いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
名称こそが「大森林」だが、アインズからしてみればこの森は「大樹海」と呼ぶにふさわしい規模だ。まだこの世界に来て日が浅いため確かなことは言えないが、国家規模の面積があるのではないか。少なくとも、アインズが主な活動場所としているトブの大森林よりも広いことは間違いない。
広大な樹海であったが、アインズがエルフの王都を見つけるのは割と簡単だった。
大きな目印が二つあったからだ。一つは三日月湖。もう一つは法国方面から続く道だ。厳密には、道の痕跡というべきだろうか。人の足で踏まれることがなくなった土の上には緑に覆われつつある。
この道はエルフたちが作ったものではない。つい最近まで行われていたエルフとの戦争のために法国軍が森を伐採することで作り出したものだろう。法国の前哨基地跡が無残な状態で残されているのも見つけた。そういった基地跡は在来の亜人や獣の住処になっているようだ。
当然だが、森の奥に行くほど緑は濃くなっている。流石に木までは生えていないが、かなり背の高い草も見える。緑の濃さで法国軍が撃破された、もしくは撤退したタイミングがおおよそ予想……できるほどアインズは植物の生長速度に対して詳しくない。
兵どもが夢の跡という何かの一説を思い出すが、詳細は出てこない。リアルで教師をやっているギルドメンバーに教えてもらったはずだが、詳しいことは忘れた。そんなことさえ忘れるほどの年月が経過していたのだから。
問題のエルフの王都。エルフの王都や国には元々名前がなかったらしい。これは他にエルフの国や大規模な都市が大樹海内の存在しないためだと推測できる。だが、現在は国家としてこのような名前がつけられているそうだ。
コスモス真王国。
これを聞いたNPCたちは「偉大なるアインズ様を差し置いて真の王を名乗るなど、なんと不敬な!」と憤慨していたが、アインズとしては王国や帝国と区別できる名称だから便利で良かった程度にしか思わない。流石に近くにある国の名前は覚えているが、頭の中でごちゃごちゃにならないためにも分かりやすい略称で呼べるのは正直助かる。もしも国の名前を考えたのがプレイヤーなら意外とそういう理由で「真王」などと名乗っているのかもしれない。
ちなみに、この情報は道中で見かけた亜人(ユグドラシルにはいなかった種族)から魔法で聞き出したものだ。当然、魔法による記憶の処理もしておいた。亜人一匹がいなくなったところでそれほど大きな騒ぎになるとも思えないが、これからプレイヤーかもしれない存在と接触するのだ。慎重に慎重を重ねるのは当然のことだ。その亜人はすでに部族ごと真王の支配下にあるらしいので、下手に殺すことは憚られる。「国民」を殺した相手にいい顔をするなどまず有り得ない。感情的な問題がなくても、交渉のアドバンテージを与えてしまうことは必然だ。「あくまでも一般常識レベルの質問をしただけ」に留めておかなければ、意外なところで弱点になってしまうかもしれない。NPCたちはまだ見ぬ相手を侮っているのか、そこまでするアインズにいまいち賛成しかねるようだったが。
エルフや亜人を取り込んでいる理由は様々なものが考えられるが、法国への対策が最大のものだろう。
コスモスという存在が国主らしいが、実際の政治はエルフが行っているらしい。正確には、エルフ王か。何でも、コスモスという存在は王であると同時に神であるらしく、現在のエルフ王はその司祭であるとのこと。
現在の大樹海の知的生物は、神に従うか抗うかの二択を責められているということになる。ナザリックはトブの大森林で同じようなことをしているが、事情はかなり違うだろう。かつてリザードマンの集落相手にやったことは最初の目的が殲滅で、コキュートスの提案によって統治へと変更した。だが、此方は最初から支配のようだ。それも、選択の期限はかなり長い。本気で支配するつもりはないと見て良いのか、別の狙いがあるのかはアインズには理解できない。
