いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
エイヴァーシャー大森林のエルフの王国王都はこの数か月で著しい変化が発生した。狂王の崩御と、新しい王の戴冠によって。
外敵を倒すこともなく、強者としての素質を開花させるためと宣い女や子どもを戦場に送り出し、暴君として君臨し続けた精霊使いデケム・ホウガン。彼は、どこかからやってきた王の相と灰色の髪を持つレクス・セントラルに討たれた。
長年エルフたちを苦しめてきた法国軍は基地のほとんどを破壊され、大森林より撤退した。女や子どもたちは戦場に立たなくても良くなった。エルフたちは久方ぶりの平和を甘受しているのだ。
他にも変わったことがある。王都にエルフ以外の知的生物が訪れるようになったことだ。以前もダークエルフなど近親種は稀に訪れることがあったが、最近では亜人の姿も多い。森で逢っても不干渉を通していた種族もいれば、エルフを食料としか思っていないような肉食の獣人もいた。これには新たなる王レクス・セントラルの理想が関係している。
彼はこの大森林を自らが信仰する神『コスモス』の名において統一するつもりだと語る。前王が抱いていた『自分の子どもで構成された最強の軍団を作る』という野望に近いものに思われたが、具体性と現実味が違う。また、法国への復讐や連れ去られたエルフたちの奪還なども考えているらしい。その計画について多くのエルフはよくわかっていないが、新たなる王が前王とは比較するのも失礼なほど優れた人物だというのは理解できた。
というより、前王が新王より優れていた点などあるのだろうかというのが、新旧王両者の為人を知る者共通の思いだった。
そして、王が新たに始めたことの一つに『アオゾラキョウシツ』なるものが存在する。子どもを一か所に集めて魔法や戦い方、魔獣などについて教育を行うという行為らしい。大人が子どもに知識を教えるのはよくあることだが、定期的に場所や教育係を決めて大勢の子どもを集めて行うというのはあまりなかったことだ。
参加者の多くは前王の子どもであった。
新王は前王の子どもたちも愛してくれた。それこそ、前王より余程大切にしてくれる。だが、知的生物とは欲が出るものだ。王の覚えを良くするためにも、自分の能力を上げるためにも、子どもたちは授業に対して積極的だった。
ある朝の授業前、エルフたちの間ではとある話題で盛り上がっていた。それは今日だけでなくこのしばらくエルフたちの興味を独占している話題だ。
「こないだのダークエルフたち、何だったんだろうな」
「王と同じで、両目の色が違ったらしいけど」
「でも、すぐに帰ったんだよね?」
イギョウシュドウブツエンのビックリボックスと名乗る青年のダークエルフを始めとした四人組。彼らは突然現れて王との謁見を求めた。
通常であれば突然の訪問者と王を逢わせるなど有り得ないのだが、その四人組にいた子ども二人が問題だった。彼らは王の相、左右で色の違う瞳をしていたのだ。王も心当たりがあったのか、ビックリボックスの名前を聞いた途端に逢うことを決めた。謁見の際は自分以外のエルフを部屋から追い出したため、どのような内容を話したかは不明だ。『神』もその場にいたらしい。
新王が言う『神』。即ち大神コスモス。王都のエルフはその姿を見たことがない者が多い。しかし、その声を聴いたことはある。大地が砕けたのかとばかりの巨大な咆哮だった。実際に姿を見たエルフや亜人の話では、言葉では表現できないような、思い出すだけで身震いするような恐ろしい竜だそうだ。『神』に恐怖して隷属を決めた部族も少なくない。
四人組はその日の内に帰っていった。彼らは自分と同郷であり、また来る可能性が多い、とだけ王は語った。それ以外の一切は不明だ。王都は軽いパニック状態に陥るほどその話題で持ち切りだった。大人たちがあれやこれやと言い合えば、子どもにもそれが伝染するのは必然である。
そんな場に一つの影がやってくる。
「おはよう、可愛い生徒たち。今日も元気か?」
ミノタウロスのアンデッド、リバスである。彼を確認した途端、子どもたちは話を止めた。
「先生!」
「おはようございます、先生」
「元気です!」
「そうか、そうか」
あらゆる生きる者の敵であるアンデッドが現れたのも関わらず、子どもたちに恐怖の色はない。当初は泣き出す子もいたが、数度の授業を通して慣れた。これは子どもたちでなく都市のエルフたちも同じだ。アンデッド全般を信頼しているわけではない。ただ、リバスを特例として認めただけだ。
これはアンデッドであるまじきあまりにも人間臭い仕草や知性的な物言いも要因となっている。
彼だけでなく、大虎「ウェス」や二足歩行の竜「ネロ」なども最近では随分と慣れてきた。
