いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
ナザリック地下大墳墓の玉座の大広間。
最高支配者たるアインズ・ウール・ゴウンを始めとして、階層守護者たちが勢ぞろいしていた。こうして集うのはコキュートスがリザードマンの村への遠征で一度失敗して以来であるため、それほど久しぶりという気はしない。皆、今回集まった要件を聞かされていたため殺気立っている。
「まず本題に入る前に、おまえたち急な呼び出しに応じてくれたことを嬉しく思う」
「何をおっしゃいます、アインズ様。我々はアインズ様の忠実な下僕。お呼びとあれば従うのは当然でございます」
本心から恐縮とばかりのアルベドの言葉に、その場にいた全員が無言で頷き同意を示す。この重すぎる忠誠心に慣れないアインズであったが、鷹揚に頷いて話を進める。
「では重ねて、守護者総出で出るべきという意見を抑えて、アウラ、マーレ、パンドラズ・アクターだけでコスモスに接触したことを改めて謝罪しよう。本来であれば、おまえたちの心配の方が正しいのに無理を言ったな」
アインズは頭を下げた。それを見て守護者たちは一斉に慌てだした。
「な! アインズ様!」
「おやめください!」
「ソノヨウナ事ヲサレル必要ハゴザイマセン!」
思った以上に周囲が混乱しているようなのでアインズは頭を上げる。全員が安堵の息を出しているようだった。
「謝罪を受け入れてもらえたことを感謝する。無茶のおかげで成果はあった。それでは前置きも面倒だ。速やかに本題に入るとしよう。皆も知っての通り、私は大樹海に国を作ったプレイヤーらしき存在と接触し、スレイン法国の情報を得た」
場の空気が一段階重くなる。
「真王国国主真王コスモスの正体はプレイヤー、ネロ・ネミートス。彼は六大神とユグドラシル時代に因縁のある者だった。そして彼からの情報が正しいのならば、シャルティアを洗脳した犯人はスレイン法国、引いてはその背後にいる六大神である可能性が非常に高い」
それを聞いて、全員が殺気立つ。ここに無力な人間がいればこの空気だけで死んでしまいそうなほどの重圧が満ちていた。否、シャルティアがひと際巨大な殺気を放っているようにアインズは感じだ。自分自身のことなのだから当然だ。
「洗脳系ワールドアイテムがあるという点もそうだが、六大神がネロ・ネミートスに対して行った戦略――洗脳したNPCとプレイヤーを戦わせるという手法があまりにも酷似している」
ネロは「娘を殺した」と言った。
もしもの話になるが、ギルドメンバーが現在もナザリックにいた場合、アインズがそうしたように誰かが囮も兼ねて単騎で洗脳されたシャルティアと戦うことになった場合、それはシャルティアの創造主であるぺロロンチーノが担ったのではないだろうか。
アインズ――モモンガはそのような残酷なことを絶対にさせたくないが、ペロロンチーノは責任を取る意味でも絶対に己がやると言い出すだろう。仲間の手を娘の血で穢すくらいなら自分が、と。彼はそういう男だった。
口にこそ出さないが、NPCたちも同じ結論に至ったようだ。だからこそのこの殺気だろう。
「デミウルゴス。おまえは以前言っていたな。シャルティアを洗脳した犯人がモモンに接触してこないのはモモンを見極めるため。あるいは、シャルティアの洗脳自体が全くの偶然ではないかと」
若干言葉は違ったがこんなニュアンスだったよな、とアインズは若干不安になりながらデミウルゴスの様子を窺う。
「はっ! 確かに申しました」
「どうやら私もおまえも思いつかなかった第三の可能性があったようだ。全く別のところで無視できない問題が発生してそれどころではなくなった、という可能性がな」
おそらく六大神はナザリックが自分たちやネロ・ネミートスに辿り着けたという事実に気づいていない。だからこそ、ネロへの対策を重視し、ナザリックのことは一度保留にすると決断したのだろう。
「はっ! 思い至らず汗顔の至りでございます。我ながら何と……」
「止せ。私も考えてもいなかった可能性だ。この件について卑下するのは私も侮辱していると知れ」
「はっ! 申し訳ございません、アインズ様!」
そこまで恐縮されるとアインズの方が申し訳なくなってくる。
「無礼極まりない連中でありんす! よりにもよってアインズ様を軽んじるとは……!」
