いつか神を滅ぼす日のために   作:観察者X

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エルフ

 大樹海のとあるダークエルフの村にて――

 

「アジュの村から使いが来たそうだが、何かあったのか?」

「ああ。大事件だ。アジュの村に近くにウルススの王種(ロード)がいるという話は知っているな? そいつが何かに食い殺されたらしい。アジュの村の狩猟頭が狩りの途中で死体を見つけたそうだ」

「なっ! ウルススの、それも王種(ロード)に勝てる奴がいるってのか?」

「現場にはほとんど骨しか残っていなかったそうだが、大きさから見て間違いないそうだ」

「そいつは、また、なんとも……。あのあたりで縄張りが変わるってことか」

「しかし、アジュの村はここから離れた場所にある。そんな危険な猛獣がいるなら森が落ち着くまで村から出ない方が安全だと思うが、何故わざわざ使いなど」

「それがな……血痕から推測されるに、ウルススの死体が見つかった場所がウルススの死んだ場所で間違いないそうだ。しかし、そこにはほとんど戦闘があった形跡がなかったらしい」

「どういうことだ?」

「ウルススの、それも王種(ロード)ともなれば雄叫びも大きい。全力ならこの村に聞こえるほどに。だが、俺たちは最近ウルススの雄叫びを聞いた覚えなどないし、アジュの村でも同じとのことだ」

「つまり?」

「ウルススの王種(ロード)相手に雄叫びを上げさせる暇もなく、一撃……は無理でも数発の攻撃で仕留めるようなバケモノがこの森にいるということだ」

「そ、そんなバカな」

「しかも、装甲や尻尾の先端まではっきりと歯形があったため、とんでもない強靭な顎を持つ悪食である可能性が高いそうだ。ちなみに、歯形のサイズはダークエルフと大差ないそうだ」

「ウルススの装甲を傷つけたのか? 歯で? しかもダークエルフと同じってことは身体も同じくらいってことかよ」

「どんなバケモノだ。でも頭は良くなさそうだな。あの装甲が食べられそうにないことは馬鹿な獣でもわかる」

「頭が悪いなら罠に簡単にかかるかもしれないか? いや想像通りの怪物なら罠ごと破壊するな。それに、ダークエルフと同じくらいのサイズなら身軽かもしれないか」

「アジュの村とて危険を承知で、そのバケモノの情報を集めているということだ。この村に伝えてくれたのはついでで、本命は村が無事かどうかの確認と情報収集だろうな……」

「仮に村が襲われていても無事でも、ウルスス殺しの移動ルートの範囲は絞れるというか」

「俺たちも森に出て調べるべきか?」

「いや、危険すぎる。どうあっても森は荒れるだろうからな。調査はアジュの村に任せて俺たちはしばらく村に篭っていた方がいいだろう。協力を仰がれたら別だがな」

 

 この後、アジュの村を含めたダークエルフの調査によって無残に食い殺された大型モンスターの死体が次々に発見される。だが、死体の発見は数日でぴたりと止まった。縄張りを持たぬ強大なモンスターが流れてきたが、何かが気に入らずまた別の場所に流れてきたのだろうと予測された。

 

 後に大樹海全体を巻き込んだ騒動もあって、この「ウルスス殺し」の存在はダークエルフたちの間では薄れていった。何かの席で時折思い出したように語り合う程度だ。

 

 数年後、旅の途中でこの村に立ち寄った魔法詠唱者がこの「ウルスス殺し」の話を聞いた時、正体を察して人知れず腹を抱えるのだが、現在はまだ関係のはない話だった。

 

 

 

 

 

 近隣諸国では最大の国力を持つスレイン法国は、エルフの王国と長い戦争状態にある。かつては協力関係にあったものの、百年ほど前にエルフ側の裏切り――エルフ王の凶行により戦争が始まってしまったのだ。

 

 エルフの国があるエイヴァーシャー大森林には難所と呼ばれるような場所はない。厳密には強力なモンスターが生息する地帯や亜人の小規模国家などもあるが、要塞級の建造物や人間には踏破不可能な過酷な地形があるかと言われれば否である。

 

 しかし、難所が時折発生することもある。それは個で群に匹敵する強者が生み出すものだ。

 

 大森林に投入される法国の軍隊は職業軍人であり、一般人を徴兵した民兵とは練度が違う。場所のアドバンテージはエルフにあっても軍隊としての完成度では法国の方が上だ。しかし、強力な個はそうした数の理や戦略など丸ごと吹き飛ばしてしまう。英雄の領域に達した戦士は万の兵に匹敵し、たった一人で戦局を塗る変える。この世界の常識である。

