いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
「――で、ボーナスを全部つぎこんで回して、ようやく手に入れたんですよ」
「バカなのー? アインさんバカなのー? でも、そういうバカ、嫌いじゃないぜ。だって僕も同類だからね!」
「おっと。それは何とも。ちなみに、何のガチャ回したんですか?」
「『信長大砲EX』」
「しょっぱいですねえ。ボーナス溶かしてまで欲しがるもんじゃないでしょ」
「ちなみに手に入らなかった」
「うわあ。可哀想」
「うるせいやい」
なんだが楽しそうだなぁ。
ナザリック地下大墳墓第六階層守護者アウラは、目の前で談笑している二人を見てそのような感想を抱いた。
片や絶対なる支配者たるアインズ・ウール・ゴウン。敬愛する主人であり、慈悲深き御方。
片や六大神の敵対者たるコスモス。偉大なる御方を差し置いて、真王だの大神だのと名乗っている不届き者。ぷれいやーであることは確実であり、シャルティアを洗脳した犯人の可能性もある相手だ。
敵である可能性が高いのに、どうして主人はこれほど楽しそうに会話しているのだろうか。二人が被っている仮面に関係しているのだろうか。あれは御方々の多くが所持していた物のはずだ。特別な能力があるわけではないため、武装としての価値は皆無のはずだが。
「課金と言えば、この世界で課金アイテムを手に入れる手段ってあるんでしょうかね」
課金アイテム。御方々が所持している特別なマジックアイテムの総称だ。「課金」なる行為でのみ入手可能らしい。何でもユグドラシル金貨ではない「りあるまねー」という通貨で取引されるとの話だ。ぶくぶく茶釜から与えられたドラゴンも「課金ガチャ」で手に入れたという話を聞いたことがある。
この課金アイテムなるアイテムは非常に強力であり、他で代用できない能力を持った代物も多い。この世界では「課金」ができないらしく、その手のアイテムも手に入らない。
「あー、どうなんでしょうね。僕も少なからず課金アイテムの在庫はあるんですよね。でも、補充できそうかと言われたら、まあ、無理ですね。目度も検討もありません」
「そうですか。この世界ってユグドラシルの頃みたいにルールに縛られる部分もあるので、もしかしたらって思っちゃいますよね」
「確かに」
情報の探り合いをしているというのは分かる。相手を油断させるためにあえてフレンドリーに……まるで他の御方と会話していた時のような態度を取っていることも理解できる。だから、余計な口を挟むべきではないし、余計な思考をすべきでもない。
――――それでも、なんだか、面白くないな。
「ユグドラシル独自のアイテムと言えば、ワールドアイテムなんかはどうなんでしょうね」
ワールドアイテム。その単語を聞いた途端、アウラは気を引き締めるそして、それをコスモスたちに悟られぬように努める。
彼らがワールドアイテムを持っているかどうか。それは今回の作戦の最大の目的と言っても過言ではない。無論、プレイヤーの人数やギルド拠点の有無なども確認したいが、シャルティアを洗脳した犯人か否かの見極めは最重要課題だ。
「ワールドアイテム、ですか」
その単語に、コスモスは大きく反応した。その反応がどういうものかは理解できなかった。ただ、動揺のようにも見えた。隠し切れない何かがあった。そして、何を思ったか仮面を脱ぎ、顔が露わにする。
当然だが、至高の御方々の誰とも似ていない。ナザリックの同胞たちとも違う。アウラの記憶にはない顔だった。
黄金の髪に、黄金の瞳を持つ男。アウラからすれば他に特徴らしい特徴はない。人間に見えるが、そうではない可能性もある。ナザリックにもユリやソリュシャンのように姿だけなら人間に見える異形種はいるし、現在のアインズやパンドラズ・アクターのように幻術で偽っている可能性もあるからだ。
「真王コスモスってのはこっちに来てからの名前なんですけどね。元の名前は――ネロ・ネミートスと言います」
ネロ・ネミートス。アウラの記憶にはない名前だったが、アインズは思案するように顎に手を触れた。
「ネロ・ネミートス……確か、ワールドチャンピオンのひとり、アルティメット太郎の『雪月花劇団』の、サブマスターですよね?」
「よくご存じで。随分前に零落した、上の下くらいのギルドなのに」
「有名でしたからね。特に、貴方はギルドマスターよりも名前が広まっていましたよ」
「お世辞でも嬉しいね」
「嘘じゃありませんよ。『アンチディザスター』さん」
「『六色演目』の方で呼んで欲しいけどねえ」
きひひ、とコスモス改めネロは笑う。
「閑話休題。ワールドアイテムの話でしたね……先に言っておこうかな。今の僕は持っていません。でも、スレイン法国にはほぼ確実にあります」
「――ほう?」
どうやら当たりを引いたらしい。アウラは二人の話に集中することにした。
■