「さて、本日の授業は効率的な拠点襲撃のやり方だ。小さな基地から大きな都市までやっていくぞ。午後からは実技訓練も兼ねて法国の基地跡にも行くから心しておくように」
『はい』
子どもたちの異口同音の返事に、牛頭のアンデッドは大きく頷くのであった。
法国へ宣言した開戦まで十二年。先にあちらから動き出す可能性も高いが、それまでの間に戦力を整える必要がある。六大神はともかく、法国軍の規模やアンの実力などから法国のおおよその戦力は把握できている。十二年の間に大森林のあらゆる知的生物を統一し、法国と戦えるまで鍛え上げる。それがネロの計画だ。
不安要素も不確定事項も多いが、一つ一つこなしていくだけだ。
そのための、教育である。優秀な指揮官・教育者を作り出せばそれだけで軍隊としては強固になる。今は幼子の基礎教育だけだが、どうにか外部から専門的な知識を持つ者を教員として招けないかを検討している。特に、魔法に関してはエルフには森司祭しかいないため、攻撃向きの魔力系が不足している現状をどうにかしたい。
六大神の動きに警戒しながら、今日も真王国は十二年後に向けて下積みを続けるのであった。
■
そう遠くない未来、魔導王となるアンデッドがアンデッド作成を日課とするように、ネロ・ネミートスにも似たような日課がある。
それが眷属と『試練の果実』の作成だ。
まず眷属について。便宜上眷属などというそれらしい呼び方をしているが、実際は〈
ただし、召喚するモンスターは一日ごとに試行錯誤を重ね、微調整を繰り返し、慎重に選ぶ必要がある。まず〈
ネロの一日はその日召喚する六体の選定から始まる。単独ではなくレクスと共同で行うが、リバスは基本的に参加しない。彼には彼で別の仕事がある。
おおまかな予定は立ててあるが、その予定通りに召喚していいかのかどうか。一体か二体の変更でいい日もあれば、六体全ての予定を変更する日もある。そして、それが正解か間違いかは分からない。失敗したと一か月後に判明する可能性だって大いにあるからだ。
「悪魔か天使かアンデッドみたいに不眠不休で動ける兵団とか欲しいな。そういうアイテムもあったはずだけど、持ってないしな。最下級のスケルトンが百体あるだけでだいぶ変わるんだけど」
「確かに食事も休養も不要なアンデッドなら便利な労働力になったでしょうね。まあ、いないんですが。我が本体は、リバス以外のアンデッドは召喚できませんものね」
「インフラ開発が全然進まねえ……。水や火を操れる魔獣ならいくらでも作れるんだが。法国でアンデッド含むモンスターを労働力にしている様子はないし、スルシャーナたちは永続召喚できないのかね」
「どうでしょうねえ。信仰の問題では?」
「六百年あれば改善できそうだけどな。それとも別の問題があるのか? 他国と使用禁止条約を結んでいる、とか」
文字通り身を削って眷属を作成した後、今度は『試練の果実』だ。
「しかし、これが作れるようになるとはな……」
ユグドラシルでは微妙系アイテム扱いだった『試練の果実』。食べれば強くなれる。ただし、どのように強くなるが、どれほど強くなれるかは完全にランダム。戦士、修行僧、聖騎士、野伏、暗殺者、魔術師、森司祭、神官、吟遊詩人の九種の中からいずれかをレベル五から十五修得できる。レベル九十六以上が食べてもレベル百になることはない。また、二個以上食べても効果はない。
このアイテムでレベル百になることが超レア種族『小さな世界喰い』の獲得条件の一つだったようだが、果たして他にどのような条件が必要だったのかは定かではない。当時のネロの状態からギルド拠点の喪失やワールドエネミーとの交戦経験などが考えられるが実証の手段はない。六大神に殺された時、ネロは死のペナルティとして「ワールドウォッチャー」という職業を喪失している。これも関係しているかもしれないが、やはり実証の手段はない。
そんな林檎型アイテムはネロをワールドエネミーへと変貌させたアイテムだが、何の因果かネロはこのアイテムを作成できるようになった。『小さな世界喰い』の能力の一つである。一日九個まで作ることができる。無条件で作れるわけではなく、ネロのMP、この世界で言う魔力を素材とする。魔力の消費は微々たるものなので、眷属作成のついでにログインボーナス感覚で作っている。
ユグドラシル基準で言えば間違いなく微妙系能力だ。実質無料で食料を作れる以上の意味はなかっただろう。