「本当、不敬にも程があるよね」
「あ、あのヒトを優先してアインズ様を無視するなんて、おしおきが必要だよね」
仮に法国が犯人であった場合、ガゼフ暗殺を妨害した報復としてシャルティアを洗脳したのだろう。そして、同時期にネロ・ネミートスが大樹海に転移してきた。ナザリックが洗脳の犯人を特定するまで時間が掛かると予想し、ネロの対処を優先したと見るべきだ。ひょっとすると、ネロに犯行を擦り付けてナザリックと戦わせるつもりなのかもしれない。
アインズも鎮静化が起こるほどの憤慨を抱いていた。
「さて、周辺国家はどこも怪しいと言っていたところでスレイン法国が犯人である可能性が濃厚になったわけだが、今後の方針を決めたいと思う」
アインズとしては当然のことを口にしたつもりだったが、NPCたちは不思議そうにした。
「お言葉ですが、アインズ様。スレイン法国を滅ぼすための準備をするのでは?」
「まだ怪しいだけだからな。この世界の立ち位置を確立していない我々の現状で国を相手にするのはまずかろう。もしかしたら、六百年の間に誰かに奪われたのかもしれない。確定情報を得られるまでは情報収集に専念するつもりだ」
「情報は元々集めていましたが、しばらくは法国を集中的にするということですね」
「うむ。その通りだ」
勝敗とは戦いが始まった時点で決定している。つまり、戦いの前に準備をできるかが勝利の鍵だ。情報とは準備のための最もわかりやすい指標だ。
「成程。ではアインズ様は再度、ネロ・ネミートスと接触するつもりですね?」
「そうだ。あの口ぶりからすると彼は我々と同時刻に転移してきた可能性が高い。故に六大神の情報も六百年前のものとなるだろうが、情報には違いない。無と一は違うものだ」
彼は六大神の情報についてワールドアイテム以外の情報を口にしていない。個人の名前やギルド名もだ。おそらく彼もアインズたちがまた来ることを期待してわざと言わなかったのだろう。
「彼にはアインズ・ウール・ゴウンとしてではなく、異形種動物園として接触した。まさか本名だと思っていないだろうが、真実を全て見抜けているわけでもないだろう。故に、正体が露呈するまではそれを続けていくつもりだ」
異形種動物園が存在しないギルドであることは察しているだろうが、その正体がアインズ・ウール・ゴウンだとは理解していないはずだ。アウラやマーレの顔は見られているが装備は変更していたし、ギルメンならともかくNPCまで覚えているプレイヤーは少数派のはずだ。「アイン」という偽名からアインズ・ウール・ゴウンを連想することはあるかもしれないが、直結はないだろう。
もし見抜かれていたなら、あの時の会話にそれらしい探りを入れてくるはずだ。無論、アインズが気づいていなかったという可能性もないではないのだが。
「それに、あまり一度に根掘り葉掘り聞くと警戒されるかもしれないから手短に帰ったが、彼にはまだまだ聞くべきことがあるからな」
まず、ファイナル・グレイだ。あれは公式NPCで中ボスのはずで、プレイヤーが従える手段などないはずだ。アインズとしては未知のワールドアイテムで召喚したと睨んでいる。あるいは、アインズたちがそうであるように彼も転移してきただけなのか。前者ならば使い切りなのかの確認が必要であり、後者ならワールドエネミー顕現の危険性が発生する。
「対真王国において、六大神は随分と腰が重いようだ。あるいは情報を集めているのか。何せ六百年だ。ネロから見れば六百年の遅れがあるが、六大神も六百年に及ぶ記憶の摩耗があるはず。慎重になっていると見るべきか」
ネロのあの様子では六大神との和解はあまり考えていないようだが、六大神側はどうか分からない。果たして「昔のことだから許してくれるはずだ」と楽観視している可能性もある。人格も何も知らないため、何一つ確信を込めて言えることはない。
「そのことなのですが、アインズ様。一つ具申させていただいてよろしいでしょうか」
デミウルゴスの申し出にアインズは無言で頷く。それを受けて、デミウルゴスは恭しく礼をした。
「六大神が既に滅んでいる可能性、というのはないでしょうか?」
「……ふむ」
盲点だった。ネロがあまりにも六大神が健在であることを前提に話していたこと、アインズ自身が寿命から解放されたアンデッドであることなどが理由で、アインズはその可能性を考えていなかった。六百年という時間は人間からすれば途方もないものだ。千年生きるエルフなら生きているかもしれないが、戦闘などで死ぬ可能性はある。生きていても、法国にはおらず、世界の片隅で隠居生活を送っているという考え方もある。