異形種動物園のアイン・ベル・フィオール。果たして本名なのか偽名なのかは分からない。しかし、ユグドラシルプレイヤーでしか分からないことに対してもちゃんと回答できているので、プレイヤーであることは間違いない。
しかし、味方か敵かは判断できない。もっと言えば、スルシャーナたちと関りがあるか否か。それに、これから敵になる可能性もある。
そのため、ネロは正体を探るためにボールを放ってみる。まずは相手がどの程度の知識を持っているか。ユグドラシルについてではなく、この世界について。
「スレイン法国――六大神についてはご存じですか?」
「ええ。周辺国家、特に人間の間では有名ですからね。まあ、王国や帝国では四大神信仰らしいですけど」
「え、そうなんだ。二人ほどハブられてんの?」
「これについては知らなかったんですね」
「まあ、法国以外の人間とはあんまり関わってないので……」
失敗した。まさかの自分の無知を晒す形になってしまった。法国以外にも国家があることは認識していたのに興味を向けなかったツケが回ってきた。
「と、また逸れて来たので戻しますね。六大神は知っているプレイヤーなんですよ。あいつらは僕と違って六百年前に来たそうですが」
「なるほど。私も薄々プレイヤーじゃないかとは思っていたんですが、確定なんですね」
「昔は『雪月花劇団』にいたけど独立した連中でね。何年も不干渉だったんですけど、こっちに転移してくる前にですね。あいつらは古巣……『劇場都市コスモスウェイ』に攻め込んできまして」
それだけなら別に良かった。最後の相手に選んでもらうなど悪役冥利に尽きる。魔王として最期を飾れるのならばネロだって望むところだった。だけど。
「最後に何かしたかったんでしょうかね」
「あいつらが抜けた理由ってのが、そもそもギルマスのパワハラとワンマンがひどかったからなんで……。その意趣返しなんだと思います」
「ああ、そういう……」
「まあ、そのギルマスも『仕事が落ち着いたら戻る』なんて言ってましたけど、何年もログインしてなかったんですけど。あの野郎、最後まで一度も戻って来ないんですよ。太郎だけじゃなくて、他のギルメン全員そうなんであいつにだけ恨み言言ってもしょうがないんですけどね。この何年かは、ずっと一人でした」
「そう、ですか……」
急に相槌の歯切れが悪くなるアイン。嫉妬マスクを被ったままであるため表情は見えないが、言葉からは様々な感情が滲んでいた。そして、その感情がどんなものかをネロはよく知っている。
「そして、僕は負けた。あいつらは勝った。後に神となった六人は、邪悪な魔王竜を滅ぼした。コスモスウェイは崩壊して、雪月花劇団は消滅した。元から六対一だ。勝率は少ないよね」
その気になれば、手数だけなら対応できた。『六色演目』とはそういう戦法だ。だが、所詮は召喚モンスターの寄せ集め。プレイヤーの相手をするには力不足だ。加えて、あの時はそれを使えない事情があった。
「……それで、その時に六大神がワールドアイテムを持っていたということですか?」
アインからの問い。奇妙な沈黙が気になった。まるで何かを堪えるような、隠すような空白だ。
「娘をね、殺したんですよ」
「え?」
「娘と言ってもNPCなんですね」
ちらりと、後ろに控えていた三人を見る。NPCであるダークエルフの三人組(本当に全員がダークエルフかは疑っている)。法国の神話において従属神なるものが確認された段階で、それがNPCであるという推測はしていた。レクスと同じように、生命と知性を持っているとも予想はしていた。
自分が最後まで守り抜けていたなら、あの子も同じようにこの世界で生きていけただろうか。
ユグドラシルではなく、リアルの話であるためあえて語ることはしないが、ネロは母親を殺して生まれてきた。周囲からは物心ついてからずっと呪いのように教えられてきた。だから、娘に自分を殺させるわけにはいかなかった。データなのだとしても、残り数時間で消えるとしても、それだけは駄目だった。父殺しの汚名を着せるくらいなら自分が穢れてよかった。
そうして、魔王竜は娘を殺し、城を守れず、無残に散った。
「殺した、というのはどういうことですか?」
「そのままの意味ですが?」
「こっちの世界ならともかく――ユグドラシルではそれはできないはずですが?」
うっかりしていた。同士討ちや自傷が解禁されたこの世界に馴染みすぎたせいで、ユグドラシルの基本ルールを忘れていたのだ。
ネロとしては改めて口にしたくないことだが、相手からすれば無視できない不安要素なのだろう。
この時点で、ネロはアインたちと六大神の繋がりがないと断じていた。あったとしてもそれはかなり薄いものだと。そうでなければ、これほど不自然に食いついてくるのも奇妙だ。演技だとしても、やはり不自然な何かを感じる。
「ワールドアイテムですよ」
親切心八割、六大神への牽制二割でネロは正直に答えた。先ほどの前振りもあったため、余程頭が悪くない限りはこの解答に辿り着いたはずだが。