 

 例えば、森の中を移動するエルフの少女、ルーギもそうだ。

 

 人間でいえば八歳ほどの外見。エルフの背丈は人間より小さいため、更に幼く見える。体に不釣り合いな大きな弓と弓筒を持っている。

 

 ルーギは現エルフ王とミューギという女エルフの娘だ。王女という立場であるが、それを幸運に思ったことは一度もない。原因は王の人格だ。

 

 王は自分の子どものことを戦力としか見ていない。正確には戦力とすら見ていない。過酷な戦場に出して、強者と戦わせることで強制的な成長を促しているのだ。これはある程度戦えるようになった王の子ども全員がやらされていることだ。

 

「おーい、そこのお嬢さん」

 

 突然の声、そこを見れば人間がいた。

 

 人間。エルフに似た形をしている生き物だが、耳の形状が違う。そして、エルフが戦争をしている法国という国の生き物だ。

 

「おっと、驚かせてしまったかな。怪しいものじゃないよー。怖くないよー。食べないよー」

 

 矢筒から矢を取り出して、弓を番える。威嚇のつもりだが相手は意に介した様子がない。恐怖どころか警戒さえしていない。ルーギが子どもだからと侮っているのだろうか。

 

 だとしたら、どれだけ優しい環境で育ったのか。

 

「ん? エルフか。久しぶりに知的生命体に出会えたぜ。いやー、こっちに来てから熊とか鹿とか狼とか大蛇とかにしか出会わなかったからなー。やっぱり人間の形をしている生物って落ち着くわー。僕って人間嫌いだと思っていたんだけど、その認識を改めないとな。結構人恋しい性格だったみたいだ」

 

 いくらなんでも無警戒すぎやしないか? ルーギは子どもながらに怪訝に思った。もしかして同族かと思い、耳を確認する。

 

「おっと、自分語りが過ぎたな。えーと、とにかくお兄さんは怪しいものじゃないよー。……もしかして言葉通じてないのかな。あー、日本語わかりますかー? ハロー?」

 

 髪や帽子で隠しているわけでもないため、すぐに分かった。人間の耳だ。ハーフエルフのそれですらない。まさか人間でありながらエルフと法国の関係を知らないわけでもあるまい。おそらく此方を油断させるための罠か何かだろう。

 

 その瞬間、ルーギの鼻をつく強烈な匂いがした。

 

 目の前の人間から、泥と藻の匂い。そして、それに隠れるような、隠しきれないほど夥しい血の臭い。

 

「どうかその弓を下ろして――」

 

 人間の言葉が終わる前に矢を放つ。障害物もなくこの距離だ。外すわけがない。鎧もつけておらず、特殊な能力を込めなくても殺せるはずだ、

 

 予想通りに着弾。確かに人間の眉間に命中した。しかし、人間は倒れない。流血は勿論、のけ反りさえしないし、痛がっている様子さえない。矢はまるで硬い岩に弾かれたような音を立てて、地面に落ちた。

 

「おいおい……」

 

 ギチリと、人間は笑った。獰猛さを隠そうともしない、威嚇する魔獣のような笑顔だった。背中に冬風のような感覚が走った。

 

 それを見て、ルーギは再度矢を放つ。ほとんど反射だった。逃げるという選択肢はなかった。一瞬でもこの人間から目を放つのが怖かった。背中を向けるなど論外だ。

 

「え?」

 

 しかし無傷。人間は健在だった。おかしい。あまりにも不自然だ。父王でもあるまいし、魔法か何かで防いだにしろ異常だ。まさか、この生き物は人間ではないのか?

 

「一発目なら許すけどさぁ、二発目はねえだろう。――何しやがる、このクソガキが!」

 

 人間――人間らしき生物が、右足を上げたかと思えば、そのまま地面を踏みしめる。その瞬間、とても大きな音がした。

 

 ルーギの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 気絶して大地に横たわるエルフの幼女を見落ろしながら、ネロは頭を抱えた。

 

「僕は阿保なのか」

 

 森を彷徨うこと一日と半日。道中で出会うものと言えば知性なき獣ばかり。人為的な痕跡は僅かにあれど住居は見つからず。補充できるか分からぬ以上、食料は大型魔獣を喰らうことで飢えを凌いだ。

 

