いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
フールーダ・パラダイン。
帝国宮廷魔術師筆頭。人類最高の魔法詠唱者。生きる伝説。
そんな風に呼ばれる彼には夢がある。魔法の深淵を見るという夢が。しかし、その夢を叶えることはあまりにも困難だった。魔法の深淵に辿り着くには人間の一生はあまりにも短すぎた。禁術師の能力で老化を止めているが完全ではない。寿命は確実に迫っている。弟子を取っているのは、自分が教えるためというよりは、自分よりも先に行ける誰かを発掘するためという方が正しい。しかし、フールーダより優れた魔法詠唱者が彼の元から生まれることはなかった。常に最前線にいるのは彼自身だった。
そんな人生でようやく出会えたのだ、自分よりも遥か先の魔導に立つ者に。人間かアンデッドかなどどうでもいい。神の敵だろうが人類の障害だろうが関係ない。魔法を司るという神を信仰していたが、その信仰は今日捨てた。このアンデッドの足を舐めてでも、自分は此処よりも魔の頂に近づくのだ。
「大いなる御方よ。何卒、何卒、私を弟子にしてくだされ……!」
了承してもらえるまで頭を上げないという気合いをひしひしと感じながら、リバスは煙草――エルフから勧められて嗜むようになった――を取り出して、一服する。火はネロから貰ったライターで着けた。体に纏う紫炎はオーラのようなもので何かを物理的に燃やすことはできない。
「ふー。どうっすかな」
リバスがフールーダからの弟子入り志願に対する答えを迷っているのには理由がある。
授業料の相場が分からないのだ。
それはフールーダの価値についてであり、自分の――本体たるネロ・ネミートスを含めた自分たちの相対的な価値についてだ。
願いには対価が付き物だ。願いを叶えるために神に捧げる物は状況や時代、宗教によって千差万別だ。祈りだけで済むこともあるし、数万単位の生贄を差し出す場合もある。無論、捧げものをする側によっても価値が変わる。国王と貧乏な農民にとって金貨一枚の価値が変わるように。
不当に高くても安くても、今後に響く。無茶振りをして遠回しに弟子入りを断ってもいいが、どの程度が無茶振りになるのかが分からない。無茶振りにも限度というものがある。荒唐無稽すぎることを言って笑い者にされるのは御免だ。
それに、リバスにとって魔法の行使は魚の泳ぎ方のようなもの。自意識が出来た瞬間から使える機能だ。鳥の飛び方のように教えることはできない。
「困ったことに、俺は懸命な人間が大好きなんだよな」
一刀両断に断るのは簡単だ。しかし、ヒトに請われたのだ。魔王の心臓にして神の眷属たる己にはそれに応える義務がある。
これが衆目でなければネロかレクスの元に一度転移して聞いてくるのだが、大勢にそれを見られるのは格好が悪い。役者なのだから――ワールドエネミーの眷属の第二位なのだから格好はつけねばなるまい。
「おまえさんをこっちに引き込めばあのバカどもへの嫌がらせになることは間違いないっぽいんだけどな」
周囲の人間の反応を見る。信じられないものを見るような目で平伏する老人を見ていた。敵意を向けている者がいないのは、誰もが状況を受け入れることができないためだ。騎士と思わしき男が震える声で老人に話しかける。
「ぱ、パラダイン殿……? な、何かの冗談ですよね? そ、その、相手を油断させるための、罠ですよね? まさか、そのようなアンデッドがパラダイン殿より上の――」
「何を言う、無礼であるぞ! この御方は私よりも遥か上におられる魔法詠唱者! 平伏以外の何をしろというのだ!」
しかし、疑問が一つある。召喚モンスターである自分を見てこれほど恐れ戦いているのだ。おそらくスルシャーナたち六大神を直接見たことがないようだ。そして、逢える可能性は非常に低い立場にある。具体的にどのような手段で自分の能力を計ったのかは断定できないが、少なくとも一目見て弟子入りを即決する程度には信頼を置いている何かを使ったことは間違いない。
この老人は何故、スルシャーナたちと出会ったことがないのか。地位が足りないと考えるのが妥当だろうが、周囲の反応から察するに違う気がする。
(やっぱり、そういうことなのかねえ? レクスはもう確信しているっぽいし、本体も無意識じゃ気づいてんだろうけど)
しかし、そこには一つ、勘違いがあった。
リバスはフールーダのことを法国の人間――法国の魔法に関する研究機関の偉い研究者だと勘違いしている。そして、フールーダはそのことに気づいていない。自分が帝国の人間であると、リバスは既知であると誤認している。
これにはいくつかの要因がある。
