いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
その光景を、ネロはなんとも言えない顔で眺めていた。
目の前では、幼女エルフがエルフの死体を執拗に蹴り続けていた。死体は勿論、死にたてのオッドアイのエルフである。片目が潰れているため、オッドアイであることは判別できなくなっているが。
この二人が親子関係であることを察した上で、ネロは目覚めたばかりの幼女に物言わぬ死体となったエルフの死体を見せた。
傷ついてほしかった。罵倒して欲しかった。決して特殊性癖的な意味ではない。ネロが自分は人間であることを確認したくなったためだ。子どもに罵られれば誰だって傷つく。親が死んで泣いている子どもを見れば、人間ならば良心が痛むはずだ。その過程を踏むことで、自分の肉体だけではなく精神まで人間から変わったのか確認したかった。
何故なら、現在のネロは殺人を犯したばかりだというのに罪悪感も焦燥感も高揚感もない。一本の演劇をやり遂げたような達成感はある。間違っても人型の知的生命体を殺したばかりの人間の精神状態ではないのだ。
この世界に来てから殺した生物はどれも知性なき獣ばかりだ。人型で会話ができるほどの知性があった以上、ネロの認識では人間と判断してもおかしくない。つまり、人殺しをしたのに落ち着いているのだ。ゲームが現実になった以上、ユグドラシルでプレイヤーを倒したのとはわけが違うはずだ。
最初からこうだったのか。肉体が竜人となって、食欲だけではなく精神まで人間をやめたのか。今回だけが、相手が地雷を踏み抜いてきたエルフだから特別なのか。それを確認するためにも、幼女の前に「これ、君の父親」と告げてエルフの死体を放り投げてみた。……今更だが、この行為を思いついただけでなく実行した時点でかなり人間性は薄い。
しかし、幼女は傷つくどころか死体を足蹴にしている。文字通りの死体蹴りである。最初は本当に死んでいるか確証が持てず、おっかなびっくりといった様子だったが、すぐにあの状態になった。ネロを人殺しと罵倒するどころか完全に意識の外に置いている。自分も殺される可能性など考えもせずに、あるいは思い当っているがあえて無視して、死体の破壊に勤しんでいる。
ネロはそれを止めない。非難するつもりもない。自分だって顔も名前も知らない父親と出会えば一発殴るだろうから。親子ならば絆があるわけではない。血の繋がりが愛情になるわけではない。
蹴り続けていた幼女エルフだったが、流石に疲れたのかへたり込んだ。
エルフの死体は元々ネロと白虎によって無残な状態になっている。人間で言えば十歳に満たないであろう幼女が全力で蹴ったところで少々崩れるだけだ。レベルが高いようだし、肉体の頑丈さは死んでも健在ということだろうか。顔部分は比較的無事で、顔見知りならなんとか個人を判別できるレベルに収まっている。
「気は済んだ?」
語り掛けると、一度だけびくりとするが、此方を見ることなく首を横に振る。一体どんな目に遭わされてきたのか。想像もしたくないが、ある程度は想像できてしまう自らの人生経験と知識を呪った。
気絶する前は弓矢で射ってきたが、今はそのような素振りを見せない。このエルフを殺したことは明白であり、危険な存在であることは言わずとも理解できるはずだ。だが、この幼女エルフにとっては、このエルフの死はそういうことなのだろう。自分を殺すかもしれない生物の近くにいることよりも重要なことなのだろう。あるいは、すでに殺される覚悟ができているなら、その瞬間まで好きなことをやろうとしているだけなのかもしれない。
「……ちょっと待っててね」
幼女から見えないように木の影に隠れる。
エルフとの戦闘で召喚した白虎は召喚時間の限界を迎えていないため、いまだに現界している。ちらりと見れば、猫のように丸まって眠っていた。そして、幼女エルフがとても興味深そうに眺めている。とても尊い光景だ。文化遺産に登録してもいい。
「エルフは耳が良かったっけ。遮音の魔法を使ってっと。さてと、ちょっと怖いけど試すか」
ゲームが現実化した世界において最も危惧していた可能性、召喚モンスターの反乱は杞憂に終わった。召喚されたモンスターは召喚者に絶対服従の様子である。白虎のように高レベルモンスターでそうならば、それより低いモンスターも同じであると認識して問題ないだろう。では、白虎よりもレベルが上のモンスターはどうなのか。
四聖獣は本来であれば切り札級のモンスターだ。しかし、ネロはそれより上のモンスターを召喚できる。しかも二体も。
