いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
スレイン法国と言えば、周辺国家では最も高い国力を誇る国である。
六大神信仰を信条とする宗教国家。六百年前に絶滅の危機にあった人類を救済した六大神を信奉しており、人類至上主義を掲げている。実際、彼らの国家としての活動は人類の未来を守るために行われているものも多い。表社会で語られることこそないが、秘密特殊工作部隊の六色聖典の活動はその代表だろう。
では、罪なきエルフの国への侵攻が人類守護に関わるかと言われたら、客観的に見れば違うとも言い切れない。すべては、百年前にエルフ王が犯した罪に起因する。かつては、法国とエルフは協力し合える関係だった。だが、エルフというか、エルフ王デケム・ホウガンが犯した凶行は許されざる裏切り行為であり、関係の決裂と戦争勃発は必然であった。デケム本人が戦争になったことを全く焦っておらず、むしろ命を削る戦闘で強者を覚醒できると考えているのは笑えない事態ではあった。
国や民に罪はなくとも、王に罪はある。エルフが人間に害ある種族でなくとも、エルフ王は人類にとって不倶戴天の敵に等しかった。
しかし、この戦争はもうじき終わる。その目途が立ってきた。今日や明日は無理でも、数年でケリがつく。これは希望的な考えではなく、現実的な推測であった。エルフ王は逸脱者すら超えた超常存在であるが、そのエルフ王さえ殺せる切り札が法国にはある。確かな証拠こそないが、そう考える者は多かった。
エルフの王都近くにある三日月湖。そこでは法国の前線基地が建設中だ。もう一年もしない内に完成するだろう。この前線基地ができてしまえば、エルフ王の始末実現もかなり現実に近づく。ゲリラ戦に特化した火滅聖典も参戦準備ができている。
そんな時期だった、前線基地にひとりのエルフが出現したのは。
「はじめまして。スレイン法国の皆様。私の名前はレクス・セントラル。桜を失いし民、世界樹の焼却を願う者の末裔、最新の魔王の眷属。本日崩御したデケム・ホウガン殿に代わり、エルフたちの王になった者。つきましてはこれから神の裁きを受けることになる皆様にご挨拶とお悔やみを申し上げに参りました。以後お見知りおきを。――まあ、ここにいる皆様のほとんどは明日の朝日を拝むことはないでしょうが」
そんなふざけたこと堂々を宣うエルフは、左右で違う色の瞳をしていた。
唾棄すべき大犯罪者と同じ特徴。それはエルフにとっては王族の特徴とされるものだ。エルフの顔立ちは人間からすると判別しづらいが、おそらくあのエルフ王の親族か何かだと推測される。
太陽が明るい時間に、隠れることもなく、臆することもなく、同行者もなく、武器も持たず、まるで散歩に来たかのように軽い足取り。しかし、そんな彼を殺すことが容易ではないことは、基地周辺に散らばっている兵士の死体が証明している。
突然姿を現したエルフ。それも上空から降りてきたというが、おそらく魔法だ。つまり、最低でも第三位階魔法の使い手。降伏や交渉のために来たわけでもないのなら、上官の決定を待つまでもなく攻撃をしない理由がない。そして、その結果が死体の山だ。
法国の軍事最高責任者は大元帥で、その下に二人の元帥がいる。現在エルフとの戦争の現場指揮を行っているのは、その元帥のひとり、ヴァレリアン・エイン・オービニエだ。彼は死体にされた同胞たちを見て唇を噛みたくなるが、堪える。目の前にその下手人がいるからだ。
ヴァレリアンの周囲は現在この基地にいる者でも上位の兵士たちで固められている。兵士たちが固めているから重要人物だと判断したのかヴァレリアンの歴戦の指揮官としての貫禄を察知したのか、それとも両方かは不明だが、エルフは彼を認識すると同時に無駄に清廉された動きとともに、先程の言葉を口にしたのだ。
「……崩御した、だと? あのエルフ王が?」
