いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
二度目の来訪となる異形種動物園御一行。アインは勿論いたが、今回は同伴者は双子のダークエルフだけで、前回いたびっくりボックスと名乗った青年はいなかった。
城に招き入れ、前回と同じように人払いは済ませる。当然、ネロの姿はエルフたちに見せない。何かがいることはエルフたちも理解しているだろうが、あえて好奇心に従う愚か者はいない。このあたりは、前王の教育の賜物だろうか。
まずは世間話から始めることにした。と言っても、ネロが知らない王国や帝国の話だったが。それも、スレイン法国以外で信仰されているという四大神信仰について。
「えー。じゃあ四大神からハブられてんのって、スルシャーナとアーラ・アラフなの? スルシャーナは分かるんだけど何でアーラのやつまで? あいつ命の神とか言われているくせに、死の神と一緒にハブられているって……。何やってんだ。絶賛戦争中の僕から言うことじゃないけど、あいつは別に大衆から嫌われるようなことをするタイプじゃなかったと思うけど」
「死の神がスルシャーナで、命の神がアーラ・アラフって言うんですね。ちなみに、何で死の神の方が四大神信仰から弾かれるのは分かるんですか? 死の神なんて言葉から大体は察しますけど」
「うん、お察しかもしれないけど、あいつアンデッドなんだよ。しかも
「オーバーロード、ですか」
スルシャーナの種族が最上位のアンデッドであることに何か引っかかることがある様子のアイン。
「そうか。よりにもよって、オーバーロードか」
「あの恩知らずがオーバーロードであることが何か?」
「そう、ですね。今日来た本来の目的も関係しているって言うか、タイミング的にもちょうどいいし本題に入らせてもらっていいですか?」
首肯するネロ。こほんと咳払いをするアイン。
「あ、本題に入る前に、一つ聞いておきたいことが」
「何です?」
わざわざこのタイミングで聞いてくるということは、本題とやらの前振りと考えた方が適切だろう。つまり、かなり関係していることだと思われる。
「アインズ・ウール・ゴウンを覚えていますか?」
予想外の名前に一瞬だけ思考が止まる。しかし、異形の精神がすぐに冷静さを取り戻す。同時に、人間だった頃の残滓が落ち着いたはずの精神をかき乱す。それは知的生物の欠陥というより、防衛本能に近い。
「ユグドラシルプレイヤーなら忘れるわけがないでしょう。異形種なら知らないはずがないでしょう。まして僕は初期勢ですよ」
ユグドラシルの黎明期、異形種のプレイヤーは特定のワールドから出ないのが常識だった。特定のワールドとは、異形種に対してボーナスのあるワールドのことだ。異形種狩りが流行していたこともあり、異形種プレイヤーが他のワールドに出ることは自殺行為だった。
その自殺行為を積極的にしている集団がいた。九人の自殺点――ナインズ・オウンゴール。後にギルド:アインズ・ウール・ゴウンの前身となるクランである。
アインズ・ウール・ゴウン。四十一人で十大ギルドの一角に上り詰めた魔王の軍勢。全ギルドで唯一、ワールドアイテムを二桁所持していた異常者の集まり。
「憧憬でした。同時に恐怖でした。良くも悪くも、何だこいつらって、何度思ったことか。最盛期の十大ギルドはどこも強さ上で個性的な連中ばかりでしたが、あいつらはその中でも異質だった」
彼らの偉業・悪行は枚挙に暇がないが、特に有名なのは『大侵攻』だろう。
サービス開始史上最大の連合による大作戦。アインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点への総攻撃。参加人数は千五百人とも言われている。この人数ならばいくら何でもアインズ・ウール・ゴウン側が負けると思われていたが、その全員が返り討ちになった。公式のメールサーバーが抗議のメールでパンクしたことは語り草だ。動画サイトに実際の映像が出回った時はやばすぎて爆笑した。ここまでやるか普通と笑うしかなかった。
前人未踏の第八階層。魔王たちの居城、その切り札。あれはまさに空前絶後の暴力だった。
「正直、大侵攻前は祭りに参加し損ねたと悔しかったんですけど、後から参加しなくて良かったと思いましたよ」
あれはユグドラシルという世界のトラウマだ。参加した千五百人は当然だが、観戦していたプレイヤーや運営さえトラウマになっているだろう。
おかげで、十大ギルドのギルド拠点攻略は予定を組む段階で頓挫することが多くなった。どれだけ人数がいても、ナザリック地下大墳墓の第八階層のような何かに叩き潰されるのではないかという悪寒が走るからだ。
「それで? アインズ・ウール・ゴウンがどうかしたんですか?」
まさか彼らも此方に来ているのだろうか。流石に勘弁して欲しいが。せめて六大神との関係が落ち着くまでは。
「実は我ら『異形種動物園』は――アインズ・ウール・ゴウンのファンギルドなんです」
「おお、よくあるやつですね。…………すいませんでした。まさかファンの前でとんだ失言を……」