一体はネロをゲーム初期から支え続けた切り札だ。ネロが召喚できる最強のモンスター、唯一召喚できるアンデッド、相棒と呼んで差し支えない存在。かなり特殊な方法で召喚するため、あまり積極的に召喚したくはない。召喚できれば頼りになるはずだが、試しにやってみようという方法ではないのである。
対して、もう一体のレベル百モンスターは一度も召喚したことがない。何故ならば、小さな世界喰いとなって召喚できるようになったからだ。厳密にはモンスターと呼ぶのが正しいかもわからない。
これから召喚するつもりなのは後者だ。世界喰いの眷属。より正確に言えば、ユグドラシル公式ラスボス「九曜の世界喰い」の眷属という設定の存在だ。世界喰いの能力の中で最も驚いたのが、この眷属の召喚に他ならない。「こいつって召喚できたんだ」という思いでいっぱいになった。ワールドイーター・ラーヴァがネロだけである以上、この能力について知っているのはネロだけのはずだ。
実験も兼ねて最大まで強化して召喚してみることにした。
ネロはその鋭い爪で鱗の如き自らの肉体に傷をつける。軽く裂け、血が爪先を赤く染める。誰に教わるまでもなく理解した。この世界では自傷行為が「ダメージを受けた」判定になる。
「それじゃあ〈
よって、自分で自分を傷つける行為でもカウンタータイプの能力――ダメージが条件で起動する特殊能力が使用可能になるのだ。
今回使用したものは召喚魔法や召喚系特殊技術と合わせることで、召喚したモンスターの能力と召喚時間を著しく上げるものだ。一日の使用回数が六回であるため、先程の戦いでは温存していた。これも杞憂に終わったが。
「と合わせて〈灰神礼賛〉」
重ねるように、本題の召喚能力を使用。
血が大地に落ちると同時に、ネロの前に眩い光の魔法陣が出現。そこから人型の影が現れる。光が止むと、そこには美しいエルフがいた。あえて美しいという形容詞を使ったが、男性である。
正確には
彼は個体を示す名はあれど人名は与えられていない。ユグドラシルの公式名称は
種族に由来する通りの、燃え尽きたような暗い灰色の髪。エルフ特有の尖った長い耳。邪悪な神官であることを隠そうともしない禍々しい法衣。病的なまでに白い肌。事前に男と知っていなければ性別を間違えそうなほど美しい顔。炎のように赤と空のように青のオッドアイがネロの姿を捉える。
そして、当然のように跪いた。
「お初にお目にかかります、大いなる我が
「堅苦しい挨拶だな! あと、そうだろうとは思ってたけど普通に喋るんだな」
人生でこれほど他人に丁寧かつ仰々しい「はじめまして。これからよろしくお願いします」をされた経験がないため、少々面食らった。
白虎と同じように精神的な繋がりを感じる。支配者と被支配者の絶対的な主従関係。裏切りなど最初から両者の間には存在しないと告げてくる感覚。
ネロはこの感覚を信じて、話を進める。
「状況把握してる?」
「無論。委細承知しております。ここはユグドラシルではないと推測される謎の森。我が
「うん」
こいつ、はっきりと遭難と言い切りやがった。こっちが必死に言語化しないように努めていたのに。
「ようやく出会えた幼きエルフに矢を向けられ、大したダメージもない癖に大人げなく激昂されました」
「うん……」
何でそんなこと言うの?
「そして、その少女の父親らしきエルフを殺害した上でその死体を少女の前に放り投げ、少女が死体を足蹴に――文字通りの死体蹴りをしている様子を楽しそうに鑑賞するというおよそ悪趣味極まりないとしか言い様がない行為に興じておりました」
「楽しそうには鑑賞してないよ!?」
「またまた。ご謙遜を」
「うるせえよ!」
思わず叫ぶネロ。流石にそこは否定しておく必要がある。魔法で遮音していなければ近くの幼女エルフに聞こえていただろう。悪趣味であることは否定しない。自覚はあった。
思った以上に現状を把握しているらしい
自分と全く同じ価値観の誰かが自分を客観視的に評価したようで居心地が悪い。先程の会話も鏡の中の自分と話し合っている気分だった。
「なら話が早いけど、君、ちょっとあの女の子から身の上聞いてきてよ。同族……厳密には違うけど、同じエルフ系なら多少は心を許してくれるでしょう。召喚時間は伸ばしているけどできるだけ手短にね」
「そのことですが、我が
どのことだと訝しむネロに、
「ご存知ないようですから申し上げます。私は『召喚モンスターは時間経過によって帰還する』というルールから解放されています」
「え」
「我が
「マジか。え、じゃあ最強の軍団が作れるんじゃないか?」
モンスターの召喚時間がなくなるということは、半永久的に存在できるということだ。つまり、魔力や発動回数の回復する時間さえあればモンスターをいくらでも並べられるということだ。例えば、目の前のエルフを量産できれば最強の森司祭軍団が誕生する。
