いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
「えぇ……。そのナンチャラ法国ってのは今時そんな人間至上主義のエルフ狩りとかやってんのかよ。流行らないっての……」
「如何いたしますか?」
「予定変更だ。僕のせいでエルフの国が滅んだら目覚めが悪い。……お嬢さん、この銀髪のイケメンはそこで死体になっているクソエルフより強いんだが、こいつが君たちの王様になったら嬉しい? うんうん。そっかそっか。よし、そういうことだ。いやあ、我ながら持っている。『王』という名前を与えたことが早速良い方向に巡って来た」
「はい?」
「お嬢さん、飴ちゃんやるから口裏合わせてね。何、難しい演技をしろって話じゃない。余計なことを言わないだけでいい。……というわけで、レクス。おまえ、今日からエルフの王様やれ」
■
「はじめまして、エルフ諸君。私の名前はレクス・セントラル。突然だが、今日から私が君たちの王だ」
突然エルフ国王城に出現したその生物は、エルフたちの目には同族のように見えた。エルフにしては少し顔立ちが違うようにも思えたが、長く尖った耳は間違いなくエルフのものだ。ワイルドエルフやダークエルフとも違う。他の近似種かもしれないが、エルフの系統に入っているのは間違いない。
とにかく、見覚えのない男だった。
「これは神たる御方の決定であるため、従順をお勧めする」
年齢は成人したばかりの青年だろうか。燃え尽きたような灰色の髪。顔面偏差値の高いエルフからしても目が覚めるような美貌。見たこともないような神官らしき衣装。そして、王の相たる左右で色の違う瞳。炎のような赤と、空のような青。
現在、エルフの国に王以外に王の相を持つエルフはいない。王は多くの子どもを作っているが、彼と同じような目を持つ子どもが生まれたとは聞いたことがない。もし生まれたら他ならぬ王がその話を広く伝えるはずだ。最低でも、このレクスという男は王都の生まれではない。
レクスは黄金の竜を連れていた。太陽のように輝く竜。二足歩行で亜人のリザードマンに近い体型をしているが、このようなリザードマンがいるものか。黄金の鱗、額から生えた一角、凶暴さを隠そうともしない爪や牙。長い首にはたてがみが生えている。背丈は大人のエルフの二倍以上だ。文明的な服を着ているが、狂王が従える土の精霊と同じくらい恐ろしい生物に見えた。特に、夥しい血の臭いは隠しようがない。どれだけの種類と量の生物を殺せばこれほどの激臭になるのか。
しかし、エルフたちの関心は竜そのものにはなかった。無論、警戒はしているがそれ以上に気になるものが視界に入っていた。竜が肩に担いでいるエルフの死体らしき物体に釘付けだった。
レクスの傍らに大きな弓と矢筒を担いだ少女のエルフが、ルーギであることに最初に気付いたのは、彼女の母親であるミューギだった。ミューギの視線に気づくと、レクスはルーギの手を放す。どこか名残惜しそうにレクスから離れて、ルーギは母親の下に駆け寄った。
ルーギがミューギと抱き合う様を確認すると、固まったままのエルフたちに対し、レクスは再度口を開く。
「異論があるなら、『これ』と同じようになりますが?」
レクスの言葉に合わせて黄金の竜が担いでいた物体を放る。
それは、やはりエルフの死体だった。何か鋭いものに何度も斬りつけられた後があったが、顔は比較的損傷がなく、個人が判別可能だった。
見間違えるはずがない。
最強の精霊を従えるエルフ王デケム・ホウガンそのひとだった。
最強の王にして最悪の王。戦いが強者の素質を開花させると信じ、女や自分の子どもを積極的に死地へと送り込む。臣下の娘だろうが妻だろうが犯し、孕ませる。国民の大半は知らないが、この男こそ法国との戦争の元凶だ。