 ようやく出会えた知的生命体らしき生物。そんな相手を気絶させてしまった。しかも、相手は幼女だ。この世界の法が現実世界と同じなら問答無用で警察のお世話になってもおかしくない。

 

「僕ってこんなに頭の血が上りやすい奴だったっけ? 人間じゃくなったのが精神にも影響してんのかな」

 

 いくら弓で射られたとはいえ、あの程度の攻撃などネロには痛くも痒くもない。文字通りの意味で毛ほどのダメージもない。厳密には塵程度のダメージはあるにはあるが、そんなもの、攻撃を受けた直後に自動回復能力で癒えた。

 

 もしかすると、この世界のエルフ特有の挨拶かもしれない。相手が子どもであることを考えれば遊びのつもりでじゃれてきた可能性だってあるではないか。いやいや、突然見知らぬ不審者に話しかけられて錯乱状態だったのかもしれない。

 

「気絶に留めたのがせめてもの救いか。咄嗟に能力使った割にはダメージが入る攻撃使わなくて良かった」

 

 というか、軽く脅かすつもりで、通じるとは思っていなかった。使った技はネロが持つ技の中で最下級の部類だ。一定確率で気絶状態にするものだが、レベル三十相当の耐性があれば簡単に耐えられる程度のもの。

 

 不躾かもしれないが、魔法でこのエルフの能力は鑑定済みだ。その結果、彼女がネロの鑑定能力を上回る偽装をしていない限り、軽く小突いただけで死んでしまうような貧弱な生命であることが判明した。これならば先日出会った大熊の方が一回り強い。

 

 この森を彷徨っている間、それなりに獣などには出会ったがいずれも脆弱だった。レベルだけならあの大熊が一番高いだろう。

 

 極端な出会い方をしてない限り、この森の最高値は三十強といったところか。

 

「まさかこの森のエルフがこの娘だけってことはないよな……。人間に森を焼かれて逃げてきた可哀想なエルフだったらどうしよう。ふっ、僕が十割悪者じゃん。いや、ユグドラシルじゃ魔王ロールをやったこともあるけどさ。こんな意味不明な異世界(仮)で魔王やるほど酔狂じゃねえんだよ、僕は」

 

 ユグドラシルの魔王と言えば、ワールドエネミーの「七大罪の魔王」や「第六天天主」だ。

 

 次いで、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のモモンガを思い出す。ユグドラシル全盛期の十大ギルドの一角にして最悪のDQNギルド、そのギルド長。一部では非公式レイドボスなんて呼ばれたものだ。……種族が同じなだけに、スルシャーナを思い出した。

 

「あの人たちもこっちに来てたら世界征服しようなんて言うのかね? いや、その前に僕の存在を知ったら討伐に来るかもな。アインズ・ウール・ゴウンに限った話じゃないけど」

 

 小さな世界喰い。すなわちワールドエネミーになったプレイヤー。と言っても現時点でネロがワールドエネミーとしての性能を自由に使えるかと言われればそうではない。完全異形形態でなければ、一般的なレベル百プレイヤーを逸脱するようなスペックではないのだ。

 

 自分の現状さえ正確に文章化できないような状況なのだ。下手に目立つ真似は避けたい。ワールドエネミーはレベル百プレイヤーが三十六人で戦うような怪物だが、ここで騒ぎを起こせば百人以上集まるかもしれない。ユグドラシルにおいて、レベル百プレイヤーというのはちょっと苦労すれば誰でもなれるような存在だ。

 

 この森の生物が特出して弱いだけで、この世界の平均レベルはめちゃくちゃ高いかもしれない。

 

 とりあえず、この幼女が目を覚ますまで待つとしよう。気絶しているだけで生命に異常はないようだ。魔法の効果で気絶させた以上、状態異常を回復させる魔法で目が覚めるかもしれないが、万が一を考えると時間経過で自然に目を覚ます方が良いだろう。

 

 せめて少女をちゃんとした場所で寝かせるべきだ。コテージを出して中にあるベッドで寝かせるとしよう。印象が最悪である以上、どうやって回復すべきかは分からないが、地べたに置いたままでは下回るばかりである。

 

 そう思い、少女に手を伸ばしたら背後から気安い声が聞こえた。

 

「やれやれ」

 

 ネロは一瞬硬直して首だけで振り返る。背後に一人のエルフがいた。存在に全く気付かなかった。元々探知の類は苦手なのだ。隠れるのも苦手だ。鑑定能力は直に触れないと使えない。

 

(こうして思い返すと僕ってマジで召喚と回復以外何もできないな。コンソールだけでも出てくれればなあ)