「水を差すようで申し訳ありません、
「何を?」
「
そこまで言われて思い当ったネロは両手で顔を覆う。
「ああ、そうだった。僕、『レベル三十三以上のモンスターは同種を二体以上召喚できない』ってデメリットを持っているんだった……」
「思い出して頂けたようで」
ユグドラシル時代はそれほど大きなデメリットではなかった。人によっては違うのかもしれないが、少なくともネロにとってはあってないような欠陥だったのだ。不便に感じることは何度かあったが、代わりに得られるボーナスは大きかった。メリットとデメリットの釣り合いが取れていたのだ。
他にも、種族について制限がある。大雑把に言えば、ネロは生物以外は召喚できない。つまり、天使や悪魔、精霊などは召喚できないのだ。アンデッドは先述した切り札のみ召喚できる。
大きなデメリットとボーナスが引き換えなのはユグドラシルの基本だ。ワールドエネミーである以前にプレイヤー。その縛りからは抜けられない。ネロは強いモンスターを召喚できるが、それに見合うだけの様々な制限を受けている。
「ま、いいか。〈灰神礼賛〉は九日に一度しか使えない能力だったけど、事実上それがなくなったわけだし、やっぱり得られるメリットの方が大きいのか」
「はい。何事も前向きに考える方が建設的かと」
「戦略の幅が大きく広がるな。やっぱり蘇生魔法や大規模攻撃を検証したいけどなあ。よし、じゃああの娘と話を――あ、そうだ。その前におまえの名前を決めておこうか」
ネロの提案に、灰色のエルフは大きく目を見開いた。
「名前、でございますか? もしや私めの?」
「他に誰がいるんだよ。
「は、ははぁ!」
大仰な態度だが、この数分でネロもすでに慣れた。
「そうだな。僕もネロ・ネミートスで通すつもりだから合わせるなら姓が必要か。今後同じように永続召喚状態の名前のモンスターを増やすなら、基準となるように……いや、そもそも僕の今後を考えると……。あのエルフの言っていたことを信じるなら、僕は王殺しなわけで……。だったらいっそのこと……」
ぶつぶつと口にしながら考えをまとめていく。幼女エルフをあまり待たせるのも悪いため、頭に浮かぶ単語でそれらしいものを探していく。これからの自分の身の振り方なども考えて作戦を練る。そして、妙案が浮かんだ。
「――レクス。今日からレクス・セントラルがおまえの名前だ。おまえにはある意味で僕の代行者というか影武者の立場になって欲しいんだ」
頭の回転が速いのか、ネロの血から生まれたため思考が近いのか、レクスはそれだけで全てを理解した。深々と頭を下げ、忠義を捧げる。
「御身より賜りし名、この魂に確かに刻みました。私如きには勿体ない名前と役目でございますが、肉体が朽ちる瞬間までお仕えする所存でございます、偉大なる世界喰いよ」
「んー? 僕がこの世界を喰えるくらい強いかは分からないぜ。その名に恥じぬ死に様を求めるけどね。スルシャーナたちがいたら全力で殺しに行くんだけど、すぐには見つからないだろうし。それじゃあ行こうか」
まずはこの世界について知るとしよう。
解説
・灰神の使徒
ファイナル・グレイ。通称「グレイ」
九曜の世界喰いに仕え、世界(ユグドラシル)の破滅を本懐とするアッシュエルフ一族最後の生き残りという設定の公式NPCで、本来はプレイヤーが召喚できる存在ではない。公式ストーリーの中ボスポジションでレベル百
二次創作でオリ主の兄弟や幼なじみにされるタイプ
小さな世界喰いの特殊技術「灰神礼賛」で召喚される
人格は公式設定はベースだが、設定を考えたライターやデザイナー、召喚者の影響も受けている
「レクス・セントラル」の名前を与えられた彼はユグドラシルにおいて中ボスとして存在したグレイと地続きというわけではないが、知識と記憶は共有している。仮にレクスが死に、ネロが次のグレイが生み出された場合、レクスとは別人だがユグドラシル時代の記録は保持している状態で召喚される
能力構成は森司祭。超位魔法こそ使えないが魔法の修得数はプレイヤーにも劣らない。かなり公式から贔屓された存在で、プレイヤーがガチ構築した森司祭のエルフより強く、修得できない魔法も使用できる。公式からの回答は「彼はエルフではなくアッシュエルフなので補正がつきます」
実はネロの知らない世界喰いの重要な仕様やユグドラシルの秘密を知っているのだが言わない。今回のようにネロが話題を振ったら言う。聞かないと言わない性格というわけではないためネロも「こっちが知らないことを聞く前に教えてくれる」と思い込んでいる