いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
エイヴァーシャー大森林に、巨大な竜が出現した。黄金の鱗を持つ、山の如く巨躯の三頭竜。名をコスモス。
これなる竜はかつて六大神が滅ぼしたものであると判明した。コスモスは愚かにも六大神への復讐を考えており、これは六大神に選ばれた種族である人類の敵対行為に他ならない。
現に巨竜の一派は法国軍に甚大なる被害を与えた。エルフの国を始めとした大森林一帯を占領、法国および人類へ宣戦布告。
今こそ人類は一丸となり、この脅威を打倒すべきである。
この戦いは人類の歴史に刻まれる聖戦となるだろう。
ついては帝国に戦線への参加を願う。
「――で、法国はどういうつもりでこんな書状を送ってきたんだ?」
バハルス帝国帝都アーウィンタールはバハルス帝国帝城にて、現皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスはスレイン法国から送られてきた公的文書の内容を見て、微妙な顔をしていた。
その場に集まった者たちは皆、同じような表情を浮かべていた。何と言えばいいのか分からなかったし、どう考えればいいのか分からなかったからだ。それでも皇帝に話を振られて何も言わないわけにはいかない。代表して秘書官ロウネ・ヴァミリネンが口を開く。
「前提として、法国から定期的にあったエルフの奴隷の輸出がほぼ途絶えています。また、人や物の動きなどから法国軍で何か大きな動きがあったことも事実。市井に流布されている噂で『大森林のエルフが竜を従えて戦争が逆転した』という内容のものがあります。また、内通者からの情報で王国にも似た内容の書状が出されたそうです」
一呼吸置いて、推察を簡潔に述べた。
「以上のことから、スレイン法国はエルフの国から予想外の反撃――それこそ本当に強大な竜を支配したのかもしれません――を受けて壊滅的な被害を受けましたが、今更戦争を止めることはできないため、戦争を続行するために周辺国家を巻き込もうとしているのではないかと」
その推察を聞いて、会議に参加していた者たち全員が何とも言えない顔をしている。追従する言葉こそないが、反対意見は出ない。全員が似たような所感を抱いているからだ。
「成程。人間の国家では最強とも言われるスレイン法国がエルフに追い詰められていると。そうなると、エルフの奴隷の売買や所持を許可している我が国にも火の粉が降りかかるかもしれないな。今日にでも、大森林から竜が飛んでくるんじゃないか?」
ジルクニフの冗談に何人かが渋い顔をする。笑える冗談でもないし、冗談と笑い飛ばすには現実と成り得る可能性が高かったからだ。六大神が倒したなどと言う割に「コスモス」という名前の竜王の伝説など聞いたこともないが、スレイン法国が周辺国家に支援を求めるほどの戦闘能力を持った何かがエルフの味方についたことには違いないのだ。
しかし、帝国最強の魔術師にして主席宮廷魔法使いフールーダ・パラダインは臆するどころか笑みを濃くのだった。
「陛下。よろしければこの件、私が預かっても良いでしょうか?」
「爺がそうしてくれるなら有り難いが……。いや、本当に爺が動くほどのことか?」
生ける伝説たるフールーダの名前を出せるなら法国への面目は立つ。しかし、彼にも他に仕事がある。帝国で最も優秀な人材に余計な仕事をしている暇などない。
「件の魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウンについてはいいのか?」
先日、リ・エスティーゼ王国のエ・ランテル付近で帝国兵が村々を襲っているという事件があった。しかし、その兵士の正体は帝国の兵士などではなく、偽装した法国の秘密部隊だった。目的は王国の戦士長ガゼフの暗殺。法国の最高戦力たる六色聖典の一つ、陽光聖典らしき存在も報告にあった。