もしもコスモスがアインズあるいはナザリックが勝てる程度の存在ならば、そのまま倒して、大樹海の知的生物の信頼を得るというのはありだ。しかし、本当にナザリックで勝てる存在なのかは分からない。勝ててると確信を得ても、損害が大きすぎるなら戦うのはなしだ。こんな樹海に棲む蛮族の信頼など、あったら嬉しいがどうしても欲しいものでもない。同一種族ならばともかく他の種族との連盟らしきものはないようだ。どうせならコスモスの下で一度統一国家になってから丸ごと頂きたい。
(さて、今回の謁見で今後の動きすべてが分かると言ってもいい。気合を入れないとな)
現在、アインズたちはエルフの王都王城にてエルフ王の到着を待っている。詳しい説明はもらっていないが、現在地も部屋は謁見の間に相応する場所のはずだ。広いし、玉座らしき椅子もある。ナザリックの玉座の間とは比較するまでもないが、森の蛮族と考えるとむしろ立派な方だろう。
「遅いですね、アイン――叔父さん」
「あ、アイン――叔父さんを待たせるなんて、失礼な人ですね」
同行しているアウラとマーレが小声で言ってくる。エルフは耳がいい。周囲の従者らしいエルフたちが反応するが危険な動きは見せない。
「いや、むしろアポなしで来たのにすぐ会う予定を組んでくれたんだ。感謝すべきだろう」
アインズは数刻前を思い出す。
まず、アインズは自身を幻術でダークエルフに偽装した。次いで、アウラとマーレともう一人を連れてコネも何もない状態でこのエルフの都市にやってきた。そして、コネも何もない状態で城までやってきてエルフ王との謁見を申し出たのだ、「異形種動物のびっくりボックス」という名前を添えて。
アインズの予想では、一度ここで追い返されるはずだった。王の耳に「びっくりボックス」という如何にもプレイヤーらしき名前が入ることで、再度訪れた時に王との謁見が許されるはずだったのだ。しかし、エルフたちはアインズたちを通した。門番をしていたエルフたちもプレイヤーなのかと思ったが、彼らはアインズよりもアウラやマーレに注目していた。今もアインズより幼い姉弟に意識を向けているように思われる。それが近い種のダークエルフに対してのものなのか、もっと別のナニカは分からない。そのあたりもこれから会う王に聞いた方がいいだろうか。
そんな思考をしていた瞬間だった。
「――はじめまして」
突如として、玉座の傍に『それ』は直立していた。魔法による転移だとアインズはすぐさま理解した。突如として出現したことにエルフたちの方が動揺していると見なくても分かるほど空気が変わった。
「我が名はレクス・セントラル。世界喰いの眷属。エルフの新しき王。大神コスモスの代理人」
その姿を見て、アインズは思考が数秒完全に止まった。瞼が存在していれば大きく見開いただろう。心臓を持っていれば激しく鼓動しただろう。
「いや、びっくりボックス殿にはこう言った方が分かりやすいかな。――私が『最後の灰色』だ」
赤と青、左右で色の違う両眼。燃え尽きた灰の色をした髪。この世界は顔面偏差値の高い人間が多く、エルフも全体的に美しいが、それを踏まえて見ても輝く美貌。何より、対峙するだけで脳内に警報が鳴り響くような存在感。
この破壊者の名前をアインズはよく知っている。
「――――ファイナル・グレイ……!」
ワールドエネミーが一体、ユグドラシル公式ラスボス『九曜の世界喰い』の前座である中ボスだ。設定レベルは百。だが、その戦闘能力は公式NPCやプレイヤーが作れるNPCとは一線を画す。アウラやマーレが戦っても単身では勝てないと断言できる。アインズは手の内を知っているし勝ったこともあるが、あくまで相手がAI操作のデータだった時の話だ。こうして生命と意思を得ている以上、戦法が全く同じとは言えない。
(これは、予想していなかった……!)