欺瞞である可能性を十分に考えた上で、ヴァレリアンはそこを聞き返した。さり気なく言っていたが、どうしても聞き捨てならない内容だからだ。エルフ王デケム・ホウガンこそは、法国の最終目標。本国の上層部からも、エルフどもは取り逃がしても、エルフ王だけは確実に追い詰めろと執拗に通達されている。だが、最高執行機関はどうも軍事的な理由以上にエルフ王に固執しているような気がするとヴァレリアンは考えていた。
だからこそ、このエルフの発言を聞き流すわけにはいかなかった。この遠征が、これまで流してきた血が、犠牲になった兵士たちが全て無駄になってしまうかもしれないのだ。
「はい。死にました」
しかし、エルフはあっけらかんと言う。その言葉の、事実の意味がこの場にいる法国の兵士たちにとってどれだけ重要な意味を持つなど理解もしようとせずに。階級に関係なく、その場にいた全員が息を飲んだ。全神経をエルフに向けて、発する情報のひとつひとつの真贋を見極めようと努力する。
「偉大なる我が神によって、自慢の精霊は無力化され、王の証とやらの目玉は潰れ、体は切り刻まれ、抉り出された心臓は捕食され、無惨に死にましたとも」
淡々と、ただ淡々と、エルフは告げてくる。エルフは一般的に美しい顔をしているが、このエルフは特に美しい顔をしていた。おそらくヴァレリアンの知るどんなエルフよりも。まるで美の神が創造したかの如き美貌は喜悦に歪んでなお優美だった。
「にわかには信じられんな」
その言葉は、この場にいる全員の心境を代弁していた。最終目標を奪われたという心情もあるが、それ以上にエルフ王の強さを知るがゆえだ。
最も多い一兵卒。それらが経験を積んだ強兵。より高度な作戦を実行できる精兵。単独で戦況を変え得る文字通りの一騎当千である英雄。そして、英雄さえ超えた逸脱者。エルフ王はその逸脱者すら屈する超越者とも言える存在。
ヴァレリアンは直接会ったことはないが、法国にも超越者と言われる存在がいるらしい。守り神の弟子と聞いたことがある。最高執行機関しかその正体を知らないとされる国家の切り札。もしもレクスと名乗ったエルフの言うことが事実なら、その切り札の出番はなくなったと考えるべきだろうか。
「それにしても、神だと? 馬鹿な。神とは六百年前に人類を救ってくださった六大神様以外に有り得ない。貴様の言う神とは、六大神様か?」
自分でも分かり切ったことを聞いていると思う。エルフの信奉する神は六大神ではなかったはずだ。森に住む蛮族にふさわしい蛮神を信奉しているはずだ。もしもエルフが六大神を崇めるほど聡明ならこんな戦争も発生していないだろう。
「六、という数字は荘厳ですが、我が神はおひとりですので。それに、我が神のルールに人間を救うなど有り得ない。我が神こそは、愚かな六人組のおかげで生まれ落ちた――世界を滅ぼす存在なのですから」
美しいエルフの醜悪な笑みが深くなる。
その瞬間だった。
エルフに向けて百を超える魔法の矢が放たれた。四方八方から逃げ場などないように。
ヴァレリアンが会話で時間を稼いでいる間に気配を消しながら周囲に展開された火滅聖典の攻撃だ。火滅聖典は六色聖典の中でも暗殺やカウンターテロなどに特化しており、様々な職業のチームによる連携を取る。そして、今回は対エルフとして気配を消すことに特化したチームが基地に待機していた。彼らはこれから軍隊の進軍を邪魔する英雄級のエルフを殺すための備えだった。
このエルフの言う『神』とやらが何かは分からない。概念的な話をしているのか、実在する人物を差しているのかも不明だ。エルフ王崩御の真偽を確かめる意味でも、本来であれば捕縛して拷問によって情報を聞き出すべきだ。しかし、すでに積みあがった兵士の骸がこのエルフの危険性を証明していた。
エルフ王の死の真偽はともかく、このエルフが法国に対して敵意を持っているのは間違いない。
