いつか神を滅ぼす日のために   作:観察者X

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鮮血帝

 ――大樹海にはフールーダ・パラダインを超える強大なアンデッドがいる。フールーダは咄嗟の機転を利かせ、弟子入りの振りをして取り入り、魔王を内側から倒そうとしている。

 

 国内外を問わず、フールーダの弟子入り騒動はそういうことになった。

 

 派手に喧伝しているがエルフやドラゴンに伝わるのではないかと心配する者は少ない。相手がエルフやドラゴンであり、それほどの知性はないという偏見が広まっているためだ。

 

 実態を知る者からすれば強引な言い訳だっが、他国の多くはフールーダが本気でアンデッドに弟子入りしたとは考えていないだろう。帝国の歴史とともにあった大魔法使い、存在をちらつかせるだけで他国を牽制できる逸脱者は伊達ではない。「フールーダを超えるアンデッド」の話すら本気にせず、法国が主張する「人類の危機」を帝国が利用しようと考えている者さえいるだろう。実際、ジルクニフ自身、フールーダの穴を埋める意味でも、このままで終わるつもりはない。

 

 果たして、現時点で「人類の危機」を誰がどの程度真剣に考えているのか。それは歴代最高の皇帝と名高いジルクニフにとっても推測が難しいところだった。特に、リ・エスティーゼ王国にいる怪物の如き女がどういう認識なのかは知っておきたい。

 

 法国や神殿勢力に対しての一応の弁解をした後、ジルクニフは自身も大樹海に向かうことを決めた。「人類の危機」を自身の目で見定める必要があると判断したし、アンデッドがフールーダに出した弟子入りの条件「エルフ所持に対する課税」についての話し合いのためだ。無論、そういう建前で相手の戦力などを見定めるつもりだ。

 

 法国から渡された情報の中で気になったものがある。「現在のエルフ王は大樹海出身のエルフではなく、前王を殺害してその王座を手に入れた」「エルフ王を始めとして逸脱者を超えた存在が複数いるようだが正確な数は不明」の二つだ。おそらく後者の中のひとりが、件のアンデッドなのだろう。

 

「いかに神代の魔王の配下であろうと、流石にフールーダを超える魔法詠唱者が何人もいるはずがない。おそらくそのアンデッドとやらは寿命がない肉体と精神によって長き時を魔法の研鑽に費やした存在なのだろうな。エルフ王と何らかの契約を結んでいてその条件として連れてきたと見て間違いないだろう」

 

 ジルクニフの見解に反対意見は出なかった。その後の、アンデッドがフールーダよりどの程度上なのかという不毛な議論は少し長引いたが。

 

 多忙を極めるジルクニフが国を空けることなど例外的な事例だったが、それ故に道中で子どもの時以来の昼寝ができたのは嬉しい誤算だった。

 

 大樹海についたジルクニフを待っていたのは、『奇跡の壁』という大仰ながら決してその名前に劣らない地獄の光景だった。

 

 名のある吟遊詩人ならばどのように歌うかなどと現実逃避していると、件のアンデッドが転移してきた。フールーダと二言三言話すと、一行の馬車ごと王都に転移された。

 

 元はエルフの王都だったという、現在は多種多様な種族が混在して生活している都市。そこは明らかに森の蛮族という印象の都市だったが、多種多様な種族が行きかっていた。文明レベルは帝国が上であろうが、これからは分からない。強大な王の下に統一された多種族によって想像以上の発展があるかもしれないからだ。

 

 アンデッドに都市を連れられている間、当然だが住人たちの視線を向けられた。そこに込められた感情はエルフからは警戒や憎悪、敵意が主だった。それがエルフを奴隷として扱っているからか、帝国と法国の区別がついていないからなのかはわからなかった。エルフ以外の市民――人間種ですらない亜人からの感情は詳しくは分からないが、おそらく興味や食欲だろう。

 

 都市と言ってもそれほど巨大ではないため、王城にはすぐ到着した。王城の前に鎮座する巨大で真っ白な虎に圧倒されながらも、ジルクニフ一行は真王との謁見を許された。

 

 少しは頭を休める時間をくれ、というジルクニフの祈りは神に聞き届けられることはなく、彼らは魔王と対峙することになった。

 

「お、おお……」

 

 帝国の城とは比較するのも烏滸がましい蛮族らしい城と、それにふさわしい王の間にあたる部屋。ジルクニフたちを除けば、そこには三つの存在がいる。ここまで案内を担当したアンデッド、左右の瞳の色が違うエルフ、そしてナニカ。

 

 玉座の座っていたソレは、形だけは人間に近かった。

 

 耳の形状がエルフではないが、相手がエルフでも人間でもなく、魔法か何かで変身した姿なのだと察することはできた。だがコレが人間であるはずがないと、その場にいた誰もが思った。

 

 装飾の類が一切ない重厚な石の玉座に腰掛け、蔓が絡みついた黄金の王冠を被り、豪華絢爛な衣装に身を包み、頬杖をついている。顔は布で隠しているが、その視線がジルクニフを見定めるように向けられているということだけは確かだった。

 