まずい。ファイナル・グレイそのものもそうだが、彼がいるということはその主君という設定の世界喰いも存在する可能性が高い。どうしてワールドアイテムの存在を警戒していなかったことを悔いたばかりなのに、ワールドエネミーの危険性を考えていなかったのか。自分の迂闊さに腹が立つが、先ほどの驚愕とともに鎮静される。こういう時ばかりはアンデッドの精神に感謝する他ない。
「ふむ。その名称が出てくるということは、やはり同郷ですか」
アインズが思わず口にしてしまった単語に対して、思案顔になるファイナル・グレイ改めレクス・セントラル。
「はい!」
レクスの言葉に応じたのは、アインズではない。アウラでもマーレでもない。
「不肖私、ギルド『異形種動物園』ギルドマスター、『びっくりボックス』は――あなたと同じ世界樹よりこの地に訪れた異邦者です!」
今回、アインズに同行したNPCは三人。元々ダークエルフのアウラとマーレは外せないが、ここで更にもう一人いる。アインズと同じようにダークエルフに擬態した、パンドラズ・アクターである。
ちなみに、「異形種動物園」はアインズ・ウール・ゴウンの、「びっくりボックス」はパンドラズ・アクターの名前の原案である。どちらもモモンガ時代のアインズの発案なのだが、ギルドメンバーによって「ださすぎる」と却下された。
「よろしくお願いします、銀色の王よ」
「え、あ、はい」
妙に芝居がかった動きも、無駄に凝った言葉遣いも、精神の鎮静化が入るほどの羞恥心を覚えるアインズ。
とりあえずは、相手がこの言動を不敬と断じて来ないことと、ペースを握れたことに心の中で安堵の溜め息を漏らすのだった。
「んん! では、皆。少し外に出てもらえますか?」
レクスが仕切り直すように咳払いをして、部屋に控えていたエルフたちにそう告げた。代表者らしき女エルフが進言する。
「ですが王よ――」
「二度言わせないように。万が一何かあった時、私は君たちを守るほどの余裕があるか分からない」
その言葉にハッとするエルフたち。お互いに顔を見合わせるが、パンドラズ・アクター、もといびっくりボックスが割って挟む。
「おっと、これは心外ですね! 私が貴方に狼藉を働くとでも?」
びっくりボックスからの質問に対し、レクスはわざとらしく肩を竦めて答える。
「いいえ? 『万が一』を起こすのは貴方たちではなく、我らが神たるコスモスですよ。竜が癇癪を起せば蟻の命など露と消えるのです」
「ほう?」
興味深げに返すびっくりボックスだったが、それ以上追及することはなかった。エルフたちはレクスの命令に従って退出する。あの様子ではこの部屋どころか城からさえ人払いがされているだろう。
部屋の扉を閉じた瞬間と同じタイミングで、『それ』は玉座に座っていた。
仮面を被った金髪の、如何にも偉そうな服装の男だった。
先程のレクスと同じように魔法か能力によるスキルだとは推測できるため、驚きはない。
「ごふぅ!?」
だが、アインズはその姿を見て噴き出した。レクス――ファイナル・グレイを見た時とは違った衝撃があった。
「アインーー叔父さん!?」
「ど、どうなさいました、アイン――叔父さん!」
アインズの反応がよほど予想外だったのか、アウラとマーレが声を大きくする。だが、咄嗟に偽名で呼べているあたり冷静なようだ。ハムスケと初対面の時のナーベラルを思い出し、この二人が彼女より優秀なのだと思わざるを得なかった。
「だ、大丈夫だ」
言いながら、アインズはインベントリからあるアイテムを取り出す。別に突如として現れた存在を敵だと認定したわけではない。むしろ逆だ。ある意味において、推定『彼』とアインズは同類なのだから。
彼もそれを察しているのだろう。アイテムを取り出そうとしているアインズに攻撃するでもなく、むしろ身構えているレクスを手で制していた。
「……一応、自己紹介しておくか」
アインズが目的のアイテムを手にしたと同時に、彼は言う。
「はじめまして、コスモスと名乗っています。お察しかもしれませんが、ユグドラシルのプレイヤーです。その反応ですと、そちらもプレイヤー……いえ、プレイヤーは貴方だけですか」