片目が潰れていたため、本人が王の相と称していた左右で色の違う瞳は確認できない。あの絶対的な強さを誇る王が無残な死体となってそこにいた。傷だらけであっても、その表情が恐怖に染まって死んだこともエルフたちに教えてくれた。だが、その光景をエルフたちはどこか夢でも見ているような感覚に陥れていた。
「どうしますか? 先程も言った通り、これは神の決定です。反抗を許すことはできませんが尊重しましょう。できるだけ安らかな死を約束します」
レクスは笑む。慈愛と慈悲に穏やかな笑顔だった。エルフたちにはそれが恐ろしかった。王と近い実力があるならば、王をこれだけ無惨に殺せるのならばこの都市のエルフを皆殺しにするくらい容易い。この都市にいるエルフで王に勝てる者どころか、王の半分に届く者さえいないのだ。脅迫は言葉の上だけではなく、拒絶すれば確実に起こる未来となる。
だが、受け入れて良いのか。デケムの圧制から解放されたと言って良いのか。別の暴君が君臨してしまうだけではないのか。
「私を王とするならば、貴方たちに平和と繁栄を約束しましょう」
突然の事態に誰も反応できないでいると、レクスはそう続けた。誰も何も言えない現状に、何一つ腹立たしく思っている様子はない。デケムでは有り得ない穏やかさだ。
「分かりやすく言うと、法国とやらの人間、この森から追い出しましょう。『それ』と違って、私は働き者ですよ?」
やはり穏やかな笑みを浮かべたまま、手でデケムの死体を示した。
デケムの臣下だった男エルフが一歩前に出る。
「ほ、本当に」
「はい?」
レクスの視線が向けられたことに男は震えた。あのデケムを殺すようなエルフだ。強さがデケムを超えるのは間違いないが、もしもデケムと同じような性格だった場合、彼の首はすぐに飛ぶことになる。それでも何も意見せずにいるわけにはいかない。いきなりやってきた見知らぬエルフが王になりたいと言い出したのに、はいそうですかと受け入れるなどあらゆる意味で有り得ない。ぬか喜びして狂王に仕えるなど御免だ。
「本当に法国と戦っていただけるのですか? それさえ約束していただけるなら、貴方を新しい王として迎えることは吝かではありません。いえ、国民の誰もが外敵と暴君から我らを救ってくれた英雄として讃えるでしょう」
王が死んで一番の問題は戦争中の法国だ。王が戦場に出ることなどなかったが、存在しているだけで抑止力にはなっていたかもしれない。そんな彼が死んだ以上、強い王は必要不可欠だ。まして、その王が前王を殺した張本人であり、かの国と戦ってくれるというのならば問題などないのではないか。
「――無論です」
レクスはただ力強く頷いた。
「私は神より貴方たちの王となることを命じられました。ならば王としての使命を果たすことは必定。我が神曰く『民あっての王だ。王が民や国のために尽くす王こそ最も偉大なる王なのだ。断じてその逆はない』とのことです。王になれという命令は、貴方たちを守るために戦えということと同義なのです。私は神の従順なる使徒として、それを果たす義務があるのです」
その言葉を聞いたエルフたちは思わず泣きそうになった。そこに嘘があるかもしれないと考えつつも、レクスの言う神とやらの慈悲に感謝した。
「で、では、どうか、この王都の近くにある三日月湖に建設中の、奴らの基地だけでも破壊していただけないでしょうか。あれができてしまえば我々は数年のうちに滅ぼされてしまうでしょう」
「分かりました。行ってきます」
思わず相好を崩してしまうほど即答したレクス。その場に集まった者たち全員が茫然とする。法国の力を侮ってはいけない、などと心配することさえ烏滸がましいだろう。デケム・ホウガンより強いということはそういうことだ。この未知のエルフは神話に語られるエルフの英雄さえ超えた存在だと仮定しても間違いではないはずだ。
「ああ、そうだ」