ただならぬ強さと明確な敵意。このエルフは法国にとって非常に邪魔な存在になる。今ならば確実に殺せる。殺せるときに殺しておくべき存在だ。情報はこれからエルフの都市に攻め入って確かめればいいだけの話だ。案外、強者を失ったエルフたちは大人しく降参してくるかもしれない。
数多の魔法の矢は光の翼を形成し、エルフに着弾していく。一発一発は大した威力がないとしても、これだけの攻撃を受ければ英雄であろうと致命傷だろう。
「よもや、この程度の攻撃で私を殺そうと?」
しかし、全ての矢が全弾着弾しても、エルフは健在だった。誰もが目を疑った。まさかデケム・ホウガンのように逸脱者すら超えた存在だというのか。だとすれば、この場で全滅するとしてもこの情報だけでも確実に本国に届けなくてはならない。
誰もが死を覚悟した。もうエルフを殺すのではなく、どれだけ生き残れるかという思考に切り替わった。しかし、遅すぎた。あまりにも遅すぎたのだ。きっと六百年前にはこの瞬間は決定していた。
「これは我が神の神格の侮辱だ。これは我が主の神性の愚弄だ。世界喰いの眷属たる私への挑発だ。人よ、命を以って償ってもらうがいい。私如きが烏滸がましいが――神の裁きを代行する」
エルフが右手を上げた。おそらく魔法を使うつもりだ。火滅聖典を含め全ての兵隊が攻撃あるいは防御、退避の準備に入るが、手遅れだ。
――〈
その瞬間、世界が揺れた。
■
「さーて、生き残りもいい感じに逃げてくれたことだし、適当に死体漁りと洒落こもう」
「我が本体よ、如何でしたか?」
「上々かな。これであのクソエルフ王を殺したのは君ってことになるだろうね。そんなことは一言も言っていないのに。それどころか明らかに違う存在を示唆していたのに。でもこんな状況で生き残った奴がまともな証言できるわけないし、聞いた側も勝手に整理しちゃうものだからねえ」
「合理性や現実主義とは時として真実から遠ざかるものですな。思惑通りにいかずとも、それはそれで情報処理能力の高さを測ることができますし」
「まあ、長い公演になる。舞台裏では肩の力を抜いておけ」
「畏まりました」
「さあて、まずは鑑定スキルでも使ってみるかな。直接触らないと発動できない代わりに、死体でも色々と読み取れるのは便利だ。まあ、触らずに何でも読み取れるのが一番だけど、こういう情報系魔法の修得はサボってたからなあ」
「言っておきますが、私は使えませんので」
「知っている。ユグドラシルで君――ファイナル・グレイという中ボスについてどれだけのプレイヤーが研究したと思っているんだい。下手すりゃプレイヤーに最も丸裸にされた公式NPCだぜ、君は」
「お恥ずかしい」
「真顔で気持ち悪い声音やめろ。無駄話はやめて仕事しようぜ。さてさて……ん? あぁ?」
■
空虚な世界があった
自分がどこにいるのかさえ分からない
そんな中で自分の手を引っ張る誰かがいた
よくない予感が過ぎるが、自分はこの手を取らなくてはいけない
人類を守らなければならないのだから
救済を為した神の慈悲に報いなければならないのだから
引っ張る相手は崩壊した世界
奪われた輝きを捨てられぬ哀れな者
娘の死を忘れるわけにはいかないと、怨嗟を叫び続ける者
大いなる喪失感とともに、意識が鮮明になっていく
「ぐぁ……!」
火滅聖典の副リーダー、シュエンは長い空白から目覚めると同時に、首に強い圧迫感と息苦しさを覚えた。朧気な意識を総動員して状況を理解するのに努める。
「蘇生実験は成功。金貨が補充できない状況で消費するのは惜しいけど、得られるリターンの大きさを考えたら妥当かな。さて、楽しくもない拷問の始まりだ」
誰かに首を絞められた状態で持ち上げられているようだと理解すると同時に、その人物の声が目の前から聞こえてきた。
「てめえに質問がある」
目の前にいたのは金髪と金眼の男。知らない顔だ。それほど目立つような顔ではない。どこかで会っていても忘れそうな顔。耳を確認する。エルフではない。人間だ。何故、人間が自分の首を絞めているのか。そんな敵意の込められた目を向けるのか。考えるのは後だ。