まず、リバスが法国の人間とそれ以外の人間で名前の法則が違うことを知っていない。法国の人間は個人名と苗字の他に、例外なく洗礼名を持っている。しかし、帝国や王国では法国とは宗教的な考え方が違うため、貴族や神官以外が洗礼名を持つことはない。ちなみに、聖王国では王族や最高司祭すら洗礼名を持たない。リバス含めたコスモス一派は洗礼名をただのミドルネーム程度にしか認識していない。そのため、洗礼名を持たないフールーダのことを法国人ではないと認識できない。
次に、ここに帝国の人間がいるという発想がない。今日という今日までそれらしい人間を見かけなかったことが大きい。実際は帝国や王国の人間もそれなりにこの場を訪れていたのだが、リバスには見分けがつかなかった。なまじ異形種動物園から「近隣国家で六大神信仰をしているのは法国だけ」という知識を仕入れていたため、「宗教上の対立がある国が同盟を組むのは難しい」という憶測が生まれてしまったのだ。
これがレクス・セントラル――世界喰いの神官として創造されたエルフならば話は違っただろう。しかし、所詮、リバスはNPCならざる召喚モンスターでしかない。そして、ユグドラシルの制作が定めた紫幽王のフレーバーテキストに賢さに関する項目はない。更に、召喚者にして本体たるネロ・ネミートスはずば抜けて賢いわけでもない。
「あいつらが叶えない願いを、『僕』が叶えてやるのも一興だな」
「師よ。お望みならば私の全てを捧げます……!」
だから、リバスが先程の授業料についてある結論を出すことは必然だった。
「じゃあ、あれだ。おまえの国にエルフの奴隷がいるよな。あいつらは一応、我が国の国民ってことになるからよ」
法国が捕虜にしたエルフを奴隷として出荷する先は帝国が多い。だから、リバスとフールーダの勘違いは修正されずに話が進む。
「は、ははぁ! 直ちに国に戻り法を改正してエルフの奴隷を禁止に――」
「あー、違う違う。話は最後まで聞け」
「申し訳ありません!」
声の大きさに辟易しながらも、相手が法律を変えられる程度には権力があると確認できた。
「禁止じゃなくてよ、所持に対して課税してくれねえか?」
「は、はあ。何故でしょうか?」
不思議そうな顔をする老人に、アンデッドは言う。
「うーん。理由はいろいろあるんだけど、一番はあれだな。本体――我らが真王陛下は大樹海から出られないからな。俺も燃えカスエルフも虐殺向きじゃねえし、外部への攻撃はどうしても他にやらせねえといけねえ。そうなると問題なるのは主戦力のエルフたちのモチベーションだ。同胞を取り戻すためにな、あいつらも頑張って鍛えてんのさ。分かりやすく言ってやろうか? エルフの奴隷がいなくなったらよ――」
心底悍ましい声音で、愛と勇気を試す影は告げる。
「『僕』がおまえらの国を滅ぼしていい理由がなくなっちまうだろう?」
そんな風に図らずも、真王国は法国だけではなく帝国にも事実上の宣戦布告をしてしまうことになった。
■
ワールドエネミー。
レベル百のプレイヤーが三十六人で挑むことが前提のレイドボス。ユグドラシルにおける最強の個。公式ラスボス「九曜の世界喰い」から始まり、「八竜」「七大罪の魔王」「セフィラーの十天使」、大型アップデートで追加された「第六天天主」「五色如来」の計三十二体が存在していた。
故に、最新の世界喰いたるネロ・ネミートスは三十三番目の災厄。滅ぼすべき世界の敵。プレイヤーでありながら、最強のレイドボス。
しかし、世界を滅ぼす存在が世界を滅ぼせないように制限を受けるというのは皮肉以外の何物でもないだろう。
「――というわけで、僕は大樹海から出られないんですよね」
「へー。不便ですね」
ネロがアインたち異形種動物園に自らの正体を明かした理由は複数あるが、一番の理由は、いつまでも隠しておくことが不可能であるためだ。さっさと自分から暴露した方がタイミングを逃さずに済む。それに、この世界にはプレイヤーがそれほど多いわけでもないようだ。ならば隠す意味は薄い。
「まさか大樹海前の破壊痕が『通常攻撃』によってできたもので、線で引いたような遮断は『世界のルール』によるものだったなんて、いくら何でも予想外ですよ」
「だろうね。僕も大樹海で世捨て人として永住を決めてたら一生気づかなかったと思う」
自分から口にしておいて何だがあまりない可能性だ。自分は思っていた以上に――孤独に弱い。何年も、演者が戻らず閑古鳥が鳴く劇場を守り続けていたというのに。
「それにしても、世界喰いの権能というのは非常に興味深いですね」
「でしょ? 僕も自分で思いつく限りの実験はしたんだけど、他のプレイヤーさんの意見も聞いてみたいな。何かある?」
「そうですねえ。うーん」
しばらく悩ましげに唸っていたアインだが、やがて口を開く。
「まず第一に、ネロさん自身はどう思っているんですか? ワールドエネミーといえばカンストプレイヤー三十六人で挑むようなレイドボス。完全異形形態になった自分が、三十六人のプレイヤーを相手にできるという実感はありますか?」
「正直に言えば、ある」
絶対の自信を持って、断言できた。