湖に向かうために踵を返そうとしたレクスだが、一つ確認しておくべきことがあったのを思い出した。レクスにとっても、隣で無言を貫き従属モンスターの演技を続けている主人にとっても、最重要事項と言って良いことだ。
「一つ、質問したいことがあります。スルシャーナというオーバーロードに覚えはありますか?」
「するしゃーな? おーばーろーど? その、スルシャーナというのが個人の名なのはわかりますが、オーバーロードというのは何なのでしょうか? 種族名ですか?」
恐る恐るといった様子のエルフたちに、レクスは困ったように笑った。この反応ではすでに質問の返答が決まってしまったからだ。
「その通りです。その反応だと、オーバーロードさえ知らないと? あ、ちなみにオーバーロードはアンデッドです。スケルトン・メイジ……魔法を使える骨モンスターの最上位だと思ってください」
その場にいたエルフたちがお互いの顔を合わせる。誰もが顔を横に振った。
「申し訳ありません。個体名を持ったアンデッドなど聞いてこともありません。魔法を使う強いアンデッドというのもこのあたりではあまり見かけませんね」
「左様ですか。まあ、いいでしょう。では、すぐに戻ってきますので、王が変わったことを民たちに広めておいてください。いえ、民や王の子どもが各地の戦場に出されているのでしたか。其方の撤退を最優先にしてください。子どもが死ぬと気分が悪いので」
デケムなら有り得ない指示と感情だ。女エルフたちの多くが頭を下げる。皆、デケムの指示で幼い子どもたちを戦場に出している母親たちだ。
「か、畏まりました、れ――――」
「レクス・セントラルです。偉大なる神より賜った尊い名」
名前を憶えられていないことを見抜かれて、男は頭を下げた。明らかに機嫌を損ねたはずだが、レクスは気にするなと言いたげに手を振るっている。デケムなら間違いなく殺されていたところだ。改めてレクスが寛容であることを理解するエルフたち。
「ま、私の名前はどうでもいいんですけどね。此方の竜の名前がネロというのは覚えてください。そして、我が神の名はコスモス。大神コスモス。これから貴方たちが崇めるべき名前です。忘れることがないように」
■
エルフ王都近くの三日月湖上空に、黄金の竜と灰色のエルフはいた。黄金の竜は半異形形態のネロで、エルフはレクスだ。翼のない彼らがどうやって空中に浮かんでいるかと言えば、単純明快に魔法である。
異形種の中には複数の形態を持つ種族があり、竜人はその一つだ。他には悪魔や人狼などが挙げられる。完全異形形態になればワールドエネミーとしての権能を持つネロだが、人間形態や半異形形態ではあくまでプレイヤーの範囲に収まる能力しかない。
服の下を露出しなければ人間に扮することもできる人間形態と違って、半異形形態は完全に異形の姿をしている。竜人と言うより、二足歩行の竜だ。言葉さえ発しなければ多くの者は理性なきモンスターと誤認するだろう。すでに人間形態を知られているルーギ以外のエルフに対しては、今後もこの半異形形態だけで接するつもりだ。エルフたちはレクスの方が主人だと勘違いをするだろう。勿論、法国に関しても同じだ。これから人間形態を見せる相手はかなり選ぶことになる。
公式ストーリーの中ボスであるファイナル・グレイと一介のプレイヤーであるネロ・ネミートスでは知名度が違う。ネロを知るプレイヤーであっても、人間形態や完全異形形態ならともかく半異形形態は知らない可能性が高い。どこにいるかも分からないプレイヤーへの欺瞞としては持ってこいというわけだ。
「まずナンチャラ法国側の戦力を予想しようか」
「スレイン法国です。我が本体よ、その言い方がお気に召されたので?」
「まあね。エルフの国には名前がないみたいだし、後で考えようか」
建設中の法国の前線基地とやらを見下ろす。隠形の類は使っていないが、基地に此方を発見したよな動きはない。上空への警戒の薄さはそのまま航空技術の未発達を意味し、三次元攻撃への脆さに直結する。そして、基地の構成から文明レベルなども察することができる。