ガゼフ暗殺は失敗に終わったようだが、その原因が謎の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンの介入があったからだ。報告が事実ならば二人で陽光聖典を撃退したというのだから、どれほどの実力者かは想像もできない。帝国としては是非戦力として受け入れたい人材だ。特に、フールーダはアインズが謎のアンデッドを支配していたという話に興味を示していた。
「何をおっしゃいます。かの『漆黒』を始めとする六色聖典を抱える国がこれほど露骨に泣きついてきたのです。どのような真実が顔を出すかは不明ですが、初動だけでも私が出る価値はあるでしょう。それに、本当に神の名を引き合いに出すほどの竜がいるのならば、ともすればその竜にかのアンデッドを支配するヒントがあるかもしれませんしな」
フールーダの現在の目標の一つとして、とある伝説のアンデッドの支配がある。先程の推察通りエルフが何らかの手段で竜を支配していた場合、その方法を目的のアンデッドにも応用できるのではないかと考えるのは当然の帰結だ。
「無論、アインズ・ウール・ゴウンの件で進展があれば其方を優先しますが、現状では名前以外の情報はほぼない以上、手かがりがある方から片づけましょう」
「確かにな。そういえば爺も『コスモス』の名に覚えはないのか?」
フールーダは十三英雄とも面識のある、二百年の時を生きる大魔法使いだ。その知識は計り知れない。しかし、彼の顔は芳しくなく、首を横に振るのだった。
「ございませんな。そもそも六大神が巨竜を倒したなどという神話、聞いたこともありませぬ。トブの大森林に魔樹の竜王が眠っている、という話ならございますが」
「関係がありそうな、なさそうな話だな」
「ええ。その辺りも含めて文献を探してみましょう。陛下はかの国からできるだけ情報を集めておいてくだされ」
「分かった」
ジルクニフは今回の問題をあまり軽くは考えていない。だが、真剣に取り合う気があるかは否である。法国もそれを覚悟で今回の書状を出したはずだ。あの国が楽観的とは思えない。何か見逃しているのかもしれない。
「そういえば陛下。エルフはどうなさいますか?」
竜を支配したエルフか、エルフの国を占領したかは分からないが、どちらにしろ代表者が「国民」の奪還のために帝国を訪れた時のことを考えての発言だ。それを臆病や考え過ぎと責めるような愚か者はこの場にいない。あの法国が追い詰められているのだ。慎重すぎるくらいでちょうどいいだろう。
「ふむ……。急いで法律を手を加えることはないと思うが、念の為だ。エルフの奴隷を買い集めておけ。エルフ、あるいはその裏にいる者がどう動くか分からないが、交渉の材料に使えるかもしれないしな」
「畏まりました」
そして、この議題はここで打ち切りとなり、次の議題へと進んでいく。
「次は、先程も名前が出たアインズ・ウール・ゴウンについてですが――」
■
五百年前、八欲王によって竜王の多くは滅んだ。生き残った者は変わり者が多いが、世界のために活動している竜王もいる。
それこそがアーグランド評議国永久評議員、『白金の竜王』ツァインドルクス=ヴァイシオン。最強の竜王の一体。通称、ツアー。
彼が世界を守るために具体的にどんな活動をしているかと言えば、ぷれいやーの意志を継ぐスレイン法国の警戒だ。そして、それと同じくらいかの世界からの来訪者やその遺産も警戒している。
そんな彼の耳にエイヴァーシャー大森林に出現した巨竜の情報が届くのは必然だった。どのように接触しようか考えている内に、スレイン法国から評議国宛てに書状が届いた。潜在的な敵国である法国からの書状と聞いてかなり警戒していたが、内容は大森林の巨竜に関してだった。
巨竜の名はコスモス。かつてかの世界において、六大神が滅ぼした存在。故に、六大神の意志を受け継ぐ法国と人類を敵視している。法国軍はすでに攻撃を受けた。しかし、巨竜は大森林から出てくることができない。移動だけでなく攻撃なども大森林の外に対して行うことはできないそうだ。詳細は不明だが、法国はこれを六大神の遺産と推察した。そして、コスモスを人類の不倶戴天の仇と定め、この戦いを聖戦と定めたそうだ。
明記していないが、これは間違いなく百年の揺り返し、即ちぷれいやーの出現に他ならない。
「これは人類が攻略すべき試練であるため手出し無用、その上でコスモスについて何か知っていることがあれば教えろか」