 

 そこにいたのは成人男性のエルフだ。ユグドラシルのエルフは寿命が千歳という設定で、最初の十年と最後の十年以外は外見年齢の変化が乏しかったはずだ。この世界のエルフが同じとは限らないが、もしも同じならば、このエルフがどの程度の年齢層なのか外見ではいまいち理解できない。妙に貫禄があるため、成人したばかりというのは考えづらいが、中年か老年手前かは判断できない。

 

 そのエルフの特徴を一点挙げるとするならば、目だろうか。左右で瞳の色の違うオッドアイ。ユグドラシルでは、ある理由からエルフ系の目をオッドアイにするのが流行っていた。

 

 おそらく強い。少なくとも、この世界に来てから出会った生物の中ではダントツだと思われる。詳しいことは鑑定してみないと断定できないが、会話もせずそれは不躾だろうと控える。

 

 まさかプレイヤーかと身構えるネロ。しかし攻撃態勢にはならない。相手を刺激しないよう、正面に見据えるだけに留める。そんなネロの挙動を気にもせず、オッドアイのエルフは言う。

 

「知っているか、人間。命のかかった極限状況で強者と戦うことが最も早く強くなれる手段だということを?」

 

 エルフの口から聞こえてきた言葉が日本語であったことに安堵したが、内容は理解できなかった。

 

「はい?」

 

 此方の身元を聞いてくるか、幼女から離れるように警告してくるかと思ったが全く違った。いきなり何の話だか分からず首を傾げると、次の言葉で表情が抜け落ちた。

 

「もしかしたら成功例かと思って母体からとっとと引き離したんだが……無能め。私に手間をかけさせただけ他の失敗作に劣るな。やはり王の相が出ていないものはゴミだな」

 

 ネロがその言葉が大地に横たわる少女に向けられたものであることを理解するのに、少々時間がかかった。込められた意味と感情を理解し、反芻すると、強い頭痛に襲われた。

 

 ――おまえは母親のようにならなくてはいけない

  ――役目を果たせずに死んだあの子の代わりを務めるべきなんだ

 ――それが、母親を殺して生まれてきたおまえの唯一の存在価値だ

    ――一人産むだけで死ぬなんて、なんて要領の悪い

  ――あの子は失敗ばかりの駄目な子だった

     ――おまえもきっと、母親と同じ役立たずなのだろう

   ――おまえのような愚図しか埋めないなんて

 ――母殺しの悪魔め

 

 封じていた記憶。忌々しい過去。消し去りたい言葉の数々。今なお残る脳髄に刻まれた呪い。

 

 

 ――■殺しの魔王め

 

 

「うん? 何だ、そのゴミは殺していないのか?」

 

 エルフの言葉で現実に引き戻される。ネロは顔から冷や汗を流しているが、エルフは気に留めた様子もない。自分を前にすればその程度の動揺は自然だと言わんばかりだ。ペラペラと自分の都合だけを、一々ネロの精神をかきむしるようなことだけを言う。

 

「武器だけ回収するつもりだったんだがな。まさか育てて母体にでも使う気か、人間。流石にそれを許すほど私は寛容でないぞ。そんなゴミでも死ぬまで王たる私のーー」

「――もういい。黙れ」

 

 どうやら、こいつは殺していい相手のようだ。

 

 事情は分からない。男が言った言葉の意味は半分も理解できない。少なくとも、自分よりも彼の方が正当な権利や身分があるだろう。

 

 しかし、そんなものどうでもいい。

 

「黙れ、だと? 人間、まさか私に言ったのか?」

 

 エルフが心底不快そうに言う。それに対して、ネロは芝居かかった動きを添えて、こう返した。

 

「――――ええ。大変恐れ入りますが、お客様。他のお客様のご迷惑となりますので、公演中のおしゃべりはご遠慮ください」

 

 インベントリからマジックアイテムの仮面を取り出し、被る。顔にも心にも仮面をつける。本心を隠して殺意に蓋をする。

 

「……何を言っているんだ、おまえは。他の、客? ここには私とおまえしかいないぞ?」

 

 ぽかんとするエルフ。不快感が薄れるほど困惑している様子だが、ネロは構わず続ける。

 

「それでは皆様、長らくお待たせいたしました。ネロ・ネミートスの『六色演目』開演でございます! 命果てるまでご笑覧あれ」

 

 さあ、あの時振りの舞台だ。観客は一人しかいないが、盛り上げていこう。

 

 お代に命をもらっていく。

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