それらを踏まえて考察を開始する。ほとんどネロの独り言で、レクスは合いの手を入れるだけだ。
「エルフ側の話からおおよそ予想はできる。というよりエルフたちの戦力から逆算だね。おそらくデケム・ホウガンはレベル八十弱だったが、ほぼ戦場には出ないから計算に入れなくていい。他のエルフたちは最高でも三十に満たないレベルと見た。平均値は十もないんじゃないかな?」
「ええ。私一人でも問題なく殲滅できますね」
「寿命が長いエルフの時間間隔はあんまり当てにならないが、この戦争は何十年という単位で続いているのは間違いないみたいだ。森がエルフのホームであることを考えても、人間側はひどく手間取っている。エルフ側が圧倒的に押されているとしても、人間側にも決定打となる戦力はない。つまり、僕を殺せる奴はいない可能性が高い」
「それは早計かもしれませんよ」
「ああ、エルフ王が出てきた時に備えて同格が一人か二人いるくらいは有り得るんじゃないかと警戒すべきではあるね。さて、この見通しの甘い楽観的な意見かな」
「まさか。妥当な評価かと」
「うはは。百点満点」
すこぶる機嫌の良いネロ。邪悪なる竜人としての本能が騒いで仕方がない。人間を殺すことに忌避感はない。いっそ清々しいほどだ。
罪悪感はない。罪悪感がないことに罪悪感を抱くこともない。開き直って人間性など捨ててしまおう。ネロがネロである証明は、この胸にある旧友への怒りでいい。
「安請け合いしちゃったけど、思った以上に楽な仕事になりそうだ。まあ、いざとなったら『あいつ』を呼ぶさ」
「『あれ』を召喚するおつもりで?」
レクスが苦虫を嚙み潰したような渋い顔をする。顔が美しいとそんな表情でも味わいが生まれることに感慨を覚えながら、ネロは返す。
「いざとなったらね」
「その時が来ないことを祈ります。召喚されずとも理解できます。『あれ』は私とは致命的に相性が悪い。いえ、『六色演目』には必要な存在であることは承知しておりますが」
「おまえの意見は、僕の本音の一部っぽいからなあ。それも僕の本心なんだろうね」
ネロのユグドラシル時代の異名『六色演目』。ネロが最も得意とした戦法に由来する。ネロ自身と色を冠する五体のモンスターによる同時攻撃。世界喰いになる前のネロのビルド構築はこのコンボを完成するためだけの構成であったと言っても過言ではない。
「今度から君も加わるから『七色演目』を名乗ろうか」
「かの演劇に私如きの役を設けていただくとは、勿体ないですね。あ、ちなみにですが、我が本体の眷属の中で言葉による会話が可能なのは私と『あれ』だけです」
「へー。そんな気はしてた」
召喚モンスターが自我を持っているという現実は、ネロの戦法に大きく影響する。モンスターを召喚する魔法や能力を持っているプレイヤーで影響を受けないものはいないだろうが。圧倒的に自由度が違う。ユグドラシルではできなかった遊び方ができるのは間違いない。
基地の構成や人の流れを一通り把握した所で、柏手を一つ。
「それでは皆様、しばしの間お暇を拝借。これよりお見せしますは、エルフの国に攻め入らんとする人間たちを、天災が踏みにじる蹂躙劇。まさに悲劇、青天の霹靂。災害は忘れた頃にやってくる。ご観覧の後は、どうぞ何気ない日常の価値を振り返ってもらえれば幸いです」
ルーティーンの口上が終わり、レクスは基地に向けて降下していく。
「では、行って参ります」
「良き公演を」
この基地襲撃こそ、ネロ・ネミートスとスレイン法国の決して長くはない因縁の始まり、あるいは復讐譚の序曲だった。
ネロはまだ知らない。スレイン法国こそ魂の裏側から憎む六人が建てた国であると。
ネロはまだ知らないし、決して信じない。その六人がとっくの昔にこの世界に生きていないのだと。