厚かましい内容だ。あの国らしいとも言える。
法国としてもここまで明確に法国と敵対するぷれいやーなど初めてだから、対応が分からないのだろう。その存在を上層部だけでなく世間にも知られてしまったのが大きい。隠すことができない以上、正面から倒すしかない。
しかし、現在の法国にぷれいやーはいないはず。過去のぷれいやーたちの遺産があるとしても、評議国に対して血を覚醒させた神人を隠しているにしても、自分たちでなんとかしようという点が気になる。おそらくぷれいやーは単騎。従属神はいるかもしれないが、ぷれいやーの数は少ないと判断しても良いだろう。法国が自分たちだけ、あるいは人類だけで対処できると言い張っているということは大きくは外れていないはずだ。無論、現段階という注釈がつくが。
「いや、すでに交戦して秘匿していた神人か最秘宝を奪われた、ということも考えられるか」
かなり有り得る線だ。もしもこの予想が的中しているなら、法国からすればそれをツアーに知られるわけにはいかないし、評議国の手に渡るなど言語道断だ。あえて触れることはないが、機会があれば確かめる必要があるだろう。
「もしかして先日の吸血鬼と何か関係があるのかな?」
ツアーは先日、強力かつ邪悪な吸血鬼と遭遇した。正確にはツアー本人ではなく、彼が魔法の力で操作している鎧だが。
ツアー本人はわけあって動くことができない。とある事情でとある場所にあるとあるマジックアイテムを守らなければならないからだ。
この鎧だけでも十分な強さがあるのだが、件の吸血鬼はその鎧に穴を開けるほどの能力を持っていた。結局正体は分からないまま撤退したが、このタイミングである。何かしら関係があっても不自然ではないだろう。それこそ、この竜の従属神かもしれない。
「それにしても、スルシャーナたちと因縁のあるプレイヤーか。まあ、当然だけど、そういう者もいたのかと言いたくはなるかな。コスモスなんて名前は聞いたことがないけど」
スルシャーナたちから聞いたユグドラシルの知識や記憶には限界がある。おまけに時間による摩耗があるため、全てを覚えているわけではない。その中に今回役に立ちそうな記憶はない。実際にコスモスに出会えば何か思い出すかもしれないが、今のところ思い当たる節はない。
あるいは、ヒントになる情報を法国が隠匿しているのか。彼らにとって一番最悪の事態は評議国とぷれいやーが手を結ぶことなのだから。
「法国が滅ぶとも思えないけど、ぷれいやーの能力次第では有り得るかな? 参戦するにもタイミングを間違えないようにしないとね」
ツアーからすれば、ぷれいやーの存在は非常に不快だ。そして、同じくらい法国も厄介に思っている。法国から言われずとも積極的に首を突っ込むつもりはない。精々削り合ってもらいたいものだ。そううまくいかないことは理解しているが共倒れが理想だ。
「竜帝たる父は間違ったことをした。慈母たちも間違っている。だから、だからこそ私が世界を守る。――私が、世界を守るのだ」
■
竜王国王城。
それほど広くないが豪華な部屋で、玉座に座る幼い少女が喚いていた。
「なぁにが人類の危機だ法国め! 我が国は現在進行形で滅亡の危機だと再三言っているだろうが!」
半泣き状態の少女こそが『黒鱗の竜王』ドラウディロン・オーリウクルス。『七彩の竜王』の末裔にして竜王国を統治する女王。真にして偽りの竜王と呼ばれ、八分の一だけ竜の血を引く人間という奇異な存在である。
本来は妙齢の美女であるドラウディロンだが、士気高揚のために老若男女のウケがいい幼女の姿をしているという事情がある。
彼女は法国から送られてきた書簡に憤慨していた。内容は帝国や王国に送られたそれと同じ内容である。
「結構な寄付を、ビーストマン対策で疲弊した国庫から出しているんだぞ! その上で更に出せと? 兵力まで貸せと? 自分たちがエルフに反撃されたから? 貴様らの奴隷狩りに付き合えるほど裕福ならオプティクスをフルで雇うわ!」
彼女が言うように、現在の竜王国は危機にある。正確にはずっとビーストマンの脅威に晒されていた。ビーストマンは平均的な能力が人間の十倍あると言われ、人間のことを食料としか見ておらず、竜王国は食糧庫か狩場だと認識している。