「というわけで、俺の正体をお見せしますね」
アインの姿が歪む。ダークエルフの姿が、皮も肉もない骸骨へと変貌していく。如何にも魔法使いといった服装。この世界の人間であれば、
「オーバーロードか」
おそらく先程までのダークエルフの姿は幻術。アンデッドが人間種に偽装する意味はあっても、人間種がアンデッドに変身する意味はない。この骸骨の姿が彼の正体かはまだ確定ではないが。偽装に偽装を重ねている可能性もなくはない。あらゆる種族に変身可能な
「先にアインさんの為人を知っておいて良かったよ。いきなりその姿を見たらスルシャーナだと思って殺しにかかっていた」
「怖いこと言いますね。俺の外装はモモンガ――さんを参考にしたんですよ。そっくりでしょう?」
だが、この物言いだとやはりこの姿がアインの正体かもしれない。名前は偽名かもしれないが。やたら凝った名前であるため、ユグドラシルでも使っていた名前なのかは判別できない。もっとも、ユグドラシルで使っていた名前があまりにもネタ感が強いため、かっこいい名前に改名した可能性もあるのだが。
アインという名前自体、「アインズ」から取ったものだというのは想像に難くない。
「いや、スケルトンの見分けなんてつかんし。さっきも言ったけど、スルシャーナも似たようなもんだし」
紫幽王くらいわかりやすい特徴があれば判断できるが、人間ベースのスケルトン系などどれも同じように見える。せめて角をつけるとか、額に第三の目用の穴があるとか、そういう差別化をして欲しい。
「ふーん。じゃあ俺を見てスルシャーナさんだと勘違いする可能性って結構あるんですか?」
「そこそこ高いんじゃない? 声も口調も物腰も違うから面識あったら気付くだろうけど」
思い出したがスルシャーナに対して「弱いんだからせめて外装で個性を出せよ雑魚」とかつてのギルドマスター、アルティメット太郎が言っていた。そういうところだぞ、と窘めたが効果はなかった。
「あ、そういえば、モモンガは肩の装備が特徴的すぎたな。あれがないと誰か分からないかも」
あの肩の装備を外装の一部だと誤認しているプレイヤーは結構多かった。アルティメット太郎もその一人だった。アーラ・アラフが指摘すると「役立たずのくせに一丁前に俺に意見するな」と反論していた記憶がある。
ギルドの零落の理由など、ギルドごとに違うだろうが、『雪月花劇団』は間違いなくギルドマスターのパワハラとワンマンプレイのせいだ。彼にはそれが許されるだけの力があったため、ギルドとしての体裁はゲームそのものが廃れるまで保てたのだが。アルティメット太郎がギルドマスターだからこそ問題があったが、彼がいなければギルドが大きくなることもなかったため、あまり悪し様に言うのも難しい。
それこそ、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガはギルドマスターとの手腕がかなり良かったと聞いたことがある。クラン時代の代表者はワールドチャンピオンのたっち・みーだったが、ギルドになる頃に何か揉め事を起こして、モモンガがギルマスになったと随分昔に聞いたことがある。そんな込み入った事情を話してくれたのは誰だったか。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーと姉妹だと言っていたような気がするが。
「いや、顎の尖り具合とかはモモンガにそっくりなのか……?」
「声も似ているってよく言われるんですけど、分かりませんか?」
「流石にわかんねえよ。記憶って声から薄れるって言うし。そもそも記憶に残るほどモモンガの声なんて聞いたことねえよ」
不意に、わざとらしいほど不敵なポーズを取るアイン。外見も相まって如何にも魔王然とした存在がそこにいた。
「くっくっく。よく来たな、勇者よ。我こそは魔王モモンガ」
「うーん、それっぽさは一流っすね」
本人の情報を思い出せないため、物真似のクオリティに点数をつけられない。だが、薄っすらと存在する記憶ではこういうことを言うロールプレイをするプレイヤーだったはずだ。随分と昔、自分が参考にした魔王のひとり。
「いま、世界で一番魔王らしいのは僕なんですけど」
「真王だの大神だの名乗っている癖に」
「それはエルフや亜人向けの名称ですので。神の敵対者以上に、魔王が相応しい存在なんていないでしょうよ」
仮にアインがモモンガのそっくりさんなファンボーイではなく、ファンの振りをするモモンガ本人だったとしても、ネロには判別ができない。もっとも、かの魔王がネロ程度にそこまでするとは思えないが。
「本題というのは、アインズ・ウール・ゴウンのファンギルドということでよろしいですか? 正直思ったほど重大じゃなくて安心しましたけど」
アインズ・ウール・ゴウンは敵が多かった。というのも、ユグドラシルはどちらかと言えば人間種が強い世界であり、人間種のプレイヤーが主流のゲームだった。強い異形種というのはそれだけで目の仇にされるものだ。ネロ自身もそうだった。