アインズと同じように反応していないアウラたちを見て、彼はそう断じる。あまりにも強すぎる断言に誤魔化すことは不可能だと判断したアインズはこう返した。
「バレてしまっては仕方ありません。ええ、ここにいる他の三名はNPCです」
「他の場所にならプレイヤーがいるかのような発言ですね」
「どうぞお好きに解釈してください。それよりも、言うべきことがあるのでは?」
「違いない」
相手の表情は窺えない。仮面で顔を隠しているからだ。アインズも同じ仮面を所持している。先ほどインベントリから取り出したのは他ならぬその仮面だ。彼とアインズも同じように被る。
そして、お互いの正体を知らない初対面のアンデッドと竜人は、長年の友人が再会したかのように異口同音に告げる。
「「メリー苦しみます」」
アイテムの名前を「嫉妬する者たちのマスク」。通称、嫉妬マスク。クリスマス当日の19時から22時までの間に2時間以上ログインしていた場合、強制的に入手できてしまう、何の能力もない悲しいアイテムである。
「改めて、はじめまして。大神コスモスです」
「ご丁寧に。私の名前は、異形種動物園のアイン・ベル・フィオールと言います」
お互いに本名ではないと理解しながら、二人の魔王は邂逅を果たした。
この出会いが当人たちに吉と出るか凶と出るか。どちらにしろ、世界にとってはろくでもないことになるだけは確かだった。
■
スレイン法国最高機関の面々はいつもの会議室で沈黙していた。ある者は頭を抱えていた。ある者は眉間を押さえている。ある者は祈るように天井を仰いでいた。
理由は絶死絶命から送られてきた手紙だった。
巨竜の眷属を名乗る謎の大アンデッドから大元帥が受け取った手紙。
最も特出すべきなのは『拝啓、六大神の皆様へ』という出だしだろう。内容も最高執行機関の面々に向けているというよりは、さも六大神に対して報告するような文章であった。
現在の法国に神はいない。当然、それは絶死絶命も知っているはずだ。こうして最高執行機関の元に届くまでに検閲されることを恐れての策だろう。では何故、この手紙を受け取るであろう最高執行機関ではなく、不在である六大神に向けての内容となっているのか。
結論として、相手――即ち、大樹海に巣食う新エルフ王や巨大竜の一派は六大神が法国に健在であると誤解している。そして、この誤解を解かしてはならないと絶死絶命は考えているのだ。おおよその状況しか把握できないが、最高執行機関としても同意見だ。少なくとも、不在を知られるよりは健在だと誤解させておく方がよいことは論じるまでもない。
「よりにもよって此度の揺り返しで、六大神様と敵対していたプレイヤーが襲来してきたとはな」
百年の揺り返し。ユグドラシルからのプレイヤーの襲来。
六大神は人類を救った。八欲王は世界を乱した。
今回は議論の余地なく八欲王側だったということだ。エルフの側につき、法国軍を襲撃し、絶死絶命を拉致し、六大神の敵対者を名乗っている時点で、法国にとって、かの者たちを『人類の敵』と断じることは決定事項に他ならない。
「であるならば、やはり大森林の境界線――『奇跡の壁』に関しては神の遺産であると結論を出しても良いのではないか。この中の誰もその存在を知らなかったとしても、疑いようのないはずだ」
「私としては、そこまで大がかりなものを何の記録も残さずに設置したというのが気になるが……」
「口伝の中で失われたか、間違って伝わったと考えるのが妥当でしょう」
「あの裏切り者の件が片付き次第、風花聖典に調査をさせるべきか」
大森林と法国の境界線にある『奇跡の壁』。各所で名称は統一されていないが、この場においてはそう呼ぶことになった。
唯一現物を見た大元帥が語る。
「実物を知れぬものが聞けば何を言っているのかと嘲笑するかもしれん。だが、実際に見た私は確信したよ。あれは正に神が奇跡を起こしたのだと」
「それほどか」
「ああ。疑いながら実態を知った者は己の不明を恥じて信仰に目覚めるだろう」
「では、正しい信仰を持っていた者は己の信仰が正しかったと誇るのか?」
