左右するだろう。

 

 法国に対して「六百年前のことを今更言われて大変ですね~」と肩を持つのか、紫幽王の陣営に対して「いくらゲームだからってそりゃ怒って当然ですよ」と背中を押すのか。こっそり両陣営に接触して蝙蝠となるか。あるいは、このまま両者が激突する様子をしばらく観戦して漁夫の利を得るか。

 

「最後に美味しいところだけもらうのが理想的なんだけどなぁ。でも早めに動かないと絶好の機会を逃すかもしれない」

 

 こういう時、ギルドメンバーが残っていればいつものように多数決で決められるのだが、現在はアインズしかいない。NPCたちに聞いてもいいが、彼らは「アインズ様のお望みのままに」と言ってくるのは目に見えてくる。あるいはナザリック以外の存在など取るに足らないと舐めてかかるか。どちらにせよ、それがいいことだとは思えない。

 

「とりあえず、紫幽王側に接触してみるか? 人間以外に排他的な法国よりは接しやすそうだけど」

 

 だが、もしかしたらアインズ・ウール・ゴウンと敵対関係にあったギルド関係者かもしれない。あの大侵攻の参加者である可能性だってある。ゲーム時代の因縁をこの世界に持ち越しているような者ならば、アインズと敵対関係になることは必至である。そして、それは法国側にも言えることだ。

 

 最悪のパターンは、ナザリックの戦力を知った法国と紫幽王陣営が連合を組むこと。美味しいとこ取りなんていう余裕はなくなってしまう。そして、国家という背景を持つ法国に敵認定されることは非常にまずい。法国をどうにかしても今後の動きに大きく関わってくるだろう。

 

 せめてプレイヤーの有無、もっと言えば具体的な人数とレベルが知りたい。アインズのようにギルド拠点ごと来ているのかも重要だ。ナザリック地下大墳墓と同格のギルド拠点はユグドラシル内にもそれほどあるわけではないが、正体不明の相手に油断するなど愚かの極みだ。

 

「紫幽王側は森のエルフたちとはどういう関係なんだ? もし友好的な関係を築いているのだとしたら、アウラやマーレと一緒に行けば態度も軟化するか? いや俺も同じアンデッドだし仲間意識を……って、あれが本当に紫幽王かは分からないんだって。……あ、そうだ」

 

 ここで妙案を閃くアインズ。まずは別所で待機中のアウラとマーレと合流しよう。

 

 

 

 

「十二年はやっぱり長すぎたかな……」

「今更かよ」

 

 法国軍に手紙を送り出したリバスは帰還するなり、主人にして本体であるネロの軽い後悔に物申す。現在、ネロは書類整理も止めてソファに横たわっていた。

 

「ところで、十二年ってのはどういう意味なんだ? えらく中地半端な期間だが」

「ああ、そういうのも認識していないんだ」

 

 リバスはネロの心臓を媒介に生み出された特殊なモンスターであるためか、ネロの記憶と知識をある程度共有している。ただし、それはユグドラシルで得た知識や味わった経験に限る。ユグドラシルの外、つまりは現実世界を認識しているわけではない。『りある』と呼ばれる世界がユグドラシルとはまた別にあることは理解しているらしい。ただ、ユグドラシルがゲーム世界であるという認識はしていないようだ。いわゆるネタ的視点は持っていないらしい。

 

「それ、私も気になったわ」

 

 ネロに覆いかぶさるようにして横になっていたアンも追従する。ソファの下で獏のピロが「同じく」と言わんばかりにぷすぷすと鳴く。

 

「十二年ってのはユグドラシルプレイヤーにとって特別な数字なのさ。これだけはきっと忘れたくても忘れられないはずだ。プレイヤーであるのならね」

 

 十二年。それはユグドラシルというゲームがサービス提供をしていた時間。これをゲームを始めた頃のネロが聞けば「よくぞこんなクソゲーが十二年も続いたもんだ」と感動すら覚えただろう。

 

 はっきり言ってユグドラシルのゲームシステムは親切とは言いづらく、面白いのは認めるが全くの初心者に勧めるのは憚るタイプのゲームだ。自由の高さが面白さに直結していたが、それは同時に何をすればいいのか分からない状態でもあるのだ。少なくとも、ゲームを始めた頃のネロは毎日四苦八苦していた。何度やめてやろうかと思ったか数えるのも馬鹿らしい。

 

 それでも続けた。ダンジョンで意地の悪いトラップにはまっても続けた。何度もPVPに負けても続けた。竜人に転職したばかりの頃、異形種狩りに遭っても続けた。ギルド長のワンマンプレイでギルド内がギスギスしても続けた。スルシャーナたちが抜けても続けた。苦労して作り上げた武器を破壊されても続けた。ボーナスを全部費やしたガチャで爆死しても続けた。ギルドメンバーが次々に引退しても続けた。ギルド長がいなくなっても続けた。