その上でアインズ・ウール・ゴウンは好き勝手やった。滅茶苦茶に暴れた。最悪のDQNギルドとして君臨し続けた。敵が多くなるのは当然だ。逆に言えば、その姿に魅せられたファンが多いのも当然だ。そして、嫌われ者のファンというのはどこでも肩身が狭いものだ。それを明かすというのは勇気がいるだろう。
まして異世界転移なんて現実離れした状況に放り出されているのだ。初対面のネロに対して正直に伝えるには覚悟が必要な秘密だ。二度目ということで警戒心が解けたと思っていいのだろうか。
「いえ、これまでは前振りです」
「え?」
随分と長い前振りだったものだ。だが、アインの言う「本題」とは長い前振りに相応しいものだった。
「スレイン法国の特殊工作部隊『陽光聖典』が、アインズ・ウール・ゴウンと名乗る魔法詠唱者によって全滅したそうなんですが、何かご存じですか?」
「……………………なんですって?」
何を言っているのか理解できなかった。
陽光聖典という名称は初めて聞いたが、三日月湖の前哨基地を破壊した時に壊滅させた『火滅聖典』やアンが所属しているという『漆黒聖典』と同じような地位にいる組織であると推測はできる。要はスレイン法国の特殊部隊だ。
法国は人類のために裏で活動しているようだし、ネロと全く関りのない場所で強者と戦闘を行っても不思議ではない。
「混乱しています。ちょっと待ってください。すぐ冷静になりますので」
だから、ここで問題になってくるのは「アインズ・ウール・ゴウン」だった。
「確認ですけど、アインズ・ウール・ゴウンの誰かの名前ではなく、アインズ・ウール・ゴウンって名前の魔術師がいるってことですか? ギルドの名前を個人の名前として使っていると?」
ネロも今は無きギルド拠点の名前を拝借して大神を名乗っているため、ギルドの名前を使う発想自体をどういう言うつもりはない。だが、その名前がよりにもよってアインズ・ウール・ゴウンであるなら話は別だ。
ユグドラシルのプレイヤー相手なら余程のにわかでない限り知っているであろう十大ギルドの名前であるなら、その名前を個人のものとして使う意味合いは違ってくる。
彼らの悪名は洒落や酔狂で騙るには重すぎる。
「詳しい話の前に、第一印象を教えてください。ネロさんはこれを騙りだと思いますか? 本物のギルドメンバーの誰かが使っているんだと思いますか?」
「ま、まあ、ほぼ確定で本物だと思うよ。騙りで使うにはリスクのある名前だ、色んな意味でね。プレイヤーに通じる偽名ならもっと使い勝手のいい名前はあるだろうし」
もしもアインズ・ウール・ゴウンではない誰かがその名前を使っているのだとしたら、その度胸に敬意を示そう。本人たちが知ったらキレるだろうが。過激かつプライドの高い連中なのだ。狡猾で陰湿でもあった。
「魔法詠唱者ってことは、モモンガかウルベルトかな。いや、タブラとかもある……? ああ、勝手に魔力系だと思ってたいけど、やまいこや死獣天朱雀も魔法詠唱者ではあるか。ベルリバーは魔法剣士だっけ?」
記憶を辿れるだけ辿って口から出してみる。相手のファンギルドが真実かどうかの探りでもあったが、アインから感嘆の声が漏れていた。
「よく何も見ずにそれだけ出てきますね」
「そりゃ最盛期の十大ギルドの連中で気になる奴は大体頭に入ってるよ。名前と外装と大体の能力しか思い出せないけど」
アインズ・ウール・ゴウンは敵が多いため、掲示板に攻略方法が晒されているメンバーが多い。ギルドマスターのモモンガなど最たるものだろう。それを参考に自分が一騎打ちするならどのように戦うかというシミュレーションはしたことがある。しかし、如何せん最盛期の情報だ。ゲーム終了のタイミングの情報でない限り、絶対的な信用はすべきではない。他ならぬネロがそうなのだから。当然、こちらの世界に来て新しい能力を得た可能性だってあるのだから。
「あ、そうだ。アインさん」
「はい、何でしょう」
「そっちが正体見せたんだし、僕も自分の正体を明かそうと思う」
これは保険であり試験だ。アインズ・ウール・ゴウンのファンギルドであると語る彼が、自分の情報をどう扱うかの罠。
この世界でやるべきことが増えた。娘への贖罪、即ち六大神への復讐が最優先事項だ。それに付き合わせる形になる真王国の民の幸福も約束すべきだろう。そして、ここに来てアインズ・ウール・ゴウンへの対応の必要が出てきた。
その上で、異形種動物園とどう付き合っていくかは分水嶺となる。この一手で、今後の全てが決まるだろう。
「正体?」
首を傾げるアイン。骨だけの顔でも意外と仕草だけで感情は見えてくるものだ。
「ああ、元『雪月花劇団』のネロ・ネミートスってのは本当だよ。この外装も間違いなく僕本人の人間形態。どっちかと言えば、完全異形形態についてだね。そっちのレクスにも関わることでさ」
灰色の髪を持つ美男子エルフを指さす。ネロとアインの会話に一切口を挟むこともなく眉一つ動かさなかった彼は、軽く会釈した。
「僕はね。ワールドエネミーなんだ」
「……はあ!?」
やっぱりリアクションが大きいと嬉しいなあ、と微笑むネロであった。