王家が人間以外の血を引くため法国は表立って援助をすることができないが、少なくない額を寄進する代わりに『陽光』や『漆黒』を内密に派遣してもらう関係だった。しかし、それが突如破綻することになった。
大樹海に出現した巨竜。六大神が滅ぼした存在。真王国なる国家の設立。復讐と人類への敵対宣言。
流石に書簡に書かれていること全てが事実ではないだろうが、法国が長年続けてきたエルフの戦争が一気に逆転されたことだけは間違いがないようだ。
エルフと法国の戦争は長く続いているが、その目的は謎のままだ。捕虜にされたエルフが輸出される帝国なら多少は関係があるかもしれないが、竜王国にとっては対岸の火事でしかない。手間取っているもの法国の勝利で終わるであろうと思っていたため、まさかの大番狂わせに驚きを禁じ得ない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息が切れるほど叫んだドラウディロンに、その様子を最初から見ていた宰相が言う。
「他国に防衛力を委ねていた罰が当たったということですな。悲しいことに」
「好きで委ねておらんわ。この書簡に書いてある巨竜とやらがビーストマンの国で暴れてくれたら良かったのに。大樹海からどうにかしてこっちに誘導できないか?」
「可能か不可能かはさておき、道中の被害を思えば現実的ではないでしょうな。近隣国家最強の法国が自分たちの敗北を隠しもせず他国に支援を求めたのです。難度百程度ではないでしょう。ちなみに陛下、此方の巨竜とやらに心当たりは?」
「あったらその情報を条件に法国に漆黒聖典を派遣させておるわ! 何だ、巨竜コスモスって! 六大神がこんな天変地異を具現化した竜を滅ぼしたなんて話、聞いたこともないぞ!」
「それは残念です」
あまり期待していなかったのか、それほど残念そうには見えなかった。
「寄進する額は例年より増やせないとして、形だけでも誰か送った方がいいのか? ええい、ただでさえ人も金も足りんというのに」
「いきなり全面戦争という話でもないようですし、しばらく様子を見てもいいのでは?」
「そうするか。もし追加で要求してくるなら陽光聖典だけでも派遣するように言ってやるとしよう。あー、もう、この竜は何なんだ! 私が始原の魔法を使い放題なら直接殺してやるのに!」
始原の魔法。それは一般的に使用される位階魔法とは異なるものだ。八欲王によって世界の法則が歪められる前から、真なる竜王たちが行使してきた独自の能力。
竜王の血を引く女王には使用可能であるが、自在に制御できるわけではない。純粋な竜王ではない彼女が始原の魔法を行使するには、多くの民を犠牲にする必要があるのだ。下手に使用すれば国を救うどころか滅亡の後押しとなる。
「使い放題ならむしろビーストマンに使って欲しいですな」
「分かっておる! ……法国に提案するか。コスモスとやらをビーストマンの軍勢にぶつけられるなら、誘導の際の犠牲には目を瞑ると」
「よろしいのですか?」
「構わん。魂の魔法を発動するよりはずっと被害は少ないだろうよ。その巨竜とやらが曽祖父や『白金の竜王』を超える怪物でもない限りはな」
女王も流石にそれはないと思っている。法国がこのような対応をする以上、コスモスはさぞ強いのだろうが、竜帝の息子たる『白金の竜王』を超えるなど有り得ないのだから。
「詳しい内情が不明なので何とも言えませんが、エルフが交渉に乗ってくれるなら、法国から鞍替えしてもいいのですがね」
「あー、どうだろうな。奴ら文明も碌に築いてない蛮族だ。金銭では動かんだろうし、人間の国とひとまとめに考えて法国と我が国の区別がついているかも怪しいぞ」
「万が一法国が滅んだら次の標的は帝国でしょうかね」
「面白くもない冗談だな。はあ、書簡一つでは分からないことだらけだ。協力的な姿勢を見せないと法国も情報はくれんだろうし、やっぱりこの件にも多少は人員を割かないと駄目か」
ドラウディロンは手で顔を覆う。終わる様子のない地獄を憂いながら。
この時の自分が未来の自分に罵倒されるなど予想もせずに。