この世界に自分より強い生物などいない、と。俺こそが最強であり頂点であり絶対なのだ、と。
「完全異形形態になった時、全能感ってものを知ったよ。ああ、これなら世界の全てを破壊できるなと、本気で思った。あの瞬間、たぶん僕の頭からスルシャーナたちのことは消えていた。ワールドチャンピオンだろうがワールドディザスターだろうが敵じゃない。怖いものなんて何もなかった。生まれて初めて、自由になれた気がした。ただ衝動のままに――世界をぶっ壊したかったんだ」
「それほどですか」
「だからこそ、境界線にぶつかった時は冷や水かけられた気分だよね」
「やっぱりそこですか」
「うん。そこだよね」
ワールドエネミーになったことの代償は細かく考えると色々あるが、やはりエリアから出られないのは最大のデメリットだろう。
レクス曰く、ネロが大樹海から出られないことはワールドアイテム『九曜の宝珠』を取り込んだ瞬間に決まったらしい。あの瞬間、ワールドエネミー『六眼星龍コスモス』は完成し、自らの縄張りに閉じ込められた。……詰まる所、ユグドラシルサービス終了に間に合ったとしても、六大神への復讐は実行できなかったことになる。彼らのギルド拠点と劇場都市コスモスウェイは違うワールドにあった。当然、自分の縄張りから出られないネロが彼らの元に行くことはできなかったのだ。
そう考えると、やはり自分は恵まれているのだろう。このような形で復讐の機会に恵まれたのだから。
「ただ攻撃力は物理も魔法もプレイヤーの範疇を超えていないんだよね。大樹海の入り口で暴れた痕跡を見たなら理解できるだろうけど、あれを再現することはレベル百プレイヤーなら可能だ。だからこそアインさんも僕が言うまでワールドエネミーなんて可能性は考えてなかったんでしょ?」
「まあ、そうですね。ファイナル・グレイがいたし、ワールドエネミーがいるかも、とは考えていたんですけど。まさかネロさん自身がワールドエネミーだとは」
プレイヤーがワールドエネミーになるという発想自体はそれほど奇異なものではない。だが、目の前にいるプレイヤーが偶々ワールドエネミーになれる手段を得れたということを察しろというのはかなり無理だろう。もし可能ならばそれはどんな脳みその持ち主だ。
「まあ、大樹海から出られないわけだからさ、アインさんたちから情報を買いたいんだよね」
「情報ですか」
「そう、情報。何も国家機密なんかが欲しいわけじゃない。例えば人間の国での真王国の評判だね。僕のこととかどう伝わってるのか気になるじゃん。六大神がどういう風に流布しているのかとかさ」
「あ、それでしたら『大樹海の巨竜』のことは法国以外だと、法国に一番近い位置にある都市ですらなんとなくの噂程度ですね」
「え」
「ネロさんは自分がエルフを率いているつもりなんでしょうけど、どっちかと言えば竜を支配したエルフが法国に逆転しているってのが噂の内容で、巨竜についてはエルフのついで程度の認識です」
「え」
「それから――コスモスやネロ・ネミートスの名前は伝わっていませんね。当然、古い文献や神話なんかにも残されていないみたいです」
「普通にショック! ……なんちゃって」
口ではとぼけるような台詞を言いながら、明らかにショックが隠しきれていない様子のネロ。劇団の一員であった以上、これは芝居と見るべきだろうか。それとも、役に入り切れていない素だと見るべきだろうか。
「そういえば、情報を買いたいって話ですよね。……ここだけの話、俺もこっちの世界で活動するのにお金に困っていまして」
「あ、そうなの? 早く言ってくれたら良かったのに。鉱山でも作ってあげようか? アダマンタイトまでが限度だけど」
「スケールでかいな! この世界だとアダマンタイトなんて小さなプレート一枚でも一財産扱いされる価値があるんですけどね」
「僕はそれすら知らないからねー。もっと色々教えてよ」
その後、ネロとアインはお互いがお互いの需要を満たせることを知った。
「使い勝手のいい労働力ですか? 死体から作った中位アンデッドは消えないのでそれをお貸ししましょう」
「チーム戦の練習ができない? いいぜ、この『六色演目』がサンドバックになってやろうじゃないの。高位の眷属も使い捨てでいいなら揃えておくよ」
「ドワーフ、ですか。ちょうど知り合いにドワーフと面識のあるリザードマンがいまして」
「ちょっと特殊だけど、ワールドエネミーの力ならアンデッドでも飲食ができる空間を用意してあげられるぜ?」
「エルフたちに教育を……。成程、成程。教員にちょうどいい者がいるので紹介しましょうか?」
「死体? 定期的に人間が侵入してくるからねえ。集めておくから好きに持って行ってくれていいよ」
「ネロさん、貴方とは長い付き合いになりそうだ」
「アインさん、貴方とは仲良くさせてもらいたい」
そんな風に、二人の魔王は硬い握手を交わして同盟を締結したのだった。