「真王国に対して六大神の動きがないのは、他ならぬ本人たちがいないため。真王ネロ・ネミートスが転移してくる可能性は低いため彼の情報は残していなかった。法国上層部は知っているかもしれませんが、因縁がある程度の個人の情報をそこまで詳細に残しているかは疑問が残ります。残していても、探すのに手間取っている。陽光聖典から推測するに、法国にはプレイヤーに対抗する戦力がない。愚かにもアインズ様より真王を優先したのは保持している戦力を把握しているプレイヤーがいないため。そう考えれば色々と辻褄は合うのですが」
「成程。私もその可能性は考えていた」
嘘ですと心の中でデミウルゴスに謝罪しながら、アインズは続ける。
「しかし、それもまた可能性に過ぎないだろう。あまりにも都合が良い可能性だ。いないという前提で行動するよりは、いるという前提で行動した方が間違いはないはずだ」
「はっ! 差し出がましい真似を」
「良い。私の考えも杞憂に過ぎないのかもしれないしな」
でもいない方が楽なんだよなあ、と考えるアインズ。
「そういえば、アインズ様。ネロ・ネミートスってやつについて知っていたみたいですけど、どんなプレイヤーなんでしょうか?」
アウラからの質問に、アインズは気持ちを切り替える。
「実際に面識はなかったんだがな。名前はそれなりに知れていたぞ? 聞けば『ああ、そんなやついたな』程度の知名度だが」
名前はうっすらと憶えていたが、顔は完全に忘れていた。というか、彼は人間形態も完全異形形態もそれほど特徴的ではないのだ。ユグドラシルにおいて『金髪金眼の青年』も『黄金の三頭竜』もありふれていたのだから。正直嫉妬マスクを外して顔を見せた時も既視感はなく、顔と名前がしばらく一致しなかったほどだ。
逆説的に、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガが名前を聞いてすぐに思い出せる相手であるということなのだがそれを指摘する者はここにはいなかった。
「左様でございますか。参考までに詳細をお聞きしてもよろしいですか?」
「ふむ」
予想されて然るべき質問であったため、プレイヤー名鑑は事前に漁っておいた。かなり独特な戦法を取るため、情報はそれなりに残されていた。
「ギルド『雪月花劇団』所属。通称『アンチディザスター』。『六色演目』という呼び名もあるが、此方はマイナーだな。掲示板……プレイヤー間の方はアンチディザスターの方が主流だった」
「アンチディザスター……察するに、ウルベルト様が修得されていた『ワールドディザスター』やマーレの『ディサイプル・オブ・ディザスター』に何かご関係が?」
「ご明察だ。いわゆる『ディザスター』系の魔法詠唱者は攻撃力が高い反面、魔法消費が大きく燃費が悪いとされる。彼の戦い方はそれとひどく相性がいいんだ。言ってしまえば魔力切れを起こしやすいらしくてな」
実際に戦ったことはなく、動画で見たこともないため、全て伝聞やまとめサイトの評価の聞きかじりだが。
四聖獣と紫幽王を召喚して、人形師のスキルで操作して、自身を合わせて六体掛かり――疑似パーティーで袋叩きにする。そのコンボを実現することのみに特化したビルド構築。本人はこれを『六色演目』と称したらしい。
紫幽王のデバフで弱体化し、玄武の防御バフとヘイト集中、青竜の幻術と高い耐性、朱雀と白虎のタフネスと遠近攻撃、ネロ自身の高水準の回復および支援全般。これらが合わさることにより、非常に厄介なシナジーを発揮する。爆発力こそないが故に堅実であり、とても耐久性の高い戦法だ。
人形師のスキルでモンスターを操るというのはよくある戦法だが、それを同時に五体ともなれば話は違ってくる。彼と同じことができるプレイヤーはユグドラシル広しといえど十人にも満たないだろう。
本来であれば一体召喚すれば十分な四聖獣を四体とも並べて、紫幽王まで添えてあるのだ。しかもネロ自身が竜人であり、五体を操作しながらそれなりに戦えると来ている。