 聞いていた話より随分と小さいが、魔法か特殊能力で変身しているのだろうか。誰に説明を受けるでもなく、目の前の『これ』がそうであると理解できた。

 

 真王コスモス。大樹海の僭主。六大神が滅ぼした魔王。

 

 それは決して誇張ではなかった。フールーダより上のアンデッドがいたという段階で想定はしていたはずだ。『奇跡の壁』を見た時に覚悟はしていたはずだ。あの圧倒的な破壊の痕跡を見て、自分の想像を遥かに超えた超常存在であると理解したはずだ。だが、それさえもあまりに甘い認識だった。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 政治に興味はなく其方の手腕もよくはなかったが、長年宮廷に勤めていた身だ。初対面の雄叫びが無礼であると知らぬフールーダではない。否、政治的な場に無縁な村人であろうと礼に欠く行為だと理解できるはずだ。だが、堪えることなどできるはずがなかった。

 

「神よ! 不肖の身の前に降臨してくださったことを、感謝いたします!」

 

 フールーダだけでなく、その場にいた誰もが察した。目の前にいるソレが人間にどうこうできるような存在ではないことを。

 

 神代の魔王がそこにいるのだと。

 

「控えよ、人間」

 

 声を発したのは玉座のすぐ傍にいるエルフ――燃え尽きた灰色の髪をしたエルフだ。エルフという種族は全体的に人間よりも顔が整っているが、他のエルフと比較しても恐ろしいほど整った顔立ちだ。そして左右で色の違う瞳。法国からの情報にあったエルフの新王レクス・セントラルに間違いない。

 

 その顔はひどく不快そうだった。そんな表情を浮かべてなお美しいという印象があるのは驚きだ。ジルクニフも自分の顔には自信があったが、彼も勝るとも劣らない。

 

「ここは――神前であるぞ」

 

 神と呼ぶのか、この魔王を。仕えると言うのか、この災害に。

 

「まあ、そこの老人は置いておこう。貴様らは何故、この場に来た?」

 

 その問いは嘲笑であり侮蔑だった。疑問を向けているのではなく、見下すだけの前振り。

 

「我らが神は人間の絶滅を望まれている。神が望んだのだ。現実がそうなるのが道理というもの」

 

 それは理不尽だった。それは不条理だった。だが、彼自身はそうは思わない。おそらくこの国の全てのエルフや亜人たちに共通している、あるいはこれから教え込む思想なのだと瞬時に理解した。

 

「六大神という大罪人。我らが神を滅ぼし、聖域たるコスモスウェイを滅ぼした。そして、貴様らはそんな奴らに救われた。救われてしまった。奴らに救い主などという功績を与えてしまったのだ。人類がいる限り、六大神が人類を救ったという偉業は残り続ける。よりにもよって薄汚い裏切り者が神を名乗るなどという暴挙、許されるはずがない」

 

 相手の存在感に圧倒されながらも、ジルクニフは思考し、理解する。スケールが大きいだけで、要は殺された側が殺した側に復讐をしようという話だ。奪われた国が奪った国に報復をしようという話だ。単純ではあるが、それ故に打てる手段は限られる。

 

「人類を一人残らず滅ぼし、『六大神が人類を救った』という功績そのものを世界から消し去る。それが真王陛下のお望みであり、この真王国の絶対なる国是である」

 

 和解の余地はない。和平の手段などない。一切の講和を拒絶する。この美しい灰色のエルフからはそんんな強靭な意思を感じた。これが彼だけのものなのか、先程から一言も発さず微動だにしない魔王の代弁をしているだけなのかは判断に苦しむ。

 

「故に問う。貴様らは何故、わざわざ死ぬために来た?」

 

 ジルクニフは賭けた。無論、それなりに勝算があっての博打だ。エルフ王は無視して、魔王に言葉を投げかける。

 

「はじめまして、真王陛下。私はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。バハルス帝国の皇帝だ。気軽にジルと呼んでもらって構わない」

 

 ぴくりと反応があった。顔を隠しているため視線は依然として分からないが、顔ごと方向が変われば流石に何を見たのは判別できる。そして、彼はアンデッド・リバスを見ていた。リバスはその視線に気づいたのか、顔を逸らした。その様子を見て魔王は溜め息を吐くような素振りを見せた。そして、ジルクニフに向き直る。

 

 ほんの三秒ほどの出来事だった。流石にそこに込められた意味を理解することは難しいが、推測はいくらかできる。考察を続けながらも、会話を続ける。綱渡りのように慎重に。

 

「六大神に対する貴殿の怒りはもっともだ。その復讐は正当なものだ。だからこそ手伝わせて欲しいのだ。今日はその申し出をさせてもらいに来た。無論、我が臣下であるフールーダの弟子入りに関して感謝を告げたかったのもあるが」

 

 エルフ王が不快感を濃くしたのは自分が無視されたからか、神に直接話しかけたからか。一歩前に出ようとするエルフ王を魔王が手を横に出して制した。

 

「その見返りに貴方は何を望む?」

 