シュエンは必死に体を動かそうとする。どうにかしてこの状況から脱しなければならない。しかし体は動かない。首を絞められているからではない。もっと根本的にだるさがある。気力を込めた程度ではどうしようもない倦怠感。
頭も上手く働かない状況下で、男は質問をしてくる。
「てめえの職業の、アデプト・オブ・スルシャーナってのは何だ?」
何故、この男はシュエンの修得している職業を知っているのか。特殊な職業だ。口ぶりからして知ったばかりのようだ。何らかの能力かマジックアイテムを使ったのだろうか。
「いや、質問は正確にしようか。おまえはスルシャーナを知っているのか?」
スルシャーナ。それは一般には知られていない神の名前。法国の上層部や六色聖典しか知らない、六百年前に人類を救ってくださった神の御名。
「あー、聞こえてんのか? 反応はあるから意識がないわけじゃないんだろうけど。じゃあ、アーラ・アラフやねこにゃんの名前に聞き覚えは?」
どちらも神の御名だ。スルシャーナと同じく秘匿されている名前のはずだ。どうやって知ったのだ。どうして、あの方々の尊名をそのように軽々しく呼ぶのだ。
「なぜ、かみのなを?」
「――神だと?」
ぼんやりとした意識が目覚めた。それほどの殺意を向けられた。
戦場で駆け抜けるのが仕事の特殊工作部隊であるシュエンにとって殺し殺されるなど日常茶飯事だ。その上で、これほどの激情を向けられたことなどなかった。
「あ、あ、あああ」
意識が覚醒したというのに、先程より思考がまとまらない。言葉が繋げない。どうすればいいのかわからない。身体も精神も恐怖に支配された。どうすればこの状況から抜け出せるのだろう。どうすればこの苦痛が終わるのだろう。
謝ればいいのだろうか。求めればいいのだろうか。逃げたい。逃げたい。逃げたい。楽になりたい。どうやって、どうすれば楽になるのか。
「そうか。どうやら連中、僕より早くこっちに来ていたみたいだな。その上で? 神様になって? エルフ狩りをする人間の国なんて作ったわけかー。へー。何じゃそりゃー。くっきっきっき」
笑った。
シュエンの首を絞めたまま、男は笑った。今更ではあるが、目の前にいる生物が人間のように見えるが、人間ではないと確信した。
「き、きききき……! ぎははあはははははははははははははははははははは!」
シュエンは勢いよく地面に投げ捨てられた。苦悶の声を漏らすシュエンなど意識から捨て去ったとばかりに、男は跪き、天を仰いで、手を合わせた。大仰に叫びながら、滂沱の涙を流す。
「神よ、感謝します! 敬虔さも足りぬ未熟な私に、復讐以上の――あの六人を殺す大義名分をくださったことを!」
シュエンは自分が何かを間違ったことを悟った。倦怠感が抜けない体を必死に動かし、その償いをしようとする。あの男は殺さなければならない。きっと、あれはエルフ王以上に危険な何かだ。
これは法国の、いや、人類の脅威となる。
そう判断し、魔法を発動しようとしたところで、体がまた言うことを聞かなくなる。それどころか意識が遠のく。先程と同じように、先程以上に。
「僕は償おう、私が裁こう! あの日負けた責任を取ろう。おまえたちが神を名乗るのならば、僕は喜んで魔王になろう。人類の味方になるのならば、人間の歴史と世界ごとおまえたちを貪ろう。嗚呼、今の俺は世界喰いだからなあ!」
自分が再び死の底に沈むことを実感しながら、シュエンは神々に祈った。六百年前と同じように、どうか人類をお守りくださいと。
「ギャハハハハハハハハハハアハアハハハハハハハハハハハ!」
この時点で、転移二日目の夕方くらい
ナザリックではまだモモンガとデミウルゴスの夜空デートもしていませんね。場所が遠すぎるので、バラフライエフェクトは発生しません。原作通り、世界征服誤発注です。
次回は数日ほど時間が飛びます