しかし、ユグドラシル以上に弱肉強食であり、強さの重要性が重いこの世界において、食べるだけでレベルアップが可能な『試練の果実』はどんな金銀財宝よりも価値があるようだ。この果実の供給を条件に傘下に入ることを承諾した亜人の部族も少なくない。おそらく食べて強くなって下克上を狙っているのだろうが、逆に心をへし折られることになる。この大森林の生物の強さの上限は、すでに死んだデケム・ホウガンのような例外を除き、精々が三十後半から四十程度。それが最大値を引いたところでレベル六十にもならない。レベル百のネロやレクスには遠く及ばない。ネロが世界喰いになったように隠れた仕様が発見される可能性もなくはないが、その実験も兼ねてエルフや亜人に食べさせている面もある。
今のところ、ネロが知る『試練の果実』を逸脱するような結果は出ていない。最大値のレベル十五を引き当てた者は複数いるが、既存のデータの確率的に有り得る範囲だ。戦力強化には使えるが、如何せん、完全にどの職業を得るかが分からない。そのため、その種族との食い合わせが悪い職業を得ることもある点は少々不満だ。
ネロやレクスが食べても変化はなかった。他の眷属たちも同じだ。NPCや傭兵モンスター、ギルド拠点のPOPモンスターでも同じ結果になるかは検証のしようがないため断言できないが、同じ結果になるのではないかと予想している。
他の問題点で言えば現状では戦闘職しか育てられないところだろうか。外部からドワーフなど物作りが得意な種族を招聘したいが伝手がない。
ワールドエネミーの特典の一つ、『領地改造』を使えばアダマンタイトの鉱山でも酒が湧き出る泉でも好きに作れるのだが。……本音を言えば最上位の希少金属やバフ付き飲料の湖でも作りたいところだが、この大樹海の性質ではそれが限界らしい。エリアそのもののレベルとでも言うのか。初心者用のフィールドで上級者向けのアイテムは作れないようだ。
ちなみに、この果実以外にも、ネロには他者を簡単にレベルアップさせる能力が二つある。どちらもワールドイーター・ラーヴァの権能だ。しかし、『試練の果実』よりも制限や条件があるため、安易には使えない。それこそこの世界の強者を懐柔するために温存しておくべきだろう。
「本日分作成完了っと」
ネロ・ネミートスはレクス・セントラルに『試練の果実』を渡す。
作成した果実をどこの誰に食べさせるかはレクスに一任している。一日の終わりに誰に食べさせたかは確認する。果実だけでなくエルフや亜人と直に接することのほとんどは彼に任せている。表向きの、事実上の王は彼なのだから。
「お疲れ様でした、我が本体」
「うん。疲れるのはこれからだけどね」
眷属と果実を作った後も多種族国家の君主たるネロには仕事が山ほどある。明日作り出す眷属の見直し、すでに召喚した眷属の配置の検討、配下に入ったエルフや亜人の詳細の確認、自らの能力――世界喰いの権能の検証、法国を始めとした外部の勢力の警戒。
「やっぱり人材を育成したいな」
リバスにエルフ王の遺児たちを教育させているのは国力強化の一環だ。武人だけでは国は回らない。むしろ戦闘面に関しては戦闘民族寄りの亜人たちに任せるつもりだ。エルフたちにはむしろ文官になってもらいたい。
現状では細かい所までネロやレクスが決定しなければ事態が動かない。真王国は独裁国家として運用していくつもりだが、本当に支配者の思惑でしか動かない国が真っ当に機能するはずがない。少なくとも、真王国は法国を上回る必要があるのだ。
国家運営者としても、ネロは六大神に負けるわけにはいかない。彼らよりも、美しく、強く、正しく、魅力的な国家を作らなくてはならない。
「いや、これも傷を埋めようとしているだけなんだけどさ。コスモス真王国? はっ。コスモスウェイの代わりを求めているだけだ」
我ながらひどく滑稽なことをしている自覚はある。だが、六大神への復讐と同じく、頭では分かっていてもやめることはできないのだ。そんな出来た人間なら、もっと上手くやれた。あの日、あの瞬間までユグドラシルに残っていない。
「我が本体よ」
「何だ、我が頭脳」
リバスは「魔王の心臓」を自称している。レクスはそれに対抗するように「大神の心臓」を名乗る。故に、たまに両者を「我が心臓」と「我が頭脳」と呼ぶ。実際レクスは賢い。オリジナルがユグドラシル公式中ボスだけあって知能指数は創造主のネロより上だ。
「私は世界を滅ぼすために、ウンエイとセイサクに生み出されました。私は世界喰いを生み出すために、貴方様に作り出されました」
「うん」
「貴方様が世界喰いになられた以上、その役目は終わりました。いまの私は貴方様のためにあります。貴方様は――何を望まれますか? いま最も欲しいものは何ですか?」
質問の意図は理解できた。自分の血肉から生まれ、自分の頭脳と呼ぶエルフだ。自分の分身で、自分自身のようなものだ。理解できないはずがない。
これは自問自答のようなものだ。
「彼女の心が欲しい」
だから、この言葉はきっと口にする前から分かっていた。