 

 サービス終了の通知が来た時、正直安堵した。これでようやく僕も終わっていいのだと。だが、まだ続いている。

 

 続いていることに恨みどころか感謝している。本当に、あんな終わり方でさえなければ、物理的に人間をやめて魔王として国家を作ろうとしているなど狂気の沙汰でしかないのだが。

 

「へー」

 

 アンの納得したのかしていないのか分からないような声で我に返った。興味がなくなったのか、此方が説明する気がないのを見抜いたのか、それ以上の質問はしてこなかった。

 

「まあ、本当に十二年使うってことはないだろう。流石にね。こっちは軍隊まるごと潰してんだ。国民感情を抑えるのも限度がある」

「それはそうね。相手が人間の国なら妥協点も見つけられたんでしょうけど、六大神と敵対したと自称する竜なんだもの。国民を納得させるだけの方便を用意することはかなり難しいでしょうね」

「自称じゃありませんー。本当にあいつらに殺されましたー」

 

 別に、ネロ自身が殺されたことはどうでもいいのだが。そんなことは問題ですらない。この世界で改めて殺されてもそこで怒る可能性はほとんど皆無だろう。実際に殺されてみなければ分からないが、そこまで怒らないであろうという確信があった。

 

 だから、自分がここまで彼らに憎悪を抱いているのは、やはり娘のことだ。仮想現実で作ったデータの塊を娘呼ばわりしているのは気色悪いという自覚はある。データの塊が消失したことで友人だと言い続けた相手をここまで憎悪しているのはきっと間違っているのだろう。それでも、やはり許すことなどできないのだ。彼らからの謝罪すら受けていないのだから。

 

 サクラ。ギルドメンバーにすら言っていないが、その名前は自分の名字を使っている。そして、顔は死んだ母のものを参考にした。

 

 果たして、NPCがこの世界に来ていたらどうなっていたのだろうか。レクスやリバスのように自我を持って、自分の意思で話したり動いたりできたのだろうか。どんな風に笑うのだろうか。どんな声をしているのだろうか。それをネロは知らない。知ることもできない。

 

 ギルド拠点があればNPCを作ることができる。また、NPCを作るワールドアイテムというものがある。だが、それらで全く同じ設定のNPCを作ったところでそれがあのサクラと同じ存在であるかと言われたら違うのではないか。スワンプマンの話になってしまうが。

 

「……ん?」

 

 霧の中に誰かが入って来た。

 

 ネロたちがいるコテージは大樹海の中心部の一角だ。空間を操るタイプのモンスターを大量に配置し、ワールドエネミーの権能を使うことで最上位の探知職であっても見つけることは不可能な隠し空間となっている。そのため、埒外の侵入者など有り得ない。ワールドアイテムを使ったり専門の職業であったりすれば例外はあるかもしれないが。

 

 今入って来た者は別に例外ではない。何故ならば普通に身内だ。現エルフ王にしてネロの神官たるレクス・セントラルだ。

 

 彼がこの空間に来ることは珍しい。基本的に彼はエルフの王城にいるからだ。簡単な用事ならば書類に書いて、他の眷属に届けさせる。大樹海中からあらゆるエルフや亜人たちが魔王竜の支配下に入るために集まってきているため、レクスもかなり忙しいはずだ。そんな彼が来たということはその忙しさよりも重大な案件が発生したということ。焦った様子がないため、襲撃があったわけではないようだ。

 

 やがてコテージの扉が開かれ、レクスが入室する。

 

「失礼いたします、我が本体」

「うん。くるしゅうないよ」

「せめて体を起こせよ」

 

 リバスから窘められてもネロは起き上がらない。体をソファに倒したままだ。面倒臭いというのもあるが、アンが乗っているから起き上がれないというのが大きい。

 

 ネロにとってアンという少女の存在は飼い猫に近い。猫とは飼うものではなく、飼われるものなのだ。主人は人間であっても、主導権は猫の側にある。これは某猫好きが集まったギルドのメンバーから聞いた話なので間違いない。

 

「それで何の用事だ?」

「はい。ちょっと珍客がありまして」

「珍客?」

「正体不明の、怪しいお客様ですね」

「へえ。そりゃまた」

 

 レクスがそう言うということは、大樹海に棲むエルフや亜人とは違う何があるということなのだろう。このタイミングで来るというのが非常に気になる。

 

「名前は、ギルド『異形種動物園』のびっくりボックスとおっしゃるそうです」

「心当たりはねえけど絶対プレイヤーじゃねえか」




モモンガのネーミングセンスって原作だとよく話題にされるけど、「異形種動物園」にしろ「びっくりボックス」にしろ「ハムスケ」にしろめちゃくちゃソシャゲっぽいネーミングですよね
ただしアルティメット・シューティングスター・スーパー、おまえは駄目だ
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