 まるで普通の、平凡な人間のような話し方だった。口調も呼吸も間の取り方も、雰囲気と対照的に、そこには支配者としての威厳が感じられない。第一印象とのずれに面食らうジルクニフだが、すぐに立ち直る。驚くのはこの場に来るまでの超常現象で慣れた。むしろこの程度で停止していて何が歴代最高の皇帝か。

 

「代わりと言っては何だが、帝国は最後にしてもらえないだろうか? 近隣には人間だけの国、あるいは人間が国民のほとんどである国が多い。帝国を滅ぼすのはそれらを滅ぼした後にして欲しい」

 

 帝国を滅ぼさないでくれ、は駄目だ。

 

 竜や魔王やエルフの価値観など、ジルクニフには理解できないだろう。だが、圧倒的支配者としての意見なら理解できる。立場こそ逆だが、似たような状況ならばこれまでの人生にあった。要は、圧倒的主導権を握っているものにどの程度妥協させられるかが鍵だ。

 

 利益が少ない物事でも、相手の意見が予想外のもので損失が小さいのならば話に乗ってやろうという気になる。

 

 無論、いずれは滅びを回避するどころか、帝国が真王国さえ取り込んでやろうという思惑がある。少なくとも今は不可能であると理解しているため、下手に出るのだが。

 

「――――ルビクキュー」

 

 沙汰を待つジルクニフに告げられたのは、ある玩具の名前だった。

 

「いま飼っているハーフエルフの娘が好んでいてね。あいつら――六大神が持ち込んだ玩具なんだって? 僕の地元ではルービックキューブと呼ばれているんだが、まあ、名称はいい。あれを六面揃えるコツって知っているかな」

 

 ジルクニフは答えを理解するが、魔王が誰かの答えを待っているわけではないと察し、続きを待つ。

 

「『一面を揃える』を六回繰り返すんじゃない。『六面を揃える』を一回で済ませるんだ」

 

 そう、あの玩具を六面揃えるコツは一面だけではなく六面全てを意識することだ。一面だけを完成させても、二面三面と揃えていくうちにズレが生じる。そのズレを一々修正していては無駄に時間をかけてしまう。

 

「戦争も同じだ。一面ばかりを気にしていては他が狂う。最速かつ最適で終わらせるには六面全てを意識しなければならない。人類を滅ぼすにも順番がいる。法国は最初でなければならない。だが、帝国は最後でも構わない。故に認める。神と敵対する魔王の御名において認めよう。おまえたちを殺すのは最後にしてやる。それでいいかな、皇帝陛下」

「寛大なお言葉に感謝する」

 

 法国が最初である理由は分かる。国境沿いであること以上に、最大の敵である六大神を信仰していることが大きい。近隣国家の中では六大神信仰をしているのは法国だけだ。以前のジルクニフがそうであったように、「自分の国は四大神信仰だから」とどこかで他人事のように考えている者は多いだろう。屋台骨を叩き潰すことで、後の作業を楽にしようとしているのだ。

 

(いや、待て。そもそも法国に『奇跡の壁』を制御しているマジックアイテムか何かがある可能性もあるのか? それを潰すことで自由に動けるようにしたい、のか? こいつが大樹海から出られないのは間違いないようだが、本当の理由は何だ。まさか本当に神の奇跡だとでも言うのか)

 

 この件は持ち帰って部下たちと話し合うべきか。そう判断したジルクニフは思考を中断し、気になった 部分を聞いておくことにした。今後の話し合いの材料にするために。

 

「もう少しだけいいだろうか、真王陛下」

「何かな?」

 

 気軽にも程がある態度。レクスが無言で睨んでくるが無視する。

 

「爺をリバス殿の弟子にしていただく条件として、エルフの奴隷所持に対して課税をするという話があったはずだ。しかし、我々の要望を叶えてもらったのにその程度では申し訳ない。良ければエルフの奴隷所持――いや、大樹海出身の亜人なども奴隷として所持することを禁じたい。如何だろうか?」

 

 リバスがフールーダに語った言葉に「エルフの奴隷がいなくなったらよ――『僕』がおまえらの国を滅ぼしていい理由がなくなっちまうだろう?」というものがあったそうだ。

 

 これがリバス、即ち生者の敵であるアンデッドだけの意見ならば最高だ。いくらでも付け入る隙になる。だが、真王やエルフ王も共通の意見であった場合は少々やりづらくなる。無論、それならそれで作戦は考えてあるのだが。

 

「うん? 構わないというか、そちらがそうしてくれるなら願ったり叶ったりだ」

 

 自分が考え過ぎだったのかと思うほどあっさりと真王はジルクニフの提案を受け入れようとした。だが、それに待ったをかける声があった。

 

「お待ちください、陛下」

 

 声の主はエルフ王。

 

 この時、ジルクニフは理解した。自分が最も警戒すべきなのはアンデッドでもドラゴンでもなく、このエルフなのだと。

 

「流石にそこまでさせて滅びの順番を後回しにするのは名折れでしょう。慈悲のバランスが取れませぬ」

「では、どうすればいいと?」

「彼らに更なるチャンスを――滅びの時を遠ざけるチャンスを与えるべきかと」

 

 その美しい顔を邪悪に歪ませて、エルフ王はそのように進言したのだった。

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