「……彼女とは、白黒なあれのことですか?」
「そうだ」
前エルフ王の娘。法国からの刺客。混ざり物の少女。孤独で哀れな子。六大神の装備を受け継ぐ戦士。愛玩と寵愛と執着の対象。アン。
本当は彼女のフルネームを知っている。ネロの鑑定能力は接触した相手の情報を読み取るもの。同衾までしている仲だ。すでに使っていないはずがない。相手はそれに気づいていない。だから、彼女を本当の名前では呼ばない。彼女の側から明かしてくれるその日まで。
「スルシャーナたちから彼女を奪う。それを以って、我が復讐は終わるだろう」
それを聞いて、レクスは目を伏せた。
「分かっていたことですが、貴方様は――『僕』はすでに気付いているのですね」
「何を?」
「いえ、何でもありません」
レクスは跪き、頭を下げた。臣下の礼であり、信徒の誓いだった。
「ならば私は貴方様のために、今度こそ完全なる国を。――理想と永遠の演目を」
「そっか。くれるならもらっておくよ」
「あ、それとアン以外にお求めになられる女性がいたらお教えください。ご協力いたします」
「余計なお世話すぎるぞ、ハーレム野郎」
レクスはすでに複数の女エルフと肉体関係を持っている。人間離れした嗅覚が僅かだが、行為の残り香を捉える。前王と関係があった女性も多いらしい。前王のように無理やり関係を迫るようなことはなく、前王の子どもたちも冷遇しているわけではないため、ネロから言うことはないが。
「この身は最後にして唯一の灰妖精。桜を失いし民として、この血を残すことは義務かと存じます」
「あっそ。勝手に盛ってろ」
レクスが退出した部屋で独り、前日にレクスがまとめた書類と向き合うネロ・ネミートス。現在は大した量がないが、国の文化水準がこれから上がれば増大するだろう。それを思えばレクスが提出しているだけの現在の量で慣れておく必要がある。この程度で手間取っているわけにはいかない。
かつては霧の空間のコテージで仕事をしていた。だが、アンが猫のように邪魔してくることが多いため、こうして仕事の際はこの部屋に移るようになった。やはり『仕事場』と『住居』を分けると精神が切り替えやすい。出勤モードとでも言えばいいのか、現実世界で社会人をしていた時の名残だ。
ネロ・ネミートスの存在を知る者は国内には少ない。初めて邂逅したエルフ幼女のミーギは口を閉じてくれている。彼女以外の「国民」には人間形態を見せていない。二足歩行の竜「ネロ」として都市を歩き回ることはあるが、人間形態があると思っている者は皆無のはずだ。正体を知っているスレイン法国や異形種動物園から情報が漏れた痕跡もない。捕虜のアンを除けば、ネロ・ネミートスを知る者は己の眷属のみと言って過言ではない。
書類の整理が終われば、気配遮断を使って支配下に入っていない亜人の小規模国家の偵察の予定だ。
だが、二十分ほどでレクスが戻ってきた。いつもであれば、彼が戻ってくるのは夕方のはずだ。
「本体よ。異形種動物園御一行様がいらっしゃいました」
それは期待していたよりは遅く、予想していたよりは早い再会であった。敵か味方かも分からないプレイヤーの相手はスレイン法国が攻めてこない現状では最大の優先事項だった。
「通して。あ、エルフにお茶でも淹れさせて。一番いいやつ」
「畏まりました」
正直、少し楽しみなのだ。
腹の探り合いこそあれど同郷との会話は確実に息抜きとなる。
「それと、森の入り口がいつもより騒がしいようです」
「ん?」
「情報は断片的であり、個人的な見解になりますが、大物が来るのではないかと」
レクスの頭脳で出された結論なら正しい可能性が高い。もしかすると、今度こそ六大神が動いたのかもしれない。だが、お客様を放っておいて敵の顔を見に行くなど失礼極まりない。対応が早すぎると此方の意識だけ強そうに見えて癪に障るし、もしも違っていたら落胆が半端ない。だが、無視もできない。
何より、特別公演には早いだろう。まだ役者も台本も準備できていない。
「リバスでも行かせておくか。本日の青空教室は中止だ」
最悪、死んでもまた別の紫幽王を作ればいい。スルシャーナたちだとしても、今回は大根役者の三文芝居で我慢してもらうとしよう。
「それがよろしいかと。……子どもたちの教育が遅れると文句を言いそうですが」
「埋め合わせは考えないとな。それじゃあ楽しい雑談タイムからの交渉だ。仲間にはなれずとも、友達にはなりたいよね。せめて敵にはならないように気をつけないと」
場合によっては、六大神対魔王竜という最悪の舞台の観客になってもらいたい。特別チケットを受け取ってもらうには、仲良くならねばなるまい。
「楽しい見世物のためには根回しもしっかりしないとなあ。なんちゃって」