「あいつらが持ってきたワールドアイテムの名前は『傾城傾国』。効果は耐性を完全無視できる絶対の洗脳能力です」
実際、ギルド拠点を攻めるとなればかなり心強い能力だ。レベル百NPCに使用すれば強敵が一体減る上に使い捨ての強い駒が手に入るのだから。一名の装備枠を潰すとしてもお釣りが来る。スルシャーナたちが用いたのも納得できる。
ましてスルシャーナはコスモスウェイの構造をほぼ把握している。彼らが所属していたのもかなり昔だが基本的な所は変わっていない。特に、ネロのNPCのサクラは変える必要がないほど、拠点の守護者として完成度が高かった。狙われるのは必然だった。
「…………………そうですか」
長い沈黙。ワールドアイテムという情報がよほど大きかったのか、他の三名も先程以上の沈黙に加えて表情が抜け落ちていた。先ほどまでは無表情を装うように見えたが、今は本当に感情が定まらないように思える。
「一回、この話は持ち帰っていいでしょうか。ことがワールドアイテムともなれば仲間たちと話し合いたいので」
「ええ。別に、構いませんよ。というか、貴方たちがどういうつもりで僕を訪ねて来たのかまだ聞いてなかったんですけど……」
「あ、そうでしたか。これは失礼を。何、プレイヤーらしき存在が見つかったので情報共有をしておきたかったというのが第一です。場合によっては敵対も有り得るかと思ったんですけど、その心配はなさそうですね」
「それは早計でしょう。法国と手を組むことになったら、僕と戦うことは必至ですよ?」
「ありませんよ」
それはあまりにも早く、そして強い否定だった。
「今の話を聞いて決まりました。俺たちが法国と組むことは絶対にない」
「言い切りますね。ま、最低でもあいつらの邪魔になったなら時間を割いた甲斐があるかな」
確かに先程の話を聞いて友好的になれる者は少数だろう。どうやらアインはネロに同情してくれているらしい。腹の中が見えてこないなりに熱い男のようだ。ならば、ネロの方から歩み寄っても問題はないだろう。
「良ければまた来てくださいよ。情報やアイテムの交換会くらいはできるんじゃないですか? またその時に無駄話でもしましょう」
「ええ、必ず」
そうして、アイン一行はエルフ王都から去って行った。ネロは人間形態を晒せないため、レクスに見送らせた。
誰もいない部屋で独り玉座に座りながら、ネロは思案する。先ほどの一行の正体について。
「何というか、本当にダークエルフだったのかは不明だな。せめて握手の振りして鑑定魔法するべきだったか?」
ネロの鑑定魔法は精度が高いが零距離で接触する必要性がある。握手の習慣はこの世界にもあるし、ユグドラシルプレイヤーならば当然知っているはずだ。自然と情報を抜けたのではないか。
「いや、却下だな」
自分と六大神の確執について義憤を抱いてくれた彼に対してそのような真似は不誠実だ。今回は話しそびれたが、次回やってきたら正直に伝えておこう。スルシャーナたちは知っていたかどうか、記憶が曖昧だ。ユグドラシル時代に隠していたほどの能力ではないが、あえて誰かに説明した覚えもない。話していてもスルシャーナたちが覚えているかは微妙である。まして、彼らにとってネロとの交流は六百年も前の話なのだから。
「それにしても、久々に肩の力を抜いて他人と会話した気がするな……」
この世界に来てから、気軽に話せる機会は稀だった。レクスやリバスは己の鏡像であるため、会話は自問自答とほぼ同義である。人間形態など正体を隠しているエルフや亜人は言わずもがな。法国の兵士は論外。絶賛囚われの姫であるアンは系統が違う。転移前のユグドラシル時代は随分と長い間、孤独だった。ギルメンもいないのに他のギルドと接する気にもなれなかった。現実世界にも仕事関係以外で親しい相手はいない。少なくとも、戻って逢いたいと思える相手は浮かんでこなかった。
まして、復讐以上に意味のある行為はあの世界には落ちていなかった。
「わかってはいるんだけどな」
この復讐に意味はなく、この戦争に価値はない。
悪いのは自分だ。間違っているのは自分だ。狂っているのは自分だ。落ち着くべきなのは自分だ。だけど、それが矛を収める理由にはならない。この憎悪は自己完結できないのだ。この憤怒を忘れるだけの何かが、自分には不足している。
相手はネロがいるとは知らないとはいえ「父親を殺すために育てられた娘」を差し向けてきたのだ。しかも、その少女が捕虜になっても交渉の一つもしてこない。
「早く来いよ。この樹海統一しちゃうぞ。そうなったら色々まずいんじゃないのか? 人間至上思想国家を作ったんだろう? 何で、何で来ない?」
おまえたちは、僕を忘れたのか?
「それとも、本当はおまえたちはもう其処にはいないのかな。それでもいいけど。とっくの昔に死んでいるのだとしても、十二年って宣言したからな。それまでは待つさ」
それ以降は待つつもりはないが。