「それはないな。何故なら、神を信じていた者は神の威光を理解していなかったと、己の信仰が足りなかったと恥じるはずだ。私自身がそうだった」
大元帥の言葉に、最高執行機関の誰もが頷く。自分も時間を作って見に行こうと誓いながら。
「『今のところ、母と同じような目には遭っておりませんのでご安心ください』か。ひとまず、この手紙の内容が真実だとすれば、彼女は無事だと思っていいのか?」
「書かされた内容でなければ、の話ですが」
「疑っていても仕方がないだろう。この手紙については『隠し事はあっても嘘はない』という前提で話し合った方が建設的だ。嘘であった場合、本当に何も話が進まないのだから」
「同時に、彼女の現状が手紙を書く前後で変化していないことも、信じよう」
歯がゆいが、現状自分たちがすぐに出来ることはない。やるべきことは、この手紙から大森林の巨竜や番外席次の現状を推測し、それを元に今後の方針を決めることだ。
「しかし、そうなるとこれも真実ということになってしまうな。番外席次よりも強い異形が数体いるなど……」
どうやら番外席次を倒した存在は、黄金竜とはまた違った竜のようだ。というよりも、番外席次は巨竜の存在を認識していないように思える。相手側があえて彼女に教えていないということになる。教えるまでもないということだろうか。
「巨竜は別としても、最低でも三体の神人級の戦力。エルフ王レクス・セントラルは元々認識していましたが、人間型の竜ネロ・ネミートス、そしてその竜人が能力から生み出したアンデッドですか」
「番外席次の切り札が両方とも通じなかったのは、知りたくなかったな。彼女が惨敗したということは、現在の法国に真正面から巨竜どころかその取り巻きさえ打倒する戦力がない」
おそらく漆黒聖典を出撃させても返り討ちに遭うのが関の山だ。手紙によれば、彼女が監禁されている場所は霧に包まれた謎の空間だという。エルフの王都の可能性が高いが、確証はない。徒に聖典を出撃させる余裕がない以上、調査もままらない。
「にわかには信じられませんがね」
人類の切り札。最強の兵力。竜王どもに露呈すれば、その時点で戦争の火種になりかねない存在。それが番外席次なのだから。それがあっさり負けたなど、相手がプレイヤーであっても信じるわけにはいかない。
「だが、認めるしかないだろう。彼女が敗れるほどの相手、それが『ぷれいやー』ということに他ならない。この手紙に書かれた内容の多くは、我々にとっては一言一句口外できない情報ばかりだ」
「エルフの新王はあのくそったれとは関係ない、竜の眷属だったのは意外だったな。てっきりあの子の異母兄に該当すると思っていたのだが」
「あの男の目も八欲王から受け継いだという話がありますし、かの世界の強力なエルフは皆、左右で目の色が違うのでは」
「それすらもかなり大きな情報だ」
「だが、これらは彼奴らにとって流れてもいい情報ですらない。何故なら、我々にすでに知られているはずの情報だからだ」
「神々が教えているはず、だからな」
「本当に、どうして記録に残してくださらなかったのか」
「何かご意思があってのことだろう。神の御心を疑ってはならない」
おそらく敵からすれば、この手紙に大した意味はないのだ。自分が大森林から動けないから、六大神を動かすための催促状のつもりなのだ。
書かれた内容も伝わった情報も価値がない。番外席次が敗北したことを神に報告して謝罪している、以上の意味がない。もっと言えば、「手紙が渡された」という事実だけが重要なのだ。
謝罪文に見せかけて、彼女ができるだけ多くの情報を法国に流しているなど思いもしていないのだろう。不自然でないように細心の注意を払いながら書いたであろう彼女の苦労を想えば胸の苦しみさえ覚える。
なお、この場にいる最高執行機関の面々は想像もしていないことだが、肝心のネロは番外席次の手紙など全く読んでいない。どうせ読めないからだ。
「必ず番外席次を取り戻し、かの巨竜を滅ぼし、その首を六大神に捧げよう」
最高神官長の宣言に、誰もが大きく頷くのだった。
その目標が、あまりにも荒唐無稽であることに気づくこともなく。
大森林に閉じ込められた竜如きに構っている暇などなかったというのに。