もしもアインズと戦闘になった場合、単騎なら非常に苦しい戦いになるだろう。四聖獣は非常に高い即死耐性を持っているし、ネロの職業構成からアンデッドへの対抗手段は豊富なはずだ。どれだけ早く『六色演目』のコンボを崩せるかが鍵になる。召喚モンスターが強いだけでなくネロ自身も強いため、決してコンボを崩せば楽に倒せる相手ではないのが厄介なところだ。
特に厄介なのが魔力切れだ。紫幽王による魔力消費倍増のデバフとネロの魔力吸収の魔法、これと四聖獣のシナジーが加われば、タイミング次第ではどのような切り札も決定打にならず、逆にピンチになる。故に燃費の悪い大技を誘発して、耐えて、結果的に無駄打ちさせることこそ『六色演目』の本懐と言える。そこから『アンチディザスター』の名前がついたというわけだ。
「噂に聞いた巨竜とは彼の完全異形形態だろう。だが、彼は姿に関してはともかくビルド構成を大きく変更した可能性がある」
「何故そう思われるのですか?」
「大森林の入り口、法国軍基地の前にあった痕跡だ。あれは大規模攻撃特化の超位魔法や『大災厄』のような強力なスキルでもないと不可能だ。だが、データにある彼の能力から考えると難しい。彼の情報も古いしな。表舞台に姿を見せなくなった後、ワールドディザスターを得たとしても不思議ではない。……そして、その攻撃をあれほど綺麗に防いだ法国に対しても似たような警戒が必要だ」
具体的にどういう攻防があったのかは定かではない。姿を消して兵士たちの話を盗み聞いても「神の奇跡を見た」と要領を得ないものばかりだ。
以上の理由から、アインズは余程の理由がない限り、ネロと単騎で戦うつもりはない。
「あの口振りからして他にプレイヤーはいそうになかったし拠点もなかったようだが、これもまた確証はない。ネロの他にも『雪月花劇団』のメンバーがいることは留意しておく必要があるな」
個人的な所感としては、彼以外のメンバーはいないと思っている。六大神のことを語る彼からは自分と同じものを感じたのだ。何年も孤独に留守を務めていた者独特の空気があった。それは嫌と言うほど知っている。
「そういえば、ナザリックの後ろ盾を得るために国に所属するという話があったな」
出来れば近隣国家がいい。しかし、王国は魅力がない。法国は陽光聖典との交戦もあり、シャルティア洗脳事件の容疑が濃くなったため危険性が高い。帝国は比較的良い要素が多いが、決定打に欠ける。新しい意見や情報は聞いていなかったため、その認識は変わっていないはずだ。
「あれの候補に、真王国を加えておこうと思っている。私としては第一候補に置きたいな。今のコスモス真王国は新興国家どころか周囲からはまだ国家として認識すらされていないだろう。後ろ盾としての効果は弱いかもしれないが、逆に言えば売り込みもしやすい。何より国主がプレイヤーなら色々と都合がつきやすいからな。プレイヤーならばこの世界の誰よりも『アインズ・ウール・ゴウン』の名前を高く買ってくれるはずだ」
ネロの中であの大侵攻が過去の栄光になっていなければの話だが。あるいは、プレイヤーが『モモンガ』ひとりでは舐められるだろうか。
そんなはずはない。あの世界で自分たちが築き上げた栄光は、プレイヤーの心に畏怖として刻み付けられているはずだ。
「アルベド、デミウルゴス。おまえたちはどう思う?」
その言葉を受けて、知者二人は意味深に笑むのだった。
「そういうことですね、アインズ様!」
「――成程。流石です、アインズ様」
「ぇ」
それなりに考えがあっての提案ではあったが、決してそこまで大きな反応をされるようなことを言ったつもりはない。むしろアインズの素人考えの問題点を指摘してくれるのではないかという期待さえあったのだ。何故そこまで尊敬の念を向けてくるのか理解できない。
「どういうことでありんすか」
「二人だけで納得しないでよね」
「ヌウ。知恵無キコノ身ヲ恥ジルバカリダ」
「な、何がそういうことなんでしょうか」
ここで「そこまで深いことは考えてないよ」と言うのは簡単だ。しかしNPCからの信頼が重い。この重さをそのまま受け止めずにいていいのだろうか。失望されないだろうか。落胆されないだろうか。
NPCからも見捨てられたら、俺はどうすればいいんだ。彼――ネロ・ネミートスが手に入れることができなかった幸福を、こんな形で失っていいのか。
不安に駆られたアインズはいつもの手を使うことにした。
「アルベド。デミウルゴス。おまえたちが理解したことを皆に説明することを許す」